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二八章
『年甲斐もない』って……楽しい!
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やがて、遊園地についた。月曜の昼間ながらなかなかの盛況振り。幼い子供を連れた親子連れや学生らしい若いカップルがはいてすてるほど目にはいる。ちょっとぼんやり歩けばすぐに他の誰かとぶつかりそうな込みぐあいだった。
着ぐるみの動物たちのくばっている風船目あてにはしゃぎまわる子供たちや、手を組んで歩いているカップルたちの間を、右腕をむんずとつかまれ、真梨子に引きずられるようにして歩いている鴻志がぶちぶちと愚痴をこぼしはじめた。
「……ったく、こんなところに無理やり連れてきやがって。人込みはきらいなんだよ、おれは。息が詰まる。神経がすり減る。なんで、こんなところを歩いてなきゃならんのだ」
「意外と愚痴っぽいのね。あんまりぶちぶち言わないでよ。いい歳なんだから」
「言わせているのはお前だろうがっ! 知ってるか。こういうのは誘拐って言うんだぞ。おれがあと三〇歳若かったらお前、捕まるところだぞ」
「うるさいわね。おとななんだからいいのよ。それよりほら。何とかいうジェットコースターがあるわ。結構、人気なんだって。あれ、乗りましょ」
真梨子が言った途端だ。鴻志の態度がかわった。それまではぶちぶち言いながらも引きずられるままについて歩いていたのが突然、立ちどまり、力任せにつかまれていた腕を振り払った。そして、そっぽを向いて一言、
「断わる」
「なんで?」
真梨子の問いに鴻志は答えなかった。腕を組み、空を見上げたまま断固とした調子でくり返した。
「断わる」
「いいじゃない」
「断わる」
「お金はあたしが払うってば」
「断わる!」
かたくなにくり返す。
その態度に真梨子はひらめいた。
「……はは~ん」
いかにも意地悪そうな細目になって、意地の悪い鼻声を出す。
「……なんだ?」
真梨子の声に不気味なものを感じた鴻志が、ぎくりとした様子で視線だけ、生まれかわった女弁護士に向ける。こめかみあたりには冷や汗まで浮いている。
真梨子は相手の弱みを見つけた詐欺師のような表情で鴻志の横顔をのぞき込んだ。ヘビが獲物を求めて舌先をちろちろと延ばすような、そんな様子でゆっくりと口にする。
「あなた……絶叫マシン、苦手なんでしょ?」
鴻志はぎくりと身を震わせた。
「へえ~、意外。天下の森山鴻志が絶叫マシンが怖いだなんてね。光より速い乗り物を書いている人がジェット・コースターに乗れないとはね。態度のでかい天才にしてはかわいいところあるじゃない」
「悪いか!」
鴻志は開きなおった、と言うよりやけぐそ気味に叫んだ。頬はかすかに赤くなり、汗が浮いている。ねじ曲がった唇がなんともいまいましそう。その表情に真梨子は身をよじって噴き出した。
「はいはい、わかったわよ。そんなに苦手なんだったら……」
鴻志が気取られないよう気を使いながら内心だけでホッとしたのもつかの間、真梨子は勢いよく鴻志の腕をつかむと明るく、ほがらかに宣言した。
「なおさら、乗せなくちゃね。さあ、行こう!」
「やめろお、このおとなさらいっ!」
昼日中の遊園地に天才作家の絶叫が響いた。
「わぁ~!」
「ぎゃ~!」
「ひぃ~!」
「でぇ~!」
森山鴻志の作品を読んで『思慮深い天才』というイメージをもっている人間が聞けば、あまりのイメージギャップに頭が混乱し、凍りついてしまいそうな悲鳴が連鎖した。
結局、ジェットコースターどころか、遊園地内のすべての絶叫マシンをはしごさせられるはめになり、脳みそから胃袋からすっかりシェイクされ、まともに立ってもいられない。花壇の裾になど座り込み、がっくりと頭を落としているしかない。
