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第三話
小田切光は吸血鬼になる
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――吸血鬼になるしかない。
小田切光は幼い頃からずっとそう思っていた。
生まれながらの赤い瞳、白い肌、銀の髪。
生まれついての重度のアルビノ。
日の下に出ることの出来ない体。外に出ることが出来るのは夜の間のみ。
そんな運命に生まれついて、どうして人間でいられる?
吸血鬼になるしかないじゃないか。
毎日まいにちそう思いがら成長した。そして、一五歳となったいまでは外見だけならまさに吸血鬼だった。男子としては背が低く、華奢な体付き。魔性を感じさせる深紅の瞳。どんな女性もかなわないほどに白く、それでいて血の色を空かして見せて怪しい色香を漂わせる肌。長い銀髪。
俳優になればいますぐ、夜を統べる妖しき吸血鬼一族の王子役が務まるだろう。
しかし、現実の光に『眷属』などはいなかった。日の下に出られない光に友だちなど出来るはずもなく、家族でさえその特別な生まれに気を使い、腫れ物にさわるように接してきた。
「まあ、おかげで、やりたいことを思う存分、出来るわけだけど……」
光はひとり呟き、パソコンの前に座っている。
パソコンの画面のなかには英語の文章。並の一五歳ではとうてい理解不可能な医学の専門用語がズラリと並ぶ論文が表示されている。光がそんな専門用語だらけの論文を読み解いていると、
「わあ、あいかわらず小難しいもの読んでるねえ」
突然――。
首もとに抱きつかれ、耳元でささやかれた。背中には柔らかいふくらみが押しつけられている。
「はなれろ、あかね!」
光は叫んだ。
相手が誰かなんてわかっている。自分を相手にこんな遠慮のない態度をとる人間、そんなものはこの世にひとりしかいない。生まれたときからの顔見知り、ひとつ年上の隣家の娘、斉藤あかねだ。
あかねは乱暴に振り払われて、不満そうにプウッと頬をふくらませた。
「なによう、光。最近、冷たいじゃない。可愛くないぞ」
「おかしいのはそっちだ! もう子どもじゃないんだぞ。勝手に男の部屋に入ってくるな。抱きつくな」
胸を押しつけるな!
そう言ってやりたかったが――。
さすがにそこまでは言えなかった。
あかねは光の言葉にキョトンとした様子だった。すぐに大笑いした。
「あははははっ! なに気にしてんの。あたしと光の仲じゃない。いまさら、なにが起こるって言うのよ」
「……まったく」
光は短くボヤくと忌々しそうに視線をそらした。
まったく、こいつは昔からこうだ。遠慮とか、気遣いとか、そんなものはまったく持ち合わせていない。いつだってこうやって勝手に部屋のなかに入ってきて、勝手に騒いでいく。馴れ馴れしくて、騒がしくて、まったくもって、なんと言うか……。
あかねは改めて光のパソコンのなかの論文を見た。専門用語のオンパレードに目を丸くする。
「いやあ、でも、本当に光ってばむずかしい論文、読んでるよねえ。こんなの、本当の理解できるの」
「……お前こそ、どうして英語だけはできるんだ? 勉強は得意じゃないはずだろう」
「いやあ、それがちょお~っと、事情があってねえ。英語だけは勉強してるんだよねえ」
頭をポリポリかきながらそう言うあかねであった。
「……ふん」
光は鼻を鳴らすと論文の読み解きに戻った。
「いつもいつもそんなに熱心に読んでてさあ。頭、痛くならない?」
「そんなこと言っていられるか。おれだっていつまでも親元にはいられない。ちゃんと稼げるようにならなきゃいけないんだ。だけど、おれは日の下には出られない。それ以上にまともに人と付き合ったことなんてない。そんなおれに普通に会社勤めなんてできるわけがない。だから、ひとりで研究室に籠もっていられる研究職に就くつもりだ。そのための医学の勉強だ。頭痛なんて起こしていられない」
「ほえ~、そこまで考えてるんだ。偉いねえ、光は。あたしなんて将来のことなんてな~んにも考えていないのにさ」
「少しは考えろ」
「ん~、でも、将来を考えられる人間ばっかじゃないからねえ」
「いつまでも子どもじゃないんだぞ」
「わかってるって。実は今日はそのことでお願いに来たの」
「お願い?」
