嘘告からはじまるカップルスローライフ《朱夏編第一話完結》

藍条森也

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朱夏編第一話

八章 民営国家・富士幕府

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 「民営国家、富士幕府。民営国家?」
 なんだ、それ? と、さすがに怪訝そうな表情になったいつきに向かい、雅史まさふみが答えた。
 「『民営国家』という名前の民間企業だ。売れっ子マンガ家の赤岩あきらを代表として設立された企業でな。神奈川全域と東京の一部、それに、富士山以東の山梨・静岡を中心に活動している。
 主な業務内容は小説・映画・マンガ・アニメ・ゲームといったジャパニメーションの制作。アイドルのプロデュースと、宝塚みたいな劇団運営も手がけている。それに、建築部門や伝統工芸部門もある。経営理念は、
 『誰もが自分の望む暮らしを送れる世界を作る』
 富士幕府代表の赤岩あきらはこう言っている。
 『法は守る。税金も払う。しかし、そのなかでどんな暮らしを送るのかは我々自身が決める。他の誰にも決めさせない。文句を言うやつは札束で横っ面を張り倒して黙らせる』
 つまり、文句を言う人間は賄賂づけにして黙らせる、と言うことだ」
 「賄賂づけとは……またずいぶんと正直な言い方だな」
 「だが、有効な方法だ」
 雅史まさふみは、いかにもクールメガネ男子らしい仕種でメガネをいじりながらそう断言した。
 「『金で飼えない人間はいない』
 それが、富士幕府の言い分だからな。邪魔なやつは賄賂づけにして酒池肉林の檻に閉じ込め、現実世界から隔離してしまえばいい。そうあけすけに言っている」
 「……それって、犯罪なんじゃないの?」
 笑苗えながさすがに引き気味に尋ねた。
 「犯罪だな」
 と、雅史まさふみがメガネをいじりながらあっさり認めたものだから、なおさら引いてしまった。
 「しかし、さっきも言ったように有効な方法だ。賄賂の効能は人類文明発祥当初から証明されている。
 『賄賂で買収できるなら、我々が賄賂づけにして操ってしまえばいい』
 と、まさに逆転の発想だよ。はじめて、それを聞いたときには『それは思いつかなかった!』と、痺れたものだ」
 雅史まさふみはいつも以上に格好付けて、やけに気持ちよさそうにそう言った。
 「……はあ」
 笑苗えなは声を出しながあきらを見た。その視線が『こいつ、大丈夫?』と、尋ねている。あきらは肩をすくめて見せただけだった。
 「まあ、それはともかく」
 雅史まさふみは話をつづけた。
 「『誰もが自分の望む暮らしを送れる世界を作る』という理念を実現するために、富士幕府では『もり』と呼ばれる新しい都市を提唱している」
 「もり?」
 「そう。もりだ。杜長もりおさ――つまり、市長のことだが――は、まず、自分の望む暮らしを宣言する。その宣言に共感する人間を集め、自分たちの望む暮らしを作りあげる。もちろん、所属する国の法に従う範囲での話だがな」
 そこで雅史まさふみはいったん言葉を句切り、ニヤリと笑って見せた。
 典型的なクール系メガネ優等生キャラだけに、そんな笑い方をすると本当に悪い表情に見える。戦隊ものの悪の幹部そのもので、子どもたちが喜びそうな姿である。
 「ここで、先ほどの『札束で横っ面をひっぱたく』が出てくる。つまり、国の法と対立することがあったら政府責任者を賄賂づけにして黙らせる、と言うことだ」
 「……はあ」
 いつき笑苗えな雅史まさふみのノリノリの悪役キャラに若干、引きながら声をあげた。
 「そして、富士幕府がもりを作りあげる上で基本としているのが農地だ。農地において水・食糧・エネルギーのすべてを生産し、無料で提供することで人を集め、家賃収入を得る。
 つまり、いつき。お前の言う『アパート経営を組み込んだ農場経営』を大々的にやっているのが富士幕府なんだ」
 「たしかにそれは、おれが言ったことと同じだろうけど……」
 いつきはとまどいながらそう答えた。
 「食糧はわかるとして、水やエネルギーをどうやって無料で提供するんだ?」
 「農地に太陽電池を設置して、農業廃水を電気分解することで水素を製造。その水素を使って燃料電池で発電。それによって、太陽電池の最大の欠点である『発電量の不安定さ』を解消。同時に、燃料電池による発電の副産物である水と熱も存分に活用する。そうすることで、食糧のみならず水とエネルギーも無料で提供できる」
