【完結】星に焦がれて

白(しろ)

文字の大きさ
12 / 36
第一章 僕の話

セット扱いは今のうち

 何故かこの場で誰よりも困惑しているヤードが僕とハイルデンさんを交互に見るけれど、ヤードも低い声で呼ばれて意識をハイルデンさんに向ける。
 静かな部屋に二人の声がして、やがてそこに足音が混ざる。
 一歩ずつ近くなる音に僕は吐き出したくなる溜息を堪えて顔を向ければ、そこにはやはり気落ちした様子のシリウスがいた。

「…これ、先輩から」

 差し出された書類は二枚。名前の欄を見ると同じ班の二人だとわかるが、その筆跡に僕は眉を跳ねさせた。

「書いたのお前か」
「!」

 犬であれば垂れていた耳がぴんっと尖ったとわかるほどの勢いでシリウスの目が開く。

「質問に答えろ」
「そう! 俺が書いた! 先輩たち字がクッソ汚いからって俺に書いてって言って来た!」
「…あの先輩方は…」

 本来書類は自分で書かなくてはならない。だがしかしここは動物園、あまりの字の汚さに代筆を頼む人たちがいるのも事実だし、作業効率が上がるならそれで良しとハイルデンさんも了承している。

 渡された二枚の書類には多少勢いのある右肩上がりの字で文章が書かれていた。
 男が書いたと一目でわかる字だが、バランスが良くて読みやすい。
 今まで解読させられていたものが全て古代文字のような物だったからか、今の僕にはこの書類がどんな高尚な本よりも立派な物に見えた。

「…お前、馬鹿なのに綺麗な字書くよな」
「‼︎」

 どんよりと曇っていた目がばあっと輝く。
 目が潰れそうな程の輝きに顔を顰めるが、もうその顔にシリウスが落ち込むことはなかった。

「馬鹿は余計だけど確かに俺って字上手いよな! 母さんにさ文字くらい綺麗に書けってガキの頃から言われてて」
「知ってる。その話はもう何回も聞いた」
「そうだっけ⁉︎  じゃああれは? 俺がガキの頃親父のお気に入りの羽ペン間違えて燃やした話! あの羽さー、なんかすげえ珍しい鳥の羽だったらしくて」
「おい馬鹿」
「俺の名前は馬鹿じゃない!」
「ルーヴ」
「やだ!」
「おいヤードこいつどうにかしろ」

 途端に止まる気配もなく喋り出したシリウスに僕は頭を抱えた。この馬鹿、とシリウスを責める気持ち半分受け入れ体制を作ってしまった自分に馬鹿がと怒っている気持ち半分の心境だ。こうなったシリウスは中々止まらないのを僕は知っている。
 助けを求めてヤードの方を向くが、何かを悟ったような目で「俺にどうにかできると思ってるの…?」と無言のまま訴えてくる。

 ならばハイルデンさんだと目で助けを求めるが意図的に僕を無視しているのか視線が交わることもなければ止めているのにも関わらず小鳥の如く喋るのをやめないシリウスを止める素振りも見せない。クソ野郎がと額に青筋を立てるけれど、なんとか気分を落ち着けようと細く長く息を吐く。

「──シリウス」
「‼︎ はい! 俺シリウス!」
「黙れ」
「はい!」

 ああ、千切れんばかりに振られている尻尾が見える。
 相変わらず恒星の如く輝く瞳に照らされて僕は灰となって消えてしまいそうだ。

「ルーヴ、お前今度オレに良い酒持って来いよ」

 それまで頑なに僕の存在を無視していたハイルデンさんの声に結構な勢いで顔を向けると、そこにはしたり顔のその人がいて今度こそ盛大な舌打ちが室内に響いた。
 それにゲラゲラと腹を抱え、片手で俺を指差しながら憎たらしい顔で笑う人が自分より年上で更には上司だなんて思いたくない。だが悲しいかなこの人は先輩で上司だ。同期にするような罵詈雑言を並べ立てるわけにもいかず睨んでいればヤードが「どんまい」とでも言うように親指を立てているのが見えた。

「? はい! あ、俺も何か手伝います! 書類整理とかはやりたくねえけど運ぶのとかは得意!」
「おー、じゃあオレが仕分けしたやつを各部署に持ってってくれ。不備の説明とかもあるからそこはヤードを同行させる」
「はい!」
「俺ですか⁉︎」
「おう、お前だ。よし行って来い」

