【完結】星に焦がれて

白(しろ)

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第一章 僕の話

理不尽な上司

 昼からの僕の仕事は書類整理だ。
 何度も言うがここは脳筋の集まりで、本を読むより走りたいやつの方が圧倒的に多い場所だ。一応事務員もいるが、ここが辺境ということもあって人手がやや不足しているらしい。そこで白羽の矢が立ったのが先日書類整理の仕事を手伝った僕だ。

 新月が終わった今魔物の報告例も少なく、むしろ魔物が出たことによる被害報告の方が圧倒的に多い。そして魔物の被害には国から補償金が出るのだが、その補償金を受け取るためには書類を作らなくてはいけない。

 そう、つまり今この部署は最も忙しい時期といっても過言ではないのだ。
 必ず毎月に一度新月は来るのだからそれを想定して人員を募集するなり割くなりすればいいのに、と僕も思っていた時期がある。あるが、ないものはしょうがないのだと思うようになったし、そしてこの環境では長続きしないと遠い目をした。

「字が! きったねえんだよ‼︎」
「ヒィ! すみません!」
「謝って済むならオレはいらねえんだよヘドロが! さっさと書き直してこいや」
「はい! すみません!」
「次ぃ!」
「はいぃ!」
「おめえも字がきったねえなクソが! 魔法と馬鹿力しか取り柄のねえクソ馬鹿がよぉ!」
「二回も馬鹿って言った…」
「打たれ弱えな! 書き直し! 次ぃ!」

 脳筋集団の中で異質を挙げるとしたらこの人だろう。
 長い金髪を一つに括り、長い前髪を耳に掛け、細い銀フレームの眼鏡を掛けた痩身。黙っていれば間違いなく麗人だと称されるその人は魔法の才能だけを買われてこの地に来た。

 生まれつき肌が白く、体の線も細く、そして何より顔が良い。見た目だけならば僕もこの人の右に出る者は中々いないのではと思うのだが口を開けば暴言が飛び出し、目つきは常に人を射殺さんばかりに鋭い。そして年中顰めっ面だ。
 おまけにその容姿からは想像できないハスキーボイスの男である。
 ちなみに喉は酒で焼けたらしい。

「っかー! 酒がねえとやってられねえぞこの仕事!」
「ハイルデンさん、昼だから飲酒は駄目です」
「わーってるよ馬鹿野郎! おめえはおめえで真面目過ぎんだよ!」
「…不真面目ならボコボコにするじゃないですか」
「ったりめえだろ仕事だぞ舐めんな」
「理不尽を辞書で引いたら多分ハイルデンさんが出てきますよね、あだっ」

 高速で飛んできた本が頭に当たり痛みに突っ伏す。
 ズキズキと痛みを主張する箇所を手で押さえながら犯人を睨み付けるとハイルデンさんがにんまりと愉快そうに口角を上げているのが見えた。

「今のが避けれねえのはまずいんじゃねえのー?」
「急に上司から暴力振るわれるなんて思わないじゃないですか」
「暴力じゃねえよ! 愛のある触れ合いだろうが! イッツァコミュニケーションってやつだ」
「僕の知ってるコミュニケーションと齟齬がありますね」

 僕よりも軽く十歳は年上のはずなのに「ゲエ」と舌を出して煽ってくる様は正直この兵舎にいる誰よりも子供っぽい。故郷の田舎にこういうガキ大将がいた気がする。

「お前今オレを見てガキだと思っただろう」
「思考読むのやめてもらってもいいですか」
「よーしスタク外に出ろ! ボコボコにしてやる!」
「フィジカル有りで良いなら」
「ダメに決まってんだろ見ろこの細腕! お前にフィジカル勝負仕掛けられたら折れるわ!」
「僕もここじゃだいぶ細い方ですけどね」
「おい誰が枝みたいな身体だってああん⁉︎」
「そんなこと一言も言ってません」

 ガタンと立ち上がり椅子に乗って片足を机に掛け凄むハイルデンさんを真っ直ぐに見返していたら少し離れた席から非常に気まずそうに「あのぅ」と声が聞こえた。

「……次の方が待たれてます…」

 おずおずと手を挙げて眉を八の字に曲げたヤードが僕たちを見ている。ヤードのいる席のすぐそばには出入り口が有り、そこには書類を持って見るからに怯えている自分と同期の兵士がいた。

