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第二部 絆ぐ伝説
第三話二章 願いを探す
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『輝きは消えず』号が宝石で出来た乙女のようなその身を桟橋につけた。
そこからロウワンが降りてくる。ロウワンの横にはいつも通り尻尾に剣を握って得意気なビーブ。さらに、その後ろからはトウナの父であるボニトォをはじめ、島の男たちが数名、ついてきている。
見張りからの報告を受けたトウナが、ロウワンたちを出迎えた。
「お帰りなさい、ロウワン、ビーブ。それに、父さんたちも」
と、トウナはロウワンの後ろの男たちに目をやりながら出迎えた。
「……ああ」
と、ボニトォは少々、複雑な面持ちで答えた。
娘が自分より先にロウワンの名前を呼んだことに傷ついているのである。
子どもがいつまでも親にべったりなわけがないとはわかっている。まして、一五を過ぎた娘だ。親より自分の交友関係の方が大切なのは当たり前だし、健全に育っていることを喜ぶべきところでもある。それはわかっている。それでも――。
――以前は、帰ってくるたび、『海での話を聞かせて』って真っ先におれの所に来ていたのになあ。
と、ちょっぴり切なくなるお父さんだった。
親の心子知らずの娘のほうはロウワンとふたりで村長宅に向かった。父親の心配を和らげるために言っておくと、ビーブも一緒について行っているので『部屋のなかでふたりきり』になるわけではない。
トウナは村長宅に入るとまず厨房に向かい、コーヒーを淹れた。
コーヒー豆を粉にひいて袋に入れ、ポットに載せる。袋の上から沸かしたての熱湯をゆっくりそそぎ、じっくり抽出。その手際といい、最初の頃に比べてかなり様になっている。
黒い液体を満たした湯気を立てるカップをトレイに載せ、運んでくる。もちろん、ビーブの分も淹れて三人分である。
三つのカップをそれぞれの席の前に置く。それから、席についた。
「それでどう? 北の大陸は」
トウナの問いに、ロウワンはコーヒーを一口、飲んでから答えた。
「ああ。パンゲア対ローラシア・ゴンドワナ連合の戦いはパンゲアが優勢らしい。ミッキーの言っていた『妙な連中』の噂もちらほら聞くな。やっぱり、そいつらの力でパンゲアが優位を保っているらしい」
「その『妙な連中』って何者なの?」
「それがわからない。実のところ、噂ばかりで、本当にいるのかどうかも確かめられていないしな。ボウはその点がおかしいって言っている」
「おかしいってなにが?」
「情報がないと言うことは、パンゲアがその存在を隠していると言うこと。だけど、強力な戦力であればあるほど隠すことなく、大々的に宣伝して相手を威圧するために使うはず。それなのに、隠しているのはおかしい。そういうことだよ」
ボウはかつてローラシア海軍で艦長を務めていた。ロウワンの仲間のなかではいまのところただひとりの、指揮官級の軍隊経験をもつ人物である。軍のことを語らせればボウほど信頼のおける人物はいない。
「つまり、それってどういうこと?」
「ボウが言うには可能性は三つ。ひとつは、『妙な連中』なんて実はいない。通常の兵たちを偽装してかわった存在に見せかけ、情報戦で相手を揺さぶっていると言うこと。ふたつ目は実在はするがまだ試験段階で実用段階に達していないと言うこと。
ただ、このふたつだとパンゲアが戦いを優位に進めている事実が説明できない。だから、ボウは『三つ目の可能性』が最も高いんじゃないかと言っている」
「三つ目の可能性?」
「つまり……」
と、ロウワンは不吉な予感を感じさせる間を置いた。
「ヤバすぎて公表できない存在、である場合」
その言葉に――。
その場に重苦しい沈黙が降りた。
トウナは自ら淹れたコーヒーを一口、飲んだ。その途端、顔をしかめた。
「……やっぱり、コーヒーっておいしいとは思えないわ。父さんたちはずいぶん気に入ったみたいだけど」
「ハルキス先生やおれの父親が言っていたな。コーヒーの良さはおとなになってからでないとわからないって」
「ロウワンはわかるの?」
「……ジュースの方がいい」
