文明ハッカーズ1 〜クビになったマンガ家、自分の国を作って成り上がる〜

藍条森也

文字の大きさ
26 / 30
第五話 富士幕府誕生!

二六章 富士山は……神奈川のものだ!

しおりを挟む
 「どういうことよお、一体⁉」
 そんな、脳天を突き抜けるようなキンキン声と共に部屋に飛び込んできた人物。それは、三〇代後半とおぼしき女性だった。一目で『中学時代のお古』とわかる名札の付いた古いジャージを身にまとい、色気のかけらもない実用一点張りのメガネをかけている。
 髪もボサボサでろくに手入れしていないのは一目瞭然。体型のほどはジャージを着ているのでわからないが、ぷっくりふくらんだ頬を見ればおおよその察しはつく。
 総じて典型的な『女ヲタ』と言った印象で、色気とかリア充とか言った言葉からはこの世でもっとも縁遠い生き物であることが知れる。
 「だ、誰……⁉」
 あまりの勢いにさくらが驚いて尋ねた。
 森也しんやは『いつものこと』と言わんばかりの態度で答えた。
 「紫条しじょうトウノ。赤岩あかいわの『海賊ヴァン!』と並ぶ人気作、『最弱女勇者のよろいに転生したおれの意外と真面目な退魔録たいまろく」、略して『よろてん』の作者だ」
 「……タイトル、長い」
 いまどきはそんなもんだ、と、そう答えておいてから森也は説明をつづけた。
 「おれや赤岩の先輩に当たる人でな。デビュー当時はアシスタントとして使ってもらったり、奢ってもらったりと色々、世話になった」
 実はまだ三〇を過ぎたばかりなのだが身なりにかまわないヲタ気質のせいで歳より五歳以上、老けて見える。
 「へえ。じゃあ、恩人ってこと?」
 「……まあ、そういうことになるんだが」
 なるんだが……と、森也は言葉を濁した。
 森也がこんな風に言い淀むのはめずらしい。その返事でさくらは、かの人が『恩人』と呼ぶには微妙な人物であることを察した。
 その微妙な人物は森也とあきらを見つけるとキンキン声で叫び倒した。
 「あーくん、あーちゃん! 何でこんな面白いことにあたしを呼んでくれないのよ⁉」
 その叫びに――。
 森也はジロリ、と、あきらを見た。
 「……呼ばなかったのか?」
 あきらは憤然と胸を張って答えた。
 「当たり前だろう。なぜ、我が天敵を呼ばなければならん」
 「天敵とはなによ、天敵とは⁉」
 「天敵だろう。互いの生まれた土地によって定められし宿命だ」
 「……ねえ」と、ふたりのやり取りを聞いていたさくらが森也にそっと尋ねた。
 「あの人、あきらさんにとっても先輩で恩人なんでしょう? なのに、ずいぶんな態度じゃない?」
 ああ、と、森也は答えた。
 「トウノ姐さんは堅苦しいのがきらいだそうでな。変に先輩扱いしたりすると怒るんでな。昔からずっとあの調子だ」
 「ああ」と、さくらは納得した。
 たしかにそう言うタイプもときにはいる。
 「それに」と、森也は付け加えた。
 「あのふたりの場合、たしかに『宿命』と呼ばれる争いがあるしな」
 「宿命?」
 さくらは思い掛けない言葉にキョトンとした。
 トウノは忌々しげに声を張りあげる。
 「ああ、もう! ほんとに陰険なんだから。この富士山泥棒!」
 「誰が富士山泥棒だ!」
 「泥棒でしょ! うちの富士山を自分たちのものみたいに言うんだから」
 「我らが富士山がいつからお前のものになった⁉」
 ふたりは口角泡を飛ばしてギャンギャン言い合う。
 困ったのはその場に集まった『ソーシャルコミック』の連載陣。放っておいてはまずいとは思うのだが、何しろこのふたりは『ソーシャルコミック』内においてダントツ人気で一位を争う看板作家。看板作家同士の言い合いに有象無象の下っ端連中が口を出せるはずもなく、遠巻きにしながらオロオロするばかり。止められるとすればふたりと関係の深い森也だけなのだが、その森也には他人の喧嘩をわざわざ止めるつもりがない。
 その森也に盛んにマウントを取っていた兼人勝利もふたりの争いには関わる気がないようだ。と言うか、はっきりと逃げている。格下相手にマウントを取りたがる人間の常として自分より上位者相手には逆らえない。トウノがきたときから押し黙り、コソコソと他のみんなの後ろに隠れている。
 隠れるぐらいならいっそ帰ってしまえばいいと思うのだが、そこまでの思い切りもつかないらしい。そんなところが、
 ――なんか小物っぽい。
 と、さくらに思わせるのだった。
 とは言え、そのさくらも兼人のことなど気にしている場合ではなかった。
 森也に尋ねる。
 「なんで、いきなり富士山が出てくるの?」
 「……そこが、宿命の争いというやつだ。赤岩は山梨出身、トウノ姐さんは静岡出身なんだ」
