あたしは『のび太』に初恋を奪われた

藍条森也

文字の大きさ
22 / 25

二二章 意識させてやる!

しおりを挟む
 「静香しずか宏太こうた。お茶でも飲んでいきなさい」
 レッスンが終わったあと、武緖たけお先生がめずらしくそう言った。口調も穏やかなら表情もなんだか――信じられないことに――優しげ。
 このあと、とんでもない雷でも落ちるんじゃないか。
 あたしはそう疑いながら、宏太こうたと一緒にテーブルに着いた。武緖たけお先生は手ずからお茶をいれてくれた。いままでに飲んだことのない、強い香りと清々しい味わいのお茶だった。
 「ローズマリーティーよ」
 武緖たけお先生は、自分も同じお茶を飲みながらそう言った。
 「心身に活力を与え、若さをたもつと言われるハーブよ」
 「じゃあ、武緖たけお先生にピッタリですね」
 思わず言ってしまったその言葉に――。
 ジロリ、と、武緖たけお先生はにらみつけてきた。
 「内ヶ島うちがしまさん、いまのはマズいって!」
 宏太こうたにさえあわてた口調でそう注意された。あたしもあわてて口を押さえたけどもちろん、もう遅い。武緖たけお先生は首を振りながら溜め息をついた。
 「……まったく。あなたを見ていると赤葉あかばを思い出すわ」
 「赤葉あかば?」
 「ふぁいからりーふの赤葉あかばよ。あの子もあなたと同じで、とにかく生意気で一言、多かったものよ」
 「武緖たけお先生、ふぁいからりーふを知ってるんですか⁉」
 「知ってるもなにも、武緖たけお先生がデビュー前のふぁいからりーふにレッスンしていたんだよ」って、宏太こうた
 なによ、それえっ!
 そんなこと知ってるなら、最初から言っておいてよね!
 「じゃあ、武緖たけお先生が白葉しろはを泣かせた鬼トレーナー⁉」
 宏太こうたがあわてて、あたしの口を押さえる。あたしは目を白黒させて言葉を呑み込む。って、もう遅いわけなんだけど。
 武緖たけお先生はもう一度、首を左右に振りながら溜め息をついた。
 おとなってなんでこう、変なところで器用なんだろう?
 「……本当。一言、多いわね」
 「ご、ごめんなさい……」
 「あやまらなくていいわよ。それぐらいの神経の太さがなかったらアイドルなんてやっていけないもの」
 まるで『お前の神経は登山用のロープ並だ』って言われた気がして、年頃の女の子としては少々、モヤってしまうんですけど……。
 「それに、あたしが白葉しろはを散々、泣かせたのは事実だしね」
 「やっぱり」
 って、あたし。
 あああっ。いまのは自分でも『一言、多い』って気がするわ。
 ジロリ、って、武緖たけお先生はあたしをにらんだけど、口に出してはなにも言わなかった。そのかわり、懐かしそうに語り出した。
 「ふぁいからりーふのデビューを機にトレーナーを引退して、ここに来たのよ。さすがにもう歳で、体力的にもつらくなっていたから」
 「とても、そうは思えませんけど」
 あたし相手に怒鳴り散らすあの体力。あたしなんかよりずっとタフだとしか思えない。
 「あなたひとりを相手にしているからよ。プロのトレーナーともなれば、一日に何十人という生徒を相手にしなくてはならないんだもの」
 ああ、なるほど。
 「白葉しろははとにかく、どんくさい子でね。素質という点では、あたしがうけもった生徒のなかでも最低だったわ」
 そ、そこまで言わなくても……。
 「だから、まわりに全然ついていけなくて。その差を埋めるためにとくに厳しくしなきゃならなかったから。毎日まいにち大泣きしてたわ」
 やっぱり、そうだったんだ。
 「べつに信じなくてもいいけど、あたしだってその姿を見て、心を痛めていたのよ。かわいそうだと思っていた。ここまでやる必要があるのかって、自分でも何度もそう思ったわ。でもね」
 先生は一度、言葉を切った。ほう、って、息を吐きながらつづけた。
 「白葉しろはは根性だけは確かにあったわ。どんなに厳しいレッスンでも、どんなに泣きながらでも必死に食らいついてきた。そして、とうとう、赤葉あかばたち、一流の素質をもった子たちと同じステージに立った。いまでも、そこで活動している。そんな白葉しろはのことは本当に尊敬しているわ」
 「……先生」
 「それに、あなたのこともね。静香しずか
 「あたしも⁉」
 「ええ」
 そう言って静かにうなずく先生の顔は――。
 やけに、優しかった。
 「あれだけ厳しいレッスンで、あたしに毎日まいにち怒鳴られて、これが原因で学校でイジメにあって。それでも、自分の目的のためにつづけている。その姿には本当に驚かされる。尊敬するわ」
 ちょ、ちょっと、やめてくださいよ、先生……。
 いつもは意地悪鬼婆なのに急にそんな顔で、そんなことを言われたら……泣きそうになっちゃうじゃないですか。

