ダサいモブ令嬢に転生して猫を救ったら鉄仮面公爵様に溺愛されました

あさひな

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1巻

1-3

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「このカフェは猫を連れてきてもいいのですか?」
「ええっと、本来は行き場のない野良猫や捨て猫たちを保護するために作られた場所なのですが、リードを付けた状態であれば問題ないです。あ、でも他の猫たちとトラブルになったり、ストレスを与える場合はご遠慮いただくことがございますが」
「そういったコンセプトがあるのですね。随分内情に詳しいようですが、貴女はこのカフェの常連なのですか?」
「あ~。えっと、実はこのカフェを作ったのが私でして」
「……まだお若いにもかかわらず、オーナーをされているとは素晴らしいですね。あ、申し遅れましたが、僕はマクシム・フォン・レイヤーと申します。先ほどの失礼な態度について改めて謝罪いたします」
「まぁ、レイヤー公爵家の⁉ こちらこそ大変失礼いたしました。私はセリーヌ・ド・ラルミナルでございます」
(マクシム・フォン・レイヤーってことは、レイヤー公爵家のご子息様⁉)

 レイヤー公爵家は代々宰相としての地位を確立している、この国において唯一無二の名家だ。
 宰相としてその地位を確立して来られたのは、徹底した実力主義を敷いているためだと聞く。
 具体的には、家督を子供たちの間で競わせ、一番出来の良い者が公爵家当主として選ばれるというものだ。
 目の前にいるマクシム様は、そんなレイヤー公爵家の中でも才能が抜きん出ており、私と同じ十五歳でありながら、すでに次期当主として家督を継ぐことが内定していると聞く。しかし同時に――「優秀だが、無表情で全く感情が読み取れない」とも噂される人物だ。確かに噂通り、表情筋がピクリとも動かない。
 あ、ちなみに、これくらいのことはこの国の貴族なら誰でも知っている情報ね。 

「ラルミナル伯爵家のご令嬢でいらっしゃいましたか。ああ、そう畏まらないでください。貴女、いや、セリーヌ嬢は愛猫を保護してくれた恩人なのですから」

 マクシム様が視線を私から白猫に移したのを見て、私はハッと思い出した。

(ああーー⁉ 思い出した! この人、鉄仮面公爵じゃん‼)

 そう、彼は攻略対象者の一人であり、私がこのゲームを買うきっかけになった人物だった。
 冷静沈着なツンツンキャラで攻略が難しく、その無表情から「鉄仮面公爵」と呼ばれるキャラクターだ。

(事前公開の情報では、選択肢を一つでも間違えるとバッドエンドになってしまうと書いてあったわ。それに加えて好感度もマックスまで上げないと攻略できないらしくて、攻略が難しそうだと思っていたのよね)

 製作者が鉄仮面公爵のようなパーフェクト男子に対して嫉妬していたのだろうか? 何故か鉄仮面公爵のルートだけバッドエンドルートが複数存在する。
 他の攻略対象者にはバッドエンドルートは一つしか存在しないのに。

(よりにもよって鉄仮面公爵と遭遇しちゃうなんて……)
「そろそろ僕のレティ、いや、猫は落ち着きましたか」

 はっ! いけない、今は会話中だったわ!

「へ⁉ あ、猫ちゃん! そうですね、そろそろ落ち着いたと思うのですが……って、あ!」

 レティと呼ばれた白猫は急に私の腕をすり抜け、床でゴロゴロくつろぎ出した。
 鉄仮面公爵、いや、マクシム様は無表情のまま視線を猫に移す。

「レティが僕以外の者に気を許すだけでなく、家以外の場所でくつろぐなんて……いや、これは驚きました」
「レティちゃんは今までそういった経験がなかったのですか?」
「はい。家でも特定の場所以外は近寄らないうえに、僕以外の者には一切触れさせない、気難しい性格ですから」
「まぁ、そうだったのですね」
(レティちゃんがそんな性格だったなんて。私にはベッタリだし、このカフェも気に入っているみたいだけど)

 マクシム様は床でくつろぐレティちゃんを抱き上げた。
 あ、今なら怪我の治療もできそうね。

「マクシム様、レティちゃんの前脚を治療するので、そのままレティちゃんを押さえてくれますか?」
「分かりました」

 私はレティちゃんの前脚をそっと手に取り、怪我の状態を確認した。

(血が滲んでいたから心配したけど、傷痕もほとんど分からないわ。これなら消毒だけで大丈夫そうね)

