砂糖のかわりに恋愛を

藍条森也

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第四話

ひとりで映画を撮っていたら、謎の美女が嫁に来た 〜前編〜

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 『お客さまお断り!』
 『MTMミニシアターマーケットここてい』の店先には今日もデカデカとそう書かれた看板が飾られている。この店に勤めて二年。いい加減、慣れたとは言え、こんな看板を堂々と出している店長の度胸には畏れ入る。正確には、
 
 『お客さまお断り!
   ファンの方だけどうぞ』
 
 と、書かれているのだが、
 ――『お客さまお断り!』の部分だけデカデカと、しかも、やたらカラフルな色で書いているからこっちの文ばっかりが目立つんだよなあ。よく、これで、お客さん……じゃない。ファンの人たちが来るよなあ。
 務めはじめて二年が過ぎたいまでもこの看板を見るたび、そう思う。まあ、この看板が話題になったおかげでテレビに取りあげられたこともあるから意外と宣伝にはなっているのだろう。『こだわりの店!』的な扱いを受けているのかも知れない。
 ――『こだわりの店!』ってのは、まちがっていないしな。
 真人まさとはそう思いながら裏口から店に入り、事務所に向かった。『事務所』とシンプルに書かれたドアの前に立ち、ノックする。『どうぞ』と、眠気を誘うようなおっとり口調の返事が返ってくる。真人まさとは、
 「おはようございます」
 と、言いながらドアを開け、事務所に入った。
 時刻は午後三時過ぎ。MTMここていは午後四時から午前零時まての夜間営業。正しい日本語としては、時間に合わせて『こんにちわ』、『こんばんわ』と使いわけるべきなのだろう。しかし、店長の御厨みくりやさきの方針――と言うか、ただ単に『使いわけるのが面倒』という理由なのだろう。時間に関係なく『おはよう』と挨拶することに決まっている。
 「おはよう、真人まさとくん」
 「遅いですよお、先輩」
 事務所に入った真人まさとをふたりの女性が出迎えた。
 ひとりはニットのセーターの上に店のエプロンを身につけた二〇代後半とおぼしき女性。もうひとりは高校の制服の上にやはり、店のエプロンを着けた女子。
 MTMここていの店長、御厨みくりやさきと、自称・真人まさとの運命の後輩、近藤こんどうあおいである。
 さきはふんわりしたセミロングの髪にメガネをかけた、なんともおっとりした印象の美女で、セーターとエプロンという二重の防具の上からでも、はち切れんばかりの胸のふくらみがはっきりわかる。二八歳という年齢とおっとりした雰囲気のせいか、いつでも妙に気だるげな印象で、やけに色っぽい。おまけに、未亡人。正直、高校卒業したての童貞キャラとしては一緒に働くのはなかなかの苦行だった。
 ――でもまあ、もう二年も一緒に働いているんだし、いい加減、慣れたよな。
 真人まさとはそう自分に言い聞かせ、平静を装うのだが、気だるげなおとなの色気と胸のふくらみに毎度まいどドキリとしてしまうのは――。
 健全な成人男子としては致し方ない。
 一方の近藤こんどうあおいは見た目通り、バイトの現役女子高生。すでに三年生、一八歳なのだが『いまだに高校生に見えない』と言われる小柄で華奢な体付きと、愛らしい顔立ちで男子からの人気がとにかく高い。そのあおいはいかにもイタズラっぽい笑みを浮かべると、手のひらを上にして人差し指を真人まさとに突きつけた。
 「あたしをまたせるなんて良い度胸ですね、先輩」
 「お前と約束してるわけじゃないだろ」
 「またまたあ。あたしに会いたくてせっせと働いてるくせに」
 「お前があとからバイトに来たんだろ!」
 「だから、無理しなくていいですってばあ。先輩みたいな陰キャのボッチ、あたし以外の女子と関われるはずないですもんねえ」
 「だから、ちがう!」
 「そうねえ。真人まさとくん、あおいちゃんが来る前から一所懸命に働いてくれてたものねえ」
 と、助け船のつもりなのか、店長の御厨みくりやさきがふたりのいつもの漫才に口を入れた。
 「夫を事故で亡くしてあんまりさびしかったものだから、勢いではじめちゃったお店だけど……なにしろ、お店の経営なんてはじめてだから右も左もわからなくて。真人まさとくんがいろいろサポートしてくれて本当に助かったわ」
 「あ、いえ、うちは親が自営業ですから、手伝っているうちにいろいろと知れたんで……」
 メガネ巨乳の年上美女――それも、未亡人――の店長にそう言われ、真人まさとは頬を赤くしてうつむいた。そんな真人まさとをあおいがムッとした表情で睨んでいる。
 「真人まさとくんには本当に感謝してるの。これからも頼りにさせてね」
 「は、はい……!」
 しゃちほこばって答える真人まさとの耳を、あおいが引っ張る。そのまま、売り場まで引きずっていく。
 「ほら、先輩! 鼻の下、伸ばしてないでキリキリ働く。開店時間は迫ってるんですよ」
 「伸ばしてない! わかってる! 耳を引っ張るな!」
 真人まさとは叫びながら運命の後輩に引きずられていく。さきはそんなふたりに手を振って、笑顔で見送ったのだった。

