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第二章 僕たちの話
自覚のその後②
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大きな目が僕を見ている。
真っ直ぐと逸らすことなんて知らないなんて目で僕を見るから僕も目が逸らせなくて無言のまま少し時間が経つ。でもその時間が質問の答えになる。
「…アル、なんで?」
それまで甘い光を灯していた目が少し冷たくなるのを見て喉がきゅ、と狭くなる。
「……えっと、その」
今まで生きてきてこんなにも言葉に詰まることがあっただろうか。いつだって詰めるのは僕の仕事だったのに今はシリウスから詰められている。俄には信じ難いが、残念ながらこれが現実だ。
「……」
一等星がじいっと僕を見ている。こいつの真顔はこんなにも圧力があったのかと八年一緒にいて初めて気が付いた。
「…お、お前はどうしてそう思ったんだ?」
「質問に質問で返さない。アルがいっつも俺に言ってるやつだろ」
「ぐぅ…」
奥歯を噛み締めた。過去の自分の発言が驚くほど自分の首を絞めてくる。
「…あー、その、だな」
「うん」
「お前は、騎士団長の息子だろ」
「うん」
「で、お前は天才だ」
「まあそうだな」
そこを謙遜しないのがこいつなのだが、当然みたいな顔で頷かれるとやはり少し苛っとする。が、息を吐いてやり過ごす。
「…お前はいずれ王都に戻るだろ」
「うん」
間髪入れずに返ってきた言葉に心臓ではないけれど胸の中心辺りがぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。それが自然だと思っていたし自分でも納得しているはずの答えなのに、シリウスの口から答えが出たことに僕は今傷付いている。
でもそんなことは悟られたくなくて、僕はほんの少し息を吐いてから自分を落ち着かせるために息を吸った。
「僕は王都には行けない」
「なんで?」
「は?」
「なんで?」
なんの後ろめたいことがない、純度百パーセントの疑問しか感じていない目に見られて僕は口を開けた。
「な、なんでって、お前、王都だぞ」
「うん」
「あそこは選ばれた人間しか行けない場所だろ」
「うん」
「だから僕は行けない」
「なんで?」
心の底から疑問なのかシリウスがきょとんとした顔をしている。それに腹の底がふつりと煮えて、奥歯をギリっと噛み締めた。
「僕が優秀じゃないからだよ! 僕は王都に行けるような才能は持ち合わせていない。ここにいること自体奇跡みたいなものなんだ、だから」
「それはアルが俺をサポートすることに全振りしてるからじゃん」
「……は?」
「そうさせちゃったのは多分俺だけど、お前って最初はすげー攻撃タイプだったじゃん。なんなら魔物に対する殺意は俺より全然上だし、やり方もすげえスマートで燃費も良いから長期戦だっていけるじゃん。おまけに頭も良いし、ちゃんと冷静だし、何よりすっげえ努力出来るのに」
光がずっと僕を見ている。
「それのどこが優秀じゃねえの?」
この馬鹿に裏表がないのも、人をわざと持ち上げる器用さがないことも、僕は人一倍知っているつもりだ。だからこの言葉には嘘がない。
そう混じり気がなく思えるから僕は言葉に詰まった。
ずっと追いかけ続けて来た男にこう言われて喜ばない人間なんているのだろうか。
追い越すことが無理ならせめて横に並び立ちたいと思って何年経っただろう。どれだけの試行錯誤をしてきただろう。圧倒的な才能を前に何度も膝をついてそれでも悔しいから立ち上がって、いつの間にかその才能に魅入られて、僕はこの男の影になることに徹していた。
だってそれが一番効率が良くて合理的だったのだ。
僕は圧倒的な光には、天才にはなれない。同じ道を走っていたって太陽を前にしたら僕の存在なんて塵も同然。それならばと僕は僕が一番光れる場所を探したのだ。
それがシリウスのサポートだった。そうすれば学園での僕の評価も上がってその結果田舎者にしては大出世を果たしたと思う。その行動を僕は恥じたことなんて一回もない。生存戦略として最適解を導き出したと思っている。
だけどそれはやっぱり悔しかったと、今になって思い出す。そうすることでしか証明できない自分の存在価値に心が折れそうだった。