そう言ったときのロウワンの表情と口調に――。
思わず吹き出すトウナだった。
自由の国を立ちあげ、タラの島と正式に契約を結んでからおよそ半年。その間、ロウワンはタラの島と北の大陸とを頻繁に行き来していた。
ひとつには北の大陸の情報、特にパンゲアとローラシア・ゴンドワナ連合の戦争の詳細を知るため。
ふたつ目は、タラの島の人々に見聞を積んでもらうため。
タラの島の収入源としてコーヒーハウスの経営をはじめたわけだが、経営を成功させるためには大陸の人々の嗜好を知らなければならないし、他のコーヒーハウスがどのように経営を行い、どのようなコーヒーを出しているかも知らなくてはならない。そのためには、実際に北の大陸に行って人々と交わり、コーヒーハウスに実際に客として訪れなくてはならない。
と言って、島の人々をまとめて長期間、送り込むわけにはいかない。島での仕事もいくらでもあるし、小さな居留地とあって人口が少ない分、いつでも人手不足なのだ。
となれば、少人数ずつ交代で連れて行くしかなく、頻繁に行き来する必要がある。そのためには船足の速い船が適任。桁違いの速度を誇る天命船、『輝きは消えず』号こそがその役目にうってつけ、と言うわけだ。
そのために、ロウワンはこの半年間、『輝きは消えず』号に島の人々を乗せ、幾度となくタラの島と北の大陸とを行き来してきたのである。
自由の国の国主たるロウワンが単独で行動することに関しては『危険だ!』という意見もあった。しかし、
「別に戦場に行くわけじゃないし、狙われるほど有名なわけでもない」
と、ロウワンは心配を打ち消した。
「それに……」
と、苦笑気味に視線を向けた先、そこにはいつも通り、尻尾に握った剣を振りまわして得意気なビーブがいた。
――ロウワンの護衛はおれさまに任せろ。
その態度がそう言っている。
「頼りになる、きょうだい分もいるしね」
実際、ビーブの存在はトウナにとっても心強いものだった。
ビーブの戦士としての強さは知っているし、『ロウワンへの思い』という点でビーブ以上のものはいない。ロウワンを守るためならビーブは死んでも戦う。
トウナ自身は新たに村長になったばかりとあっていそがしく、島をはなれるわけにいかなかった。そのために、ロウワンの身を心配していたのだが、ビーブがいてくれれば不安もなくなるというものだった。
一方で、自由の国には近隣の海賊を制圧し、南の海を平定する、という目的もあった。それを放っておくのかと問われたときには、
「おれはしょせん、素人だ。海賊相手の指揮や戦闘はガレノアやボウに任せておいた方がずっとうまくいく」
と、そう答えた。
実際、自由の国の提督たるガレノアと、その参謀長に任命されたボウはさすがに高名な海賊だけあって有能だった。その名前と顔の広さを生かして次々と他の海賊たちと連絡をとり、あるいは説得して傘下に加え、あるいは力ずくで従わせ、はたまた壊滅させて……と、あっという間に手近な海賊をまとめあげ、この辺り一帯の海域を安定させてしまった。
それによって自由の国の軍事力は跳ねあがった。同時に、契約する居留地の数も増えた。これらの居留地にとって、存続しつづけることは海賊との戦いでもある。海賊の恐ろしさを知り尽くしている。と言うことはつまり、その海賊が味方になったときの頼もしさもよくわかっている、と言うわけだ。
ほとんどの居留地が誘いに対して即決した。参謀長であるボウは、軍隊経験を生かして配下となった海賊たちを振り分け、編成し、島での治安維持活動と船に乗っての巡回及び船の護衛とを交代で行う制度を作りあげた。
もちろん、もともとが無法の海賊。最初の頃は問題も多かった。
治安を守るはずが島の人を襲ったり、船の護衛のはずがいつもの癖を思い出して襲ったり……そんなこともよく起こった。そんな場合はガレノアが徹底的に追い詰め、捕え、処刑した。
なかには船に乗って逃げおおせようとした集団もいる。しかし、そこは同じ海賊。あたりの海域の特徴は潮の流れから隠れられる小島に至るまですべてを知り尽くしている。海賊特有の横のつながりもある。それらを駆使して行き先を突きとめ、追いかけ、追いつめ、捕えては帰ってきた。そして、被害に遭った人々に謝罪し、その目の前でガレノア自らが首を斬り落とした。