おかげでレストランに入っても食事どころかジュースを飲む気力もない。顔をテーブルにつけて突っ伏しているだけ。そんな鴻志の真向かいで、こちらは一〇代に戻ったような元気さと食欲とを発揮して、昨日までの地味弁護士は巨大なハンバーガーにかぶりつき、Lサイズのコーラを飲んでいる。
「情けないわねえ」
肉とパンの巨大な固まりをコーラで飲み下しながら真梨子は言った。
「いい歳して絶叫マシンひとつ、こなせないなんて。いままで女の子と乗ったことないの?」
などと小バカにされても鴻志は顔を上げる気力もない。テーブルに突っ伏したまま、ようやく声を上げる。
「……う、うるせえ」
ようやく上げた声にも普段の張りがない。
「おれは脳みそが重い分、お前ら凡人より重力変化に弱いんだ。天才の持って生まれた宿命だ」
「あたしより大きな頭には見えないけど」
「密度と体積の区別もつかんのか、愚か者。頭の大きい赤ん坊は強く揺さぶられると脳出血を起こして死ぬことだってあるんだぞ。おれも同じだ。それをあんな目に合わせやかって。森山鴻志が死んだらどう責任とる気だ。これだから凡人ってやつはまったく……」
真向かいの真梨子にも聞きとれないような小さな声でぶちぶちこぼす。真梨子は相手にしなかった。
「はいはい、わかったわよ。ところで、何も食べなくていいの? もう夕方よ。お腹空かないの?」
「体中シェイクされた直後に飯など食えるか。おれはお前とちがって繊細なんだ」
ようやく起き出し、コップの水をあおりながら言う。
「あたしだって繊細よ」
「うそつけ」
澄まして言う真梨子に鴻志は電光石火の速さで決めつけた。
「だいたい、いまの時代にハンバーガーにコーラなんて食うところがすでにしてがさつな証明だ。大量消費文明から抜け出そうと新しいライフスタイルを模索している世界中の人々に申し訳ないと思わんのか。この熱帯雨林破壊の元凶にして食文化侵略の先兵たる地獄のケダモノめ」
「はいはい。そんなマンガに出てくるエコテロリストみたいなこと、言わないの」
適当にあしらいつつ、大きなハンバーガーをぺろりと平らげ、コーラを飲み干す。それから元気よく立ち上がる。
「ご飯いらないっていうなら、じゃ、最後のとこ行こうか」
「はっ?」
「いったでしょ。『映画館のトイレでエッチする』って」
「はああ?」
着ぐるみの動物たちのくばっている風船目あてにはしゃぎまわる子供たちや、手を組んで歩いているカップルたちの間を、右腕をむんずとつかまれ、真梨子に引きずられるようにして歩いている鴻志がぶちぶちと愚痴をこぼしはじめた。
「……ったく、こんなところに無理やり連れてきやがって。人込みはきらいなんだよ、おれは。息が詰まる。神経がすり減る。なんで、こんなところを歩いてなきゃならんのだ」
「意外と愚痴っぽいのね。あんまりぶちぶち言わないでよ。いい歳なんだから」
「言わせているのはお前だろうがっ! 知ってるか。こういうのは誘拐って言うんだぞ。おれがあと三〇歳若かったらお前、捕まるところだぞ」
「うるさいわね。おとななんだからいいのよ。それよりほら。何とかいうジェットコースターがあるわ。結構、人気なんだって。あれ、乗りましょ」
真梨子が言った途端だ。鴻志の態度がかわった。それまではぶちぶち言いながらも引きずられるままについて歩いていたのが突然、立ちどまり、力任せにつかまれていた腕を振り払った。そして、そっぽを向いて一言、
「断わる」
「なんで?」
真梨子の問いに鴻志は答えなかった。腕を組み、空を見上げたまま断固とした調子でくり返した。
「断わる」
「いいじゃない」
「断わる」
「お金はあたしが払うってば」
「断わる!」
かたくなにくり返す。
その態度に真梨子はひらめいた。
「……はは~ん」
いかにも意地悪そうな細目になって、意地の悪い鼻声を出す。
「……なんだ?」
真梨子の声に不気味なものを感じた鴻志が、ぎくりとした様子で視線だけ、生まれかわった女弁護士に向ける。こめかみあたりには冷や汗まで浮いている。