 「いやいや、ちょっとまて」
 いつきは額に手を当てた。両目を閉じて、まるで痛む頭をなだめるように頭を振って見せた。
 「おかしいだろう。なんで、それで水とエネルギーがタダになるんだ? ドイツでは、農地に太陽電池を設置することは広く行われているし、日本でも『ソーラーシェアリング』として実証試験が行われていることは知っている。しかし、コストが課題になって広まっていないはずだぞ。それなのに、どうやってタダにするんだ?」
 「そのために、プロジェクト・太陽ソラドルがあるのさ!」
 突然、椅子から腰を浮かせ、身を乗り出して、テーブルを両手で叩きながらそう言ったのは慶吾けいごである。そう叫ぶ両目が妙にキラキラしていて、なんとも嬉しそう。
 雅史まさふみに対するのとは別の意味で引いてしまう、そんな態度だった。
 「プロジェクト・太陽ソラドル?」
 「そう! 雅史まさふみが言っただろ。富士幕府ではアイドルのプロデュースもしているんだ。看板アイドルになっているのが『ふぁいからりーふ』っていうユニットでさ」
 慶吾けいごはいそいそと自分のスマホを取り出すと、差し出して見せた。画面にはライブ会場で七色の光を浴びながら歌って踊る五人組のアイドルユニットの姿があった。
 「赤葉あかば青葉あおば黒葉くろは黄葉おうは白葉しろはの五人組でさ。みんな、かわいいけど、とくにセンターの赤葉あかばがいいんだよ。かわいいし、勝ち気だし、自信満々だし『これぞ、アイドル!』って感じでさ」
 と、熱く語る慶吾けいごだったが突然、悲鳴をあげた。横に座る妻のみおが思いきり夫の尻をつねったのだ。悲鳴をあげただけではなく、そのままの姿勢で跳びあがってのけたのはさすが、もとサッカー部の脚力……と言っていいのだろうか?
 一方、夫の尻をつねって跳びあがらせた妻のみおは、両腕を組んで『ふん!』という表情でそっぽを向いている。その姿、みおこそまさに『生まれついてのアイドル!』と言いたくなる姿だった。
 「このアイドルオタクは置いておいて」と、雅史まさふみ
 「富士幕府では、アイドルに直接、課金できるシステムを取り入れている。通常、ドルヲタはアイドルを応援するためにあれこれグッズを買い込むわけだが、富士幕府ではグッズを買い込むかわりに直接、課金することでアイドルを応援できる。課金された分は、一部はアイドル自身と富士幕府の収入になるが、大半は太陽電池や燃料電池といった発電に必要な設備の購入にあてられる。そして、太陽力発電は火力や原子力とはちがって燃料を必要としない。設備代さえまかなえれば、あとはなんの費用もかからない。そうすることでタダでエネルギーを提供できる」
 文字通り、アイドルたちが世界を照らす光となる。だから『太陽ソラドル』。
 雅史まさふみはそう付け加えた。
 「それは……すごい発想だとは思うけど、そんなことでどれだけの太陽電池を買えるんだ?」
 いつきの疑問はもっともなものだったろうが、同時にうかつなものでもあった。妻に尻をつねられたショックから立ちなおった慶吾けいごがとてつもない勢いで攻撃してきたのだ。
 「現代日本の推し活市場を舐めるなよ! その経済規模はいまや三.五兆円にも達しているんだからな」
 「三兆円⁉」
 笑苗えなが驚いて声をあげるのも無理はない、それは凄まじい規模ではあった。
 そして、雅史まさふみが静かに付け加える。
 「それに対し、世界中の人々に安全な飲み水と最低限の衛生設備を提供するために必要な資金はおよそ一兆円。太陽電池を買いそろえるぐらい楽勝だ」
 「だとしても……」
 と、いつき。納得できない、戸惑った様子のまま尋ねた。
 「ドルヲタたちに、太陽電池を買うどんな利点があるって言うんだ?」
 「そのために!」
 ドン! と、テーブルを叩きながら熱く語りはじめたのは、意外なことにいつも冷静なあきらだった。
 「富士幕府では太陽電池の購入をゲーム化しているのよ」
 「ゲーム化?」
 「そう。日本各地に戦国時代の城を模した拠点、ソーラーシステムを建設。課金額に応じてそれぞれのソーラーシステムにアイドル印の太陽電池が設置される仕組みなの。そして、あるアイドルが特定の割合を達成すればそのソーラーシステムを制覇したことになる。自分たちが応援することで推しアイドルに全国制覇させることができるのよ。これはまさに、アイドル戦国時代!」
 ドン、
 ドン、
 ドン!