でも、後悔はしていない。
「…天才に言われてもな」
言葉にすればとても感じが悪い。でも僕は今笑っていた。
つきものが落ちたというのはきっとこんな感情なんだろう。雲ひとつない青空、そう言っても差し支えないくらい思考も心もすっきりとしている。
僕の心境を知ってか知らずかシリウスも笑っている。二人でいる時にしか見せない穏やかで優しい微笑みを浮かべて僕のことを見つめていた。
「だから王都にはアルも連れて行くよ」
「……」
一拍。
「は⁉︎」
あまりの驚きに腹から声が出た。そんな僕の声に驚いたのか大きな目をぱちりと開いたシリウスだったがすぐに「何驚いてんの?」みたいな顔をして僕を見る。
「もう親父にも言ってる」
「はあ⁉︎」
「親父も大歓迎だって言ってた」
「はああ⁉︎」
予想外のことすぎて僕の口からは同じ言葉しか出てこない。
そして僕はこいつの性格を熟知している。だからわかる。こいつの言っていることは全て事実だ。事実だからこそ、僕の背中には冷や汗が流れた。
「お。おま、お前、何を勝手に…!」
「この前隊長にもそれとなく言ったらまあそうだろうなって言ってた!」
「お前⁉︎」
「領主様にも言っとかねえとなー!」
直視出来ない程の輝く笑顔に僕は顔の真ん中に皺を寄せた。あまりの事態に僕はもう何をどう言ったらいいかわからない。怒ればいいのか呆れたらいいのかすらもわからず、猪突猛進バカの髪を掴んで引っ張ることしか出来ない。
「痛い痛いハゲる! ハゲちゃうってアル!」
「このまま毛根全て死滅させてやる…!」
「やだー!」
「どうしてお前はいつも一人で先走るんだこの…!」
「だ、だってこういうのは外堀から埋めろって!」
「誰だお前にそんなこと教えたのは!」
「家訓!」
「どうなってるんだお前の家は‼︎」
怒りと困惑の収まりがつかなくて思わずシリウスに馬乗りになった僕は絶対に悪くない。このまま顔面を殴りつけてやろうかと思ったのに僕を見るシリウスの目があまりにも穏やかだから動きが止まってしまった。
「…おい、なんで嬉しそうなんだ」
「嫌だとは言わねえなぁって思って」
「…!」
目を見開く。
ぎり、と歯噛みして行き場のない感情を拳に込めてシリウスの胸板を殴った。カエルが潰れたような声がしたけれど、これくらい耐えろと睨む。
そんな僕の拳も睨みも全く効いていないらしいシリウスは腹が立つほど柔らかな表情をして僕を見ている。宝物を見るような顔だと思った。
「アルはさ、俺と離れたくないでしょ」
「…は?」
「だってアルは俺のこと大好きじゃん。離れらんないよ」
「自惚れるな馬鹿」
言葉とは裏腹に自分の声が弱々しい。シリウスは余計に嬉しそうに笑うし、いつの間にか背中に腕が回っていてまた抱き締められた。
「俺もアルのこと離したくない。ずーっと一緒が良い」
「……」
それにさぁ、といつかも見たような顔でシリウスが続ける。
「お前はもう俺のなんだから諦めた方がよくない?」
仕方がない奴だなとでも言いたげな顔をしていた。
ほんの数ヶ月前言われた時は殴った気のする言葉だが、関係性が変わるとこうも受け取り方が変わるのかと僕は眉を寄せた。
「…お前のじゃない」
苦し紛れに呟いた言葉にシリウスが怪訝な顔をする。
「俺のだよ」
「違う」
「違わない。俺の」
自分の言葉を一ミリも疑っていない煌めく星と視線が交わる。
「アルは俺のものだよ。だから諦めて」
何を、と聞くのは野暮だろう。
有無を言わせない顔と声に僕の心臓はきゅうっと締め付けられた。この感情の名前を僕は知っているけれど、それを認めるのが癪だ。でもそう思っている時点でシリウスの思う壺なのだ。
「……お前だって、僕のだろうが」
苦し紛れに絞り出した言葉にシリウスが破顔する。
「うん、そうだよ。俺はお前の」
「…クソ」
今度こそ何も言えなくなって沈没した僕を抱き締めながらシリウスが声を上げて笑う。
それにも腹が立つけれど、僕は何も言えなかった。
だって僕はこいつからの愛情を確かに嬉しいと思ってしまっている。ずっと焦がれて手を伸ばし続けてきた男が、僕にも手を向けてくれているという事実が嬉しくて、胸の辺りがむず痒くて仕方がない。
仕方がないけれど、その感覚全部が嬉しい。
ああ、クソ。
「僕は一生お前に勝てない気がする…!」
