【完結】星に焦がれて

白(しろ)

文字の大きさ
25 / 36
第一章 僕の話

自覚と横暴

しおりを挟む
 それまで後生大事に抱き込んでいた枕を簡単に放り投げてシリウスに抱き着く。

「! アル…?」

 ずっと同じ体勢で寝ていたせいか体が固くなっていて動くと少し軋むような痛みがある。でもそんなものが気にならないくらいに僕は今すぐシリウスの体温が欲しくて両腕を首に回して体を寄せるとまずシリウスの匂いがして、僕はそこでようやくきちんと息が出来た気がした。

「ぇ、え…、ちょ、アル? 何事…?」

 いつだって触って来るのはシリウスからだったから、僕からの接触に驚いているのがこれでもかという程によくわかる。いつもは遠慮無く抱き締めて来るクセに、今は遠慮がちに僕の体に触れるか触れまいか迷っている素振りが少し腹が立った。

「早く」
「え?」
「早く抱き締めろ馬鹿」
「⁉︎」

 ビクゥ! とシリウスの体が揺れる。顔は見えていないが驚きでとんでもない表情をしているのもわかる。脳の処理が追い付いていないのか固まったままのシリウスにまた「はやく」と苛立った声音のまま訴えると今度こそ両腕が僕の体に回って、ちゃんと体温がわかった。

「………はぁ」

 シリウスの体温と匂いに包まれて、やっと全身から力が抜ける。安堵の息を吐くとやはり遠慮がちにシリウスが口を開いた。

「……えっと、その、アルさん…? ど、ど、どうしたんですか…?」

 どうした。その当然の問い掛けがこれだけ重くのしかかってくる日がかつてあっただろうか。

「…アル?」

 体に回る腕から少しだけ力が抜ける。ほんの少し距離が開いて、数時間ぶりにシリウスの顔を真正面から見る。すると僕の顔を見たシリウスの目が驚愕に彩られた。

「アル、泣いたの?」
「ん…」

 シリウスの片手が体から離れて僕の頬を包む。固いけれど荒れていない指が目元を撫でて、その触れ方と温度に胸の奥がじわりとあたたかくなる。

「アル教えて。なんで泣いてたの」

 昨日も、こうやって触られた。相手はヤードだった。
 あの時は何も思わなかった。本当に何も感じなかったのに、シリウスに触られると言葉では言い表せないくらい安堵している自分がいる。

 今の今までどう説明しようかと心が重たくて仕方がなかったのに、こうやって触れられるだけで軽くなるのだから僕は僕が思った以上に単純なのかもしれない。
 頬に触れる手があたたかくて、ずっとこの温度が欲しかったんだと僕は無意識にその手に頬を擦り寄せた。のに、今まで柔らかかった手に力が入るのを感じて視線を上げるとそこにはすとん、と表情を無くしたシリウスがいた。

「シリウス」
「誰」
「ぇ…?」
「アルにこれつけたの、誰」

 頬に触れていた手が離れて首筋に降りる。
 昨日の夜鏡で見た位置に指先が触れ、低い声が鼓膜を震わせた瞬間、喉がひゅっと鳴った。咄嗟に口を開くけれど、そこから声は出なかった。なんて言えばいいのかわからなかったからだ。

 ヤードは言ってもいいと言っていた。だけど、僕が言えなかった。
 名前を出せなかったんじゃない。シリウス以外に触られてしまったという事実が、どうしても口から出なかったんだ。

「……俺に言えない?」

 温度の無かった声に少し穏やかさが乗った。
 その言葉に首を横に振ったけど、やっぱり口から言葉は出なくて僕はシリウスの服を掴むことしか出来なかった。

「…アル、俺怒ってないよ」
「そ、れは、うそだ」
「うわあバレてる」

 シリウスの指がまるで気に入らないとでも言うように僕の首に付けられた痕を擦る。皮膚が引き攣って少し痛いのに、それがシリウスから与えられているものだと思うと嫌な感じはしなくてそのまま受け入れた。

「──うん、怒ってないなんて嘘。本当はめちゃくちゃ怒ってる。でもアルには怒ってない」
「……」
「そんな目で見なくても本当。アルには怒んないよ。…だって泣いちゃうくらいには嫌だったんでしょ、これ」

 シリウスの目が僕を貫く。嘘も誤魔化しも許さない強い光に、僕は頷いていた。

「じゃあ大丈夫」

 目を細め、口角を上げてシリウスが笑った。
 その笑顔がいつもと違うなんてことは僕が正常だったら気が付けたと思う。だけど今の僕は正常ではなくて、一晩経って整理が出来たと思ったけれどそんなことは全然無くて、ずっと心の奥がさざなみが立ったように揺らいでいる。
 不安と予想も経験もしたことがない体験への動揺がずっと拭い切れないでいる。

「よ、っと」
「!」

 腰の下に手が入り簡単に足が浮く。
 声を出す間もなくシリウスの足が動き出してベッドの方に向かうのがわかった。

「ま、待てシリウス」
「やだ」
「ちが、違うんだ、その」

 シリウスが足を向けているのは自分のベッドだ。つまり、昨日僕が押さえつけられた場所でもある。
 手首が痛んだ気がした。

「嫌だ…!」

 シリウス以外の男が自分に馬乗りになった瞬間を思い出して全身から血の気が引く。
 頭が瞬間的に真っ白になった。

「そっちは嫌だ!」

 切実に訴えた瞬間、シリウスの足は止まった。けれど数秒とおかず再び動き出し一瞬の浮遊感のあと、背中を柔らかいものに押し付けられる。ふわりと立ち昇ったのはシリウスの香りだ。つまり今僕は、シリウスのベッドにいる。

