おまえが堕ちろ

越知 学

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 家について洗濯物や入院中に使用していた日用品を定位置に戻す作業に取り掛かった。
 といっても母が週に2回ほど荷物の交換に来てくれていたので、汚れ物も片付けるものも少なく、あっという間に荷ほどきは終了した。改めて、自分は生かしてもらってるような感覚に陥る。
 残った物品を自分の部屋、もとい現在は推しグッズ部屋(誰のとはあえて言わない)と化した部屋に入ろうとした。
 その瞬間、ほんの少しだけ違和感を覚えた。匂いとか気配ではなく、なんとなく空気が違うという第六感というには恥ずかしすぎる感覚だった。
 僕は中二病気質があるので、大抵こういうのは思い過ごし、黒歴史スタンプカードに日付が加えられるのがおちだ。
 しかし、外すまでが一つの魅力である超一流妄想師の〇堂君でさえたまに妄想が当たってしまうように、僕の感じた違和感も珍しく当たったようだ。
 ――そこには「僕」がいた。
 勉強机とセットで用いる椅子に退屈そうに座っている。僕の目線に気づきこちらに顔を向けるが、なんの感情も伝わってこない。
 僕は二度見もしなければ、叫び声も上げない。驚くほど冷静だった。
 脳がフリーズすることもなく、たった一言が零れていた。
「僕……死ねるの?」
「……お前は死にたいの?」
「あっえっ………いや、死にたいわけではないかも」
 僕と「僕」の初めての会話だった。いやいや、初めてではないでしょ?と彼はツッコミを入れつつ、表情一つ変えないで話続けた。
「今は死ぬ気ないんだね。うん。そっか。まあ安心して。俺はドッペルゲンガーではないよ。ってかアニメや漫画の見過ぎじゃない?」
 少し鼻で笑われてしまった。でも「僕」なので不思議と癪に障らない。
「俺はただ自問自答するための発信者みたいなもの。さすが中二病、いとも簡単に存在しないもの作り出せるんだね。我ながらあっぱれだよ。俺は俺であるお前に問いかけるだけ。肯定も否定もしない。つまり天使でも悪魔でもない。不安定な心の具現化だよ」
 ちょっと待て。――分かりみが深すぎる。
 それもそうか。きっと彼は僕が勝手に作った虚像でいわば創作物なわけだ。きっと入院前から手掛けていた小説に多大な影響を受けたに違いない。
 自問自答と創作物というキーワードから金の亡者である人物がある少女に向けて放った言葉を思い出す。
『――創作物というのは恥ずかしいものだ』
 その後に彼の株が鰻登りしていく言葉を不完全に思い出しながら、やっぱり創作物は恥ずかしいものだと再認識させられた。
「小説……か。いいじゃん。お前は人一倍承認欲求が強いから、この自問自答も物語にすればいい。きっと肯定や否定は疎か、見てもらえることさえないかもしれない。でも証として、自分が存在したことを残したいんだろ?お前の物語を」
 図星だ。この場合図星という言葉は不適切だろうけど。
「さっきからずっと話さないな。でもそれがきっと正しい。俺の言葉もお前の言葉だから、そんなの人様に見られたら、創作物が恥ずかしいとかの次元じゃないよね。匿名ってすごい盾なんだね」
 これ以上、この場で話が進展することはなかった。
 変なところで一方的な会話を終えてしまうのも実に僕らしいと思いつつ、僕は自分の物語を綴る決心をした。ところで「ただ問いかけるだけ」とか言いながら既にその設定をぶち壊しているのは良いのだろうか?
 ……いいか、どうせ自分の心を言葉にしただけの作り物だし。
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