寝取られ予定のお飾り妻に転生しましたが、なぜか溺愛されています

あさひな

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1巻

1-1

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 サァァァ
 雨音が聞こえたので窓の外を見ると、大粒の雨が降り始めていた。

「げっ、雨予報じゃなかったのに!」

 やりかけの乙女ゲームがちょうどいい場面だったこともあり、私はゲーム機を手にしたまま、天日干し中だった布団をしまい込もうと手を伸ばす。

「良かった。まだ降り始めだから、まだそんなに布団が濡れていないわ……。あっ!!」

 ぎゃああああ、手が滑ってゲーム機が落ちる……!
 この部屋はマンションの五階だから、ここから落としたらゲーム機が壊れてしまう。
 今なら手を伸ばせばなんとかキャッチ出来るかも! 私は咄嗟とっさに身を乗り出すも、勢い余ってふわりと身体が宙に浮いた。

「………っ!」

 え、嘘!? 待って、このままだと落ちちゃうんじゃ!?
 ゲーム機を拾うためにベランダから落ちて死ぬなんて、そんなダサい終わり方は嫌だああああ!!


 ――はっ!?
 あれ? 身体が一瞬宙に浮いたような気がしたのに、なんともない……?
 それに、布団を取り込もうとして立っていたのに、椅子に座っている。
 そうだ、ゲーム機はどこへ行ったのだろう。両手を広げてみるが、そこには何もない。
 ああ、やっぱりあのまま落としてしまったのかしら。
 というか、先程から視界に入る服が、私が着ていた物とは明らかに違うのだけど。
 オレンジ色の布地にレース……かしら? やたらヒラヒラしているし、裾が長くてまるでドレスみたいだわ。しかも、目の前には綺麗なテーブルクロスがあって、その上に紅茶と茶菓子が置かれている。
 私の家ではテーブルクロスなんて使用しないし、こんな立派な茶器も置いていない。
 どうやらここは自宅ではなさそうだけど……この一瞬で何が起こったのだろう。

「……嬢」

 誰かに声を掛けられてそちらを向くと、明らかに日本人っぽくない男の人がいた。
 えええ!? 一体どうなっているの!?

「エステル嬢?」

 エステル嬢って誰のことだろう。
 首を傾げた途端、ドッと私の知らない情報が頭に流れ込んできた。

「……っ!」
『エステル、「能無し」のお前にようやく縁談が決まったぞ!』
『ああ、良かったわ! これでやっと我が家からお荷物がなくなるわね。エステル、くれぐれもランブルグ卿の機嫌を損ねることのないよう気を付けなさい、分かったわね!?』

 両手を上げて喜ぶ夫妻、そして隣には意地の悪い笑みを浮かべた令嬢。

『ランブルグ辺境伯って言ったら、悪魔の瞳を持つ「くれないの閣下」でしょ? 恐ろしい方って有名じゃない。まぁ、「能無し」なお姉様をめとってくれるなら、どんな男でも喜ばないとね? ああ、私には優しい婚約者がいて良かったわ』

 何これ!? 怖い!
 それに、あ、頭が……痛い!!
 このまま座っているのが辛いから、どこか横になれる場所を探したい。
 頭を押さえて立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かずグラリと視界が揺れる。
 あっ、これはダメだ。倒れる……

「エステル嬢!?」

 次に来るだろう衝撃に備えてギュッと目をつぶる。すると、ガタッ、という何かが倒れるような音が聞こえたと同時に、がっしりした温かい何かに包み込まれた。
 そこで私の記憶は途絶えた――


 ……ん、頭が重い……
 頭を押さえてゆっくり目を開けると、やたらきらびやかなシャンデリアが視界に入った。
 こんな豪華なシャンデリアを照明として使用しているなんて、まるでお城の一室みたいだわ。
 むくりと上体を起こすと、ゆらりと金色の長髪が目に掛かる。純日本人だった私の髪色は黒なので、明らかに自分の色ではない。もしかして意識がない間にウィッグとか被らされたのかしら。