これは残酷なように見えてもそうしなければならないのである。
罪には罰を。
治安を維持する立場の側が率先してそれを行わなければ誰も信用してくれるはずがない。発足したての『国』としては人々の信頼を得るためにも、傘下となった海賊たちの意識をたたき直すためにも、断固とした態度が必要だったのだ。
この処置によって、最近では問題らしい問題は起きなくなっている。
「コーヒーハウスの様子はどう?」
トウナがそう尋ねた。
もちろん、島の長として売りあげの報告は聞いているし、順調に伸びていることもわかっている。しかし、島に残っている身では実際の店内の様子まではわからない。
「順調だよ。お客さんたちの反応もいいしね」
実のところ、単純な『コーヒーの質』という点ではまだまだ低い。なんと言っても、コーヒーハウスを開いてまだ半年の素人集団。『コーヒーを淹れる技術』という点では他のコーヒーハウスの熟練した職人たちには遠く及ばない。
それでも、居留地直営のコーヒーハウスにはその点を補ってあまりある長所があった。ひとつには仲介商人を排したことによる価格の安さ。これは、特に『コーヒーを飲んで貴族気分に浸りたいけど、金がない』という庶民にとっては重要なことだった。さらには、島ならではのスパイスの効いた魚料理の数々。また、実際に船を操り、漁に出る男たちの生の体験談。それらはいずれも都会の人々には新鮮なものであり、大人気だった。
タラの島の成功を見て他の居留地も続々とコーヒーハウスを出店しはじめたが、それぞれちがう地域に出店したこともあってどこも好評。居留地の収益は爆発的にあがっている。
「でも、意外だったのは女性人気が高いことだな。島の男の人たちがあんなに都会の女性たちから人気になるとは思わなかったよ」
ロウワンが苦笑しつつ言った。
実際、タラの島の経営するコーヒーハウスは女性客であふれかえっていた。それも、若く、家柄の良いお嬢さまたちだ。そんなお嬢さまたちが荒くれ男たちのまわりに寄り添い、もてはやすのだ。それはなんとも違和感のある光景だった。
「別に意外でもねえさ」
そう言ったのは『一応は』女性であるガレノアだった。
「女ってのは、特に家柄の良いお嬢さまであればあるほど、家のなかに閉じ込められていて外に出るのがむずかしいもんだ。まして、旅に出たり、船に乗って海に乗りだしたり……なんてことは許されやしねえ。その分、異なる世界や冒険ってものに飢えてるのさ。
だからって、すべてを捨てて自ら冒険に出る……なんて、思い切りがある女はめったにいねえ。そこで、生の冒険談を聞くことで自分が冒険に出たような気分に浸りたがるのさ」
そう言われてみればたしかに、納得のいく話ではある。
「……そのおかげで家庭不和もちょこちょこ起きているんだけどね」
と、今度はトウナが苦笑交じりに言った。事実、コーヒーハウスを出店して以来、タラの島での夫婦喧嘩の数は増えつづけている……。
ちなみに、ビーブもそのもふもふ具合で女性たちから大人気で、店の売りあげにしっかり貢献している。
トウナはコーヒーを一口、飲むと表情を改めた。
「でも、漁の時期になるから、男の人たちは向こう半年はお店に出られないわね」
「そうだな。でも、女の人たちも経営に慣れてきているから大丈夫だろう。それより……」
「それより?」
「その間を利用して、北の大陸を旅してみるつもりだ」
「旅? なんのために?」
「理由はいくつかある。第一はやっぱり、戦争の情報をくわしく知るためだな。戦争の行方は自由の国、と言うより、都市網国家という存在そのものにとって大きな意味をもつ。特に『妙な連中』の真偽は確かめておかないといけない。それに、印刷機も何台か仕入れておきたい」
「印刷機を?」
「都市網国家の概念や自由の国の理念を広めるためにはやっぱり、文書にして配った方がいいからな。それと、人集めだな。医師、大工、技術者……とにかく、人が足りない。ガレノアからは『海賊どもを動かすためには酒場の女が必要だ』と言われているしな」
「酒場の女?」
トウナが眉をひそめた。
「あなたが酒場の女を誘うわけ?」
「いや? それは、ガレノアのほうからそのための人を用意してくれるそうだ」
「でしょうね」
