2 / 5
2話
しおりを挟む
彼が暴君という似つかわしくない異名で呼ばれるようになったのは、中学校に入ってまだ1か月も満たない時期の頃である。きっかけは本当に些細で、だからこそ誰にでも起こり得る話だ。
彼は大衆に目立つタイプではなく、誰かに嫌われることもない穏やかな性格だった。
そんな彼は、ある人からなんの予告もなくこう命令された。
「もうあいつとは仲良くしないで、無視してね」
しかし彼は、一切躊躇わずに疑問をぶつけた。
「どうして?彼も大切な友達なんだけど?」
「俺たちが気に食わないからだよ。分かんないの?」
その時、彼の中で今まで感じたことのない感情が湧き出てくる。
それはーー人間不信。
中には「こんなありふれたことで?」と思う人もいるかもしれない。
しかしあまりにも純粋に育ちすぎた彼にとって、誰かを除け者にするなどという考えは持ち合わせていなかった。
結局彼は何も答えられず、ただ俯くことしか出来なかった。
それ以上話が進展することがなかった代わりに、翌日から口を聞いてくれる人がいなくなった。
私が彼を知ったのも丁度その時期だったと思う。
無力で全く影響力を持たない私には、どうすることも出来なかった。
彼は無視されることに対しては何とか耐えられた。
しかし、久しぶりに聞こえた自分の話題の内容に、彼は激怒することになる。
「あいつの親、どういう教育してんだろうな?あいつに似て馬鹿なんじゃね?」
両親を罵られ、侮辱され、否定された。
誰よりも親を尊敬している彼にとって、それは自分の世界を否認されたことに値した。
もし身体が弱ければもっと別の方法をとっていたのかもしれない。しかし彼は体格こそ恵まれていないものの、生まれ持った格闘技の才能があった。
彼は我を忘れることなく、相手の意識が無くなる寸前まで叩きのめした。
そこからは地表が見えない崖から落ちていくようにあっという間だ。
噂というのは、池へ投げられた餌に群がる鯉のように、それ本来に大きな意味を持たない。
そこにあるのはただ本能のみ。
悪気があろうとなかろうと、噂という餌が撒かれれば次々とそれになだれ込み、その動向に気づいた誰かがまた詰め寄せる。そうして取り返しのつかないほど広いところまで知れ渡ってしまうのだ。
彼は様々な輩と戦うことになり、傷一つ負わず圧勝しては「これで終わりだと思うなよ」と言い捨てる。
故に負けた者はあまりの恐怖に関係を断ち、粋がった奴らが次から次へと勝負を挑みにくる。それ以外の人間は傍観に徹した。あれには絶対に関わるまいと。
――これが彼の通り名誕生の全貌である。
……でも、私は知っている。
どんなに酷い悪態をついた人でも、最後のとどめは刺さないこと。
何もアクションを起こそうとしない傍観者に対して害を与えないこと。
両親には絶対心配をかけないように、細心の注意を払っていること。
彼は自分が圧倒的に苦しい状況でさえ、そのような配慮を欠かさなかった。
結局いくら人間が信用できなくなっていっても、彼の性根は変わらなかったのだ。
そしてそのような良心が存続できたのは、おそらく「星」のおかげだと思う。
彼はよく夜空を見上げては、人目も憚らず指を差しなから正座の名前を口にしていた。
中でも彼が特に好んでいて、歌でも口ずさむように呼んでいた星座があった。
「あれがベガ、それで下側にデネブ、その右側にアルタイル」
――それは織姫様と彦星様の物語の象徴でもある。
あまりにもその名前を耳にし過ぎて、天体に詳しくない私でも認知していた。
でも私は何度探してもアルタイル――彦星様を見つけることができなかった。
織姫様であるベガは3つの中で最も明るく輝いている星であるため、それを基準に他の2つを探すのがセオリーだ。
私もベガであれば何とか見つけられるが、それ以降は点と点を線で結ぶことができない。
私はずっと彦星様を見つけられないまま、それでもなお光から次の光へと視点を移していった。
そんな私を他所に、数秒もかからずに三角形の所在を把握する彼は相当な有識者なのだろう。
