【完結】星に焦がれて

白(しろ)

文字の大きさ
32 / 36
第二章 僕たちの話

自覚のその後②

しおりを挟む
 大きな目が僕を見ている。
 真っ直ぐと逸らすことなんて知らないなんて目で僕を見るから僕も目が逸らせなくて無言のまま少し時間が経つ。でもその時間が質問の答えになる。

「…アル、なんで?」

 それまで甘い光を灯していた目が少し冷たくなるのを見て喉がきゅ、と狭くなる。

「……えっと、その」

 今まで生きてきてこんなにも言葉に詰まることがあっただろうか。いつだって詰めるのは僕の仕事だったのに今はシリウスから詰められている。俄には信じ難いが、残念ながらこれが現実だ。

「……」

 一等星がじいっと僕を見ている。こいつの真顔はこんなにも圧力があったのかと八年一緒にいて初めて気が付いた。

「…お、お前はどうしてそう思ったんだ?」
「質問に質問で返さない。アルがいっつも俺に言ってるやつだろ」
「ぐぅ…」

 奥歯を噛み締めた。過去の自分の発言が驚くほど自分の首を絞めてくる。

「…あー、その、だな」
「うん」
「お前は、騎士団長の息子だろ」
「うん」
「で、お前は天才だ」
「まあそうだな」

 そこを謙遜しないのがこいつなのだが、当然みたいな顔で頷かれるとやはり少し苛っとする。が、息を吐いてやり過ごす。

「…お前はいずれ王都に戻るだろ」
「うん」

 間髪入れずに返ってきた言葉に心臓ではないけれど胸の中心辺りがぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。それが自然だと思っていたし自分でも納得しているはずの答えなのに、シリウスの口から答えが出たことに僕は今傷付いている。
 でもそんなことは悟られたくなくて、僕はほんの少し息を吐いてから自分を落ち着かせるために息を吸った。

「僕は王都には行けない」
「なんで?」
「は?」
「なんで?」

 なんの後ろめたいことがない、純度百パーセントの疑問しか感じていない目に見られて僕は口を開けた。

「な、なんでって、お前、王都だぞ」
「うん」
「あそこは選ばれた人間しか行けない場所だろ」
「うん」
「だから僕は行けない」
「なんで?」

 心の底から疑問なのかシリウスがきょとんとした顔をしている。それに腹の底がふつりと煮えて、奥歯をギリっと噛み締めた。

「僕が優秀じゃないからだよ! 僕は王都に行けるような才能は持ち合わせていない。ここにいること自体奇跡みたいなものなんだ、だから」
「それはアルが俺をサポートすることに全振りしてるからじゃん」
「……は?」
「そうさせちゃったのは多分俺だけど、お前って最初はすげー攻撃タイプだったじゃん。なんなら魔物に対する殺意は俺より全然上だし、やり方もすげえスマートで燃費も良いから長期戦だっていけるじゃん。おまけに頭も良いし、ちゃんと冷静だし、何よりすっげえ努力出来るのに」

 光がずっと僕を見ている。

「それのどこが優秀じゃねえの?」

 この馬鹿に裏表がないのも、人をわざと持ち上げる器用さがないことも、僕は人一倍知っているつもりだ。だからこの言葉には嘘がない。
 そう混じり気がなく思えるから僕は言葉に詰まった。

 ずっと追いかけ続けて来た男にこう言われて喜ばない人間なんているのだろうか。
 追い越すことが無理ならせめて横に並び立ちたいと思って何年経っただろう。どれだけの試行錯誤をしてきただろう。圧倒的な才能を前に何度も膝をついてそれでも悔しいから立ち上がって、いつの間にかその才能に魅入られて、僕はこの男の影になることに徹していた。

 だってそれが一番効率が良くて合理的だったのだ。
 僕は圧倒的な光には、天才にはなれない。同じ道を走っていたって太陽を前にしたら僕の存在なんて塵も同然。それならばと僕は僕が一番光れる場所を探したのだ。
 それがシリウスのサポートだった。そうすれば学園での僕の評価も上がってその結果田舎者にしては大出世を果たしたと思う。その行動を僕は恥じたことなんて一回もない。生存戦略として最適解を導き出したと思っている。

 だけどそれはやっぱり悔しかったと、今になって思い出す。そうすることでしか証明できない自分の存在価値に心が折れそうだった。
 でも、後悔はしていない。

「…天才に言われてもな」

 言葉にすればとても感じが悪い。でも僕は今笑っていた。
 つきものが落ちたというのはきっとこんな感情なんだろう。雲ひとつない青空、そう言っても差し支えないくらい思考も心もすっきりとしている。
 僕の心境を知ってか知らずかシリウスも笑っている。二人でいる時にしか見せない穏やかで優しい微笑みを浮かべて僕のことを見つめていた。

「だから王都にはアルも連れて行くよ」
「……」

 一拍。

「は⁉︎」

 あまりの驚きに腹から声が出た。そんな僕の声に驚いたのか大きな目をぱちりと開いたシリウスだったがすぐに「何驚いてんの?」みたいな顔をして僕を見る。

「もう親父にも言ってる」
「はあ⁉︎」
「親父も大歓迎だって言ってた」
「はああ⁉︎」

 予想外のことすぎて僕の口からは同じ言葉しか出てこない。
 そして僕はこいつの性格を熟知している。だからわかる。こいつの言っていることは全て事実だ。事実だからこそ、僕の背中には冷や汗が流れた。

「お。おま、お前、何を勝手に…!」
「この前隊長にもそれとなく言ったらまあそうだろうなって言ってた!」
「お前⁉︎」
「領主様にも言っとかねえとなー!」

 直視出来ない程の輝く笑顔に僕は顔の真ん中に皺を寄せた。あまりの事態に僕はもう何をどう言ったらいいかわからない。怒ればいいのか呆れたらいいのかすらもわからず、猪突猛進バカの髪を掴んで引っ張ることしか出来ない。

「痛い痛いハゲる! ハゲちゃうってアル!」
「このまま毛根全て死滅させてやる…!」
「やだー!」
「どうしてお前はいつも一人で先走るんだこの…!」
「だ、だってこういうのは外堀から埋めろって!」
「誰だお前にそんなこと教えたのは!」
「家訓!」
「どうなってるんだお前の家は‼︎」

 怒りと困惑の収まりがつかなくて思わずシリウスに馬乗りになった僕は絶対に悪くない。このまま顔面を殴りつけてやろうかと思ったのに僕を見るシリウスの目があまりにも穏やかだから動きが止まってしまった。

「…おい、なんで嬉しそうなんだ」
「嫌だとは言わねえなぁって思って」
「…!」

 目を見開く。
 ぎり、と歯噛みして行き場のない感情を拳に込めてシリウスの胸板を殴った。カエルが潰れたような声がしたけれど、これくらい耐えろと睨む。
 そんな僕の拳も睨みも全く効いていないらしいシリウスは腹が立つほど柔らかな表情をして僕を見ている。宝物を見るような顔だと思った。

「アルはさ、俺と離れたくないでしょ」
「…は?」
「だってアルは俺のこと大好きじゃん。離れらんないよ」
「自惚れるな馬鹿」

 言葉とは裏腹に自分の声が弱々しい。シリウスは余計に嬉しそうに笑うし、いつの間にか背中に腕が回っていてまた抱き締められた。

「俺もアルのこと離したくない。ずーっと一緒が良い」
「……」

 それにさぁ、といつかも見たような顔でシリウスが続ける。

「お前はもう俺のなんだから諦めた方がよくない?」

 仕方がない奴だなとでも言いたげな顔をしていた。
 ほんの数ヶ月前言われた時は殴った気のする言葉だが、関係性が変わるとこうも受け取り方が変わるのかと僕は眉を寄せた。

「…お前のじゃない」

 苦し紛れに呟いた言葉にシリウスが怪訝な顔をする。

「俺のだよ」
「違う」
「違わない。俺の」

 自分の言葉を一ミリも疑っていない煌めく星と視線が交わる。

「アルは俺のものだよ。だから諦めて」

 何を、と聞くのは野暮だろう。
 有無を言わせない顔と声に僕の心臓はきゅうっと締め付けられた。この感情の名前を僕は知っているけれど、それを認めるのが癪だ。でもそう思っている時点でシリウスの思う壺なのだ。

「……お前だって、僕のだろうが」

 苦し紛れに絞り出した言葉にシリウスが破顔する。

「うん、そうだよ。俺はお前の」
「…クソ」

 今度こそ何も言えなくなって沈没した僕を抱き締めながらシリウスが声を上げて笑う。
 それにも腹が立つけれど、僕は何も言えなかった。
 だって僕はこいつからの愛情を確かに嬉しいと思ってしまっている。ずっと焦がれて手を伸ばし続けてきた男が、僕にも手を向けてくれているという事実が嬉しくて、胸の辺りがむず痒くて仕方がない。
 仕方がないけれど、その感覚全部が嬉しい。
 ああ、クソ。

「僕は一生お前に勝てない気がする…!」

 またシリウスが声を上げて笑った。
 これが惚れた弱みというやつかと、僕はもう一度シリウスの胸板を殴った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

長年の恋に終止符を

mahiro
BL
あの人が大の女好きであることは有名です。 そんな人に恋をしてしまった私は何と哀れなことでしょうか。 男性など眼中になく、女性がいればすぐにでも口説く。 それがあの人のモットーというやつでしょう。 どれだけあの人を思っても、無駄だと分かっていながらなかなか終止符を打てない私についにチャンスがやってきました。 これで終らせることが出来る、そう思っていました。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

処理中です...