またシリウスが声を上げて笑った。
これが惚れた弱みというやつかと、僕はもう一度シリウスの胸板を殴った。
真っ直ぐと逸らすことなんて知らないなんて目で僕を見るから僕も目が逸らせなくて無言のまま少し時間が経つ。でもその時間が質問の答えになる。
「…アル、なんで?」
それまで甘い光を灯していた目が少し冷たくなるのを見て喉がきゅ、と狭くなる。
「……えっと、その」
今まで生きてきてこんなにも言葉に詰まることがあっただろうか。いつだって詰めるのは僕の仕事だったのに今はシリウスから詰められている。俄には信じ難いが、残念ながらこれが現実だ。
「……」
一等星がじいっと僕を見ている。こいつの真顔はこんなにも圧力があったのかと八年一緒にいて初めて気が付いた。
「…お、お前はどうしてそう思ったんだ?」
「質問に質問で返さない。アルがいっつも俺に言ってるやつだろ」
「ぐぅ…」
奥歯を噛み締めた。過去の自分の発言が驚くほど自分の首を絞めてくる。
「…あー、その、だな」
「うん」
「お前は、騎士団長の息子だろ」
「うん」
「で、お前は天才だ」
「まあそうだな」
そこを謙遜しないのがこいつなのだが、当然みたいな顔で頷かれるとやはり少し苛っとする。が、息を吐いてやり過ごす。
「…お前はいずれ王都に戻るだろ」
「うん」
間髪入れずに返ってきた言葉に心臓ではないけれど胸の中心辺りがぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。それが自然だと思っていたし自分でも納得しているはずの答えなのに、シリウスの口から答えが出たことに僕は今傷付いている。
でもそんなことは悟られたくなくて、僕はほんの少し息を吐いてから自分を落ち着かせるために息を吸った。
「僕は王都には行けない」
「なんで?」
「は?」
「なんで?」
なんの後ろめたいことがない、純度百パーセントの疑問しか感じていない目に見られて僕は口を開けた。
「な、なんでって、お前、王都だぞ」
「うん」
「あそこは選ばれた人間しか行けない場所だろ」
「うん」
「だから僕は行けない」
「なんで?」
心の底から疑問なのかシリウスがきょとんとした顔をしている。それに腹の底がふつりと煮えて、奥歯をギリっと噛み締めた。
「僕が優秀じゃないからだよ! 僕は王都に行けるような才能は持ち合わせていない。ここにいること自体奇跡みたいなものなんだ、だから」
「それはアルが俺をサポートすることに全振りしてるからじゃん」
「……は?」
「そうさせちゃったのは多分俺だけど、お前って最初はすげー攻撃タイプだったじゃん。なんなら魔物に対する殺意は俺より全然上だし、やり方もすげえスマートで燃費も良いから長期戦だっていけるじゃん。おまけに頭も良いし、ちゃんと冷静だし、何よりすっげえ努力出来るのに」
光がずっと僕を見ている。
「それのどこが優秀じゃねえの?」
この馬鹿に裏表がないのも、人をわざと持ち上げる器用さがないことも、僕は人一倍知っているつもりだ。だからこの言葉には嘘がない。
そう混じり気がなく思えるから僕は言葉に詰まった。
ずっと追いかけ続けて来た男にこう言われて喜ばない人間なんているのだろうか。
追い越すことが無理ならせめて横に並び立ちたいと思って何年経っただろう。どれだけの試行錯誤をしてきただろう。圧倒的な才能を前に何度も膝をついてそれでも悔しいから立ち上がって、いつの間にかその才能に魅入られて、僕はこの男の影になることに徹していた。
だってそれが一番効率が良くて合理的だったのだ。
僕は圧倒的な光には、天才にはなれない。同じ道を走っていたって太陽を前にしたら僕の存在なんて塵も同然。それならばと僕は僕が一番光れる場所を探したのだ。
それがシリウスのサポートだった。そうすれば学園での僕の評価も上がってその結果田舎者にしては大出世を果たしたと思う。その行動を僕は恥じたことなんて一回もない。生存戦略として最適解を導き出したと思っている。
だけどそれはやっぱり悔しかったと、今になって思い出す。そうすることでしか証明できない自分の存在価値に心が折れそうだった。
でも、後悔はしていない。
「…天才に言われてもな」
言葉にすればとても感じが悪い。でも僕は今笑っていた。
