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二一章 見返してやる!
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その日からあたしは、学校に行くのをやめた。
もう『行けなくなった』じゃない。
自分の意思で『行かないことに決めた』のだ。
それは断じて、イジメやスクールカーストから逃げるためじゃない。その逆。戦うため。ねじ伏せるためだ。八月のネットデビューを成功させて誰も手出しできない立場を確立し、あたしを嗤った連中を見返すためだ。そのために――。
武緖先生のレッスンを集中的に受けるために、その時間を作るために、学校に行くのを『やめた』のだ。
ただし、レッスンだけをしていたわけじゃない。勉強もきちんとやった。
このまま学校をやめようなんてわけじゃない。夏休みが明けたら学校に復帰するのだ。ネットデビューを成功させ、スクールカーストなんかに汲々としている連中が足元にも及ばない存在になって。
そのとき、勉強がわからない、じゃあ格好がつかない。勉強だってさらりとこなして、成績上位をキープしないと。それでこそ、カッコいいってもんでしょうが。
だから、学校の勉強に遅れないよう自習はした。そのためのスケジュールも作った。そのスケジュールをもってパパとママに言った。
「このスケジュール通りに行動する。絶対、ダラダラして過ごしたりしない。だから、夏休みが終わるまで学校に行かないことを認めて」
あたしはパパとママの目をまっすぐに見つめながら言った。
学校に行かないことを認めて。
親に向かってそう堂々と言えるぐらい、あたしの覚悟は決まっていた。
パパとママは一応、スケジュール表は見たけど、大して気にはしなかったみたい。すぐにスケジュール表を脇に置いて、あたしの目をまっすぐに見ながらただ一言、
「やれ」
口をそろえてそう言った。
――パパとママの娘でよかった!
このときほどそう思ったことはなかった。
そして、あたしの新しい生活ははじまった。朝から夕方まで、本来なら学校に行っているはずの時間はすべて、武緖先生のもとでレッスン、レッスン、レッスン。
「声が小さい! もっと力をふりしぼって声を出しなさい!」
「滑舌が悪い! そんなことで金をとれる歌が唄える気⁉ 早口言葉からやり直し!」
「肚の底から『唄って、踊れて楽しい!』と思いなさい! 全身から『楽しい!』オーラが出ていなくちゃアイドルとは言えないわよ!」
武緖先生のレッスンは相変わらず厳しく、容赦がなかった。一秒ごとに罵声が飛んでくる。って言うか、あたしが覚悟を決めて以来、明らかに以前より厳しくなっていた。足が吊って動けなくなろうが、レッスン中に吐いてしまおうが、
「常に楽しく、笑顔でいなさい!」
その一言。
「アイドルは夢の存在、見る人に夢を与える存在なのよ! アイドルは存在そのものが魔法、現実の存在ではないのよ。つらさや苦しさなんて絶対に見せては駄目! 常に夢と笑顔を振りまいてこそのアイドルよ!」
そう言って、休む間もなくレッスンをつづけてくる。
その鬼みたいな――と言うより、鬼そのものの――姿を見て、あたしはいままではずいぶんと手加減されていたことを知った。
――しょせん、アマチュア。
武緖先生の方にもそんな思いがあって、適当に甘くしていたんだろう。でも、あたしが覚悟を決めたわけで正真正銘の『プロ仕様』のレッスンに移ったわけだ。
いいじゃない。
やってやろうじゃない。
鬼婆そのものの武緖先生の姿に、あたしは闘志をたぎらせた。
こっちだってもう覚悟を決めたんだから。足が吊ったぐらいなによ。吐いたって、レッスンはつづけられるわ。デビューまでに絶対ぜったい一流のアイドルになってやる。そして、あたしを嗤った連中全員、見返してやるんだから。
あたしはその一心で武緖先生のレッスンに食らいついた。そのなかでどんどん実力がついていくのがわかった。そうなると、今度は楽しくなってくる。
――厳しければきびしいほど大歓迎よ! それを乗り越えて空前絶後の超アイドルになってやるんだから!
そして、レッスンが終われば今度は勉強。
正直、厳しいレッスンあのとで体はクタクタ。気持ちも切れてる。それでも、休みたがる心と体に鞭打って勉強する。学校に戻ったとき、勉強がわからなくて恥をかく……なんていうわけはに行かないんだから!