 手早く治療を施していると、マクシム様はじっと私の手元を見ながら話しかけてきた。

「セリーヌ嬢は猫の扱いに慣れていますね」
「え、ええ。猫が好きなものですから。ほほほ」

 前世で猫を飼っていました、とは流石に言えないので言葉を濁した。

「さ、治療が終わりました。あ!」

 大人しく治療を受けていたレティちゃんだが、カフェスペースと猫たちの触れ合いスペースを隔てる扉が開くや否や、マクシム様の腕をすり抜けて触れ合いスペースに入ってしまった。
 他の猫たちとトラブルになるといけないので慌ててレティちゃんを追いかけると、マクシム様も私に続いて触れ合いスペースにやってきた。
 そこでの光景に、私は目を疑った。

(んな⁉ グレイ君自らレティちゃんにスリスリしている⁉ 私との初対面時は、キャットタワーの上から見下ろすだけだったのに! 私よりもレティちゃんの方が良いだなんて。くっ、やはり猫も美人が好きなのね)

 レティちゃんは人の目から見ても美しい。きっと人間になったとしたら、かなりの美人だ。
 グレイ君にもきっとそれが分かるのだろう。
 私の時とはあまりに違う対応に、複雑な心境で眺めていると、マクシム様はレティちゃんを引き離そうと近寄った。

「レティ、こっちに来なさい」
「シャーッ‼」
「……」

 マクシム様は無表情のまま、一瞬固まった。

(レティちゃんに威嚇されて、もしかしてショックを受けているのかしら? マクシム様は無表情だけど、レティちゃんのことになると少しだけ態度に出るようね)

 非常に微細な変化ではあるが、何となくマクシム様の感情を読み取ることができた。

「マクシム様、ここはグレイ君とレティちゃんが離れたタイミングを見て連れて行く方がいいと思いますが」
「そのようですね」

 マクシム様は無表情のままだが、内心は落ち込んでいるのではなかろうか。
 そう思うのは、私も猫を飼っていた時に、何度か本気で威嚇をされたことがあったからだ。
 大切に育てていたはずなのに、シャー‼ と威嚇をされた時は、今まで信頼関係が築けていなかったのか、それとも嫌われてしまったのか、とショックで数日間は落ち込んだものだ。
 そんなことを思いながら少し離れてグレイ君とレティちゃんを眺めていると、二人はスリスリに満足したようで少し距離ができた。
 そのタイミングを見計らって、マクシム様がレティちゃんを抱き上げた。
 しかし、レティちゃんはグレイ君がすっかり気に入ったようで、グレイ君から離されたことが不満なのか、マクシム様の腕の中でニャーニャーと激しく鳴いている。

「レティがこんなに鳴き声を出すなんて」

 グレイ君もどこか悲しげな様子でレティちゃんを見上げてニャアと鳴いた。

「どうやらレティちゃんとグレイ君は相思相愛のようですね」
(引き離すのは少し可哀想な気もするけど、レティちゃんは公爵家の猫ちゃんだし、お家に帰らないといけないわ)

 マクシム様はレティちゃんを抱きながら少し考える素振りをすると、ふっと顔を上げて私に話しかけた。

「セリーヌ嬢、これからもレティを連れてここに来てもいいでしょうか?」
(ええっ、また来るの⁉)

 レティちゃんにはぜひとも来てもらいたいが、マクシム様は攻略対象者だ。
 モブ令嬢の私にはあまり関係ない存在とはいえ、万が一とばっちりを受けて断罪とかされては困るので、できればあまりお近づきにはなりたくないのだけど。

(しかし、マクシム様はあのレイヤー公爵家の次期当主。流石に断れないわ)
「え、ええ、もちろんですわ」
「ありがとうございます、レティも喜ぶことでしょう。さ、レティ。残念だが今日のところは家に帰らないといけない。また、来よう」

 レティちゃんはマクシム様の顔を見上げると、不満そうにニャアと鳴いて大人しくなった。
 レティちゃんが大人しくなったことを確認したマクシム様は、カフェの出口へと歩き出した。
 私はグレイ君を抱き上げ、レティちゃん、マクシム様、従者の皆様をお見送りすることにした。

「セリーヌ嬢、今日はレティ共々大変お世話になりました」
「いえ、こちらこそ本日は保護猫カフェに足をお運びくださりありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 私が淑女の礼をし微笑んだ、その時だった。