つきものが落ちたというのはきっとこんな感情なんだろう。雲ひとつない青空、そう言っても差し支えないくらい思考も心もすっきりとしている。
僕の心境を知ってか知らずかシリウスも笑っている。二人でいる時にしか見せない穏やかで優しい微笑みを浮かべて僕のことを見つめていた。
「だから王都にはアルも連れて行くよ」
「……」
一拍。
「は⁉︎」
あまりの驚きに腹から声が出た。そんな僕の声に驚いたのか大きな目をぱちりと開いたシリウスだったがすぐに「何驚いてんの?」みたいな顔をして僕を見る。
「もう親父にも言ってる」
「はあ⁉︎」
「親父も大歓迎だって言ってた」
「はああ⁉︎」
予想外のことすぎて僕の口からは同じ言葉しか出てこない。
そして僕はこいつの性格を熟知している。だからわかる。こいつの言っていることは全て事実だ。事実だからこそ、僕の背中には冷や汗が流れた。
「お。おま、お前、何を勝手に…!」
「この前隊長にもそれとなく言ったらまあそうだろうなって言ってた!」
「お前⁉︎」
「領主様にも言っとかねえとなー!」
直視出来ない程の輝く笑顔に僕は顔の真ん中に皺を寄せた。あまりの事態に僕はもう何をどう言ったらいいかわからない。怒ればいいのか呆れたらいいのかすらもわからず、猪突猛進バカの髪を掴んで引っ張ることしか出来ない。
「痛い痛いハゲる! ハゲちゃうってアル!」
「このまま毛根全て死滅させてやる…!」
「やだー!」
「どうしてお前はいつも一人で先走るんだこの…!」
「だ、だってこういうのは外堀から埋めろって!」
「誰だお前にそんなこと教えたのは!」
「家訓!」
「どうなってるんだお前の家は‼︎」
怒りと困惑の収まりがつかなくて思わずシリウスに馬乗りになった僕は絶対に悪くない。このまま顔面を殴りつけてやろうかと思ったのに僕を見るシリウスの目があまりにも穏やかだから動きが止まってしまった。
「…おい、なんで嬉しそうなんだ」
「嫌だとは言わねえなぁって思って」
「…!」
目を見開く。
ぎり、と歯噛みして行き場のない感情を拳に込めてシリウスの胸板を殴った。カエルが潰れたような声がしたけれど、これくらい耐えろと睨む。
そんな僕の拳も睨みも全く効いていないらしいシリウスは腹が立つほど柔らかな表情をして僕を見ている。宝物を見るような顔だと思った。
「アルはさ、俺と離れたくないでしょ」
「…は?」
「だってアルは俺のこと大好きじゃん。離れらんないよ」
「自惚れるな馬鹿」
言葉とは裏腹に自分の声が弱々しい。シリウスは余計に嬉しそうに笑うし、いつの間にか背中に腕が回っていてまた抱き締められた。
「俺もアルのこと離したくない。ずーっと一緒が良い」
「……」
それにさぁ、といつかも見たような顔でシリウスが続ける。
「お前はもう俺のなんだから諦めた方がよくない?」
仕方がない奴だなとでも言いたげな顔をしていた。
ほんの数ヶ月前言われた時は殴った気のする言葉だが、関係性が変わるとこうも受け取り方が変わるのかと僕は眉を寄せた。
「…お前のじゃない」
苦し紛れに呟いた言葉にシリウスが怪訝な顔をする。
「俺のだよ」
「違う」
「違わない。俺の」
自分の言葉を一ミリも疑っていない煌めく星と視線が交わる。
「アルは俺のものだよ。だから諦めて」
何を、と聞くのは野暮だろう。
有無を言わせない顔と声に僕の心臓はきゅうっと締め付けられた。この感情の名前を僕は知っているけれど、それを認めるのが癪だ。でもそう思っている時点でシリウスの思う壺なのだ。
「……お前だって、僕のだろうが」
苦し紛れに絞り出した言葉にシリウスが破顔する。
「うん、そうだよ。俺はお前の」
「…クソ」
今度こそ何も言えなくなって沈没した僕を抱き締めながらシリウスが声を上げて笑う。
それにも腹が立つけれど、僕は何も言えなかった。
だって僕はこいつからの愛情を確かに嬉しいと思ってしまっている。ずっと焦がれて手を伸ばし続けてきた男が、僕にも手を向けてくれているという事実が嬉しくて、胸の辺りがむず痒くて仕方がない。
仕方がないけれど、その感覚全部が嬉しい。
ああ、クソ。
「僕は一生お前に勝てない気がする…!」
またシリウスが声を上げて笑った。
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