我が家のベランダ菜園物語

藍条森也

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その八二

ナメクジ大量発生! その後

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 ナメクジ駆除剤を撒いてから数日。
 果たして、結果やいかに?
 と言うわけで、懐中電灯で照らしながらベランダ菜園のプランターを確認。結果は……。
 いない。
 一匹もいない。
 思わず、『火の鳥 未来編』におけるナメクジ文明を思い出してしまったほどにゾロゾロいたナメクジたち。
 それが、一匹も見えなくなっていた。
 もちろん、見えないところに潜んでいる、という可能性はあるわけだが、状況からして『全滅した』と考えてもいいだろう。
 まさに、『火の鳥 未来編』におけるナメクジ文明のあっけない崩壊を思い起こさせる全滅振りである。
 実のところ、駆除剤を撒いた翌日にはこの結果が予想できていた。
 というのは、シカクマメの芽。これまで全然、出てこなかったシカクマメの芽が駆除剤を撒いた翌日にはいきなり出てきた。
 そして、食べられなかった。
 これからするとナメクジたちは駆除剤を撒いたその日のうちに、まさに一晩にして全滅か、それに近い打撃を受けたということになる。
 すごい効果である。
 リン酸第二鉄入りの駆除剤。
 ナメクジに悩んでいる人には本気でお勧めである。

 が、今回の眼目はそこではない。
 自然界におけるナメクジの役割について、である。
 人間の間では、文句なしに『害虫』扱いされるナメクジであるが、果たして自然界でも『害虫』と言えるのか。
 たしかに、柔らかい新芽を好んで食べる、と言えば害虫に思える。芽を出したばかりの植物を食べて、なくしてしまうのだから。
 しかし、だ。
 ナメクジたちは柔らかい新芽は好んで食べるが、ある程度、育った植物には手を出さない。新芽専門なのだ。もちろん、腹を空かせればなんだって手当たり次第に食うだろうが、基本的には大きく育った植物には手を出さず、新芽ばかりを食べる。
 これって、人間のやっている『間引き』そのものではないか。
 密集した新芽を食べて数を減らし、残った株に栄養を集中させる。しかも、育った植物に手を出さないというのだから育った植物を根こそぎ食べてしまう人間よりよほど分をわきまえている。
 ナメクジたちは自然界における間引き職人であり、弱い株、育ちの遅い株を食べることで強い株、育ちの早い株を残し、植物の群落を健康に保つ役割を負っているのだろう。
 それがなぜ、畑では野菜を食い尽くす『害虫』になってしまうのか。
 そこで、思い出すのがアメリカはイエローストーン公園の事例。
 イエローストーン公園ではオオカミがいなくなり、そのためにシカたちが木の新芽を食べ尽くした。結果、ヤナギの木は生長できなくなっていた。そこへ、オオカミの群れが移入された。
 するとどうだろう。
 その途端、ヤナギの木は生長をはじめたのだ!
 ここで注目なのは実際にその影響を与えたのがオオカミによる捕食ではないと言うこと。シカたちの行動を制御したのはオオカミに対する恐怖だった。
 オオカミのいない森でならシカたちはなにも恐れる必要がない。どこへでも行ってのんびりと木の新芽を食べ、気のすむまでむさぼることができる。
 ところが、オオカミがいればそうはいかない。
 のんびり食事などしていればいつ、自分が襲われるかわからない。
 だから、襲われやすい場所には近づかない。食事も素早くすませ、安全な場所に戻る。そのため、シカによって食われる範囲が制限され、木々は生長できる。
 ナメクジも同じことだろう。
 ナメクジと言えど、生きるために存在しているのだから捕食者に対する恐怖はあるはず。そして、ナメクジにとっての捕食者と言えばカエルである。
 カエルたちが夜の闇に潜み、自分の身を狙っている。
 そう思えば、のんびり食事などしていられまい。生きるために必要最小限の量だけ食べて、さっさと隠れ家に戻るにちがいない。
 それによって、新芽がすべて食い尽くされることはなく、残った新芽が成長し、次代を残すことができる。
 ところが、人間がカエルを滅ぼしてしまうとナメクジにとってはもはや怖いものなしだ。幾らでも時間をかけ、食いたいだけ新芽をむさぼることができる。
 そりゃあ、新芽だって全滅してしまう。
 結局、本来は間引き職人として植物の役に立つナメクジたちが『害虫』となってしまうのは、人間の側が自然のバランスを崩したからなわけだ。
 やはり、自然の摂理を生かした農法こそが最良。ナメクジに任せておけばゾロゾロと出た新芽を適当に食って減らし、適切な数を残してくれる。腰の痛い思いをしながら細かい新芽を一本いっぽん切り取るような真似をしなくていいのだ。
 メチャクチャ楽ではないか!
 まあ、ナメクジの場合、新芽を食べるだけではなく、ヤバい寄生虫も宿しているから放っておくわけにもいかないのだが、それでも、自然の摂理をうまく生かせば費用も手間もかからない農法を実現できる。
 一例としてブドウがある。
 ブドウ栽培の本には『形を整え、実を大きく育てるために余分な花を摘む』とある。言うのは簡単だが、ブドウの細かい花を減らすのはなかなか面倒な作業である。まして、広大な果樹園での作業となれば。
 しかし、実のところ、ブドウの花をわざわざ人の手で減らす必要などないのだ。自然に任せておけば適当に花が落ち、適切な数が残ってくれる。
 今年の我が家のベランダ菜園ではブドウの出来が良く、一〇いくつもの房がついている。どれも、余分な華をとったりしていないのにどの実もきちんと育っている。
 もちろん、市販品のようなきれいな形にはならないが、見た目がそれほど重要か?
 贈答品というならともかく、自分で食べる分には見た目など大して問題ではないだろう。実際、形の整った高価なブドウと、形の悪い安いブドウとがあれば、たいていの人は、形の悪い安いブドウを買うはずだ。
 それなのに、見た目にこだわるせいで手間もかかるし、費用もかかる。自然の摂理に任せておけばもっと安く買えるはずの野菜や果物が見た目にこだわるために高くなっている。
 農薬を撒くことで捕食者を滅ぼしてしまい、そのために『害虫』が増える。その害虫を退治するために大量の農薬を撒く。
 なんという無駄だろう。
 無駄どころか有害である。その農薬を撒くための手間と費用は農家にとって著しい負担となり、そのための費用は『小売価格』という形で食べる側に回ってくるのだから。
 自然の摂理を生かした農法に徹すれば、『害虫』の数も抑えられ、本来の『間引き職人』としての役割を果たしてくれるようになる。そうなれば、作物は放っておいても勝手に育つ。農家の手間と負担は一気に減るし、消費者も安い作物を食べられるようになる。
 農業の未来は自然の摂理を生かした農法へと進むべきだ。
 そのためには自然のことをもっともっとよく知らなければならない。自然を観察し、自然に学び、その仕組みを解き明かさなくてはならない。
 まちがっても、『自然よりも自分の方がうまくできる』などとは思わないことだ。その姿勢こそがあまたの自然を破壊する原因となったのだから。
 とは言え――。
 狭いベランダ菜園では自然のバランスを保つなどまず不可能。またナメクジが大量発生すればやはり、駆除剤を撒く。
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