 と、テーブルを立てつづけに叩きながら、あきらは熱く語る。
 その勢いたるやテーブルに口がきけたなら、抗議の声を張りあげているにちがいない、と思わせるものだった。
 「富士幕府は三代目北条ほうじょうを名乗っているの!」
 「三代目北条ほうじょう?」
 「そう! 初代・鎌倉北条ほうじょう、二代・小田原北条ほうじょうにつづく第三代北条ほうじょう
 小田原北条ほうじょうは弱肉強食の戦国の世にあってほとんど唯一、たみを思い、たみの暮らしを守ることを目指し、関東一円に王道楽土を築きあげようとした一族。しかも、五代一〇〇年に渡る歴史のなかで、ただの一度も内紛を起こすことのなかったまさに奇跡の一族! その北条ほうじょうがいま、四〇〇年以上の時を超えて蘇った。すごいでしょう⁉」
 「あ、ああ……」
 あまりと言えばあまりにも意外なあきらの熱意。そのあまりの熱弁ぶりにいつき笑苗えなはそろって引いてしまった。
 ――そう言えば、あきらって歴女だったな。
 いつき笑苗えなはそろってそのことを思い出していた。
 いつも冷静で、沸点も高く『アツくなる』ことなどまずないあきらだが、歴史だけは別。とくに、戦国時代となると別人のようにアツくなる。
 普段のあきらからは想像もつかない姿なのでついつい忘れがたちだが、ふたりとも長年の連れの『裏の顔』を思い出したのだった。
 「それに……」
 と、その歴女の夫たる雅史まさふみが『メガネを指先で直してクイッ』しながら言った。
 「北条軍と言えば五色揃い。まさに、スーパー戦隊の元祖。その点も見逃せない」
 ――そう言えば、雅史まさふみはスーパー戦隊オタクだったな。
 クールメガネ優等生キャラの意外な一面を思いだし、いつきは苦笑した。
 幼い頃からの連れである笑苗えなたちは当然、知っていることだが、いかな雅史まさふみとてメガネをかけて産まれて来たわけではない。
 幼稚園の頃はむしろ、慶吾けいご以上に活発な暴れん坊。その頃から背が高かったこともあって、存分にガキ大将ぶりを発揮して他の児童たちを率いて毎日、真っ暗になるまで遊びまわっていた。それこそ『スカートめくりなんて毎度のこと』なヤンチャ振りだったのだ。
 それが、あるときを境にスーパー戦隊ものにドはまりし、とくに青ポジに憧れ、キャラ作りするようになった。視力が悪いわけでもないのにファッションメガネをかけ、気取ったポーズをとるようになったのだ。
 ――根っからのメガネ優等生だと思ってたのに、コスプレだったのか。
 それを知ったときのいつきの衝撃は、なかなかのものだった。
 「そういうわけでだ」
 雅史まさふみが話をつづけた。
 「おれとあきらは前々から富士幕府に注目していた。富士幕府ではゲーム化することで太陽力発電を普及させようとしている。現状では富士幕府単独だが、全国に広めようとしているし、徐々にだが、それぞれの戦国大名を模したご当地ソーラーシステムも誕生してきている。そして、ソーラーシステム作りに協力してくれる農家も募集している。実は、おれたちもいままでに何度か富士幕府の本拠地である小田原ソーラーシステムに出向いて、話を聞いている」
 「そうか。雅史まさふみたちは雅史まさふみたちで色々と活動していたんだな」
 「そういうことだ。それで、どうだ? いつき笑苗えなも一緒に行って話を聞いてみないか? 富士幕府と契約してソーラーシステム作りをすればアパート経営もやりやすくなる」
 「それは魅力的だが……だけど、うちの畑は一ヘクタール程度の小さなものだ。そんな小規模農家でもソーラーシステムとやらは作れるのか?」
 「問題ない。同程度の規模で契約している農家は幾つもある。それらの農家にも訪問して話を聞いている。そもそも、日本の農家なんてみんな、その程度のものだからな。同じような規模のところが多い」
 「そうか。それなら……」
 いつきは横に座る妻を見た。
 笑苗えなは夫の視線を受けて静かにうなずいた。
 「よし。行ってみよう。くわしく知りたい」
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