 「はあ~あ。調子、狂ったあ」
 なんとか涙をこらえての帰り道、あたしは宏太こうたと並んで歩きながら溜め息をついた。
 「いつも厳しいばっかりなのに、いきなりあんなに優しくされたらどうしていいかわからないわよね」
 「あはは、そうだね」
 って、宏太こうたも笑いながら言った。
 「でも、僕も同じ気持ちだよ」
 「えっ?」
 「イジメにあっても、親友に裏切られても、決して負けずに自分の道を行く内ヶ島うちがしまさん。本当にすごいと思うよ」
 だから、そういうことをキラキラお目々でまっすぐ見つめながら言うんじゃない! 赤くなっちゃうでしょうがっ!
 あ、でも、これは絶好の機会かも。そう。あたしのはじめてをぶつける好機!
 あたしはありったけの勇気を振りしぼって叫んだ。
 「こ、宏太こうた……!」
 「なに、内ヶ島うちがしまさん?」
 宏太こうたはいつもとかわらない無邪気で幼い笑顔であたしをみた。その瞬間――。
 もちろん、あたしは宏太こうたの頭を思いきりぶん殴った。
 「痛い! なにするの、いきなり⁉」
 「うるさい、鈍感!」
 女の子が勇気を振り絞って名前呼びしたっていうのに全然、気付かずスルーとか、鈍感にもほどがあるでしょうがあっ!
 男の子を名前呼びしたのなんて生まれてはじめてだったのに……。
 まったく、この中身小学生は!
 「決めた!」
 「えっ、なにを?」
 「宏太こうたは知らなくていい!」
 「はあ……」
 そう。あたしは心に誓った。
 この中身小学生をかえてやる!
 絶対の、絶対の、絶対に、あたしのことを意識させてやるんだから!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう
恋愛
推し活女子と爽やかすぎる隣人――秘密の逢瀬は、推し活か、それとも…? 引っ越し先のお隣さんは、ちょっと優しすぎる爽やか青年。 今どき、あんなに気さくで礼儀正しい人、実在するの!? 私がガチのアイドルオタクだと知っても、引かずに一緒に盛り上がってくれるなんて、もはや神では? でもそんな彼には、ちょっと不思議なところもある。昼間にぶらぶらしてたり、深夜に帰宅したり、不在の日も多かったり……普通の会社員じゃないよね? 一体何者? それに顔。出会ったばかりのはずなのに、なぜか既視感。彼を見るたび、私の脳が勝手にざわついている。 彼を見るたび、初めて推しを見つけた時みたいに、ソワソワが止まらない。隣人が神すぎて、オタク脳がバグったか? これは、アイドルオタクの私が、謎すぎる隣人に“沼ってしまった”話。 清く正しく、でもちょっと切なくなる予感しかしない──。 「隣人を、推しにするのはアリですか?」 誰にも言えないけど、でも誰か教えて〜。 ※「エブリスタ」ほか投稿サイトでも、同タイトルを公開中です。 ※表紙画像及び挿絵は、フリー素材及びAI生成画像を加工使用しています。 ※本作品は、プロットやアイディア出し等に、補助的にAIを使用しています。

処理中です...