「そそ。光に勉強、見てもらえないかって思ってさ。ほら。あたし、今年から高校生じゃない。でも、高校の勉強って難しくってさあ。このままだと成績がヤバいかなあって。そこで、光に教えてもらえないかって思ったの。ほら、光って頭良いから。学校には行けなかったけど、高校までの勉強なんて全部、独学で終わらせてるんでしょ? その頭の良さでちょお~っと、あたしの面倒、見てほしいなあ、なんてね」
「高校……」
光はまるで異世界の風習を口にするかのように呟いた。
そうだ。すっかり忘れていた。と言うより、気がつかなかった。あかねは今年から高校一年生。自分だって普通の体に生まれていれば来年には高校一年になっていたはずだ。生まれてから一度も学校になど通ったことのない身。これからも、決して通うことのないだろう身とあって、まったく気がつかなかったけれど。
光はあかねを見た。あかねは『ねっ、ねっ、お願い!』と、両手を合わせて拝んでいる。
光はようやく気付いた。その顔立ちがすっかり女らしくなっていることに。
顔だけではない。体付きもだ。どことなく全体に丸みを帯びているし、胸も尻も丸く盛りあがっている。高校一年となれば当たり前だが、あかねの体ははっきりと女へとかわりはじめている。
ギリッと、光は唇を噛みしめた。世界中の女性が羨むように白い肌にうっすらと朱が差した。
「……いいだろう」
「本当⁉ ありがとう、光!」
「だから、抱きつくな!」
それから週五日、二時間、光の部屋で勉強会を開くことになった。報酬はその都度、あかねが差し入れにもってくるスイーツ。吸血鬼を気取っていても血よりもお菓子に目がない光であった。
あかねは決して勉強が得意、と言うタイプではない。むしろ、運動大好き、体育会系の女子高生。しかし、それなりに熱心で真面目であったので勉強会の成果は着実に出ていた。
そして、勉強が終わると光は毎夜、夜の町に出て行く。あかねもそれに付き合った。と言うか、無理やり同行した。
「なんで、お前がついてくるんだよ」
「光こそ、なんでこんな夜中にうろつくのよ。一五歳の男の子が夜の町をうろつくなんて素行が良いとは言えないぞ」
「いくら、日の下に出られないからって一日中、家のなかにいられるか。夜中ぐらい外に出ないとやっていられないんだよ」
「ふうん、なるほどねえ。そんなこともあるか」
「それより、なんでお前がついてくるのか、だ」
――お前こそ女子高生のくせに。夜の町なんてうろついていていい立場じゃないだろ。
光は内心でそう思った。けれど、あかねはいつもの調子であっけらかんと答えた。
「光のボディーガードよ、もちろん」
「なんで、お前がおれのボディガードなんだよ!」
「光はちっちゃくて可愛いからねえ。ひとりで夜の町なんて出歩いてたら襲われちゃうもの。だから、あたしがガードするの」
「おれは男だぞ!」
「なに言ってるの、そんな長い髪しちゃって。それ見たらたいていの男は女の子だと思うわよ。大体、なんで男のくせにそんなに伸ばしてるのよ」
あかねはそう言いながら光のサラサラの銀髪をいじりはじめた。
「いいだろ、別に」
光はあかねの手を乱暴に振り払った。不満たっぷりの表情が浮かんでいる。
――忘れたのか。『光の髪の毛ってすっごいきれいな銀色だし、素敵なストレートだから、長く伸ばしたら絶対、似合うよ!』。子どもの頃、散々そう言ったのはお前だろうが。
「まあ、いいじゃない。ボディガードぐらいさせてよ。いつまで光と一緒にいられるかわからないんだからさ」
「そりゃあ……」
光は言葉を濁した。視線をそらした。
そんなことはわかっている。いつまでもこんな幼馴染みごっこがつづけられるわけがない。あかねだって、もう年頃だ。恋人だって出来るだろう。いずれは結婚もする。そうなれば、こんなふうに自分の側にいられるはずがない……。
あかねは月明かりのもと、楽しそうに踊りはじめた。そう言えば高校ではダンス部だと言っていた。昔から体を動かすのが大好きなあかねらしい選択ではあった。
クルリクルリと目の前であかねが踊る。月明かりに照らされながら。自分にはない黒い髪が踊り、白いうなじがのぞく。その瞬間――。
光の体は勝手に動いていた。
あかねの首筋に歯を突き立てていた。
悲鳴があがった。あかねの悲鳴が。力いっぱい光を突き飛ばし、逃げていく。あとにはただ、突き飛ばされて尻餅をついた格好で呆然としている光だけが残されていた……。
次の日からあかねは光のもとに現れなくなった。
電話も、メールすらもない。まったくの無連絡。自分から連絡するなんて論外だった。あんな真似をしておいてどの面さげて連絡なんて出来る?
