23 / 25
二三章 あたしはかわいい!
しおりを挟む
幸せになれる魔法を教えてあげる
いますぐあたしに恋をしなさい!
この世にはあたしがいる
かわいい笑顔で世界を照らす
あたしが笑えばみんなハッピー
あたしを見ればみんなハッピー
よそに行ったらあたしには会えない
どんな雲も どんな闇も みんなまとめて
吹き消してあげる
ひとりでウジウジしてないであたしのライブを
見に来なさい
すべての人に教えてあげる
幸せになれる魔法
いますぐあたしに恋をしなさい!
武緖先生の教室にあたしの歌声が響く。
夏がやってきた。
学校もすでに夏休みに入っている時期。五月の頃から一日も行っていないからよくわからないけどね。八月のデビュー配信が迫るなか、あたしのレッスンもいよいよ追い込みに入っている。
「ウインクするときはもっとイタズラっぽく笑いながら!」
「自分のなかのありったけのかわいらしさを出し切りなさい!」
「アイドルが照れていてどうするの⁉ もっとうぬぼれなさい」
「ポーズが狂ってる! ステージに立つからには指先一本いっぽんにいたるまで注意を払いなさい!」
武緖先生の相変わらず意地悪おばさんな指導を受けながら、あたしはデビュー曲『いますぐあたしに恋しなさい!』を唄って、踊る。繰り返し、繰り返し、唄って、踊る。その姿を撮った動画を見て問題点をチェックし、
「何度、同じまちがいをしでかすの⁉ なんのために動画を見ているの⁉」
って言う、武緖先生の怒鳴り声を聞きながら繰り返し、繰り返し、唄って、踊る。
はっきり言って、ちょっと前までのあたしならとてもじゃないけど耐えられなかっただろう。レッスンの厳しさにも、武緖先生の罵声にも。
「そんなことを言われる筋合いはない!」
って、そう叫んで飛び出していたにちがいない。
でも、いまではもうすっかり慣れちゃった。レッスンの厳しさにも、武緖先生の罵声にも。
いやあ、我ながらたくましくなったもんだわ。
自分でそう思って、あきれるぐらいの余裕まであった。
唄って、踊って、動画を見てチェックして、唄って、踊って……。
それをさんざん繰り返し、武緖先生の教室の床に汗の水たまりを作ったところでようやく、今日のレッスンは終了。もちろん、意地悪おばさんな武緖先生は終わったからって『お疲れさま』とも言ってくれないし、褒めてもくれない。でも、いいの。その役割は別の人がやってくれるから。
「お疲れさま、内ヶ島さん。今日もすごくかわいかったよ」
宏太がいつも通りの無邪気な顔で、メガネの奥の目をキラキラさせながらそう言ってくる。中二のくせして思春期前の、中身小学生ならではの無自覚の言葉だっていうのは癪にさわるけど……でも、やっぱり、こうして素直に褒めてもらえるのは嬉しい。
「はい、タオル。それから、スポドリ」
って、宏太はあたしに大きくて吸水性抜群のタオル――あまりにハードなレッスンに汗をかきすぎて、安物のタオルじゃとても拭ききれない――と、スポーツドリンクの入ったボトルを手渡してくれる。
「ありがとう」
あたしはお礼を言ってタオルを受けとる。ざっと顔とそのまわりだけを拭いて、ボトルの中身を一気に飲み干す。そのとたん――。
グググゥ~。
って、あたしのお腹が大きく鳴った。
はしたないほどのその大きさに、あたしは思わず真っ赤になる。宏太があわてて言った。
「あ、ごめん。あんなにハードなレッスンしたんだもん。お腹も空くよね。すぐになにか用意するから」
宏太はそう言って外に飛び出していく。
あたしは顔を赤くしたままその後ろ姿を見送っていた。そんなあたしに武緖先生が半分感心して、半分あきれたと言った感じで言った。
「あなたもタフになったわね。ちょっと前まで、レッスン後は息も絶え絶えで水を飲むのが精一杯。なにか食べるなんてとてもできなかったのに。最近ではレッスン後にすぐにお腹が鳴るものね」
「そりゃあ、若いですから。成長しますよ」
えっへん! と、ばかりにあたしは胸を張る。
ジロリ、って、武緖先生はあたしをにらんだ。
「あなた……わかって言っているでしょう?」
「もちろんです!」
って、あたしは満面の笑顔でますます胸を張る。
どうです、武緖先生? 先生の叩き込んだ笑顔ですよ。効果的でしょう?
