三〇代、独身、子なし、非美女弁護士。転生し(たつもりになっ)て、人生再始動!

藍条森也

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二二章

あたしもまだまだ可愛かったりする?

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 翌日の日曜日。真梨子は浮きうきした気分で車を走らせ、ふたたび鴻志の家を訪れた。こんなにはずんだ気分で男性のもとを訪れるなんて学生時代にもちょっと記憶にない。そんな自分を『けっこう、かわいいかも……』などと思いつつ、髪を整えながら車を降りた。 庭でおもちゃ作りをしているかもと思い、門越しにのぞきこんだ。姿はない。門を開け、玄関に近づいた。チャイムを押した。しばししてから鴻志の声がした。
 『どちらさま?』
 「あの、あたし。小山内真梨子です」
 『小山内?』
 いかにも怪訝そうな声がした。ドアが開いた。鴻志はいかにもな仏頂面だった。
 「……また、あんたか」
 鴻志は露骨にいやそうな声で言った。
 「今度は何の用だ? 言っておくが、彼氏役など二度はやらないからな」
 「あ、いえ、そうじゃないのよ。今回は……」
 言いつつ真梨子は居心地の悪さを感じた。
 どう見ても歓迎されていない。前回、パーティーに連れ出すまでのいきさつはともかくとして、その後は楽しく過ごせたので――少なくとも、あたしは楽しかった。彼も楽しかったはず……だと思う。きっと、多分――少しぐらいは親しみのある態度で迎えてくれるものと期待していたのだ。ところが鴻志の態度は何ともそっけなく、明らかに邪魔者扱い。調子が狂ってしまい、予定通りの態度をとれなかった。
 「あの……もしかして、お仕事中?」
 ちょっと上目使いにお伺いを立ててみる。
 鴻志はうなずいた。
 「ああ」
 「あっ、それじゃどうぞ。つづけて。終わるまでまってるから」
 じろり、と探るような視線を真梨子に向けてから、鴻志は無言で身を翻した。室内に入っていく。真梨子も後につづいた。
 「日曜なのに精が出るわね」
 沈黙に耐えきれず、そう口にした。
 「気分次第でやること決めるからな」
 と、鴻志はいかにもアーティストな答え方をした。
 鴻志はアトリエに戻った。一階にある北向きの八畳の部屋。そこが鴻志のアトリエだった。三方を壁に囲まれ、北側にある唯一の窓も小さくて高い位置にある。昼間でも電気の明かりが必要な暗い部屋。仕事中に外からのぞかれたくはないし、そもそも太陽を見上げながら地道な知的作業などやっていられない。そのため、あえて暗くしてある。
 アトリエは四つに区切られている。ひとつは彫刻刀やナイフが並び、木材のつまれた工作席。ひとつは種々雑多な画材道具や紙の並ぶ画室、ひとつはデスクの中央に鎮座ましますパソコンを中心に資料とおぼしきレポート用紙が山とつまれた執筆席。陶器を焼くための小さな窯まであり、そのまわりには陶器の人形が並んでいる。
 「焼き物まで作るの?」
 「手と頭で作れるものは何でも作る」
 それができる能力さえあれば星でも作りそうな言い方だった。真梨子はその強烈な創作欲に感心するやら、あきれるやらだったが、同時に『これだけ自分の世界に没頭してたら、そりゃ普通の暮らしなんかできないわよねえ』とも、納得した。鴻志が学校生活に適応できなかった理由が一目でわかる部屋だった。
 鴻志は画室についた。水彩色鉛筆を手に鉛筆画に着色をはじめる。真梨子はその色鉛筆がおさめられていたケースに目を奪われた。ずらりと何十色もの色鉛筆が並んだ端正で上品な木製ケース。
 ドイツの名門画材メーカー、ファーバーカステルのアレキサンダー・フェターズコレクション。三種類の画材がそれぞれ一〇〇色ずつおさめられた豪華セットである。
 「すご~い。さすがプロ」
 真梨子は感心したが、見てみると鉛筆の長さにずいぶんと差がある。手のなかにすっぽりおさまってしまいそうにチビたものもあれば、ぜんぜん使ってないように見えるものも多い。尋ねてみると、
 「そりゃあ、一〇〇色も使わないから」
 との答え。
 「じゃあ、何で買ったりしたの?」
 真梨子が当然の疑問を口にすると、鴻志は目を閉じ、過去の恥ずかしいことを告白するような表情で言った。
 「……木製ケースがあまりにカッコよかったもので、つい」
 その答えに真理子は腹を抱えて笑いころげた。
 鴻志は両目を閉じての仏頂面。頬が少しばかり赤くなっているので、照れ隠しの表情だと言うことは一目で分かった。そんな鴻志を真梨子はかわいいと思った。
 鴻志は着色をつづけた。細かく色をかえながら精密機械のように丁寧に。
 「……何の仕事?」
 そのたおやかな筆使いに見惚れながら、真梨子は遠慮がちに尋ねた。
 「サンタの絵本」
 「サンタ? 夏前なのに?」
 「これから完成させて、印刷して、製本して、本屋と交渉して……とやってると、クリスマス・シーズンになってるんだよ」
 「あ、なるほど」
 真梨子は呟いたが、着色ずみの『サンタ』を見た途端、叫んだ。
 「これ、サンタじゃない!」
 「何が?」
 鴻志は真梨子が叫んだ理由を知りつつ、答えた。
 「だって、赤くない」
 鴻志の描く『サンタ』は風貌こそよく見慣れたひげを生やした柔和な老人であるものの、赤い服ではなく、深い緑の服を身につけていた。
 「いいんだよ。赤いサンタなんて今時、一番、描いてはいけないサンタだ」
 「なんで?」
 「コカ・コーラの赤だからだ」
 一瞬、言葉の意味が理解できず、真梨子は呆気にとられた。それから叫んだ。
 「そうなの?」
 「そうなんだよ。コカ・コーラ社が販売促進のためにサンタを起用して売りまくったんだ。それで赤いサンタが世界中に定着した」
 「へええ」
 「まあ、厳密にはいろいろな理由があるわけだが。とにかく、いまのサンタの赤はコカ・コーラの赤であり、アメリカの赤だ。第二次大戦では戦闘機に乗って戦争の宣伝役もつとめた。それを描いたのはディズニーだが」
 それには感心するより驚いた。まさか、『愛と平和の象徴』サンタクロースが戦争宣伝に利用されていたことがあるなんて。しかも、それをしたのがあの『夢の王国』ディズニーとは!
 「まあ、そんなわけで赤いサンタはすでに好ましくない、と言うわけだ」
 「戦争、機雷なのね」
 「嫌いと言うより、もう飽きた。本を読んでも、ニュースを見ても戦争、戦争。もううんざりだ」
 その気持ちは真梨子にもよくわかる。真梨子だって戦争なんて絶対に起きてほしくない。
 「で、『赤のサンタ』を地球から追放するために新しいサンタを作ることにした。この絵本はそのための第一作だ」
 真梨子は何と言っていいかわからなかった。気宇壮大と言えばその通りなのだが、どちらかと言うと誇大妄想に近い気もする。『天才と何とかは紙一重』って言うけど……けっこう、『何とか』に近い人かも……。
 「それで、何で緑なの?」
 とりあえず、そう尋ねてみた。
 また歴史やら何やらをひっぱり出して一〇分ぐらい理由を説明しつづけるかと思ったら、答えはいたってシンプルな一言だけだった。
 「赤の反対色だから」
 それきり鴻志は作業に没頭してしまった。
 真梨子もそれ以上邪魔する気になれず、黙って作業を見つめていた。デスクの脇にまだ着色していない鉛筆画の画稿があった。ちょっと拝借して見せてもらった。

  雪の降るクリスマスの夜。家の窓からつまらなそうに外を見つ めている少年。そこへ、雪を踏みしめ、夜の闇のなかから大きな 樽を背負った緑の服のサンタがやってくる。
  少年に微笑みかけるサンタ。窓の側に樽を下ろし、呪文を唱え る。するとたちまち樽のなかから一本の木がにょきにょきと生え てくる。木はどんどん育ち、様々な木の実や果実をいっぱいに実 らせる。
  喜ぶ少年。どこからかリスや小鳥たちがやってきて木の上で遊 びはじめる。少年は楽しげにその様子を見ていたが、いつしか自 分も窓から飛び出して動物たちの仲間に加わる。
  少年は枝から枝へと飛び移り、小鳥と歌ったり、リスと追いか けっこをしたり。木の実をかじるとそこからは様々な世界が飛び 出してくる。雲の上、大海原、大森林、地下の洞窟……少年はい くつもの世界を巡り、最後には火星の大地に自分の王国を築き上 げる。
  そして、少年は気がつく。いるのは自分の家の自分の部屋。夢 かとがっかりする少年。しかし、少年の側にはサンタの背負って いたのと同じ形をした小さな樽が……。

 ほう、と真梨子は読みおえてため息をついた。少し、お定まりすぎるかな、とも思う。でも、絵本はそれでいいのかも。それに、登場する動物たちや少年の表情の生きいきとしてうれしそうなこと。見ているだけで幸せな気持ちになれる。『自分もこのなかに入りたい!』と素直に思える力をもった作品だ。
 こんな絵本を作れる鴻志がますます好ましく思えてきた。しかし、鴻志を知ればしるほど、違和感も増してくる。事務所で見た鴻志。大殺戮を主張し、それを正当化した悪魔のような鴻志。その鴻志といまの鴻志とのちがいが大きくなる一方で、どうしても結びつけることができない。
 鴻志は『あれは仕事だ』と言っていた。『名誉と尊厳を取り戻さなくてはならない』とも。あれってどういう意味? 真梨子は考え込んだ。
 「ふう……」
 鴻志の息をつく声が真梨子を現実に引き戻した。時計を見る。思いがけず時間が立っていた。
 「まっ、今日はこんなもんか」
 呟きながら色鉛筆を置いた。今日の分の仕事は終わったらしい。くるりと椅子をまわし、真梨子を見上げる。もろに疑っている表情だった。
 「でっ? 今日は何の用なんだ? もう不意打ちはごめんだからな。ちゃんと説明してもらうぞ」
 「あの、その……パーティーのとき、あたしの妹に会ったでしょ? 今度の水曜日、妹の子供、つまり、あたしの甥の誕生日なの。それで……」
 「誕生会の出席なぞ絶対、しない」
 そう言ったときの鴻志の口調ときたら氷のよう、と言うより、ドライアイスそのもの。聞いただけで体中の皮膚がはがれ落ちそうなぐらい冷たかった。博信が鴻志をきらってくれていて本当によかった、と真梨子は改めて妹婿に感謝した。
 「いえ、それはいいの。そうじゃなくて、プレゼントどうしようかと思って。それで、あなたが手作りおもちゃを作ってるの思い出して、何かいいものないかと思って……」
 何だ、そんなことか、と、鴻志は鼻を鳴らした。
 「直売りはしてないんだ。店に行って買ってくれ」
 「お店、どこにあるの?」
 「駅前商店街のなか」
 「案内してよ」
 「自分で捜せ」
 「いいじゃない。どうせ、そのへん、ぶらぶらするんでしょ?」
 「まあ、そうだが……」
 「だったらいいじゃない。ねっ、お願い」
 真梨子は鴻志の腕をとり、強引にひっぱっていった。
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