学校の勉強に関しては先生もコーチもいなくて、完全に自習。でも、あたしはもともと成績の良い方だったから自習でも別に問題はなかった。問題があったのはもうひとりの方。
「ねえ、内ヶ島さん。この問題なんだけど……」
「ああ。この問題を解く鍵は……」
そう。問題だらけだったのは宏太の方。宏太もあたしに付き合って学校を一時、休学し、朝から晩まで一緒にいてくれた。レッスン中はずっと側にいて、あれこれ世話してくれる。吊った足をマッサージしてくれるのも、吐いたあとを片付けてくれりのも全部、宏太。自分の吐いたあとを片付けてもらうなんて年頃の女の子としてどうかと思うだろうけど、こいつに対してはもうそんなことはどうでもいい。
なにしろ、全部ぜんぶこいつが悪いんだから。こいつが、あたしに『太陽ドルになろう!』なんて言ってきたからこんなことになったんだから。責任はとってもらわないとね。
そして、レッスン語の勉強にも毎日、付き合ってくれた。付き合ってはくれたんだけど……。
「ねえ、内ヶ島さん。ここがわからないんだけど……」
あたしは溜め息をついた。
もう、勉強となるとずっとこの調子。もともと、成績の振るわない陰キャだし、自習でまともに理解なんてできるわけがない。最初から最後までわからないことだらけで、一秒ごとにあたしに聞いてくる。
「だから、そこは……」
ちょっとばかりイラつきながら、あたしはいちいち教えてあげる。すると、宏太はわからないなりに必死に取り組む。真剣そのものの表情で問題に取り組む。本物ののび太みたいに、あたしのノートを書き写しておしまい……なんて真似はしなかった。その真剣な姿を見ていると、
――まあ、教えてやるのもいいか。
っていう気になってくる。
それに、実のところ、宏太に教えるのはあたしにとっても良い結果になっていたみたい。
『人に教えるのは一番の勉強』っていう言葉があるそうだけど、まさにそんな感じ。宏太に説明するためにはあたし自身がきちんと理解していないといけないわけで、教えるなかであたし自身が学習を深めていった。
いまなら、学校のテストを受けてもかつてない良い点がとれる!
その自信があった。
――そうか。これが、宏太やママたちが言っていた『道なんていくらでもある』ってことか。
あたしは、そのことがやっとわかった気がした。
ちょっと前までのあたしにとっては、学校が世界のすべてだった。そのなかで自分の立場を守り、安全に、安心して過ごせるようにすること。それが、あたしにとってのすべてだった。
なんて、せまい考えだったんだろう。
こうして、実際に学校からはなれてみるとつくづくそう感じる。
学校なんて世界のほんの一部なのに。本当の世界はその外にいくらでも拡がっているって言うのに。以前のあたしはそのことに気がつかなくて学校なんていう狭苦しい世界のなかで汲々としていた。
まさに、井の中の蛙。
でも、いまはもうちがう。あたしは海に飛び出した。限りなく広がる大海へと。
――学校なんて行かなくても、実力を身につける方法なんていくらでもある。実力さえあれば居場所を作ることはできる。
そう。
あたしはもう井の中の蛙なんかじゃない。
大海原を泳ぐ魚なんだ!
もう『行けなくなった』じゃない。
自分の意思で『行かないことに決めた』のだ。
それは断じて、イジメやスクールカーストから逃げるためじゃない。その逆。戦うため。ねじ伏せるためだ。八月のネットデビューを成功させて誰も手出しできない立場を確立し、あたしを嗤った連中を見返すためだ。そのために――。
武緖先生のレッスンを集中的に受けるために、その時間を作るために、学校に行くのを『やめた』のだ。
ただし、レッスンだけをしていたわけじゃない。勉強もきちんとやった。
このまま学校をやめようなんてわけじゃない。夏休みが明けたら学校に復帰するのだ。ネットデビューを成功させ、スクールカーストなんかに汲々としている連中が足元にも及ばない存在になって。
そのとき、勉強がわからない、じゃあ格好がつかない。勉強だってさらりとこなして、成績上位をキープしないと。それでこそ、カッコいいってもんでしょうが。
だから、学校の勉強に遅れないよう自習はした。そのためのスケジュールも作った。そのスケジュールをもってパパとママに言った。
「このスケジュール通りに行動する。絶対、ダラダラして過ごしたりしない。だから、夏休みが終わるまで学校に行かないことを認めて」
あたしはパパとママの目をまっすぐに見つめながら言った。
学校に行かないことを認めて。
親に向かってそう堂々と言えるぐらい、あたしの覚悟は決まっていた。
パパとママは一応、スケジュール表は見たけど、大して気にはしなかったみたい。すぐにスケジュール表を脇に置いて、あたしの目をまっすぐに見ながらただ一言、
「やれ」
口をそろえてそう言った。
――パパとママの娘でよかった!