はああ、って、武緖先生は溜め息をついた。
「……まあいいわ。若い人間は生意気なぐらいでないとね」
「それより、武緖先生……」
あたしはちょっと表情をかえていった。
「『いますぐあたしに恋しなさい!』ですけど、あの歌詞はさすがに唄っていて恥ずかしいんですけど」
「なに言ってるの。アイドルが恥ずかしがっちゃ駄目だっていつも言っているでしょう。自分はこの歌詞を唄うにふさわしい! そううぬぼれなさい」
「でも、さすがに『自分に恋すれば幸せになれる』なんて言い張るのは……」
「それを言えるのがアイドルなのよ」
武緖先生はきっぱりとそう言った。
「アイドルの魅力はなんだと思う?」
「アイドルの魅力……。それはやっぱり、かわいさだと思いますけど」
「正解。では、どんな種類のかわいさ?」
「どんな種類のって……」
「かわいさにもいろいろあるのよ。そして、ズバリ、アイドルのかわいさとは『子どものかわいさ』!」
「子どものかわいさ……」
「そう。子どものかわいさ。そして、子どもの魅力とは万能感。自分はかわいい。自分はなんにだってなれる。その根拠のない自信。根拠がないからこそ決して揺らぐことのない自信。肚の底からその自信をもつことでアイドル特有のオーラが放たれ、見る人を魅了するのよ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。何十人というアイドルを育ててきたあたしが言うんだからまちがいないわ」
「でも、白葉は、そんなふうには見えませんけど……」
「だから、あの子は人気がないのよ」
そ、そこまではっきり言わなくても……。
「白葉は自分に自信がもてなくて、いつもオドオドしてて、アイドルのオーラなんて欠片もなかったわ。それとは対照的だったのが赤葉。ふぁいからりーふのセンターで一番人気の赤葉だけど、あの子はまあ、生意気だわ、うぬぼれてるわ、生まれついてのアイドルというほかなかったわ」
あ、あのぉ、武緖先生? それって褒めてます? メチャクチャ怒ってるように見えるんですけど?
「あたしも長い間アイドルのレッスンを受けもってきたけど、そのなかで赤葉だけよ。レッスン中にいきなりヘソを曲げて『あんた、そんな偉そうなこと言ってるけどどれだけの人に恋されてるの? あたしはあんたの言うとおりのことができなくたって、大勢の人に恋されてるわ』なんて食ってかかってきたのは」
「そ、そんなこと言ったんですか……⁉」
ひええ。赤葉って見た目からも気が強くてワガママって感じだったけど、本気でそんなこと言っちゃうぐらいなんだ?
あれ? でも、武緖先生のレッスンを受けていたって言うことは、まだデビュー前のはずだけど……。
「赤葉はアイドルになる前は将来を有望視されていたバレエダンサーでね。あいにく、バレエの世界には強力すぎるふたりのライバルがいて『あのふたりには勝てない。一番になれないとわかっていてつづけるなんて、あたしの生き方じゃない!』って、アイドルの世界に飛び込んだのよ」
うわっ、なんかすごい。カッコいい。
「だから、デビュー前からそれなりの有名人でね。ネット上にはすでにファンもいたりしたのよ」
ああ、なるほど。そういうこと。そういえば、例のドルヲタさんのブログには『バレエ仕込みの切れ味!』なんて書かれていたっけ。
すると、武緖先生は急に一言、言いたげな顔になって、あたしをジロリとにらんだ。
「まあ、あなたの『アイドルを目指している方が偉い』発言も、めったに聞いたことのないレベルだったけどね」
言われてあたしは、たちまち真っ赤になった。
「あ、あれは……! アイドルを目指すのはすごいことだって言っただけで決して、断じて、あたしが偉いって言ったわけでは……」
あたしはあわてて言い訳したけど、武緖先生はべつに気を悪くしたふうでもなく答えた。
