ただいま

越知 学

文字の大きさ
7 / 23
1章

7話

しおりを挟む
 僕は何も言わずにドアを開ける。当然返答はない。しかし、奥の方で何かを焼く音が微かに聞こえてきた。
「昨日のこと謝った方が良いかな」
 ……まあ僕の体感では2週間過ぎてるんだけど。
 しかし僕は母には何も言わずに、自室へ向かう。
「もしかすると、食事の時間になったらいつものように話し出すかもしれない。それがたとえ嫌な話であったとしても、今日はしっかり聞こう。そうしたら、きっと全て元通りだ」
 僕は自分に都合の良い解釈をして、自分から謝るという手段をきれいさっぱり消し去った。
 しかしいざ食事の時間が始まると、僕の考えがいかに浅はかで、怠惰極まりない思考であったかを思い知ることになる。
 今日は秋刀魚の塩焼きがメイン料理だった。旬なだけあって、脂が乗っており、身の引き締まり方が非常に良い代物だ。だがそんな会話をする余地もないくらい、その場の空気は重苦しいものだった。誰も一言も話さない。父はまだ理解できる。基本食べるときは話さずに、黙々と食べ続けるので特に不自然はない。
 問題は母だ。いつもなら何か話してと言わなくても、自分から話をし始めるのに、今日は全く口を開かない。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもないその表情は、僕の洞察力を無効化した。
 ……やはり前の発言を気にしてるのか?
 僕は秋刀魚の骨を端にどけながら必死に考える。
 学校の話でもするか?いや、同じ日を2週間以上も続けている僕に、学校の話題などナンセンスすぎる。
 姉に助けを求めるか?いや、そういえば姉は今日大学の飲み会があるからご飯は食べないと言っていた。
 母に何を考えているのか聞いてみるか?いや、その先を知るのが怖くてとてもじゃないけど聞けない。
 茶碗を持ったとき、異様な軽さに驚いて視線を下に落とす。その中は空だった。茶碗だけじゃない。魚も味噌汁も漬物も全てなくなっていた。
 ……全く食べた気がしない。
 しかし、結局僕にはその空気を変える方法が思い浮かばなかった。
「ごちそうさま」
 それだけ呟くと、僕は茶碗を台所に持っていき、水につけてそのまま自室に入った。
 居心地の悪いあの空気から抜けられたことにほっとする自分がひどく情けなかった。自分が蒔いた種なのに自分ではどうすることもできないのが歯がゆい。今、家の空気を悪くしているのは、間違いなく僕のせいだ。でもどうすればいいか分からない。
 ……こんな僕でも明日を迎えられるのだろうか?
 僕は風呂に入った後、すぐに横になった。
 自分の不甲斐なさを戒めながら、ゆっくりと眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...