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八章 のび太になりたい
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誘ったんだよって……。
そんなキラキラした目で、そんなにまっすぐ言われたりしたら、あたしはいったいどうすればいいのよ⁉
ああもう、ほんと、こいつ腹立つ!
「のび……野々村さん」
「なに?」
って、あたしの言葉にこいつはやっぱり目をキラキラさせたまま、まっすぐに目を見ながら聞き返してくる。女子を相手にこんなにまっすぐ目を見ながら話をすることのできる男子なんて、クラスの陽キャのなかにもそうはいないのに。
精神年齢がまだ小学生並で、異性を意識するほど成長していないからできるんだってことはもうわかってるけど……無自覚ってやっぱり、反則だわ!
「聞きたいんだけど、あなた、なんでそこまでやりたがるの?」
『のび太』はあたしの問いに、迷うことなくきっぱり答えた。
「僕はのび太になりたいんだ」
まっすぐに目を見返しながらのその答えに、あたしは思わず目をパチクリさせる。
「のび太? のび太って、野比のび太?」
「そう。野比のび太。僕のあだ名が『のび太』なのは知ってるよね」
「え、ま、まあ、一応……」
あたしは思わず口ごもって、視線をそらしてしまった。知ってるもなにも、影では決まって『のび太』呼び。本来の名前である野々村宏太なんて呼んだことはない。それを知られるのはさすがにちょっとバツが悪い。
でも、『のび太』こと野々村宏太はあたしの思いなんて関係なしに話しはじめた。
「のび太は出来の悪い人間だって思われてるけど、実はすごいんだよ。のび太は生き方の達人なんだ」
「生き方の達人?」
「そう。のび太は自分の幸せを知っている。しずちゃんとの結婚だ。その幸せを手に入れるために必要なのは、テストで一〇〇点とることでもなければ、草野球でホームランを打てるようになることでもない。まわりから信頼される人間になること、人並みに生活できる程度には稼げるようになること、その二点だ。のび太はそのふたつだけを集中して行い、それ以外のことはなにもしない。ものすごく効率的な生き方だよ。そうは思わない?」
「『思わない?』って……のび太はなんにもしないじゃない。いつだって、昼寝して過ごしてるでしょう」
「おとなになったのび太はちゃんと、自分の稼ぎで人並みの暮らしをしているじゃないか。それに、しずちゃんのお父さんが言ってただろう。『あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人間だ』って。のび太はおとなになるまでに、そこまで信頼されるぐらい自分を成長させたんだよ」
「な、なるほど……」
「自分の幸せをはっきりと自覚して、その実現のために必要なことだけをしっかりやって、あとは昼寝して過ごす。これぞ、まさに達人の生き方だよ。それに、のび太は行動力もすごいんだ。何度も学校をやめようとしているし、家出だって何度もしている。しかも、のび太は何度も起業している。小学生なのにれっきとした起業家なんだ。それもこれもすべては、自分の居場所を作るためだよ。
のび太は押しつけられた居場所になんてこだわらないんだ。いまいる場所が自分にあわないと思ったら、そこから抜け出して自分の居場所を作ろうとする。それだけの行動力がのび太にはあるんだよ」
「自分の居場所を……」
「僕は、そんなのび太に憧れたんだ。のび太みたいに自分で行動して、自分の居場所を作りたい。家も、学校も、僕が望んだ居場所じゃない。誰かに勝手に押しつけられたものだ。そんな場所にこだわる必要はない。いつだって、他のどこかに自分の居場所を作っていいんだ。
そして、僕みたいに勉強もスポーツもできない人間だって、起業すれば一国一城の主になれる。だから僕はずっと、起業するための勉強をつづけてきたんだよ」
えっ? えっ?
ちょってまってよ。それじゃなに? こいつが勉強もスポーツもできないのはもしかして、出来が悪いからじゃなくて起業するための勉強ばっかりしてきたからなの? 陰キャのボッチなのも、そのためなの?
「そして、プロジェクト・太陽ドルを知った。『これだ!』と思ったんだよ。プロジェクト・太陽ドルに参加して自分のソーラーシステムを作れば、まちがいなく現代の城持ちになれる。自分の居場所を自分で作ることができるんだ。
地元の歴史を調べて、内ヶ島氏のことを知った。アイドルのことも勉強した。内ヶ島さんは内ヶ島氏と同じ名字だし、かわいいし、ダンスもうまいから絶対、内ヶ島氏太陽ドルとして成功する。そう思ったんだ。そのとき、はっきり決めたんだ。何がなんでもやってみせるって」
『のび太』は相変わらずキラキラした、まぶしくて直視できないような目でそう語ってくる。勉強もスポーツもできない、友だちもいなくて、いつもひとりでアイドルの動画ばっかり見てるキモヲタの陰キャボッチ。そう思っていたのに、それが全部、自分の居場所を作るためにがんばっていたからだなんて……。
あたしは一度でも、こんなふうに自分の将来のことを考えて行動したことがある?
スクールカーストの順位を守ることばっかりに必死で、それ以外のことはなんにもしてこなかったんじゃないの?