「いいのよ。あのときにも言ったけど、それぐらいの根性がなくちゃアイドルなんて務まらないもの。『この子ならアイドルになれる』って思ったのも、あの台詞を聞いた瞬間だもの」
「そ、そうだったんですか?」
「そうよ。あなたは素質的にはまちがいなく白葉よりも上。赤葉並の気の強さと根性もある。アイドルになるのはうってつけよ。もっと、もっと、うぬぼれなさい。『自分に恋すれば幸せになれる』。本気でそう思い込むぐらいにね」
「でも、そこまではさすがに……」
「まあ、さすがに最初からってわけにはいかないでしょうね。いいわ。それじゃあ、アイドルになるための奥義を教えてあげる」
「お、奥義……?」
その言葉に響きに――。
あたしはゴクリと唾を飲み込んでいた。
「まずは、姿見の前に立って」
「はい」
「鏡のなかの自分をまっすぐ見つめて」
「はい」
「そして、叫びなさい。『あたしはかわいい、世界一かわいい! かわいいかぎり、できないことはこの世にない!』って」
「なんですか、その恥ずかしい儀式は⁉」
「だから、アイドルになるための奥義よ」
「どこが、奥義なんです⁉」
「こうやって、自分自身に自分はかわいいと言い聞かせる。そうすることによって深層意識レベルでその思いが植えつけられる。それによって、自分でも知らないうちに本気でそう信じられるようになる。その結果、アイドル特有のオーラがあふれ出すのよ」
「……ほんとですか、それ?」
うわっ。我ながら、疑わしいそうな口調。
「本当よ」
って、武緖先生は腕を組み、仁王立ちの姿勢でそう言いきった。その姿。押しよせる波にいくら打たれても揺らぎもしない岸壁のよう。
「いままで、何十人というアイドルを育ててきたあたしが言うんだからまちがいないわ」
それを言われると一言もないんだけど……そんなことを本気で信じ込むようになったらアイドルとしては立派でも、人間として終わるような……。
「アイドルになりたかったら、人間なんて捨てなさい! とにかく、やりなさい!」
「は、はい……! あ、あたしはかわいい、世界一かわいい……」
「なに、その弱々しい声は! もっと、肚の底から声を絞り出しなさい!」
「あたしはかわいい! 世界一かわいい!」
「まだ照れがある! 恥も外聞もかなぐり捨てて本気でそう信じなさい! そう、素っ裸で戦う正義のヒロインのように!」
どこの変態よ、それ⁉
「あたしはかわいい! 世界一かわいい!」
かわいい、
かわいい、
かわいい!
あたしはヤケになったように、鏡のなかの自分に向かって叫びつづける。
叫びつづけているうちに、なんだか本当にそんな気になってきた。
――あたしって本当に世界一かわいいのかも……。
そう思えた。思えたものだからついついニンマリ笑ってしまった。そのとき――。
気がついた。軽食を載せたトレイをもった宏太が、あたしのニンマリ顔をじっと見つめていることに。メガネの奥の目が、メガネそのものみたいに大きくなっている。
あたしは思わず宏太を見つめた。宏太もじっとあたしを見つめる。時間のとまったようなその瞬間。たちまち頬が真っ赤になるのが自分でもわかった。
「わ、忘れろおっー! いま見たこと全部、忘れろおっー!」
「わあっ! 頭、ぶたないで!」
「見られるのを恥ずかしがってどうするの。アイドルの仕事は見られることなのよ」
「それとこれとは話がちが~う!」
武緖先生の教室に――。
宏太の頭をボコスカ殴る音とともに、あたしの絶叫が響いたのだった。
いますぐあたしに恋をしなさい!
この世にはあたしがいる
かわいい笑顔で世界を照らす
あたしが笑えばみんなハッピー
あたしを見ればみんなハッピー
よそに行ったらあたしには会えない
どんな雲も どんな闇も みんなまとめて
吹き消してあげる
ひとりでウジウジしてないであたしのライブを
見に来なさい
すべての人に教えてあげる
幸せになれる魔法
いますぐあたしに恋をしなさい!