「……貴女は、もしかして……?」

 マクシム様は突然はっとした様子で、じっと私を見つめたまま動かなくなってしまった。
 うぐっ⁉ この至近距離でイケメンからガン見されるなんて反則技よ‼
 ってか、私、何かやらかした⁉
 マクシム様はしばらく私を見つめていたが、従者から小声で何かを言われた。

「あの、マクシム様。どうかなさいました?」
「いえ、失礼いたしました。……また伺います。近いうちに、必ず」

 名残惜しそうな雰囲気を残したまま、馬車に乗り込んでいった。

(ああっ、めちゃくちゃドキドキした‼ あんなイケメンに急にガン見されたら心臓が持たないって‼ ……はぁ、やれやれ。それにしても、まさかこんなところで攻略対象者に出会うなんてびっくりだわ)

 マクシム様がいなくなり、ほっと脱力したのも束の間、リチャードが険しい顔をして私に話しかけてきた。

「はぁ、この猫娘は、猫だけでは飽き足らず公爵家とのトラブルまで呼び込むとは。家庭教師との約束時間はとっくに過ぎています。時間がありませんからすぐに帰りますよ、いいですね⁉」
「うっ……はい」

 その後、私は、馬車の中でリチャードに叱られ、家では報告を受けたお母様にキツくお灸を据えられることになった。トホホ。


   *  *  *


「マクシム、今月中には結論を出すように」

 はぁ、父上から話があると呼び出されたが、朝から面倒事か。

(婚約者、か。正直、釣書の令嬢はどれも同じに見える)

 家督を勝ち取った僕に、次に待ち構えていたのは伴侶選びだ。
 釣書を送ってきた令嬢たちとの面談は完了していたが、どの令嬢も同じように見えて決め手に欠けていたため、結論を先延ばしにしていた。
 しかし、それも今月が限界か。

(まぁ、どんな令嬢にも興味など湧かないのだから、いっそのことクジで決めてしまおうか)

 そもそも、僕には恋だの愛だのという感情がない。
 いや、もしかしたらあるのかもしれないが、それがどういうものなのか良く分からない。
 それはきっと、僕が心を閉ざして育ってきたからだろう。
 こうなってしまったのには、僕の過去が関係している。
 レイヤー公爵家は代々宰相を輩出してきた家柄だ。
 それを可能にしているのは、レイヤー家独自の教育法にある。
 レイヤー家に生まれた子供は幼少期より厳しい教育が施される。そして、より出来が良い者に家督を継がせるという実力主義を採用しているのだ。 
 そんな家柄ではあったが、幼い頃は家族の仲は良かった記憶がある。
 家族で他愛のない会話をよくしていたし、そこには笑顔もあった。
 しかし、母上が病気で亡くなったことで家族の状況は一変する。
 まず驚いたのが、父上の流した涙だ。
 母上の葬儀が終わった翌日、僕は夜中に目を覚まして母上がいた部屋を訪れたことがあった。
 すると父上は母上が寝ていたベッドに縋りつき、大きく肩を震わせ泣いていたのだ。
 後にも先にも父上が泣いているのを見たのはあれだけだが、それ以来、父上は何かに取り憑かれたように仕事にのめり込むようになった。
 そして、次第に僕たちに対する態度も変わり、教育も厳しさを増していった。
 以前は雑談もあった父上との会話も、次第に事務的な会話と、僕らを試すような政治や経済に関することだけになった。
 その会話についていけない場合は勉強不足と見做みなされ、理解できるまで家庭教師との勉強を強いられるのだ。
 ちなみにその間、食事はおろか睡眠すら取ることを許されない。
 そのような環境に、次第に僕の心は冷えていき、自身の感情すら分からなくなっていった。

(できたらレティの世話ができるような者が良かったが、あの令嬢たちでは無理だろうな)

 僕の腕の中で気持ち良さそうに眠るレティを起こさないようにそっと撫でた。
 この白猫は、父上が「関係者から譲り受けた」と言って連れてきた。
 レティは連れてこられた当初、家族の誰にも懐かず、じっと窓の外を眺めているだけだった。
 父上は世話をする気がなかったのか家令に世話を任せていたが、ある日、レティが庭に逃げ出す騒ぎがあった。
 たまたま庭で剣術の稽古を終えたところだった僕は、茂みで怯えた様子の白猫を発見した。
 試しに近くの葉を振っておびき出してみると、僕の足元に擦り寄ってきた。
 毎日世話をしている家令にすら懐かなかったが、僕にだけは甘えた態度を見せてきた。
 それ以降、僕に懐いたのか、常に僕に付きまとうようになった。
 初めは「鬱陶しい」と思っていたが、どんなに追い払っても健気についてくるその姿に、次第に違う感情が芽生えるようになった。
 ――母上亡き後のこの家で、自分が理屈抜きで必要とされたことがあっただろうか――
 緊張感漂う空間で感情を殺して生きてきた僕に、その猫は温かい何かを教えてくれているような気がした。
 僕はその猫を「レティ」と名付け、家族の目を盗んで面倒を見るようになった。
 レティは次第に僕以外の家族や使用人を避けるようになり、今では僕以外の者にはほとんどその姿を見せなくなった。
 僕だけに無防備な姿を見せるレティ。
 その姿を眺めたり、撫でたり、世話をしているだけで、僕の中の張り詰めたものが緩んだ。
 そう、いつしか僕にはすっかりレティのいる生活が当たり前になっていたのだ。
 そして今日、外出するために乗った馬車に何故かレティが紛れ込んでしまった。
 家に戻そうにもすでに馬車が出てしまった後で、仕方なくレティを抱きながら乗ることにしたのだ。

(レティ……)

 そっとレティの流れるような毛並みを堪能していると、馬車が段差で大きく揺れた。
 それに驚いたのか、レティが換気のため開けていた窓から飛び出してしまった。

「あっ、レティ!」

 今日に限ってレティはリードを付けていない。
 突然の出来事だったとはいえ、僕の不注意でレティに何かあったら……‼
 慌てて馬車を止めてレティを捜すと、奥の茂みに向かって逃げる姿が見えた。

「マクシム様、お一人での行動は危ないので私も同行します!」
「ああ、すまない。レティ、いや、猫が逃げ出した。あれは元々父上が連れてきた猫だ。何としても捜し出さなければ」

 口ではもっともらしい理由を述べるが、内心は心配でたまらず、レティの身に何かあったら、と最悪な想像ばかりが頭をよぎる。

「あの茂みに向かって逃げていくのが見えた。後を追う」
「畏まりました」
「マクシム様、ここは私が先を行きます。マクシム様は後方よりお願いいたします」

 護衛と従者を従え、茂みに向かって足早に歩き出す。
 しかし、逃げ出してからしばらく経ってしまったため、レティの捜索は難航した。

「マクシム様、この辺りにはいないようですね」
「もう少し奥を捜そう」
(レティ、どうか無事でいてくれ)

 己の不甲斐なさを悔いながら、祈るような気持ちで捜索を続けると、茂みの奥からガサガサという物音が聞こえてきた。
 レティか⁉

「あちらで物音がしましたね!」
「ああ、行くぞ」

 近くなる物音とともに人の声が聞こえてきた。
 こんな場所に人がいるのか?

「いたか?」
「確かこちらで物音が……あっ‼」

 目の前に現れた男女は、僕たちを見て呆然としている。
 身なりから推察するに貴族の令嬢と従者だろう。
 しかし、その女の腕にはレティが抱かれている。

(この女、レティを連れ去る気か⁉)

 相手がその気なら、こちらだって一歩も引く気はない。

「我が家の猫を誘拐するとは良い度胸ですね」

 女は驚いた様子で僕に反論してきた。

「あの、何か誤解していらっしゃるようですが、私はたまたま茂みにいたこの子を見つけただけですわ。怪我をしているようでしたので、治療のために近くのカフェに寄ろうと思っていたのです」

 僕の予想は外れたようだ。
 内心ほっとしたが、まだ油断はできない。

「カフェ?」
「はい、あちら側にある建物がそうですわ」

 女が見る方角には確かに建物がある。
 その態度から、言っていることに嘘はなさそうだ。

(この者は恐らく貴族の令嬢。ここは揉め事を避けるためにも、僕の言動について謝罪をした方が良さそうだな)
「そうだったのですか。それは大変失礼いたしました」
「いえ、こちらこそ誤解を招くような行動を取ってしまいすみませんでした。今、猫ちゃんをお返ししますね」

 女……いや、令嬢は腕の中のレティを僕に渡そうとしたが、レティの爪が服に引っかかったようだ。

「いだだだっ⁉」
「レティ、放しなさい」

 しかし、爪は服に絡まったようで、強く引き寄せても離れない。

「あいだだだだっ‼」
「くっ、取れない。すみません、大丈夫ですか?」

 令嬢は涙目になりながら僕に向かって提案をしてきた。

「爪が腕に食い込んで取れないので、カフェでしばらく様子を見てから離すのはいかがでしょう?」

 ああ、爪が服に絡まったのではなく腕に刺さっていたのか。
 それなら相当痛かっただろう。
 僕の不注意で起こした事件に巻き込んでしまったことについても、改めて謝罪がしたい。

「そうですね。貴女の腕も心配ですし、怪我をしていれば治療も必要だ。貴女の言う通りまずはカフェに行きましょう」

 こうして僕は、その令嬢とともに、近くにあったログハウス調の建物に向かった。


 案内された場所は、手前にカフェスペースがあり、扉を挟んだ反対側には猫たちが見えた。
 見たことのない造りをしているが、ここは猫同伴でカフェを楽しめる店なのだろうか。
 令嬢に聞くと、ここは野良猫や捨て猫を保護するために作られた、慈善活動を目的とした施設だという。
 孤児院に併設されているということは、寄付と売上金の両方で資金を賄っているのだろう。
 運営についてしっかり考えられた施設のようだ。
 しかし、この令嬢はやけにこのカフェについて詳しい。
 試しに常連なのか聞いてみると、なんとこのカフェのオーナーだという。
 大人びた容姿ではあるが、言動から察するに恐らく成人前の令嬢だろう。
 僕もその手の話は詳しいが、成人前の、しかも令嬢が店を運営しているなど前代未聞だ。
 ぜひともこの令嬢の名が知りたいところだが、まずは僕の失礼な言動について謝罪をしなければ。

「……まだお若いにもかかわらず、オーナーをされているとは素晴らしいですね。あ、申し遅れましたが、僕はマクシム・フォン・レイヤーと申します。先ほどの失礼な態度について改めて謝罪いたします」
「まぁ、レイヤー公爵家の⁉ こちらこそ大変失礼いたしました。私はセリーヌ・ド・ラルミナルでございます」

 令嬢は僕の名を聞くなり、動揺した様子で謝罪した。
 まぁ、レイヤー家は貴族なら誰もが知る名門家故に、この反応も無理はない。
 そして、この令嬢はラルミナル伯爵家の者だったのか。
 あそこは確か元々弱小貴族だったが、商才のある先代が財を成し王宮にも貢献したことから、伯爵までのし上がった経歴の家だ。
 なるほど、それならオーナーの件も納得がいく。
 それにこの令嬢……セリーヌ嬢と言ったか。この者はかなりの猫好きのようだ。
 このカフェのコンセプト、そしてレティに接する態度がそれを物語っている。

「ラルミナル伯爵家のご令嬢でいらっしゃいましたか。ああ、そう畏まらないでください。貴女、いや、セリーヌ嬢は愛猫を保護してくれた恩人なのですから」

 それにしても、レティが僕以外の者にこれだけベッタリし、くつろぐ姿を見せるとは驚きだな。
 セリーヌ嬢は商才だけではなく、猫を手懐ける才能もあるのか?
 そんなことを考えていると、レティが他の猫と接触し出した。
 万が一、保護猫とトラブルになると大変だ。すぐに引き離さねば。

「レティ、こっちに来なさい」
「シャーッ‼」

 なっ、何だ⁉
 あんなに懐いていたレティが、僕を威嚇するとは‼
 レティ、一体どうした⁉

「マクシム様、ここはグレイ君とレティちゃんが離れたタイミングを見て連れて行く方がいいと思いますが」
「そのようですね」

 セリーヌ嬢の提案に従いしばらく保護猫……いや、グレイと言ったか。グレイとレティの様子を窺っていると、二匹の間に少し距離ができた。
 そのタイミングを見計らってレティを抱き上げると、今度は僕の腕で鳴き声を上げ始めた。
 レティは普段ほとんど鳴かないので、こんなに鳴き声を出すとは驚いた。
 すると、その様子を見たセリーヌ嬢は、猫同士にも相性というものがあることを口にした。
 確かにレティはグレイを好んでいるように見える。
 いや、正確には「保護猫やセリーヌ嬢を含めたこのカフェの空間自体」を好んでいる、と言った方がいいだろうか。


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