真梨子は相手の弱みを見つけた詐欺師のような表情で鴻志の横顔をのぞき込んだ。ヘビが獲物を求めて舌先をちろちろと延ばすような、そんな様子でゆっくりと口にする。
「あなた……絶叫マシン、苦手なんでしょ?」
鴻志はぎくりと身を震わせた。
「へえ~、意外。天下の森山鴻志が絶叫マシンが怖いだなんてね。光より速い乗り物を書いている人がジェット・コースターに乗れないとはね。態度のでかい天才にしてはかわいいところあるじゃない」
「悪いか!」
鴻志は開きなおった、と言うよりやけぐそ気味に叫んだ。頬はかすかに赤くなり、汗が浮いている。ねじ曲がった唇がなんともいまいましそう。その表情に真梨子は身をよじって噴き出した。
「はいはい、わかったわよ。そんなに苦手なんだったら……」
鴻志が気取られないよう気を使いながら内心だけでホッとしたのもつかの間、真梨子は勢いよく鴻志の腕をつかむと明るく、ほがらかに宣言した。
「なおさら、乗せなくちゃね。さあ、行こう!」
「やめろお、このおとなさらいっ!」
昼日中の遊園地に天才作家の絶叫が響いた。
「わぁ~!」
「ぎゃ~!」
「ひぃ~!」
「でぇ~!」
森山鴻志の作品を読んで『思慮深い天才』というイメージをもっている人間が聞けば、あまりのイメージギャップに頭が混乱し、凍りついてしまいそうな悲鳴が連鎖した。
結局、ジェットコースターどころか、遊園地内のすべての絶叫マシンをはしごさせられるはめになり、脳みそから胃袋からすっかりシェイクされ、まともに立ってもいられない。花壇の裾になど座り込み、がっくりと頭を落としているしかない。
おかげでレストランに入っても食事どころかジュースを飲む気力もない。顔をテーブルにつけて突っ伏しているだけ。そんな鴻志の真向かいで、こちらは一〇代に戻ったような元気さと食欲とを発揮して、昨日までの地味弁護士は巨大なハンバーガーにかぶりつき、Lサイズのコーラを飲んでいる。
「情けないわねえ」
肉とパンの巨大な固まりをコーラで飲み下しながら真梨子は言った。
「いい歳して絶叫マシンひとつ、こなせないなんて。いままで女の子と乗ったことないの?」
などと小バカにされても鴻志は顔を上げる気力もない。テーブルに突っ伏したまま、ようやく声を上げる。
「……う、うるせえ」
ようやく上げた声にも普段の張りがない。
「おれは脳みそが重い分、お前ら凡人より重力変化に弱いんだ。天才の持って生まれた宿命だ」
「あたしより大きな頭には見えないけど」
「密度と体積の区別もつかんのか、愚か者。頭の大きい赤ん坊は強く揺さぶられると脳出血を起こして死ぬことだってあるんだぞ。おれも同じだ。それをあんな目に合わせやかって。森山鴻志が死んだらどう責任とる気だ。これだから凡人ってやつはまったく……」
真向かいの真梨子にも聞きとれないような小さな声でぶちぶちこぼす。真梨子は相手にしなかった。
「はいはい、わかったわよ。ところで、何も食べなくていいの? もう夕方よ。お腹空かないの?」
「体中シェイクされた直後に飯など食えるか。おれはお前とちがって繊細なんだ」
ようやく起き出し、コップの水をあおりながら言う。
「あたしだって繊細よ」
「うそつけ」
澄まして言う真梨子に鴻志は電光石火の速さで決めつけた。
「だいたい、いまの時代にハンバーガーにコーラなんて食うところがすでにしてがさつな証明だ。大量消費文明から抜け出そうと新しいライフスタイルを模索している世界中の人々に申し訳ないと思わんのか。この熱帯雨林破壊の元凶にして食文化侵略の先兵たる地獄のケダモノめ」
「はいはい。そんなマンガに出てくるエコテロリストみたいなこと、言わないの」
適当にあしらいつつ、大きなハンバーガーをぺろりと平らげ、コーラを飲み干す。それから元気よく立ち上がる。
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