「っ」

 昨夜の己の無力さが鮮明に思い出されて息が上がる。
 手首が痛くて、抵抗してもびくともしなくて、何も出来ない自分に嫌気がさした。いい友人だと思っていた人が、シリウスと同じ目で僕を見ていた。

「アル」

 すぐそばで声が聞こえた。

「目開けて。今お前の前にいるのはだぁれ」

 柔らかい、子供をあやすような声だった。
 そう言われて初めて自分が目を閉じていたことに気がついた。ゆっくりと目を開けると、飛び込んで来たのは煌めく一等星。

「……シリウス」
「うん、俺。アルのシリウス・ルーヴだよ」

 顔の横に肘をついて僕を閉じ込めている男が、これ以上ないくらい甘い顔をして僕を見ていた。胸焼けがしそうな程甘い顔なのに、僕はそれを全然嫌だなんて思わなくて、むしろそんな顔で見られているのが嬉しくもあった。

「…シリウス」
「はーい」
「シリウス、シリウス…っ」
「うん、ちゃんといるよ」

 背中に手を回して抱きしめる。
 昨日は呼んでも返ってこなかった返事が、今日はちゃんと聞こえる。
 それだけのことなのに目の奥が熱くなって視界が滲む。そんな僕を見てシリウスが笑って、しょうがないなって顔で僕を撫でた。

 額に、瞼に、頬に、そして唇に柔らかいキスが雨みたいに降ってくる。
 それを嫌だなんて思わなかった。
 どんな時だって、シリウスに触られることを嫌だなんて思ったことが無かった。
 そんなことに僕はようやく気が付いたんだ。

「シリウス…」
「ん?」

 こんな砂糖菓子みたいな甘い顔も声も嫌じゃない。いつも光を集めたみたいに輝いている目が、僕を見るときだけ甘くてとろりとした光を宿すのも嫌じゃない。
 そんなシリウスが当たり前だった。僕の中でシリウスはいつだって僕にはこんな顔をしていた気がする。だからこれが特別なことだなんて気が付かなかったんだ。
 だけどもう、気が付いてしまったから。

「……お前も、僕のことが好きなのか…?」
「………もって何」
「昨日言われた」
「空気! アルはもっと空気読んで! 今ここでそういうの言っちゃダメ!」
「じゃあいつ言えばいいんだ」

 そういうとシリウスは深過ぎるほど深い溜息を吐いた。
 体中の空気を全部抜いたんじゃないかってくらいの息を吐き切って、僕をじとりとした目で睨むように見る。

「…アルに一番最初に好きっていうのは俺だって決めてたのに」
「そんなの知らん」
「先越されたー!」

 どさ、と僕の上に落ちてきたシリウスは重たい。でもその重たさも嫌じゃなくて、甘えるみたいに首筋に鼻先を擦り付けて来るのに思わず笑ってしまった。

「…ねえアル」
「なんだ」
「俺ね、大事に取ってたんだよ。好きっていうの」

 首に息が掛かる。

「アルは素直だから、俺が好きだって言ったらきっと刷り込みで自分もそうなんだって、多分思い込んじゃうだろうなーって思って」
「そんな訳あるか」
「だから、俺から言うのはアルが自覚してからって決めてた。そうじゃないと意味ないって思ったから、ずっとずっとずーーーーーっと我慢してた」

 むくりと顔が上がって視線が絡む。

「…もう俺はお前に好きって言っていいの?」
「……駄目なんて言ったことないだろ、僕は」

 我慢しろとも言ってない。
 肉食獣みたいな丸い目をぱちりと大きく瞬きさせてからシリウスは笑った。くしゃりと表情の崩れるその顔はまるで子供みたいでつられて僕も軽く息を吹き出すように笑う。

「それもそっか」

 吐息みたいな声で吐き出して、シリウスの両手が僕の頬を包む。

「好きだよ、アル。世界で一番アルが大好き」

 この世のどんなものよりも糖度を持った声で囁かれた言葉にきゅう、と心臓が痛んだ。
 続きを求めるようにシリウスが僕を見つめている。僕のことなんて全部見透かしているような目に苛立ちを覚えないと言えば嘘になるが、いつかのシリウスの言葉を思い出して僕は観念したように息を吐く。

「…また僕の負けだな」

 ぱちりと、一等星が瞬く。
 そんなとぼけた顔を可愛らしいと思っている時点で僕の完敗だ。でも素直に言うのもやっぱり癪で、僕は出来るだけ無表情を装いながら口を開く。

「好きだ。腹立たしいけど、僕はお前のことが好きみたいだ」
「、……、ねえこれ素直に喜んでいいの⁉︎」
「いいに決まってるだろ。喜べ」
「横暴!」

 眉を寄せあからさまに『不満です』という顔をしたシリウスが掠めるように僕の唇を奪う。

「…でもそういうところも好き」
「そうか」
「ねえ反応!」
「これでも浮かれてる」
「…ならいっか…」

 拗ねたように唇を尖らせたシリウスがまたキスをせがむ。僕はそれを当然みたいに受け入れて、唇が離れたあと二人で笑い合った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

長年の恋に終止符を

mahiro
BL
あの人が大の女好きであることは有名です。 そんな人に恋をしてしまった私は何と哀れなことでしょうか。 男性など眼中になく、女性がいればすぐにでも口説く。 それがあの人のモットーというやつでしょう。 どれだけあの人を思っても、無駄だと分かっていながらなかなか終止符を打てない私についにチャンスがやってきました。 これで終らせることが出来る、そう思っていました。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

処理中です...