武緖先生の教室にあたしの歌声が響く。
夏がやってきた。
学校もすでに夏休みに入っている時期。五月の頃から一日も行っていないからよくわからないけどね。八月のデビュー配信が迫るなか、あたしのレッスンもいよいよ追い込みに入っている。
「ウインクするときはもっとイタズラっぽく笑いながら!」
「自分のなかのありったけのかわいらしさを出し切りなさい!」
「アイドルが照れていてどうするの⁉ もっとうぬぼれなさい」
「ポーズが狂ってる! ステージに立つからには指先一本いっぽんにいたるまで注意を払いなさい!」
武緖先生の相変わらず意地悪おばさんな指導を受けながら、あたしはデビュー曲『いますぐあたしに恋しなさい!』を唄って、踊る。繰り返し、繰り返し、唄って、踊る。その姿を撮った動画を見て問題点をチェックし、
「何度、同じまちがいをしでかすの⁉ なんのために動画を見ているの⁉」
って言う、武緖先生の怒鳴り声を聞きながら繰り返し、繰り返し、唄って、踊る。
はっきり言って、ちょっと前までのあたしならとてもじゃないけど耐えられなかっただろう。レッスンの厳しさにも、武緖先生の罵声にも。
「そんなことを言われる筋合いはない!」
って、そう叫んで飛び出していたにちがいない。
でも、いまではもうすっかり慣れちゃった。レッスンの厳しさにも、武緖先生の罵声にも。
いやあ、我ながらたくましくなったもんだわ。
自分でそう思って、あきれるぐらいの余裕まであった。
唄って、踊って、動画を見てチェックして、唄って、踊って……。
それをさんざん繰り返し、武緖先生の教室の床に汗の水たまりを作ったところでようやく、今日のレッスンは終了。もちろん、意地悪おばさんな武緖先生は終わったからって『お疲れさま』とも言ってくれないし、褒めてもくれない。でも、いいの。その役割は別の人がやってくれるから。
「お疲れさま、内ヶ島さん。今日もすごくかわいかったよ」
宏太がいつも通りの無邪気な顔で、メガネの奥の目をキラキラさせながらそう言ってくる。中二のくせして思春期前の、中身小学生ならではの無自覚の言葉だっていうのは癪にさわるけど……でも、やっぱり、こうして素直に褒めてもらえるのは嬉しい。
「はい、タオル。それから、スポドリ」
って、宏太はあたしに大きくて吸水性抜群のタオル――あまりにハードなレッスンに汗をかきすぎて、安物のタオルじゃとても拭ききれない――と、スポーツドリンクの入ったボトルを手渡してくれる。
「ありがとう」
あたしはお礼を言ってタオルを受けとる。ざっと顔とそのまわりだけを拭いて、ボトルの中身を一気に飲み干す。そのとたん――。
グググゥ~。
って、あたしのお腹が大きく鳴った。
はしたないほどのその大きさに、あたしは思わず真っ赤になる。宏太があわてて言った。
「あ、ごめん。あんなにハードなレッスンしたんだもん。お腹も空くよね。すぐになにか用意するから」
宏太はそう言って外に飛び出していく。
あたしは顔を赤くしたままその後ろ姿を見送っていた。そんなあたしに武緖先生が半分感心して、半分あきれたと言った感じで言った。
「あなたもタフになったわね。ちょっと前まで、レッスン後は息も絶え絶えで水を飲むのが精一杯。なにか食べるなんてとてもできなかったのに。最近ではレッスン後にすぐにお腹が鳴るものね」
「そりゃあ、若いですから。成長しますよ」
えっへん! と、ばかりにあたしは胸を張る。
ジロリ、って、武緖先生はあたしをにらんだ。
「あなた……わかって言っているでしょう?」
「もちろんです!」
って、あたしは満面の笑顔でますます胸を張る。
どうです、武緖先生? 先生の叩き込んだ笑顔ですよ。効果的でしょう?