家や学校にこだわる必要なんてない。
自分の居場所は自分で作れる。
もし、それが本当なら、あたしも……。
「わかった」
あたしはついに言った。自分が普通よりかわいいっていう自覚はある。ダンスだって、好きなわけじゃないけど自信はある。全国的なトップアイドルに、とまでは思わないけど、ご当地アイドルぐらいなら、あたしだって。
それになにより、太陽ドルになることで学校以外の居場所を作ることができるなら……。
「いいわ、野々村さん。太陽ドルになる。そのために必要なことを教えて」
「本当⁉ やったあっ! ありがとう、内ヶ島さん! 感謝するよ!」
「お礼なんていいわよ。自分のためにやるんだから」
「でも、ありがとう! 心から感謝するよ」
野々村さんはそう言ってあたしの手を両手でつかみ、ブンブン振りまわす。だから、こういうところが小学生並だっていうのよ! こっちが照れちゃうじゃない!
「で、でも……!」
あたしは顔を真っ赤にして、野々村さんの手を振りほどきながら言った。
「その前にやってもらわなくちゃいけないことがあるわ」
「やってもらわなくちゃいけないこと? なに?」
「あたしは未成年だから、なにかするには親の許可が必要なの。うちの親に会って、一緒に説得して」
正直――。
そう言うにはちょっとばかり勇気が必要だった。いままで親に男子を紹介したことなんてない。それがいきなり、家に連れて行くなんて。親に会って、話してもらうなんて。そんなのまるで……みたいじゃない。
あたしは妙な想像をしてしまい、思わず真っ赤になってしまう。野々村さんがメガネの奥の目に不思議そうな表情を浮かべて、あたしの顔をのぞき込んだ。
だから、距離感、近いっての!
「どうかした、内ヶ島さん? 顔中、真っ赤だけど」
「な、なんでもない……!」
あたしは思わず叫んだ。そのせいでますます顔が熱をもつのがはっきりわかった。
「そ、それより! うちの親の説得、やってくれるの?」
「うん、任せて!」
野々村さんはそう言いながら、自分の胸を叩いて見せた。貧弱って言ってもいいぐらいの細い腕で、やっぱり貧弱って言ってもいいぐらいの薄い胸を叩いて見せたのだ。力強さなんてまるでないし、頼もしさも感じないけど――。
メガネの奥の瞳はやっぱりまっすぐで、まぶしいぐらいキラキラしていた。
「ちゃんと、内ヶ島さんのご両親に会ってわかってもらうよ。僕が一生、内ヶ島さんを支えるって」
ああ、もう!
無自覚ってやっぱり、腹立つ!
そんなキラキラした目で、そんなにまっすぐ言われたりしたら、あたしはいったいどうすればいいのよ⁉
ああもう、ほんと、こいつ腹立つ!
「のび……野々村さん」
「なに?」
って、あたしの言葉にこいつはやっぱり目をキラキラさせたまま、まっすぐに目を見ながら聞き返してくる。女子を相手にこんなにまっすぐ目を見ながら話をすることのできる男子なんて、クラスの陽キャのなかにもそうはいないのに。
精神年齢がまだ小学生並で、異性を意識するほど成長していないからできるんだってことはもうわかってるけど……無自覚ってやっぱり、反則だわ!
「聞きたいんだけど、あなた、なんでそこまでやりたがるの?」
『のび太』はあたしの問いに、迷うことなくきっぱり答えた。
「僕はのび太になりたいんだ」
まっすぐに目を見返しながらのその答えに、あたしは思わず目をパチクリさせる。
「のび太? のび太って、野比のび太?」
「そう。野比のび太。僕のあだ名が『のび太』なのは知ってるよね」
「え、ま、まあ、一応……」
あたしは思わず口ごもって、視線をそらしてしまった。知ってるもなにも、影では決まって『のび太』呼び。本来の名前である野々村宏太なんて呼んだことはない。それを知られるのはさすがにちょっとバツが悪い。
でも、『のび太』こと野々村宏太はあたしの思いなんて関係なしに話しはじめた。
「のび太は出来の悪い人間だって思われてるけど、実はすごいんだよ。のび太は生き方の達人なんだ」
「生き方の達人?」
「そう。のび太は自分の幸せを知っている。しずちゃんとの結婚だ。その幸せを手に入れるために必要なのは、テストで一〇〇点とることでもなければ、草野球でホームランを打てるようになることでもない。まわりから信頼される人間になること、人並みに生活できる程度には稼げるようになること、その二点だ。のび太はそのふたつだけを集中して行い、それ以外のことはなにもしない。ものすごく効率的な生き方だよ。そうは思わない?」
「『思わない?』って……のび太はなんにもしないじゃない。いつだって、昼寝して過ごしてるでしょう」
「おとなになったのび太はちゃんと、自分の稼ぎで人並みの暮らしをしているじゃないか。それに、しずちゃんのお父さんが言ってただろう。『あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人間だ』って。のび太はおとなになるまでに、そこまで信頼されるぐらい自分を成長させたんだよ」
「な、なるほど……」
「自分の幸せをはっきりと自覚して、その実現のために必要なことだけをしっかりやって、あとは昼寝して過ごす。これぞ、まさに達人の生き方だよ。それに、のび太は行動力もすごいんだ。何度も学校をやめようとしているし、家出だって何度もしている。しかも、のび太は何度も起業している。小学生なのにれっきとした起業家なんだ。それもこれもすべては、自分の居場所を作るためだよ。
のび太は押しつけられた居場所になんてこだわらないんだ。いまいる場所が自分にあわないと思ったら、そこから抜け出して自分の居場所を作ろうとする。それだけの行動力がのび太にはあるんだよ」
「自分の居場所を……」
「僕は、そんなのび太に憧れたんだ。のび太みたいに自分で行動して、自分の居場所を作りたい。家も、学校も、僕が望んだ居場所じゃない。誰かに勝手に押しつけられたものだ。そんな場所にこだわる必要はない。いつだって、他のどこかに自分の居場所を作っていいんだ。
そして、僕みたいに勉強もスポーツもできない人間だって、起業すれば一国一城の主になれる。だから僕はずっと、起業するための勉強をつづけてきたんだよ」
えっ? えっ?
ちょってまってよ。それじゃなに? こいつが勉強もスポーツもできないのはもしかして、出来が悪いからじゃなくて起業するための勉強ばっかりしてきたからなの? 陰キャのボッチなのも、そのためなの?
「そして、プロジェクト・太陽ドルを知った。『これだ!』と思ったんだよ。プロジェクト・太陽ドルに参加して自分のソーラーシステムを作れば、まちがいなく現代の城持ちになれる。自分の居場所を自分で作ることができるんだ。
地元の歴史を調べて、内ヶ島氏のことを知った。アイドルのことも勉強した。内ヶ島さんは内ヶ島氏と同じ名字だし、かわいいし、ダンスもうまいから絶対、内ヶ島氏太陽ドルとして成功する。そう思ったんだ。そのとき、はっきり決めたんだ。何がなんでもやってみせるって」
『のび太』は相変わらずキラキラした、まぶしくて直視できないような目でそう語ってくる。勉強もスポーツもできない、友だちもいなくて、いつもひとりでアイドルの動画ばっかり見てるキモヲタの陰キャボッチ。そう思っていたのに、それが全部、自分の居場所を作るためにがんばっていたからだなんて……。
あたしは一度でも、こんなふうに自分の将来のことを考えて行動したことがある?
スクールカーストの順位を守ることばっかりに必死で、それ以外のことはなんにもしてこなかったんじゃないの?
家や学校にこだわる必要なんてない。
自分の居場所は自分で作れる。
もし、それが本当なら、あたしも……。
「わかった」
あたしはついに言った。自分が普通よりかわいいっていう自覚はある。ダンスだって、好きなわけじゃないけど自信はある。全国的なトップアイドルに、とまでは思わないけど、ご当地アイドルぐらいなら、あたしだって。
それになにより、太陽ドルになることで学校以外の居場所を作ることができるなら……。
「いいわ、野々村さん。太陽ドルになる。そのために必要なことを教えて」
「本当⁉ やったあっ! ありがとう、内ヶ島さん! 感謝するよ!」
「お礼なんていいわよ。自分のためにやるんだから」
「でも、ありがとう! 心から感謝するよ」
野々村さんはそう言ってあたしの手を両手でつかみ、ブンブン振りまわす。だから、こういうところが小学生並だっていうのよ! こっちが照れちゃうじゃない!
「で、でも……!」
あたしは顔を真っ赤にして、野々村さんの手を振りほどきながら言った。
「その前にやってもらわなくちゃいけないことがあるわ」
「やってもらわなくちゃいけないこと? なに?」
「あたしは未成年だから、なにかするには親の許可が必要なの。うちの親に会って、一緒に説得して」
正直――。
そう言うにはちょっとばかり勇気が必要だった。いままで親に男子を紹介したことなんてない。それがいきなり、家に連れて行くなんて。親に会って、話してもらうなんて。そんなのまるで……みたいじゃない。
あたしは妙な想像をしてしまい、思わず真っ赤になってしまう。野々村さんがメガネの奥の目に不思議そうな表情を浮かべて、あたしの顔をのぞき込んだ。
だから、距離感、近いっての!
「どうかした、内ヶ島さん? 顔中、真っ赤だけど」
「な、なんでもない……!」
あたしは思わず叫んだ。そのせいでますます顔が熱をもつのがはっきりわかった。
「そ、それより! うちの親の説得、やってくれるの?」
「うん、任せて!」
野々村さんはそう言いながら、自分の胸を叩いて見せた。貧弱って言ってもいいぐらいの細い腕で、やっぱり貧弱って言ってもいいぐらいの薄い胸を叩いて見せたのだ。力強さなんてまるでないし、頼もしさも感じないけど――。
メガネの奥の瞳はやっぱりまっすぐで、まぶしいぐらいキラキラしていた。
「ちゃんと、内ヶ島さんのご両親に会ってわかってもらうよ。僕が一生、内ヶ島さんを支えるって」
ああ、もう!
無自覚ってやっぱり、腹立つ!
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