 しっしと動物を追い払うような雑な仕草で二人を部屋から追い出したハイルデンさんの視線が向く。面白そうな光を宿したまま、口角を吊り上げて笑う様はどう見ても悪役だ。

「なんですか」
「お前はオレに感謝しろよ」
「は?」

 意味がわからなくて眉間にこれ以上ない程の皺を寄せる僕を見てけらりと笑う。

「ナカナオリのきっかけ作ってやったんだから感謝しろって言ってんだよ」

 その発言で僕の機嫌は地に落ちた。

「…そんなこと頼んだ覚えはありません」
「おおそうかい。じゃあ言い方を変えよう」

 ぞんざいに足を組み、机に肘をついて合わせた指の上に顎を置いたハイルデンさんの目は変わらず鋭い。

「ガキの喧嘩に大人をいつまでも巻き込むんじゃあねえよ。ここは学園じゃねえ」

 さくりととても軽く体をナイフで刺されたような心地だった。

「お前ら二人は目立つ。腕が立つからな。しかもルーヴは騎士団長の息子だ。本人がどんなに周りと同じ扱いを望んでたとしても組織ってのはそう簡単なもんじゃねえ。しかもそいつが才能に恵まれた天才とくれば更に扱いは面倒になる。で、更に面倒なのはあの大型犬はお前の言う事しかまともに聞きゃあしねえってことだ。お前、それをわかってて放置したな?」
「…僕は、あいつの世話係じゃ」
「だろうな。別に飼い主で居ろって言ってんじゃねえよ。放し飼いするならそれなりの教育をしてから放せって言ってんだ」
「……?」
「協調性を学ばせろ。残念ながらあいつはお前の言う事しかまともに聞かねえ。騎士団長とかご家族ならなんとかなるかもしれねえが、ここでその役割が出来るのはお前だけだ」

 僕の表情は依然として不満なままだ。その顔を見てハイルデンさんがパチリと瞬きをした。髪と同じ色をした豊かな睫毛が頬に僅かに影を作った。

「お前らがセット扱いされるのは今のうちだけだぞ」
「…ぇ」
「お前の先はどうか知らねえが、ルーヴはほぼ間違いなく王都に戻るだろ。協調性はねえが才能は十分だし、何より父親が父親だ。先で恥かかねえようにお前が教えてやれ」

 ハイルデンさんは言いたいことを言い切ったらしく僕から視線を外して山のように積まれた書類に手を伸ばして目を通し始めた。それを見て僕も書類に目を落とす。あとで質問に行く為に分類別に書類をまとめながらぼんやりと今言われた言葉を考える。

 まず、僕は周りからほぼ押し付けられる形でシリウスの世話係をしてきた。僕はそれを仕方ない事だと割り切っていたけれど、この前の出来事をきっかけにその関係が少し歪になったのは僕にもわかる。それによって周りに起こっている弊害も。

 そのおかげで向けられる視線だったり先程のハイルデンさんの言葉だったりは僕にとっては不愉快なものに分別される。仕方ないと思って引き受けていた世話係が周囲にとっては「そうであって当然」と思われていることに不満を感じたんだ。
 だからハイルデンさんから出た言葉は僕にとっては不愉快であったはずなのに、頭を殴られたみたいな衝撃があったのも事実だ。

 シリウスは、いずれ僕の隣からいなくなる。

 当たり前の未来の筈なのに、僕はその可能性を今この瞬間まで考えてこなかった。どこかでずっと僕はシリウスの世話係として生きていくのだろうなと思っていた。だから今回の出来事も、いずれは鎮火して元に戻ると思っていたし、戻ったらそのままこれまで通りの日常が続くのだと思っていた。

 だけどそうではないのだ。時間が進み、歳を重ねれば人は変化する。それは自分自身が望もうとそうでなかろうと、周りが勝手に変化させていく場合だってある。変わらないものなんて有りはしない。

 だから僕たちもいずれは別々の道を歩むのだ。
 その結論に行き着いた時、ちょうど名前を呼ばれた。僕の思考はまだまとまっていなかったが、手元にはちゃんと分類別に分けられた書類がある。
 頭と体が別々に動くように、人の道もいつか別れるのだろうかとぼんやり思った。
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。