はああ、って、武緖先生は溜め息をついた。
「……まあいいわ。若い人間は生意気なぐらいでないとね」
「それより、武緖先生……」
あたしはちょっと表情をかえていった。
「『いますぐあたしに恋しなさい!』ですけど、あの歌詞はさすがに唄っていて恥ずかしいんですけど」
「なに言ってるの。アイドルが恥ずかしがっちゃ駄目だっていつも言っているでしょう。自分はこの歌詞を唄うにふさわしい! そううぬぼれなさい」
「でも、さすがに『自分に恋すれば幸せになれる』なんて言い張るのは……」
「それを言えるのがアイドルなのよ」
武緖先生はきっぱりとそう言った。
「アイドルの魅力はなんだと思う?」
「アイドルの魅力……。それはやっぱり、かわいさだと思いますけど」
「正解。では、どんな種類のかわいさ?」
「どんな種類のって……」
「かわいさにもいろいろあるのよ。そして、ズバリ、アイドルのかわいさとは『子どものかわいさ』!」
「子どものかわいさ……」
「そう。子どものかわいさ。そして、子どもの魅力とは万能感。自分はかわいい。自分はなんにだってなれる。その根拠のない自信。根拠がないからこそ決して揺らぐことのない自信。肚の底からその自信をもつことでアイドル特有のオーラが放たれ、見る人を魅了するのよ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。何十人というアイドルを育ててきたあたしが言うんだからまちがいないわ」
「でも、白葉は、そんなふうには見えませんけど……」
「だから、あの子は人気がないのよ」
そ、そこまではっきり言わなくても……。
「白葉は自分に自信がもてなくて、いつもオドオドしてて、アイドルのオーラなんて欠片もなかったわ。それとは対照的だったのが赤葉。ふぁいからりーふのセンターで一番人気の赤葉だけど、あの子はまあ、生意気だわ、うぬぼれてるわ、生まれついてのアイドルというほかなかったわ」
あ、あのぉ、武緖先生? それって褒めてます? メチャクチャ怒ってるように見えるんですけど?
「あたしも長い間アイドルのレッスンを受けもってきたけど、そのなかで赤葉だけよ。レッスン中にいきなりヘソを曲げて『あんた、そんな偉そうなこと言ってるけどどれだけの人に恋されてるの? あたしはあんたの言うとおりのことができなくたって、大勢の人に恋されてるわ』なんて食ってかかってきたのは」
「そ、そんなこと言ったんですか……⁉」
ひええ。赤葉って見た目からも気が強くてワガママって感じだったけど、本気でそんなこと言っちゃうぐらいなんだ?
あれ? でも、武緖先生のレッスンを受けていたって言うことは、まだデビュー前のはずだけど……。
「赤葉はアイドルになる前は将来を有望視されていたバレエダンサーでね。あいにく、バレエの世界には強力すぎるふたりのライバルがいて『あのふたりには勝てない。一番になれないとわかっていてつづけるなんて、あたしの生き方じゃない!』って、アイドルの世界に飛び込んだのよ」
うわっ、なんかすごい。カッコいい。
「だから、デビュー前からそれなりの有名人でね。ネット上にはすでにファンもいたりしたのよ」
ああ、なるほど。そういうこと。そういえば、例のドルヲタさんのブログには『バレエ仕込みの切れ味!』なんて書かれていたっけ。
すると、武緖先生は急に一言、言いたげな顔になって、あたしをジロリとにらんだ。
「まあ、あなたの『アイドルを目指している方が偉い』発言も、めったに聞いたことのないレベルだったけどね」
言われてあたしは、たちまち真っ赤になった。
「あ、あれは……! アイドルを目指すのはすごいことだって言っただけで決して、断じて、あたしが偉いって言ったわけでは……」
あたしはあわてて言い訳したけど、武緖先生はべつに気を悪くしたふうでもなく答えた。
「いいのよ。あのときにも言ったけど、それぐらいの根性がなくちゃアイドルなんて務まらないもの。『この子ならアイドルになれる』って思ったのも、あの台詞を聞いた瞬間だもの」
「そ、そうだったんですか?」
「そうよ。あなたは素質的にはまちがいなく白葉よりも上。赤葉並の気の強さと根性もある。アイドルになるのはうってつけよ。もっと、もっと、うぬぼれなさい。『自分に恋すれば幸せになれる』。本気でそう思い込むぐらいにね」
「でも、そこまではさすがに……」