言われて、トウナは納得顔になった。
『酒場の女』と聞いても『酒を売る店員』としか認識出来ない『お子ちゃま』ロウワンである。ガレノアの言う『酒場の女』を見つけてこられるわけがない。
「『でしょうね』ってどういう意味だ?」
「わからないならいいのよ」
トウナはそう言ってその話題は打ち切った。
ロウワンは釈然としないものを感じながら話をつづけた。
「あとは、強力な戦士もほしい」
「戦士?」
「大軍がぶつかりあう国同士の戦場とちがって、海賊同士の小規模な戦いでは名のある戦士ひとりの存在がものを言う。『あの○○』と、畏怖される戦士がひとりいるだけで相手を圧倒し、勝利することが出来る。それ以前に相手にあきらめさせ、降伏に追い込むことも出来る。それができるだけの実力をもった戦士がほしい」
「ガレノアではダメなの?」
「たしかに、ガレノアは強いし、名前も知れている。でも、ガレノアには自由の国の提督として全体の指揮を執ってもらわなくちゃならない。いつまでも戦闘の場に出ているわけにはいかない。だから、いまのうちにガレノアにかわる強力な戦士を手に入れておきたいんだ。それに……」
「それに?」
ロウワンはジッ、と、黒い液体を満たしたコーヒーカップを見つめた。それから、重々しい口調で言った。
「……ハルキス先生の最後の頼みを叶えなくちゃならない」
「………!」
「ハルキス先生は言ったんだ。
『バラバラに逃げた仲間たちを探してくれ。うまく逃げ延びたならそれぞれの場所で研究をつづけていたはずだ。いまもきっと、その後継者たちが残っているはずだ』って。
おれは、その人たちを探さなくちゃらならない」
「でも……それって、五百年も前のことなんでしょう? 逃げられたかどうかもわからないんだし……」
「わからないから探すんだ。弟子として、先生の最後の願いを忘れるわけにはいかない」
ロウワンが覚悟を込めてそう言ったそのときだ。島中に警戒の鐘が鳴り響き、見張りのひとりがあわてて飛び込んできた。
「大変だ、村長! あいつだ、あいつがやってきた!」
「あいつ? 誰のこと?」
トウナの問いに――。
見張りは泡を食って答えた。
「あいつだよ! あのブージって海賊だ。あいつの船が近づいてきてるんだ!」
そこからロウワンが降りてくる。ロウワンの横にはいつも通り尻尾に剣を握って得意気なビーブ。さらに、その後ろからはトウナの父であるボニトォをはじめ、島の男たちが数名、ついてきている。
見張りからの報告を受けたトウナが、ロウワンたちを出迎えた。
「お帰りなさい、ロウワン、ビーブ。それに、父さんたちも」
と、トウナはロウワンの後ろの男たちに目をやりながら出迎えた。
「……ああ」
と、ボニトォは少々、複雑な面持ちで答えた。
娘が自分より先にロウワンの名前を呼んだことに傷ついているのである。
子どもがいつまでも親にべったりなわけがないとはわかっている。まして、一五を過ぎた娘だ。親より自分の交友関係の方が大切なのは当たり前だし、健全に育っていることを喜ぶべきところでもある。それはわかっている。それでも――。
――以前は、帰ってくるたび、『海での話を聞かせて』って真っ先におれの所に来ていたのになあ。
と、ちょっぴり切なくなるお父さんだった。
親の心子知らずの娘のほうはロウワンとふたりで村長宅に向かった。父親の心配を和らげるために言っておくと、ビーブも一緒について行っているので『部屋のなかでふたりきり』になるわけではない。
トウナは村長宅に入るとまず厨房に向かい、コーヒーを淹れた。
コーヒー豆を粉にひいて袋に入れ、ポットに載せる。袋の上から沸かしたての熱湯をゆっくりそそぎ、じっくり抽出。その手際といい、最初の頃に比べてかなり様になっている。
黒い液体を満たした湯気を立てるカップをトレイに載せ、運んでくる。もちろん、ビーブの分も淹れて三人分である。
三つのカップをそれぞれの席の前に置く。それから、席についた。
「それでどう? 北の大陸は」
トウナの問いに、ロウワンはコーヒーを一口、飲んでから答えた。
「ああ。パンゲア対ローラシア・ゴンドワナ連合の戦いはパンゲアが優勢らしい。ミッキーの言っていた『妙な連中』の噂もちらほら聞くな。やっぱり、そいつらの力でパンゲアが優位を保っているらしい」
「その『妙な連中』って何者なの?」
「それがわからない。実のところ、噂ばかりで、本当にいるのかどうかも確かめられていないしな。ボウはその点がおかしいって言っている」
「おかしいってなにが?」
「情報がないと言うことは、パンゲアがその存在を隠していると言うこと。だけど、強力な戦力であればあるほど隠すことなく、大々的に宣伝して相手を威圧するために使うはず。それなのに、隠しているのはおかしい。そういうことだよ」
ボウはかつてローラシア海軍で艦長を務めていた。ロウワンの仲間のなかではいまのところただひとりの、指揮官級の軍隊経験をもつ人物である。軍のことを語らせればボウほど信頼のおける人物はいない。
「つまり、それってどういうこと?」
「ボウが言うには可能性は三つ。ひとつは、『妙な連中』なんて実はいない。通常の兵たちを偽装してかわった存在に見せかけ、情報戦で相手を揺さぶっていると言うこと。ふたつ目は実在はするがまだ試験段階で実用段階に達していないと言うこと。
ただ、このふたつだとパンゲアが戦いを優位に進めている事実が説明できない。だから、ボウは『三つ目の可能性』が最も高いんじゃないかと言っている」
「三つ目の可能性?」
「つまり……」
と、ロウワンは不吉な予感を感じさせる間を置いた。
「ヤバすぎて公表できない存在、である場合」
その言葉に――。
その場に重苦しい沈黙が降りた。
トウナは自ら淹れたコーヒーを一口、飲んだ。その途端、顔をしかめた。
「……やっぱり、コーヒーっておいしいとは思えないわ。父さんたちはずいぶん気に入ったみたいだけど」
「ハルキス先生やおれの父親が言っていたな。コーヒーの良さはおとなになってからでないとわからないって」
「ロウワンはわかるの?」
「……ジュースの方がいい」
そう言ったときのロウワンの表情と口調に――。
思わず吹き出すトウナだった。
自由の国を立ちあげ、タラの島と正式に契約を結んでからおよそ半年。その間、ロウワンはタラの島と北の大陸とを頻繁に行き来していた。
ひとつには北の大陸の情報、特にパンゲアとローラシア・ゴンドワナ連合の戦争の詳細を知るため。
ふたつ目は、タラの島の人々に見聞を積んでもらうため。
タラの島の収入源としてコーヒーハウスの経営をはじめたわけだが、経営を成功させるためには大陸の人々の嗜好を知らなければならないし、他のコーヒーハウスがどのように経営を行い、どのようなコーヒーを出しているかも知らなくてはならない。そのためには、実際に北の大陸に行って人々と交わり、コーヒーハウスに実際に客として訪れなくてはならない。
と言って、島の人々をまとめて長期間、送り込むわけにはいかない。島での仕事もいくらでもあるし、小さな居留地とあって人口が少ない分、いつでも人手不足なのだ。
となれば、少人数ずつ交代で連れて行くしかなく、頻繁に行き来する必要がある。そのためには船足の速い船が適任。桁違いの速度を誇る天命船、『輝きは消えず』号こそがその役目にうってつけ、と言うわけだ。
そのために、ロウワンはこの半年間、『輝きは消えず』号に島の人々を乗せ、幾度となくタラの島と北の大陸とを行き来してきたのである。
自由の国の国主たるロウワンが単独で行動することに関しては『危険だ!』という意見もあった。しかし、
「別に戦場に行くわけじゃないし、狙われるほど有名なわけでもない」
と、ロウワンは心配を打ち消した。
「それに……」
と、苦笑気味に視線を向けた先、そこにはいつも通り、尻尾に握った剣を振りまわして得意気なビーブがいた。
――ロウワンの護衛はおれさまに任せろ。
その態度がそう言っている。
「頼りになる、きょうだい分もいるしね」
実際、ビーブの存在はトウナにとっても心強いものだった。
ビーブの戦士としての強さは知っているし、『ロウワンへの思い』という点でビーブ以上のものはいない。ロウワンを守るためならビーブは死んでも戦う。
トウナ自身は新たに村長になったばかりとあっていそがしく、島をはなれるわけにいかなかった。そのために、ロウワンの身を心配していたのだが、ビーブがいてくれれば不安もなくなるというものだった。