私の視線が最初から彼にあったことに、この時の私はまだ気づいていなかった――。
彼は大衆に目立つタイプではなく、誰かに嫌われることもない穏やかな性格だった。
そんな彼は、ある人からなんの予告もなくこう命令された。
「もうあいつとは仲良くしないで、無視してね」
しかし彼は、一切躊躇わずに疑問をぶつけた。
「どうして?彼も大切な友達なんだけど?」
「俺たちが気に食わないからだよ。分かんないの?」
その時、彼の中で今まで感じたことのない感情が湧き出てくる。
それはーー人間不信。
中には「こんなありふれたことで?」と思う人もいるかもしれない。
しかしあまりにも純粋に育ちすぎた彼にとって、誰かを除け者にするなどという考えは持ち合わせていなかった。
結局彼は何も答えられず、ただ俯くことしか出来なかった。
それ以上話が進展することがなかった代わりに、翌日から口を聞いてくれる人がいなくなった。
私が彼を知ったのも丁度その時期だったと思う。
無力で全く影響力を持たない私には、どうすることも出来なかった。
彼は無視されることに対しては何とか耐えられた。
しかし、久しぶりに聞こえた自分の話題の内容に、彼は激怒することになる。
「あいつの親、どういう教育してんだろうな?あいつに似て馬鹿なんじゃね?」
両親を罵られ、侮辱され、否定された。
誰よりも親を尊敬している彼にとって、それは自分の世界を否認されたことに値した。
もし身体が弱ければもっと別の方法をとっていたのかもしれない。しかし彼は体格こそ恵まれていないものの、生まれ持った格闘技の才能があった。
彼は我を忘れることなく、相手の意識が無くなる寸前まで叩きのめした。
そこからは地表が見えない崖から落ちていくようにあっという間だ。
噂というのは、池へ投げられた餌に群がる鯉のように、それ本来に大きな意味を持たない。
そこにあるのはただ本能のみ。
悪気があろうとなかろうと、噂という餌が撒かれれば次々とそれになだれ込み、その動向に気づいた誰かがまた詰め寄せる。そうして取り返しのつかないほど広いところまで知れ渡ってしまうのだ。
彼は様々な輩と戦うことになり、傷一つ負わず圧勝しては「これで終わりだと思うなよ」と言い捨てる。
故に負けた者はあまりの恐怖に関係を断ち、粋がった奴らが次から次へと勝負を挑みにくる。それ以外の人間は傍観に徹した。あれには絶対に関わるまいと。
――これが彼の通り名誕生の全貌である。
……でも、私は知っている。
どんなに酷い悪態をついた人でも、最後のとどめは刺さないこと。
何もアクションを起こそうとしない傍観者に対して害を与えないこと。
両親には絶対心配をかけないように、細心の注意を払っていること。
彼は自分が圧倒的に苦しい状況でさえ、そのような配慮を欠かさなかった。
結局いくら人間が信用できなくなっていっても、彼の性根は変わらなかったのだ。
そしてそのような良心が存続できたのは、おそらく「星」のおかげだと思う。
彼はよく夜空を見上げては、人目も憚らず指を差しなから正座の名前を口にしていた。
中でも彼が特に好んでいて、歌でも口ずさむように呼んでいた星座があった。
「あれがベガ、それで下側にデネブ、その右側にアルタイル」
――それは織姫様と彦星様の物語の象徴でもある。
あまりにもその名前を耳にし過ぎて、天体に詳しくない私でも認知していた。
でも私は何度探してもアルタイル――彦星様を見つけることができなかった。
織姫様であるベガは3つの中で最も明るく輝いている星であるため、それを基準に他の2つを探すのがセオリーだ。
私もベガであれば何とか見つけられるが、それ以降は点と点を線で結ぶことができない。
私はずっと彦星様を見つけられないまま、それでもなお光から次の光へと視点を移していった。
そんな私を他所に、数秒もかからずに三角形の所在を把握する彼は相当な有識者なのだろう。
私の視線が最初から彼にあったことに、この時の私はまだ気づいていなかった――。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる