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二七章
美女ダチざまぁ。何ていい響き
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「おわあっ!」
鴻志は声を上げた。あまりの勢いに助手席の上で体がバウンドし、シートに激しく押しつけられる。次の瞬間、反動で前に投げ出され、フロントガラスに突っ込みそうになる。すんでのところでダッシュボードに腕を伸ばし、衝突を食いとめる。安堵のため息をひとつ。
単に勢いのよすぎる運転、と言うわけではない。基本的に運転が下手なのに気分のままに飛ばしているものだから揺れる、揺れる。脳はシェイクされるわ、尻は痛いわ、ホラー映画なんかよりよっぽど怖い。
ダッシュボードに手をついた助手席からずり落ちそうな姿勢のまま、鴻志は横目で真梨子を見た。真梨子は世界的大作家に怪我をさせるところだったのも気にせず、楽しそうに運転している。
――こりゃだめだな。
眉をよせてそう悟った。悟らざるを得ない。下手にとめようとしたらそれこそ事故につながりかねない。ここは従うしかない。
舌打ちしながら助手席に座りなおす。腰を深々と沈める。シートベルトに手を伸ばす。
「……まさか、この歳になって誘拐されるとは思わんかった」
ぶつぶつ言いながらシートベルトをしめる。
ちらりと真梨子を見た。真梨子はとても楽しそう。髪型をかえたためだけではない。表情が輝いている。以前より一〇歳も若返ったような笑顔だ。
――何があったか知らんが……。
鴻志は心のなかで呟いた。
――こんな表情になるなら、まっ、少しぐらい付き合ってやってもいいか。
そう思わされるぐらい、真梨子は楽しそうだった。
住宅街を抜け、国道に入った。前後左右を無数の車にはさまれ、群れのなかの魚のように国道を走っていく。
真梨子がほがらかに声をかけた。
「どう? たまには車で飛ばすのもいいもんでしょ?」
鴻志は憮然として答えた。
「何を言っている。こんな狭苦しい箱のなかに閉じ込められて身動きひとつできない。拷問だぞ、これは」
「車、きらいなの?」
「きらいだ」
断言する鴻志である。
「だいたい、都会に住んでて車なんか必要ないだろうが。歩いていける距離に何だって売ってるんだし、配達だってしてくれる。ちょっと遠くに行きたいと思ったら電車だってバスだってあるんだ。車なんざ乗る必要ない」
「でも、自然のなかをドライブするのって気持ちいいと思わない?」
「こんな箱のなかで何が自然だ。そういうところは自分の足でのんびり歩くからいいんだ。車で通りすぎるなんて無粋の極みだ」
「現代人とも思えない言い草ね」
「あいにくだったな。おれは二一世紀最初の一九世紀ヨーロッパ型天才だ」
「一九世紀? ヨーロッパ?」
意味不明の言葉に真梨子は目をぱちくりさせて聞き返した。
ヨーロッパは伝統的に父性原理社会である。子供に対しては暴力をもってしても厳しくしつけ、服従を要求する。
一時代前のヨーロッパの天才たちはそのほとんどが支配者としての父親像に押しつぶされそうになりながら、そのなかでもがき、あらがい、立ち向かい、その葛藤のなかでほとんど自分自身を破滅させるようにして創造を行ってきた。そのことは母性原理社会である日本の天才が母親、あるいは『母親的な父親』との関係で語られることと対称を成している。
その点、鴻志は日本に生まれ育った身でありながら、支配者としてふるまう親との関係のなかで育ち、その態度が不当であったことを証明するために創造の世界に踏み込んだ。
鴻志の言う『二一世紀最初の一九世紀ヨーロッパ型天才』というのは、自分の境遇が一時代前のヨーロッパの天才たちと似通っていることを皮肉っぽく指摘したものである。
もちろん、歴史上の天才たちに対する知識をもたない真梨子にはそんな事情はわからない。鴻志もわざわざ説明する気はない。そんなことをくわしく説明したりしたら『彼らは皆、厳しくしつけられて天才になった。子供は厳しくすればするほどいいのだ』と言い出す人間が必ず現れる。自分の存在を理由に『支配と服従の関係』を正当化されてはたまったものではない。
車は高速に乗り速度を上げた。いよいよドライブらしくなってきたところで真梨子か思い出したように言った。
「そうそう。樹くんって覚えてる? 秋子の家のパーティーで会った……」
「あの画家志望のベビーフェイスか」
「そう。久しぶりに家に帰って留守電聞いたら、美里からの電話が入っててね。ものすごい怒り方でがなりたてててね。最初は何を言ってるのかわからないぐらいで驚いちゃったわ。それでよく聞いたらなんと……」
真梨子はぷっと噴き出した。おかしくておかしくてならない、と言うのと同時に『いい気味だわ』という意地悪な気分も混じっているような噴き出し方だった。
「なんとね! 樹くんが婚約解消してヨーロッパに行っちゃったんだって」
「はっ?」
「なんでも、あのパーティーであなたと話をしてもう一度、挑戦してみる気になったんですって。『生活のためにこんなごまかしの婚約をしたのはおれのまちがいだった。本当に絵が好きならどんな生活でも描きつづけられるはずだ』とか言って、着の身着のまま、ヨーロッパに修行に出ちゃったそうよ」
「……そこまでけしかけたつもりはないんだが」
いかにも爽快そうに話す真梨子の横で、鴻志は困惑して頬などをかいてみた。『夢を追いかける』と言えば聞こえはいいが、それで成功するという保証はどこにもない。二〇年後にはホームレスになって、どこかの地下鉄の駅の片隅で酒をかっくらって『あのとき、あんなバカなことをしなければ……』と愚痴をこぼしているかも知れないのだ。少なくとも、大画家として君臨するようになるよりは、そのほうが確率は高いだろう。
あのまま美里のもとにいればペットとしてであれ、アクセサリーとしてであれ、とにかく、生活だけは保障される。そのなかで画家としての道が開けたかも知れない。それなのにそのすべてを捨ててジャングルに飛び出してしまった。
もちろん、飼いイヌの幸せをすて、野性のオオカミとして生きる決意をしたことに対する共感はある。爽快とも感じる。これが自分に関わりのないまったくの他人のことなら『よくやった!』と屈託なく叫ぶところだ。
だが、そうさせたのが自分となればそうそう無責任にエールを送ってもいられない。責任を感じずにはいられない。樹の行動に対する鴻志の思いは単純なものにはなりえなかった。
――まあ、そうなった以上、成功するよう祈ることしかできないわけだが……。
あのパーティーでの樹の顔。じっと見つめていたいけれど『自分なんかがそんなことをしたら失礼だ』という思い込みがあってそれもできない。緊張でおどおどとした表情。森山鴻志を、ちょっと前までみじめな寄生虫に過ぎなかった森山鴻志を、あこがれの目で見てくれた若者。その若者の顔を思い浮かべながら、鴻志は胸のなかで呟きながら苦い思いをかみしめた。
「やったわよねえ、樹くん。やっぱり、男はこうでなくちゃ」
鴻志とは裏腹に単純明快で能天気な真梨子の声が響いた。子供っぽいと言うにも無邪気すぎるその声に、鴻志はいぶかしい思いで真梨子の表情をうかがった。
真梨子の表情はあくまでも明るく、迷いとか、逡巡とかいうものはまったくなかった。どこまでも単純で屈託がない。本気で樹の決断をほめたたえているようだ。
生活に対する不安とか、失敗したらどうするとか、そんなネガティブなことは頭のなかのどこにも入っていないらしい。まるで熱血少年マンガのキャラクターのような単純さ。いい歳したおとなの態度ではない。いくら、他人事と言っても度が過ぎる。鴻志は見ているうちに何だかだんだん腹が立ってきた。
――あの地味で暗くて、居心地の悪かった小山内真梨子が何だってこんな、の~天気ポジティブ女になってんだ? 何があった? まさか、本気でよからぬものにとり憑かれてるんじゃあるまいな。でなきゃクスリにでも手を出したか……。
いずれにせよ、何もなかったとはとうてい信じられない。海の向こうから沸き立つ暗雲のような、不気味な思いにかられる鴻志であった。
そんな鴻志の内心などお構いなしに、新生小山内真梨子は相変わらずの能天気さでしゃべり出した。