一方で、自由の国には近隣の海賊を制圧し、南の海を平定する、という目的もあった。それを放っておくのかと問われたときには、
「おれはしょせん、素人だ。海賊相手の指揮や戦闘はガレノアやボウに任せておいた方がずっとうまくいく」
と、そう答えた。
実際、自由の国の提督たるガレノアと、その参謀長に任命されたボウはさすがに高名な海賊だけあって有能だった。その名前と顔の広さを生かして次々と他の海賊たちと連絡をとり、あるいは説得して傘下に加え、あるいは力ずくで従わせ、はたまた壊滅させて……と、あっという間に手近な海賊をまとめあげ、この辺り一帯の海域を安定させてしまった。
それによって自由の国の軍事力は跳ねあがった。同時に、契約する居留地の数も増えた。これらの居留地にとって、存続しつづけることは海賊との戦いでもある。海賊の恐ろしさを知り尽くしている。と言うことはつまり、その海賊が味方になったときの頼もしさもよくわかっている、と言うわけだ。
ほとんどの居留地が誘いに対して即決した。参謀長であるボウは、軍隊経験を生かして配下となった海賊たちを振り分け、編成し、島での治安維持活動と船に乗っての巡回及び船の護衛とを交代で行う制度を作りあげた。
もちろん、もともとが無法の海賊。最初の頃は問題も多かった。
治安を守るはずが島の人を襲ったり、船の護衛のはずがいつもの癖を思い出して襲ったり……そんなこともよく起こった。そんな場合はガレノアが徹底的に追い詰め、捕え、処刑した。
なかには船に乗って逃げおおせようとした集団もいる。しかし、そこは同じ海賊。あたりの海域の特徴は潮の流れから隠れられる小島に至るまですべてを知り尽くしている。海賊特有の横のつながりもある。それらを駆使して行き先を突きとめ、追いかけ、追いつめ、捕えては帰ってきた。そして、被害に遭った人々に謝罪し、その目の前でガレノア自らが首を斬り落とした。
これは残酷なように見えてもそうしなければならないのである。
罪には罰を。
治安を維持する立場の側が率先してそれを行わなければ誰も信用してくれるはずがない。発足したての『国』としては人々の信頼を得るためにも、傘下となった海賊たちの意識をたたき直すためにも、断固とした態度が必要だったのだ。
この処置によって、最近では問題らしい問題は起きなくなっている。
「コーヒーハウスの様子はどう?」
トウナがそう尋ねた。
もちろん、島の長として売りあげの報告は聞いているし、順調に伸びていることもわかっている。しかし、島に残っている身では実際の店内の様子まではわからない。
「順調だよ。お客さんたちの反応もいいしね」
実のところ、単純な『コーヒーの質』という点ではまだまだ低い。なんと言っても、コーヒーハウスを開いてまだ半年の素人集団。『コーヒーを淹れる技術』という点では他のコーヒーハウスの熟練した職人たちには遠く及ばない。
それでも、居留地直営のコーヒーハウスにはその点を補ってあまりある長所があった。ひとつには仲介商人を排したことによる価格の安さ。これは、特に『コーヒーを飲んで貴族気分に浸りたいけど、金がない』という庶民にとっては重要なことだった。さらには、島ならではのスパイスの効いた魚料理の数々。また、実際に船を操り、漁に出る男たちの生の体験談。それらはいずれも都会の人々には新鮮なものであり、大人気だった。
タラの島の成功を見て他の居留地も続々とコーヒーハウスを出店しはじめたが、それぞれちがう地域に出店したこともあってどこも好評。居留地の収益は爆発的にあがっている。
「でも、意外だったのは女性人気が高いことだな。島の男の人たちがあんなに都会の女性たちから人気になるとは思わなかったよ」
ロウワンが苦笑しつつ言った。
実際、タラの島の経営するコーヒーハウスは女性客であふれかえっていた。それも、若く、家柄の良いお嬢さまたちだ。そんなお嬢さまたちが荒くれ男たちのまわりに寄り添い、もてはやすのだ。それはなんとも違和感のある光景だった。
「別に意外でもねえさ」
そう言ったのは『一応は』女性であるガレノアだった。
「女ってのは、特に家柄の良いお嬢さまであればあるほど、家のなかに閉じ込められていて外に出るのがむずかしいもんだ。まして、旅に出たり、船に乗って海に乗りだしたり……なんてことは許されやしねえ。その分、異なる世界や冒険ってものに飢えてるのさ。
だからって、すべてを捨てて自ら冒険に出る……なんて、思い切りがある女はめったにいねえ。そこで、生の冒険談を聞くことで自分が冒険に出たような気分に浸りたがるのさ」
そう言われてみればたしかに、納得のいく話ではある。
「……そのおかげで家庭不和もちょこちょこ起きているんだけどね」
と、今度はトウナが苦笑交じりに言った。事実、コーヒーハウスを出店して以来、タラの島での夫婦喧嘩の数は増えつづけている……。
ちなみに、ビーブもそのもふもふ具合で女性たちから大人気で、店の売りあげにしっかり貢献している。
トウナはコーヒーを一口、飲むと表情を改めた。
「でも、漁の時期になるから、男の人たちは向こう半年はお店に出られないわね」
「そうだな。でも、女の人たちも経営に慣れてきているから大丈夫だろう。それより……」
「それより?」
「その間を利用して、北の大陸を旅してみるつもりだ」
「旅? なんのために?」
「理由はいくつかある。第一はやっぱり、戦争の情報をくわしく知るためだな。戦争の行方は自由の国、と言うより、都市網国家という存在そのものにとって大きな意味をもつ。特に『妙な連中』の真偽は確かめておかないといけない。それに、印刷機も何台か仕入れておきたい」
「印刷機を?」
「都市網国家の概念や自由の国の理念を広めるためにはやっぱり、文書にして配った方がいいからな。それと、人集めだな。医師、大工、技術者……とにかく、人が足りない。ガレノアからは『海賊どもを動かすためには酒場の女が必要だ』と言われているしな」
「酒場の女?」
トウナが眉をひそめた。
「あなたが酒場の女を誘うわけ?」
「いや? それは、ガレノアのほうからそのための人を用意してくれるそうだ」
「でしょうね」
言われて、トウナは納得顔になった。
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「『でしょうね』ってどういう意味だ?」
「わからないならいいのよ」
トウナはそう言ってその話題は打ち切った。
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「あとは、強力な戦士もほしい」
「戦士?」
「大軍がぶつかりあう国同士の戦場とちがって、海賊同士の小規模な戦いでは名のある戦士ひとりの存在がものを言う。『あの○○』と、畏怖される戦士がひとりいるだけで相手を圧倒し、勝利することが出来る。それ以前に相手にあきらめさせ、降伏に追い込むことも出来る。それができるだけの実力をもった戦士がほしい」
「ガレノアではダメなの?」
「たしかに、ガレノアは強いし、名前も知れている。でも、ガレノアには自由の国の提督として全体の指揮を執ってもらわなくちゃならない。いつまでも戦闘の場に出ているわけにはいかない。だから、いまのうちにガレノアにかわる強力な戦士を手に入れておきたいんだ。それに……」
「それに?」
ロウワンはジッ、と、黒い液体を満たしたコーヒーカップを見つめた。それから、重々しい口調で言った。
「……ハルキス先生の最後の頼みを叶えなくちゃならない」
「………!」
「ハルキス先生は言ったんだ。
『バラバラに逃げた仲間たちを探してくれ。うまく逃げ延びたならそれぞれの場所で研究をつづけていたはずだ。いまもきっと、その後継者たちが残っているはずだ』って。
おれは、その人たちを探さなくちゃらならない」
「でも……それって、五百年も前のことなんでしょう? 逃げられたかどうかもわからないんだし……」
「わからないから探すんだ。弟子として、先生の最後の願いを忘れるわけにはいかない」
ロウワンが覚悟を込めてそう言ったそのときだ。島中に警戒の鐘が鳴り響き、見張りのひとりがあわてて飛び込んできた。
「大変だ、村長! あいつだ、あいつがやってきた!」
「あいつ? 誰のこと?」
トウナの問いに――。
見張りは泡を食って答えた。
「あいつだよ! あのブージって海賊だ。あいつの船が近づいてきてるんだ!」
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