このときほどそう思ったことはなかった。
そして、あたしの新しい生活ははじまった。朝から夕方まで、本来なら学校に行っているはずの時間はすべて、武緖先生のもとでレッスン、レッスン、レッスン。
「声が小さい! もっと力をふりしぼって声を出しなさい!」
「滑舌が悪い! そんなことで金をとれる歌が唄える気⁉ 早口言葉からやり直し!」
「肚の底から『唄って、踊れて楽しい!』と思いなさい! 全身から『楽しい!』オーラが出ていなくちゃアイドルとは言えないわよ!」
武緖先生のレッスンは相変わらず厳しく、容赦がなかった。一秒ごとに罵声が飛んでくる。って言うか、あたしが覚悟を決めて以来、明らかに以前より厳しくなっていた。足が吊って動けなくなろうが、レッスン中に吐いてしまおうが、
「常に楽しく、笑顔でいなさい!」
その一言。
「アイドルは夢の存在、見る人に夢を与える存在なのよ! アイドルは存在そのものが魔法、現実の存在ではないのよ。つらさや苦しさなんて絶対に見せては駄目! 常に夢と笑顔を振りまいてこそのアイドルよ!」
そう言って、休む間もなくレッスンをつづけてくる。
その鬼みたいな――と言うより、鬼そのものの――姿を見て、あたしはいままではずいぶんと手加減されていたことを知った。
――しょせん、アマチュア。
武緖先生の方にもそんな思いがあって、適当に甘くしていたんだろう。でも、あたしが覚悟を決めたわけで正真正銘の『プロ仕様』のレッスンに移ったわけだ。
いいじゃない。
やってやろうじゃない。
鬼婆そのものの武緖先生の姿に、あたしは闘志をたぎらせた。
こっちだってもう覚悟を決めたんだから。足が吊ったぐらいなによ。吐いたって、レッスンはつづけられるわ。デビューまでに絶対ぜったい一流のアイドルになってやる。そして、あたしを嗤った連中全員、見返してやるんだから。
あたしはその一心で武緖先生のレッスンに食らいついた。そのなかでどんどん実力がついていくのがわかった。そうなると、今度は楽しくなってくる。
――厳しければきびしいほど大歓迎よ! それを乗り越えて空前絶後の超アイドルになってやるんだから!
そして、レッスンが終われば今度は勉強。
正直、厳しいレッスンあのとで体はクタクタ。気持ちも切れてる。それでも、休みたがる心と体に鞭打って勉強する。学校に戻ったとき、勉強がわからなくて恥をかく……なんていうわけはに行かないんだから!
学校の勉強に関しては先生もコーチもいなくて、完全に自習。でも、あたしはもともと成績の良い方だったから自習でも別に問題はなかった。問題があったのはもうひとりの方。
「ねえ、内ヶ島さん。この問題なんだけど……」
「ああ。この問題を解く鍵は……」
そう。問題だらけだったのは宏太の方。宏太もあたしに付き合って学校を一時、休学し、朝から晩まで一緒にいてくれた。レッスン中はずっと側にいて、あれこれ世話してくれる。吊った足をマッサージしてくれるのも、吐いたあとを片付けてくれりのも全部、宏太。自分の吐いたあとを片付けてもらうなんて年頃の女の子としてどうかと思うだろうけど、こいつに対してはもうそんなことはどうでもいい。
なにしろ、全部ぜんぶこいつが悪いんだから。こいつが、あたしに『太陽ドルになろう!』なんて言ってきたからこんなことになったんだから。責任はとってもらわないとね。
そして、レッスン語の勉強にも毎日、付き合ってくれた。付き合ってはくれたんだけど……。
「ねえ、内ヶ島さん。ここがわからないんだけど……」
あたしは溜め息をついた。
もう、勉強となるとずっとこの調子。もともと、成績の振るわない陰キャだし、自習でまともに理解なんてできるわけがない。最初から最後までわからないことだらけで、一秒ごとにあたしに聞いてくる。
「だから、そこは……」
ちょっとばかりイラつきながら、あたしはいちいち教えてあげる。すると、宏太はわからないなりに必死に取り組む。真剣そのものの表情で問題に取り組む。本物ののび太みたいに、あたしのノートを書き写しておしまい……なんて真似はしなかった。その真剣な姿を見ていると、
――まあ、教えてやるのもいいか。
っていう気になってくる。
それに、実のところ、宏太に教えるのはあたしにとっても良い結果になっていたみたい。
『人に教えるのは一番の勉強』っていう言葉があるそうだけど、まさにそんな感じ。宏太に説明するためにはあたし自身がきちんと理解していないといけないわけで、教えるなかであたし自身が学習を深めていった。
いまなら、学校のテストを受けてもかつてない良い点がとれる!
その自信があった。
――そうか。これが、宏太やママたちが言っていた『道なんていくらでもある』ってことか。
あたしは、そのことがやっとわかった気がした。
ちょっと前までのあたしにとっては、学校が世界のすべてだった。そのなかで自分の立場を守り、安全に、安心して過ごせるようにすること。それが、あたしにとってのすべてだった。
なんて、せまい考えだったんだろう。
こうして、実際に学校からはなれてみるとつくづくそう感じる。
学校なんて世界のほんの一部なのに。本当の世界はその外にいくらでも拡がっているって言うのに。以前のあたしはそのことに気がつかなくて学校なんていう狭苦しい世界のなかで汲々としていた。
まさに、井の中の蛙。
でも、いまはもうちがう。あたしは海に飛び出した。限りなく広がる大海へと。
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