 真人まさととあおいはふたりで手分けして売り場の掃除をすませると、二階の倉庫に向かった。やはり、ふたりで手分けして商品を運び、投入口から商品に落とし込んで補充する。
 ここていは最近、はやりのMTM――ミニシアター・マーケット。
 その名の通り、個人経営の小さな店だ。大手のスーパーマーケットとは異なるコンセプトが幾つもあるが、そのひとつにして最低条件とも言えるのが、
 混雑を避ける!
 徹底的に避ける!
 この一言である。
 MTMの発案者がスーパーで買い物するたびに客同士の混雑に巻き込まれ、苛々させられることにぶちギレて、そう決めたらしい。
 混雑を避けるために陳列棚の厚さは極限まで薄くしその分、通路を広くとっている。陳列棚の上部は天井を越えて二階の倉庫までつながっており、すべての商品は縦一列に並べられている。商品の補充は二階倉庫にある投入口から落とし込むことで行われる。商品補充のために店員が動きまわり、混雑を増すことを避けるためである。
 また、陳列棚を少しでも少なくして通路のスペースをとり、移動しやすくするため、商品の種類は可能な限り押さえてある。その分、どの商品も店長自らがこだわりをもって選び抜き、本当に『これは薦められる!』と思った商品だけを置いてある。
 その特性上、店長の趣味とこだわりによる特色が出やすく、大手スーパーにはない個性が出来上がる。それがまるで『ミニシアターのようだ』というのがMTM――ミニシアターマーケットと名付けられた、ふたつの理由のうちのひとつである。
 その性格から大儲けはとうてい不可能。しかし、店長の趣味とこだわりが理解されれば、好みを同じくする固定客がつく。その分、堅実な商売が見込める。MTMにおいて客を『客』ではなく『ファン』と称するのはそのためだ。
 『店より客が偉いと思っているような連中はこんでいい! 趣味とこだわりを理解してくれるファンだけが来てくれればそれで良い』
 と言うのが、MTMの数あるコンセプトのうちのひとつ。
 ちなみに『客』と『ファン』のちがいは以下の通り。
 『ヤバくなると他に移るのが客。ヤバくなると自腹を切って助けてくれるのがファン』
 だから、ここていの店頭に『お客さまお断り!』の看板が掲げてあるのは、MTMとしては決してまちがってはいない。いないのだが――。
 ――それでもやっぱり、そんなことを堂々と宣言する度胸の持ち主なんて、うちの店長ぐらいだよなあ。
 と、感心半分、呆れ半分に思う真人まさとであった。
 その真人まさとはいま、商品を山と積んだカートを押しながら商品補充に余念がない。喋るどころか、唇を開きもせずに黙々と補充していく。
 そんな真人まさとを見て『ぷうっ』と、頬をふくらませたのが近藤こんどうあおい。やはり、商品を山と積んだカートを押しながら不満そうに話しかけた。
 「ほんっと、先輩って陰キャのボッチですよねえ。こ~んなかわいい女の子とふたりなのに、一言も喋らないんだから」
 「仕事中だぞ。無駄口を叩かないのは当たり前だ」
 「またまたあ。いいんですよお、そんな見栄はらずに『女の子に慣れてないから緊張して喋れない』って認めても」
 あおいはそう言って口元に手を当て、小馬鹿にしたように笑ってみせる。
 あおいの世間一般的な評価は『明るくて素直な良い子』なのだが、真人まさとに対してはメスガキ全開。すぐにマウントをとっては『プー、クスクス』してくる。