「まあ、さすがに最初からってわけにはいかないでしょうね。いいわ。それじゃあ、アイドルになるための奥義を教えてあげる」
「お、奥義……?」
その言葉に響きに――。
あたしはゴクリと唾を飲み込んでいた。
「まずは、姿見の前に立って」
「はい」
「鏡のなかの自分をまっすぐ見つめて」
「はい」
「そして、叫びなさい。『あたしはかわいい、世界一かわいい! かわいいかぎり、できないことはこの世にない!』って」
「なんですか、その恥ずかしい儀式は⁉」
「だから、アイドルになるための奥義よ」
「どこが、奥義なんです⁉」
「こうやって、自分自身に自分はかわいいと言い聞かせる。そうすることによって深層意識レベルでその思いが植えつけられる。それによって、自分でも知らないうちに本気でそう信じられるようになる。その結果、アイドル特有のオーラがあふれ出すのよ」
「……ほんとですか、それ?」
うわっ。我ながら、疑わしいそうな口調。
「本当よ」
って、武緖先生は腕を組み、仁王立ちの姿勢でそう言いきった。その姿。押しよせる波にいくら打たれても揺らぎもしない岸壁のよう。
「いままで、何十人というアイドルを育ててきたあたしが言うんだからまちがいないわ」
それを言われると一言もないんだけど……そんなことを本気で信じ込むようになったらアイドルとしては立派でも、人間として終わるような……。
「アイドルになりたかったら、人間なんて捨てなさい! とにかく、やりなさい!」
「は、はい……! あ、あたしはかわいい、世界一かわいい……」
「なに、その弱々しい声は! もっと、肚の底から声を絞り出しなさい!」
「あたしはかわいい! 世界一かわいい!」
「まだ照れがある! 恥も外聞もかなぐり捨てて本気でそう信じなさい! そう、素っ裸で戦う正義のヒロインのように!」
どこの変態よ、それ⁉
「あたしはかわいい! 世界一かわいい!」
かわいい、
かわいい、
かわいい!
あたしはヤケになったように、鏡のなかの自分に向かって叫びつづける。
叫びつづけているうちに、なんだか本当にそんな気になってきた。
――あたしって本当に世界一かわいいのかも……。
そう思えた。思えたものだからついついニンマリ笑ってしまった。そのとき――。
気がついた。軽食を載せたトレイをもった宏太が、あたしのニンマリ顔をじっと見つめていることに。メガネの奥の目が、メガネそのものみたいに大きくなっている。
あたしは思わず宏太を見つめた。宏太もじっとあたしを見つめる。時間のとまったようなその瞬間。たちまち頬が真っ赤になるのが自分でもわかった。
「わ、忘れろおっー! いま見たこと全部、忘れろおっー!」
「わあっ! 頭、ぶたないで!」
「見られるのを恥ずかしがってどうするの。アイドルの仕事は見られることなのよ」
「それとこれとは話がちが~う!」
武緖先生の教室に――。
宏太の頭をボコスカ殴る音とともに、あたしの絶叫が響いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー
田古みゆう
恋愛
推し活女子と爽やかすぎる隣人――秘密の逢瀬は、推し活か、それとも…?
引っ越し先のお隣さんは、ちょっと優しすぎる爽やか青年。
今どき、あんなに気さくで礼儀正しい人、実在するの!?
私がガチのアイドルオタクだと知っても、引かずに一緒に盛り上がってくれるなんて、もはや神では?
でもそんな彼には、ちょっと不思議なところもある。昼間にぶらぶらしてたり、深夜に帰宅したり、不在の日も多かったり……普通の会社員じゃないよね? 一体何者?
それに顔。出会ったばかりのはずなのに、なぜか既視感。彼を見るたび、私の脳が勝手にざわついている。
彼を見るたび、初めて推しを見つけた時みたいに、ソワソワが止まらない。隣人が神すぎて、オタク脳がバグったか?
これは、アイドルオタクの私が、謎すぎる隣人に“沼ってしまった”話。
清く正しく、でもちょっと切なくなる予感しかしない──。
「隣人を、推しにするのはアリですか?」
誰にも言えないけど、でも誰か教えて〜。
※「エブリスタ」ほか投稿サイトでも、同タイトルを公開中です。
※表紙画像及び挿絵は、フリー素材及びAI生成画像を加工使用しています。
※本作品は、プロットやアイディア出し等に、補助的にAIを使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる