用済みの元聖女は闇堕ちする

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第一章

偽りの聖女

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──異世界から聖女を召喚した──

 アリアがそれを聞いたのは自室に戻ってからだった。
 側仕えをしてくれているシーニャが顔面を蒼白にしながら教えてくれた内容はあまりにも荒唐無稽で常であれば笑って受け流すようなものだった。

 けれど今のアリアにはそれができない。
 なぜなら目の前でその荒唐無稽な儀式を見たのだ。祈りの場の魔法陣が強烈な光を炸裂させ、その光が収まったと思ったらその陣の中央には奇妙な服を着た少女がいた。目を背けたくなる程健康的な足を曝け出し、女性ならば長く保つことが常識である髪を肩ほどで切り揃えた少女が。

 思い出すだけで頭痛がしてアリアはこめかみに触れた。
 シーニャ以上に顔面を蒼白にさせたアリアは今自室の椅子に深く腰掛けて未だ信じ難い光景を頭の中で反芻していた。

「…アリア様、横になられてはいかがですか?その、とてもお疲れのように見えます」
「……ごめんなさい、シーニャ。心配を掛けているのね」
「いいえっ!アリア様がお悩みになるのは当然ですっ。…わたしだって、先程から胸が張り裂けそうです」

 箝口令が敷かれているはずの先程の出来事だが、既に境界内に広まっているらしかった。
 シーニャ曰く、異世界から真の聖女を召喚したと。その聖女の力は凄まじく、その人であれば現在滞っている魔王軍への侵攻も揺るぎないものになるだろうと。
 アリアは溜息が抑え切れなかった。

「…真の聖女…」
「あんなのでまかせですアリア様!アリア様が間違いなく聖女様です、それは私が一番良く知っています!」

 シーニャはアリアと同い年の十八歳だった。けれど背が低く痩せてはいるがもっちりとした頬やくるくると変わる表情のせいか幼く見えて、アリアは彼女のことを妹のように思っていた。

「…ありがとうシーニャ。泣きそうな顔をしないで。私あなたの笑っている顔が大好きなのよ?」

 両手を伸ばして頬に触れるとシーニャは大きな目に涙をいっぱいにためてアリアに抱きついた。アリアもシーニャの身体に腕を回してその柔らかな温もりに縋る。
 アリアの心は不安でいっぱいだった。今日見たこと全てが夢であってほしいと願うのに、現実は残酷で時間が経つにつれて自分が見たものは真実なのだといやでも理解が出来てしまう。浮かぶのは、コンラッドの姿だった。


△▼△


 アリアは聖ルマンダ帝国の聖女として幼い頃から教会に身を置いている。
 聖女と呼ばれる者には生まれながらにして印が刻まれており、それがアリアの持つ黒髪黒目だった。聖女の血筋というものは存在せず、先代聖女が亡くなればまたどこかで聖女が生まれ、教会がそれを見つけ出して保護をするという形だ。
 
だからアリアも元々辺境の村の出身であったが、アリアが教会に身を寄せたのは八歳を越えた頃だった。理由はアリアの色素がその年齢で変わったからだ。
 アリアは元々赤毛に青い目をしていたが、それが突然なんの前触れもなく黒に変わったのだ。そうなってから家族は大慌てて教会へと報告し、協会側も前例がないと最初は疑っていたが先代聖女が亡くなってからの後任がいないこと、そしてアリアの色が間違いなく黒だと証明されて今は当代聖女として教会で日々祈りを捧げている。
 この国に於いて聖女とは希望と平和の象徴であり、また抑止力でもあった。

 ルマンダ帝国が創建されるキッカケとなった歴史がある。
 それが魔王軍の討伐であり、魔王の封印だ。
 かつて魔王の脅威に晒されていた国々が団結して各国の猛者を集い少数精鋭の討伐部隊を組んだとされている。
 その中には勇者、魔法使い、賢者、騎士、そして聖女がいたとされ、激戦の末魔王を打ち破りその後結ばれた勇者と聖女によってこの国が生まれ、現在に至る。

 だが魔王の力は凄まじく、あまりにも強大だったからか滅ぼすことは出来ず封印に留まり、今も遥か彼方闇の国にて霊廟の奥深くで眠っているらしい。そのせいかこの世界では未だに人々は魔物の脅威に晒され、酷いところでは村が食い尽くされる場所もある。
 そこで必要になるのが聖女の祈りだ。
 聖女の祈りには古から守護の力が込められており、その力が強ければ強い程守りは盤石となり被害は少なくなる。その筈だった。

 アリアが聖女となり、十年経った。アリアは自分なりに精一杯の聖女の仕事をこなしてきたつもりだし、最初の数年はなんの問題も無く守護の力を与えることが出来ていた。
 けれどいつしか綻びが生まれ始めたのだ。
 最初は小さな違和感だった。日々の祈りの際に、例えるなら張り詰めた糸にほんの少し刃物が当てられたような感覚があった。けれどアリアはそれを不思議には思いつつ気には留めなかった。

 だがそれが間違いだったのだと、今は思う。
 その日を皮切りにアリアの守護は日に日に弱くなっていった。それと同時に魔物の力が増していったのだ。被害は増え、アリアは祈りの時間を増やした。
 それこそ一日中祈りの場で神経を研ぎ澄ませ世界が平和であることを願うのに、それを嘲笑うかのように魔物は勢力を増して人間を襲い続ける。

 聖女の力は決して無限ではなく、無理をすれば当然支障が出る。
 アリアは力の使い過ぎで魔力が枯渇していた。
 無理をすれば命に関わると医師に言われ、アリアはそれから祈る時間を減らした。
 そして、今まで祈りに集中していたから聞こえなかった声が届くようになったのだ。

──偽りの聖女に期待をしても無駄だ。

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