【完結】星に焦がれて

白(しろ)

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第一章 僕の話

上書き開始

「…アルって今日非番だよな」

 妖しげなな光を灯した目が僕を射抜く。
 その圧に気圧されるように頷くとシリウスの目がうっそりと細められた。
 とろりとした熱を孕んだ声が唇を掠めて背筋にぞわりと電流が走る。
 皮膚の固い親指の腹がなぞるように唇を撫でてこつりと額同士が触れ合うと元々無かった距離が更に縮まって僕たちの間には何もなくなる。

「…じゃあ上書きせてね」
「んんっ!」

 食われる、そう思った。

「ん、んぁ…ッ、ふ、ぅ…ぅんっ」

 荒々しい、そんな言葉がぴたりと合うくらい僕とシリウスの唇が激しく重なり合う。呼吸する暇なんて与えないと言わんばかりに唇が押し付けられて、僕は思わずシリウスの服を掴む。

 けどそんなもので止まってくれるはずもなく、僕の口を無理矢理開かせるように親指が唇を割って入り、その僅かな隙間をこじ開けようと熱い舌が僕の唇を舐めた。
 シリウスの目がずっと僕を見ている。一瞬だって僕から目を逸らすつもりがないのか、射殺すような視線の強さで僕をじっと見つめるから、堪らない気持ちになる。

「…っ、ぁ…ふ、んぅ…っ、んんッ」

 その視線に逆らえずに口を開けるとすぐさま肉厚の舌が口内に入り込んで奥に引っ込んでしまっていた僕の舌を絡め取る。
 シリウスの舌が触れている。そう意識するだけで体温が上がったような気がした。

「ふぁ…っ、ん、んっ」

 熱くて潤んだ舌が僕の口の中を我が物顔で荒らしていく。呼吸だってし辛いし溢れてくる唾液が煩わしいと思うのにそれ以上の多幸感が僕を包んでいる。キスは初めて襲われた日も、その後もしているのに、今日のこれは何か違う。

「ん、んぅっ…ゃ、ぁ、うぅっ」

 もう口に入っていた親指は抜けていて、その手が僕の後頭部を掴んでいる。そのせいで顔を背けることも出来ない。でもその手の力強さにも胸の奥がぎゅっと狭くなる。
 おかしい、変だ。何か変だ…!

「っは、ぁ…待って、」
「無理」
「んんぅっ」

 やっと発した言葉はひどく上擦っていて息も荒い。呼吸に関してはシリウスも同じで獲物を狙う肉食獣みたいな目で僕を睨みながらまた口が塞がれる。
 熱い舌が歯列をなぞり、僕の舌を絡め取って吸い上げたと思えば無遠慮に上顎を擦る。途端に走る刺激に唇の合間からくぐもった声が漏れた。

 心臓がうるさい。頭がふわふわする。力が入り辛い。だけど、嬉しいという感情が僕の中をすごい勢いで満たしていく。
 今日の朝までずっと漠然とした不安があったのに、今の僕はそう、喜んでいる。
 シリウスにこうやって求められることを喜んでいるんだ。

「ん、…ぁ…ふふ」

 唇が離れて肩で呼吸をする中突然笑った僕にシリウスが獰猛な獣の表情をしたまま首を傾げる。
 熱の籠ったその顔も、僕にだけ向けられるものなんだと思うと堪らない気持ちになる。

 好きだ、そう思った。

 そう思って、また笑う。背中に回していた腕を離して両手でシリウスの顔を包むように触れる。指先に吸い付くような肌の質感と少し冷たく感じる体温でさえ愛しいと思う。
 この体温を、僕は八年も前から知っている。
 なんだ、なんだ。自分の馬鹿さ加減に笑ってしまう。

「僕は、自分が思っている以上にシリウスが好きなんだな」
「──は、」

 シリウスの目が驚愕に見開かれる。
 輝く金色の目に反射して映る僕の顔はだらしがない程緩んでいた。

「どうして気付かなかったのか不思議なくらいだ。僕はちゃんとお前が好きだよ」

 一等星が揺れる。

「…今のは、ずるいぃ」

 僕よりもずっと逞しい腕が体に回って蛇みたいに体に巻き付く。
 目と同じくらい潤んだ声が耳のすぐ側で聞こえた。シリウスの顔は今僕の首元に埋まっていて、頬に触れていた手が中途半端に浮いている。それをまた背中に回して抱き締めると今度は鼻をすする音がした。

「お前泣いてるのか」
「アルが! 泣かせたの!」
「そうか、僕のせいか」
「そうだよ!」
「じゃあ僕が悪いな。ごめん」
「謝らないで!」
「面倒臭いなお前は」

 こんなやりとりだってもう何回繰り返してきたかわからない。
 少し硬い髪を撫でながら目を伏せる。そうか、なんだと花びらが落ちるように気持ちが自分の中に降り積もっていく。
 僕は僕が自覚するよりずっと前からシリウスのことが特別だったんだ。

「ねえ」

 抱き締める力が緩みぐずぐずと泣いていたシリウスが顔を上げる。目は潤んでいて睫毛は束になっているし頬も赤ければ鼻先も赤い。とても男前とはいえない顔がおかしくて小さく吹き出すとぎゅっと眉間に皺が寄った。

 そんな見るからに拗ねてしまったしまったシリウスにまた吹き出しそうになるのを堪え、少し顔を上げて鼻先を擦り合わせる。本当は顔を撫でようかと思ったけれど、今僕の両腕はシリウスの背中にあるからこれは仕方がない。

「……ううう…」

 また泣き出しそうになっているシリウスがぎゅうっと強く目を閉じたかと思えば今度は顔を横に振った。犬が水を払う様子に似ているなとどこかのんびり思っていたけれど、次に僕を見たシリウスの目に喉が渇くのを感じた。
 まだ目は潤んでいるし、顔の赤みだって引いていない。でも瞳の奥にある光があの時みたいな揺めき方をしている。

「…アル」
「ん」

 シリウスの右手が僕の頬を撫でた。
 自然と僕の腕は背中から離れて、シリウスの胸元を軽く握るように収まる。

「…抱いていい?」

 情欲を隠そうともしない声が僕を誘う。
 時間は早朝、室内には朝日が差し込んで互いを隠すものなんて何もない。僕からシリウスがよく見えているように、シリウスからも僕が見えているはずだ。だからきっと見透かされている。

 この胸の高鳴りも、熱が集まっている顔も、そして期待してしまっている僕の全てを、シリウスは見透かしている。それでもシリウスが“待て”をしているのは僕の合図が欲しいからだ。

「……ん」

 僕は頷いた。
 瞬きの間に距離がまた0になる。まだ気持ちが通じたばかりだとか朝だとか、いつもは気になることが気にならない。今はただ、シリウスの体温が欲しかった。
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