「めんどくせえ。ヤード、お前が対応しろ」
「仕事を放棄しないでください!」
「ばっかお前放棄じゃなくてチャンスをやってんだろうがよ。オレにお前の成長した姿を見せてくれ」
「仕事なめてるんですか?」
「うおいスタクコラてめえ表出ろや」
「スタクううう! もうこれ以上ハイルデンさん煽らないで! 仕事進まないから! 終わらないからぁ!」

 ヤードの心からの嘆きに今にも僕の胸ぐらを掴んできそうだったハイルデンさんが離れ、溜息と一緒に扉口で待っている兵士に来いと手招きをする。それにヤードは明らかにほっとしたように息を吐いて、次いで僕をじとっとした目で睨んで来た。

「なに」
「なに、じゃないよ。ホントスタクって怖いもの知らずだよね」
「そうか?」
「そうだよ。ハイルデンさんにあんなの言えないよ、俺」
「間違ったことは言ってない」
「そうだけど、そうなんだけど…!」

 深い溜息を吐くヤードの表情はやはりどこか疲れているように見えた。また自分のせいで気疲れさせてしまっているのだろうかと思うと多少は申し訳なく思うが、確証がある訳でもないから僕は書類に目を落とす。

 ハイルデンさんの許可が降りて回ってきた書類だが、そこに書かれている文字は辛うじて読める、という程度のもの。学園では筆記の試験もあったのに、この文字でどうやって試験をクリアしたのだろうかと疑問に思う。けれど卒業してからはペンを持つ機会がめっきり減ったことを思い出すとこの退化も脳筋にはまあ仕方がないのかもしれないと納得した。

 僕が書類に意識を向けたことでヤードも仕事に掛かる。
 ヤードも脳筋軍団の中では珍しく僕と同じように書類整理を任されることがあるのだが、学園での座学の成績は僕が一番で彼が二番だったのだからまあ当然とも言える。

「どいつもこいつもミミズが這ったみてえな字ぃ書きやがって! お前これ自分で読めるか? 読めるのか? この場で読んでみろ!」
「もちろんです! まず今回の新月で破損した隊服についてですが、破損箇所が……あ、これ後に回しますね。えーーーっと、剣が、これ、…多分欠けた…?」
「出直してこいや」
「はい…」

 立てた親指で自分の首を切る動作をしたハイルデンさんを見てまた一人脳筋が肩を落として扉から出ていく。この後出される書類はきっと読める時になっているだろうが、脳筋は一ヶ月後また同じ事を繰り返す。僕は知っている。

「はー…、どうして字くらいまともに書けねえのかねえ」
「脳味噌まで筋肉ですから」
「スタク…!」
「まあ違いねえな。ヤード、書類はどうだ」
「はいっ、今ここまで確認が終わっています! この次なんですが」

 任されていた書類の束を持ってヤードが立ち上がりハイルデンさんの元へ行く。大量の書類と資料とが溢れるこの部屋は人が立ったり歩いたりするだけで埃が舞い、窓から差し込む光がそれを照らしている。
 人が居なければハイルデンさんの声は大きくないし、この部屋も静かなのだ。

 二人が真面目に書類について話している声と、僕がペンを走らせる音だけが響くこの空間は心地良い。ヤードの話が終わったら次は自分の書類を見てもらおうと種類別にまとめていたところで控えめに開けっ放しの扉をノックする音が聞こえた。
 この動物園でノックなんてことをやって退ける人物がいたとは、と若干感心しながら顔を上げた僕はそこにいた人物を見て誰が見てもわかりやすい程に眉を寄せた。

「あ、ルーヴ」

 ヤードが話しかけるとシリウスは二人に軽く頭を下げた。
 書類を手にしているのを見るに、きっと先輩辺りから提出して来いとでも言われたんだろうなと推測する。ヤードがハイルデンさんの前から退いたことでシリウスが入るスペースが出来て、僕はまた書類に意識を移そうとした。

「スタク。お前が確認しろ」
「…ぇ」
「オレは忙しい。見てわかるだろ、ヤードとお話し中だ」
「や、でも」

 書類の一発目の確認はいつだってハイルデンさんが行っていた。それはどんな状況でも変わらなかったのにどうしてだと眉を寄せる僕に、鋭い目が向けられた。

「やれ」

 有無を言わせない声だった。
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