「……なんで、あんな真似をしてしまったんだ?」
光は何度もなんども自問した。
わからない。
まるでわからない。
吸血鬼になるしかない。
子どもの頃からそう思ってきたためについに本当に吸血鬼になってしまったのか。あかねの血を飲みたいと思ったのか。
わからない。
わかっているのはただひとつ。あかねはもう自分の前にはやってこないと言うことだけ。
あかねが人工冬眠に入った。
光が親からそう聞かされたのはそれから数ヶ月がたったときのことだった。
「……どういうことなんだ?」
アメリカの病院。
厳重に封印されたカプセルのなかで眠るあかねの姿を前に、光は呟いた。
遺伝性の血液の癌。
それが、理由だった。
あかねの家系に伝わる業病。発病するとは限らない。しかし、発病してしまえば確実な死。そのときに備え、人工冬眠の権利を買っていた。そして、ついに先日、発病の兆候が示された。あかねは迷うことなく人工冬眠に入ることを選んだ。
「光がきっと、あたしの病気を治してくれる。だから、それまで、あたしは眠るよ」
笑顔でそう言い残して。
光のもとにはあかねからの手紙が残されていた。
『光、ごめんね。なにも言わずにあとのこと押しつけちゃって。それと……あの夜のこともごめん。驚いちゃったから突き飛ばしちゃったけど、光のこと、嫌いになったわけじゃないよ。ほんとだよ。逃げたのだって、あたしのなかの汚れた血を光に飲ませるわけには行かなかったからだし。
起きたらちゃんと謝るからさ。だから、あたしの病気、治してよね。まってるから』
光はあかねの手紙を握りつぶした。
「……勝手なやつだ。いつもいつも」
それから、決意を込めてうなずいた。
「いいだろう。おれは吸血鬼だ。お前のなかの汚れた血、すべておれが飲み干してやる」
そして、光は医学を極め、すべての汚れた血を浄化する吸血鬼となった。
完
小田切光は幼い頃からずっとそう思っていた。
生まれながらの赤い瞳、白い肌、銀の髪。
生まれついての重度のアルビノ。
日の下に出ることの出来ない体。外に出ることが出来るのは夜の間のみ。
そんな運命に生まれついて、どうして人間でいられる?
吸血鬼になるしかないじゃないか。
毎日まいにちそう思いがら成長した。そして、一五歳となったいまでは外見だけならまさに吸血鬼だった。男子としては背が低く、華奢な体付き。魔性を感じさせる深紅の瞳。どんな女性もかなわないほどに白く、それでいて血の色を空かして見せて怪しい色香を漂わせる肌。長い銀髪。
俳優になればいますぐ、夜を統べる妖しき吸血鬼一族の王子役が務まるだろう。
しかし、現実の光に『眷属』などはいなかった。日の下に出られない光に友だちなど出来るはずもなく、家族でさえその特別な生まれに気を使い、腫れ物にさわるように接してきた。
「まあ、おかげで、やりたいことを思う存分、出来るわけだけど……」
光はひとり呟き、パソコンの前に座っている。
パソコンの画面のなかには英語の文章。並の一五歳ではとうてい理解不可能な医学の専門用語がズラリと並ぶ論文が表示されている。光がそんな専門用語だらけの論文を読み解いていると、
「わあ、あいかわらず小難しいもの読んでるねえ」
突然――。
首もとに抱きつかれ、耳元でささやかれた。背中には柔らかいふくらみが押しつけられている。
「はなれろ、あかね!」
光は叫んだ。
相手が誰かなんてわかっている。自分を相手にこんな遠慮のない態度をとる人間、そんなものはこの世にひとりしかいない。生まれたときからの顔見知り、ひとつ年上の隣家の娘、斉藤あかねだ。
あかねは乱暴に振り払われて、不満そうにプウッと頬をふくらませた。
「なによう、光。最近、冷たいじゃない。可愛くないぞ」
「おかしいのはそっちだ! もう子どもじゃないんだぞ。勝手に男の部屋に入ってくるな。抱きつくな」
胸を押しつけるな!