 ああ、と、さくらは納得顔でうなずいた。
 「山梨静岡対決ってやつね。聞いたことある。テレビのネタかと思ってたら本当にあるんだ」
 「当たり前です!」
 やたら勢い込んでそう叫んだのは香坂空。
 あきらのいとこ、つまり山梨出身と言うことで黙っていられないらしい。
 「富士山は山梨から見た方が圧倒的にきれいです! だから、富士山は山梨のものに決まってます」
 「は、はあ……」
 さくらは空の勢いに押されてそうとしか言えなかった。
 こんなかわいらしい美少女然とした女性までもがこんなにエキサイトしてしまうとは。
 ――もしかして、とんでもない修羅場に巻き込まれてる?
 富士山論争の根深さを知らないなりに不吉なものを感じるさくらだった。
 その間にもトウノとあきら、二大人気作家のまわりの迷惑を顧みない言い争いはつづいている。
 「富士山は静岡のものよ! 『富士山記』にも『日本霊異記』にもはっきりと『富士山は駿河国のもの』つまり『静岡のもの』って書いてあるんだから」
 「それがどうした。日本国発行の札の裏を見たことがないのか。札に印刷されるのは常に山梨側から見た富士山。これぞ国が『富士山は山梨のもの』と認めた証拠」
 双方一歩もゆずらずの言い合い、にらみ合い。
 互いの視線が空中でぶつかりあい、帯電し、稲妻が発生している。
 まわりの連載陣は突然の対決に巻き込まれ、帰るにかえれずオロオロするばかり。その視線はいまや森也に集中している。
 ――なんとかしてくれ!
 泣きそうな視線でそう懇願してくる。
 このふたりの争いをとめられるのは森也だけ。
 そうと知るからこその必死の視線。
 ――仕方がない。
 森也はそう言いたげに溜め息をつくと、立ちあがった。
 それだけで、まわりの連載陣から安堵の息が漏れる。
 森也はふたりに近づいた。表面ばかりは諭すように、しかしその実、面倒臭そうに声をかける。
 「いい加減にしろ。人気ツートップのお前たちがやり合ったら他の連載陣が迷惑するだろう」
 「黙れ! 他人の迷惑なぞ知ったことか!」
 「そうよ! この命題の前には他人の迷惑なんて関係ないわ」
 あきらとトウノは異口同音に叫ぶ。
 よく考えるとかなりどいことを言っているのだが、すっかり頭に血がのぼっているふたりはそんなことに気が付かないらしい。
 「それより!」と、ふたりの声が見事にそろった。
 「藍条あいじょう! 貴様はどっちだと思ってるんだ、富士山は山梨のものか、静岡のものか⁉」
 「そうよ、あーくんはどっちに味方するの!」
 「答えろ!」
 「答えて!」
 ふたりはそろって詰め寄る。
 男ひとりに女ふたり。内容はまったくちがうが外見だけ見ればれっきとした男女の修羅場。さくらは口出しするわけにも行かず、距離を取って眺めているしか出来なかった。
 ――なんか、下手な修羅場しゅらばよりすごいことになってる気がする。
 以前、二股かけていたお調子者の男子がふたりの彼女から同時に詰め寄られているのを見たことがある。あのときよりさらにすごい緊迫感。唯一の救いと言えば修羅場に巻き込まれたはずの森也がうろたえる様子ひとつ見せずに堂々としていることか。
 ――でも、どうやっても納まらない気がするんだけど。
 富士山論争のことなどほとんど知らないさくらでさえそう思う。
 それぐらい、あきらとトウノ、ふたりの間の緊張感はすさまじい。しかし、森也はそんなふたりの前で堂々と言ってけた。
 「いいだろう。それでは、この地球進化史上最強の知性、藍条森也が決めてやろう。果たして、富士山は誰のものか」
 「おお、望むところだ!」
 「言ってやって、あーくん!」
 「富士山は……」
 「富士山は!」
 森也の言葉にあきらとトウノ、ふたりがまたも見事に声をそろえて詰め寄った。ふたりだけではなく、その場にいる全員が息を呑んで森也の次の言葉をまった。とくに、『ソーシャルコミック』連載陣は切実だった。
 森也の一言によって雲の上の存在の人気マンガ家ふたりの対立に終止符を打たれるか、それとも、さらに激しくなるか、それが決まるのだ。
 どちらに味方してももう一方が納まるわけがない。
 それを知っているだけに見守る側の緊張感もいや増していく。
 果たして、自称・地球進化史上最強の知性、藍条森也はいかなる答えを示すのか。
 その場にいる全員が息を呑んで見つめるなか、森也はついに答えを告げた。
 「富士山は……神奈川のものだ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...