「そんなわけだからも~、美里ったら興奮しちゃって大変なの。『あの子はいままであたしに逆らったことなんてなかったのに!』とか、『こんなことになったのもあのいまいましい男のせいよ!』とか、『あんたなんか呼ぶんじゃなかったわよ!』とか、も~大騒ぎ。昔っから、いつだって『エレガントな女』でいようとしていたあの嫌味な美里が体面忘れてこんなに興奮するなんてね。ざまあみろってとこだわ。いやあ、爽快だったわあ」
そう言ってけらけら笑う。仮にも一〇年来の友人相手にそこまで言うとは、よっぽと鬱屈した人生送ってたんだな、こいつ……と、思わずにはいられない鴻志であった。
真梨子はさらにつづけた。
「そうそう、おまけに秋子からも電話があったのよ。秋子、覚えてるでしょ?」
「あのパーティーのホステスだろ? 大学教授の奥方の……」
「そう。それがもう泣きながら電話してきたのよ。いきなり『もう会えない』ってね。旦那さんがあれ以来、ものすごく不機嫌で、『二度とあの生意気な作家を呼ぶな』って息まいてるんですって。それで、あたしと付き合ってるとあなたとも会うことになるから――秋子はあなたがあたしの婚約者だって信じてるから――もうあたしとも付き合えないってね」
「……おれのせいで友人なくしたわけか。悪いことしたな」
「ああ、いいのよ。友だちって言ったって、引き立て役に引きまわされてただけだもの。せいせいしたわ」
「けど、泣きながら電話してきたんだろ?」
「おもちゃをなくした子供だって泣き叫ぶわよ」
「……意外にきついね、お前さん」
「まあね。以前のあたしならこんなことは言わなかったけど。でももう、以前のあたしじゃないから。ひとりになるのを恐れて子分役に甘んじるなんてもうごめんだわ。だから、いいタイミングだったの。これまでの腐った友人関係なんてみんな清算してやるわ。そして、もっといい友だちを作る。これからは、ね」
そう力強く語る真梨子の横顔に鴻志ははっとなった。内心の決意が露になったその表情。顔の作りそのものは決してきれいとはいえない。だが――。
実に美しい表情だった。
鴻志は声を上げた。あまりの勢いに助手席の上で体がバウンドし、シートに激しく押しつけられる。次の瞬間、反動で前に投げ出され、フロントガラスに突っ込みそうになる。すんでのところでダッシュボードに腕を伸ばし、衝突を食いとめる。安堵のため息をひとつ。
単に勢いのよすぎる運転、と言うわけではない。基本的に運転が下手なのに気分のままに飛ばしているものだから揺れる、揺れる。脳はシェイクされるわ、尻は痛いわ、ホラー映画なんかよりよっぽど怖い。
ダッシュボードに手をついた助手席からずり落ちそうな姿勢のまま、鴻志は横目で真梨子を見た。真梨子は世界的大作家に怪我をさせるところだったのも気にせず、楽しそうに運転している。
――こりゃだめだな。
眉をよせてそう悟った。悟らざるを得ない。下手にとめようとしたらそれこそ事故につながりかねない。ここは従うしかない。
舌打ちしながら助手席に座りなおす。腰を深々と沈める。シートベルトに手を伸ばす。
「……まさか、この歳になって誘拐されるとは思わんかった」
ぶつぶつ言いながらシートベルトをしめる。
ちらりと真梨子を見た。真梨子はとても楽しそう。髪型をかえたためだけではない。表情が輝いている。以前より一〇歳も若返ったような笑顔だ。
――何があったか知らんが……。
鴻志は心のなかで呟いた。
――こんな表情になるなら、まっ、少しぐらい付き合ってやってもいいか。
そう思わされるぐらい、真梨子は楽しそうだった。
住宅街を抜け、国道に入った。前後左右を無数の車にはさまれ、群れのなかの魚のように国道を走っていく。
真梨子がほがらかに声をかけた。
「どう? たまには車で飛ばすのもいいもんでしょ?」
鴻志は憮然として答えた。
「何を言っている。こんな狭苦しい箱のなかに閉じ込められて身動きひとつできない。拷問だぞ、これは」
「車、きらいなの?」
「きらいだ」
断言する鴻志である。
「だいたい、都会に住んでて車なんか必要ないだろうが。歩いていける距離に何だって売ってるんだし、配達だってしてくれる。ちょっと遠くに行きたいと思ったら電車だってバスだってあるんだ。車なんざ乗る必要ない」
「でも、自然のなかをドライブするのって気持ちいいと思わない?」
「こんな箱のなかで何が自然だ。そういうところは自分の足でのんびり歩くからいいんだ。車で通りすぎるなんて無粋の極みだ」
「現代人とも思えない言い草ね」
「あいにくだったな。おれは二一世紀最初の一九世紀ヨーロッパ型天才だ」
「一九世紀? ヨーロッパ?」
意味不明の言葉に真梨子は目をぱちくりさせて聞き返した。
ヨーロッパは伝統的に父性原理社会である。子供に対しては暴力をもってしても厳しくしつけ、服従を要求する。
一時代前のヨーロッパの天才たちはそのほとんどが支配者としての父親像に押しつぶされそうになりながら、そのなかでもがき、あらがい、立ち向かい、その葛藤のなかでほとんど自分自身を破滅させるようにして創造を行ってきた。そのことは母性原理社会である日本の天才が母親、あるいは『母親的な父親』との関係で語られることと対称を成している。
その点、鴻志は日本に生まれ育った身でありながら、支配者としてふるまう親との関係のなかで育ち、その態度が不当であったことを証明するために創造の世界に踏み込んだ。
鴻志の言う『二一世紀最初の一九世紀ヨーロッパ型天才』というのは、自分の境遇が一時代前のヨーロッパの天才たちと似通っていることを皮肉っぽく指摘したものである。
もちろん、歴史上の天才たちに対する知識をもたない真梨子にはそんな事情はわからない。鴻志もわざわざ説明する気はない。そんなことをくわしく説明したりしたら『彼らは皆、厳しくしつけられて天才になった。子供は厳しくすればするほどいいのだ』と言い出す人間が必ず現れる。自分の存在を理由に『支配と服従の関係』を正当化されてはたまったものではない。
車は高速に乗り速度を上げた。いよいよドライブらしくなってきたところで真梨子か思い出したように言った。
「そうそう。樹くんって覚えてる? 秋子の家のパーティーで会った……」
「あの画家志望のベビーフェイスか」
「そう。久しぶりに家に帰って留守電聞いたら、美里からの電話が入っててね。ものすごい怒り方でがなりたてててね。最初は何を言ってるのかわからないぐらいで驚いちゃったわ。それでよく聞いたらなんと……」
真梨子はぷっと噴き出した。おかしくておかしくてならない、と言うのと同時に『いい気味だわ』という意地悪な気分も混じっているような噴き出し方だった。
「なんとね! 樹くんが婚約解消してヨーロッパに行っちゃったんだって」
「はっ?」
「なんでも、あのパーティーであなたと話をしてもう一度、挑戦してみる気になったんですって。『生活のためにこんなごまかしの婚約をしたのはおれのまちがいだった。本当に絵が好きならどんな生活でも描きつづけられるはずだ』とか言って、着の身着のまま、ヨーロッパに修行に出ちゃったそうよ」
「……そこまでけしかけたつもりはないんだが」
いかにも爽快そうに話す真梨子の横で、鴻志は困惑して頬などをかいてみた。『夢を追いかける』と言えば聞こえはいいが、それで成功するという保証はどこにもない。二〇年後にはホームレスになって、どこかの地下鉄の駅の片隅で酒をかっくらって『あのとき、あんなバカなことをしなければ……』と愚痴をこぼしているかも知れないのだ。少なくとも、大画家として君臨するようになるよりは、そのほうが確率は高いだろう。
あのまま美里のもとにいればペットとしてであれ、アクセサリーとしてであれ、とにかく、生活だけは保障される。そのなかで画家としての道が開けたかも知れない。それなのにそのすべてを捨ててジャングルに飛び出してしまった。
もちろん、飼いイヌの幸せをすて、野性のオオカミとして生きる決意をしたことに対する共感はある。爽快とも感じる。これが自分に関わりのないまったくの他人のことなら『よくやった!』と屈託なく叫ぶところだ。