そう言ってやりたかったが――。
さすがにそこまでは言えなかった。
あかねは光の言葉にキョトンとした様子だった。すぐに大笑いした。
「あははははっ! なに気にしてんの。あたしと光の仲じゃない。いまさら、なにが起こるって言うのよ」
「……まったく」
光は短くボヤくと忌々しそうに視線をそらした。
まったく、こいつは昔からこうだ。遠慮とか、気遣いとか、そんなものはまったく持ち合わせていない。いつだってこうやって勝手に部屋のなかに入ってきて、勝手に騒いでいく。馴れ馴れしくて、騒がしくて、まったくもって、なんと言うか……。
あかねは改めて光のパソコンのなかの論文を見た。専門用語のオンパレードに目を丸くする。
「いやあ、でも、本当に光ってばむずかしい論文、読んでるよねえ。こんなの、本当の理解できるの」
「……お前こそ、どうして英語だけはできるんだ? 勉強は得意じゃないはずだろう」
「いやあ、それがちょお~っと、事情があってねえ。英語だけは勉強してるんだよねえ」
頭をポリポリかきながらそう言うあかねであった。
「……ふん」
光は鼻を鳴らすと論文の読み解きに戻った。
「いつもいつもそんなに熱心に読んでてさあ。頭、痛くならない?」
「そんなこと言っていられるか。おれだっていつまでも親元にはいられない。ちゃんと稼げるようにならなきゃいけないんだ。だけど、おれは日の下には出られない。それ以上にまともに人と付き合ったことなんてない。そんなおれに普通に会社勤めなんてできるわけがない。だから、ひとりで研究室に籠もっていられる研究職に就くつもりだ。そのための医学の勉強だ。頭痛なんて起こしていられない」
「ほえ~、そこまで考えてるんだ。偉いねえ、光は。あたしなんて将来のことなんてな~んにも考えていないのにさ」
「少しは考えろ」
「ん~、でも、将来を考えられる人間ばっかじゃないからねえ」
「いつまでも子どもじゃないんだぞ」
「わかってるって。実は今日はそのことでお願いに来たの」
「お願い?」
「そそ。光に勉強、見てもらえないかって思ってさ。ほら。あたし、今年から高校生じゃない。でも、高校の勉強って難しくってさあ。このままだと成績がヤバいかなあって。そこで、光に教えてもらえないかって思ったの。ほら、光って頭良いから。学校には行けなかったけど、高校までの勉強なんて全部、独学で終わらせてるんでしょ? その頭の良さでちょお~っと、あたしの面倒、見てほしいなあ、なんてね」
「高校……」
光はまるで異世界の風習を口にするかのように呟いた。
そうだ。すっかり忘れていた。と言うより、気がつかなかった。あかねは今年から高校一年生。自分だって普通の体に生まれていれば来年には高校一年になっていたはずだ。生まれてから一度も学校になど通ったことのない身。これからも、決して通うことのないだろう身とあって、まったく気がつかなかったけれど。
光はあかねを見た。あかねは『ねっ、ねっ、お願い!』と、両手を合わせて拝んでいる。
光はようやく気付いた。その顔立ちがすっかり女らしくなっていることに。
顔だけではない。体付きもだ。どことなく全体に丸みを帯びているし、胸も尻も丸く盛りあがっている。高校一年となれば当たり前だが、あかねの体ははっきりと女へとかわりはじめている。
ギリッと、光は唇を噛みしめた。世界中の女性が羨むように白い肌にうっすらと朱が差した。
「……いいだろう」
「本当⁉ ありがとう、光!」
「だから、抱きつくな!」
それから週五日、二時間、光の部屋で勉強会を開くことになった。報酬はその都度、あかねが差し入れにもってくるスイーツ。吸血鬼を気取っていても血よりもお菓子に目がない光であった。
あかねは決して勉強が得意、と言うタイプではない。むしろ、運動大好き、体育会系の女子高生。しかし、それなりに熱心で真面目であったので勉強会の成果は着実に出ていた。
そして、勉強が終わると光は毎夜、夜の町に出て行く。あかねもそれに付き合った。と言うか、無理やり同行した。
「なんで、お前がついてくるんだよ」
「光こそ、なんでこんな夜中にうろつくのよ。一五歳の男の子が夜の町をうろつくなんて素行が良いとは言えないぞ」
「いくら、日の下に出られないからって一日中、家のなかにいられるか。夜中ぐらい外に出ないとやっていられないんだよ」