 あおいは本人の言うところによれば『真人まさとの運命の後輩で、幼馴染みの妹分』。二学年ちがうのだから本来は中学、高校は一年しか先輩後輩関係とはならないはず。ところが、親の方針で小中高一貫校に入れられたので、あおいが小学校に入学してから真人まさとが高校を卒業するまでの一〇年間、延々と先輩後輩関係がつづいていた。
 ――それでも、おれが高校を卒業してやっと、縁が切れたと思ってたのに。
 なんと、あおいは真人まさとの就職先であるここていにバイトとして入り込み、無理やり先輩後輩関係をつづけているのだった。
 「先輩って、高校時代からひとりで映画ばっかり撮ってたから女子からは全然、相手にされませんでしたからねえ。あたしが妹分のお情けで一緒にいてあげなかったら、女っ気ゼロでしたよ」
 「女子と付き合う暇があったら、映画作りに使いたかっただけだ」
 「またまたあ。くやしいからってそんなこと言っちゃって。そうやって無駄に意地をはるから高校卒業して二年もたつのに、いまだに童貞キャラなんですよ」
 「誰が童貞だ⁉」
 「そんな見栄はったって無駄ですよお。先輩の交友関係は全部、知っているんですからねえ」
 「ぐっ……」
 あおいはニマニマ笑いながらそう言ってのける。その通りなので、なにも言い返せない。
 そもそも、映画作りに没頭してきたせいで交友関係はごくせまい。毎日のように顔を合せる相手と言えばこの『運命の後輩』と、店長のさきぐらいしかいないのだ。
 「しかも、そこまで映画作りに励んでも見に来てくれるのはひとりだけ。ほんっと、情けないですよねえ」
 その言葉に――。
 真人まさとはキレた。
 自分をバカにするのはかまわない。だが、映画をバカにすることは許さない!
 ギン、と、容赦なくあおいを睨みつけ、怒鳴りつけた。
 「たしかに、おれの映画を見にくるのはひとりだけだ。だけど、そのひとりはこの半年間、毎日、見に来るんだ! そのひとりには、おれの映画はたしかに必要とされている。お前は誰に必要とされているんだ⁉」
 そう怒鳴られて――。
 あおいはたちまちショックに固まった。泣きそうな表情になった。
 それを見て、真人まさともさすがに言いすぎたことに気がついた。
 「……ごめん。言い過ぎた。お前はちゃんと役に立ってくれている。仕事はまじめだし、店に来るファンにも人気だし。おれも、店長も、お前のことは必要としている」
 「わ、わかってますよ、そんなこと……」
 ふん、と、あおいは精一杯の虚勢を張ってそっぽを向いた。
 「あ~あ。それにしても、『近藤こんどう』なんて名字からは早くオサラバしたいなあ。かわいいあたしに全然、似合ってないんだもん。先輩みたいな名字ならぴったりなんですけどねえ」
 「だったら、さっさと誰か捕まえて結婚すればいいだろう。『河合かわい』なんて、特にめずらしい名字じゃないし、探せばいくらでもいるはずだ。お前は見た目だけはかわいいんだし、その気になればすぐに捕まえられるだろう」
 「『河合かわい』なら誰でもいいってわけじゃないんですよ、この鈍感! そんなんだから、先輩はいつまでたっても童貞キャラなんです!」
 「誰が、童貞だ⁉」
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