だが、そうさせたのが自分となればそうそう無責任にエールを送ってもいられない。責任を感じずにはいられない。樹の行動に対する鴻志の思いは単純なものにはなりえなかった。
――まあ、そうなった以上、成功するよう祈ることしかできないわけだが……。
あのパーティーでの樹の顔。じっと見つめていたいけれど『自分なんかがそんなことをしたら失礼だ』という思い込みがあってそれもできない。緊張でおどおどとした表情。森山鴻志を、ちょっと前までみじめな寄生虫に過ぎなかった森山鴻志を、あこがれの目で見てくれた若者。その若者の顔を思い浮かべながら、鴻志は胸のなかで呟きながら苦い思いをかみしめた。
「やったわよねえ、樹くん。やっぱり、男はこうでなくちゃ」
鴻志とは裏腹に単純明快で能天気な真梨子の声が響いた。子供っぽいと言うにも無邪気すぎるその声に、鴻志はいぶかしい思いで真梨子の表情をうかがった。
真梨子の表情はあくまでも明るく、迷いとか、逡巡とかいうものはまったくなかった。どこまでも単純で屈託がない。本気で樹の決断をほめたたえているようだ。
生活に対する不安とか、失敗したらどうするとか、そんなネガティブなことは頭のなかのどこにも入っていないらしい。まるで熱血少年マンガのキャラクターのような単純さ。いい歳したおとなの態度ではない。いくら、他人事と言っても度が過ぎる。鴻志は見ているうちに何だかだんだん腹が立ってきた。
――あの地味で暗くて、居心地の悪かった小山内真梨子が何だってこんな、の~天気ポジティブ女になってんだ? 何があった? まさか、本気でよからぬものにとり憑かれてるんじゃあるまいな。でなきゃクスリにでも手を出したか……。
いずれにせよ、何もなかったとはとうてい信じられない。海の向こうから沸き立つ暗雲のような、不気味な思いにかられる鴻志であった。
そんな鴻志の内心などお構いなしに、新生小山内真梨子は相変わらずの能天気さでしゃべり出した。
「そんなわけだからも~、美里ったら興奮しちゃって大変なの。『あの子はいままであたしに逆らったことなんてなかったのに!』とか、『こんなことになったのもあのいまいましい男のせいよ!』とか、『あんたなんか呼ぶんじゃなかったわよ!』とか、も~大騒ぎ。昔っから、いつだって『エレガントな女』でいようとしていたあの嫌味な美里が体面忘れてこんなに興奮するなんてね。ざまあみろってとこだわ。いやあ、爽快だったわあ」
そう言ってけらけら笑う。仮にも一〇年来の友人相手にそこまで言うとは、よっぽと鬱屈した人生送ってたんだな、こいつ……と、思わずにはいられない鴻志であった。
真梨子はさらにつづけた。
「そうそう、おまけに秋子からも電話があったのよ。秋子、覚えてるでしょ?」
「あのパーティーのホステスだろ? 大学教授の奥方の……」
「そう。それがもう泣きながら電話してきたのよ。いきなり『もう会えない』ってね。旦那さんがあれ以来、ものすごく不機嫌で、『二度とあの生意気な作家を呼ぶな』って息まいてるんですって。それで、あたしと付き合ってるとあなたとも会うことになるから――秋子はあなたがあたしの婚約者だって信じてるから――もうあたしとも付き合えないってね」
「……おれのせいで友人なくしたわけか。悪いことしたな」
「ああ、いいのよ。友だちって言ったって、引き立て役に引きまわされてただけだもの。せいせいしたわ」
「けど、泣きながら電話してきたんだろ?」
「おもちゃをなくした子供だって泣き叫ぶわよ」
「……意外にきついね、お前さん」
「まあね。以前のあたしならこんなことは言わなかったけど。でももう、以前のあたしじゃないから。ひとりになるのを恐れて子分役に甘んじるなんてもうごめんだわ。だから、いいタイミングだったの。これまでの腐った友人関係なんてみんな清算してやるわ。そして、もっといい友だちを作る。これからは、ね」
そう力強く語る真梨子の横顔に鴻志ははっとなった。内心の決意が露になったその表情。顔の作りそのものは決してきれいとはいえない。だが――。
実に美しい表情だった。
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