「ふうん、なるほどねえ。そんなこともあるか」
「それより、なんでお前がついてくるのか、だ」
――お前こそ女子高生のくせに。夜の町なんてうろついていていい立場じゃないだろ。
光は内心でそう思った。けれど、あかねはいつもの調子であっけらかんと答えた。
「光のボディーガードよ、もちろん」
「なんで、お前がおれのボディガードなんだよ!」
「光はちっちゃくて可愛いからねえ。ひとりで夜の町なんて出歩いてたら襲われちゃうもの。だから、あたしがガードするの」
「おれは男だぞ!」
「なに言ってるの、そんな長い髪しちゃって。それ見たらたいていの男は女の子だと思うわよ。大体、なんで男のくせにそんなに伸ばしてるのよ」
あかねはそう言いながら光のサラサラの銀髪をいじりはじめた。
「いいだろ、別に」
光はあかねの手を乱暴に振り払った。不満たっぷりの表情が浮かんでいる。
――忘れたのか。『光の髪の毛ってすっごいきれいな銀色だし、素敵なストレートだから、長く伸ばしたら絶対、似合うよ!』。子どもの頃、散々そう言ったのはお前だろうが。
「まあ、いいじゃない。ボディガードぐらいさせてよ。いつまで光と一緒にいられるかわからないんだからさ」
「そりゃあ……」
光は言葉を濁した。視線をそらした。
そんなことはわかっている。いつまでもこんな幼馴染みごっこがつづけられるわけがない。あかねだって、もう年頃だ。恋人だって出来るだろう。いずれは結婚もする。そうなれば、こんなふうに自分の側にいられるはずがない……。
あかねは月明かりのもと、楽しそうに踊りはじめた。そう言えば高校ではダンス部だと言っていた。昔から体を動かすのが大好きなあかねらしい選択ではあった。
クルリクルリと目の前であかねが踊る。月明かりに照らされながら。自分にはない黒い髪が踊り、白いうなじがのぞく。その瞬間――。
光の体は勝手に動いていた。
あかねの首筋に歯を突き立てていた。
悲鳴があがった。あかねの悲鳴が。力いっぱい光を突き飛ばし、逃げていく。あとにはただ、突き飛ばされて尻餅をついた格好で呆然としている光だけが残されていた……。
次の日からあかねは光のもとに現れなくなった。
電話も、メールすらもない。まったくの無連絡。自分から連絡するなんて論外だった。あんな真似をしておいてどの面さげて連絡なんて出来る?
「……なんで、あんな真似をしてしまったんだ?」
光は何度もなんども自問した。
わからない。
まるでわからない。
吸血鬼になるしかない。
子どもの頃からそう思ってきたためについに本当に吸血鬼になってしまったのか。あかねの血を飲みたいと思ったのか。
わからない。
わかっているのはただひとつ。あかねはもう自分の前にはやってこないと言うことだけ。
あかねが人工冬眠に入った。
光が親からそう聞かされたのはそれから数ヶ月がたったときのことだった。
「……どういうことなんだ?」
アメリカの病院。
厳重に封印されたカプセルのなかで眠るあかねの姿を前に、光は呟いた。
遺伝性の血液の癌。
それが、理由だった。
あかねの家系に伝わる業病。発病するとは限らない。しかし、発病してしまえば確実な死。そのときに備え、人工冬眠の権利を買っていた。そして、ついに先日、発病の兆候が示された。あかねは迷うことなく人工冬眠に入ることを選んだ。
「光がきっと、あたしの病気を治してくれる。だから、それまで、あたしは眠るよ」
笑顔でそう言い残して。
光のもとにはあかねからの手紙が残されていた。
『光、ごめんね。なにも言わずにあとのこと押しつけちゃって。それと……あの夜のこともごめん。驚いちゃったから突き飛ばしちゃったけど、光のこと、嫌いになったわけじゃないよ。ほんとだよ。逃げたのだって、あたしのなかの汚れた血を光に飲ませるわけには行かなかったからだし。
起きたらちゃんと謝るからさ。だから、あたしの病気、治してよね。まってるから』
光はあかねの手紙を握りつぶした。
「……勝手なやつだ。いつもいつも」
それから、決意を込めてうなずいた。
「いいだろう。おれは吸血鬼だ。お前のなかの汚れた血、すべておれが飲み干してやる」
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