「仮装パーティーじゃないんだから、こんな金髪……え」

 なに、この声!? 地声より一オクターブ高い気がする。

「んんっ! あ、あー」

 やっぱり私の声、変だわ。それに、先程と同じオレンジ色の布が視界にチラチラ入るのが気になる。金髪にドレスのような服装って、今の私は仮装でもしているのだろうか。
 自分の格好が気になり、鏡を探すために辺りを見渡す。
 部屋全体は白を基調としていて、重厚な遮光カーテンに、木目に細工がほどこされた棚、そして小さめのソファに丸テーブルが置かれている。まるで貴族が住む部屋をコンセプトにしているかのような上品な内装だ。
 自室と明らかに違う部屋を興味深く観察していると、部屋の隅に鏡台が置かれていることに気付く。そろりとベッドから下りると、絨毯じゅうたんのふわっとした感触が靴下を通して足裏をくすぐる。
 靴がすぐに見つからなかったため、私は靴下のまま鏡台の前まで歩き、鏡を覗き込んだ。

「……誰?」

 ゆるいウェーブのかかった金髪に、小さめのクリッとした琥珀こはくいろの瞳。目を引くような派手さはないものの、品良く整った顔立ちをした女が目の前の鏡に映し出されている。

「これは、夢?」

 明らかに容姿が変わってしまった状況を受け入れられず、鏡台から離れてふらふらと部屋の中を歩く。
 えええ、どうしよう。これって私じゃないよね。それとも夢かな?
 とりあえず一旦ベッドに戻って落ち着こう。
 やたら広いベッドの端に腰を下ろすと、自重でゆっくりと沈む。フカフカで心地いい感触は、まるでかの有名なフランス製高級ベッドを彷彿ほうふつとさせる。
 え? なんでそんなことを知っているのかって? それは、冷やかしで行った高級家具屋に見本品が置いてあったから、試しに寝てみたんだよね。

「ふぅ」

 ああ、私のせんべい布団と違ってこのベッドの寝心地最高だわ。どうせならこの寝心地を存分に堪能しておこう、と貧乏根性丸出しでモゾモゾと布団を被る。
 理解不能な事態が続いて緊張していたようで、布団の中に入るとほっと気がゆるむ。
 頭を整理する意味でも、今までの自分の過去について回想することにする。
 私は決して裕福な家庭の育ちではない。
 貧乏子だくさんの家庭で育った私は、常に家事をしたり下のきょうだいの面倒を見ていたりしたので、同世代よりも生活力があったように思う。
 当時はお洒落しゃれや恋バナでキラキラした学生生活を送る学友が羨ましく、なぜ自分だけが苦労しなければならないのか、と恨めしい気持ちでいっぱいだった。
 そんな気持ちに蓋をするかのように、学生時代はよく図書館で恋愛小説を借りては家事の合間を縫って読んでいた。本を読んでいる時は現実から目を背けることが出来たし、読み終えた後もストーリーを思い返すと幸せな気分にひたれる気がした。
 そんな暗黒の学生時代を送っていた私だったが、社会人になり家を出て自活をするようになった時に、この生活力はとても役に立った。

「あの当時の苦労は無駄ではなかったし、それがあったからこそ今の私があるのよね……。って、年を取ると独り言が増えるわね、ははは」

 アラフォーの私は就職氷河期世代だったこともあり、就職先は薄給なうえに万年人手不足で残業も多い中小企業だった。けれど周囲の人達は優しく、特段不満もなく社会人生活を謳歌していた。
 休日は仕事疲れから家に引きこもっていて、学生時代から読んでいる恋愛小説を始め、乙女ゲームや異世界転生ものの恋愛小説で心を満たす。
 今日は仕事休みだったので、やりかけの乙女ゲーム『鳥籠の君に愛を教えてあげる~禁断の果実は蜜の味~』をプレイしていたところ、布団を取り込む途中で手が滑ってゲーム機を落としかけ、慌てて手を伸ばし――気付いた時にはこんな状況になっていたと。

「あれ、もしかしてこの状況って、いわゆる異世界転生ってやつなのでは……?」

 まだ状況を完全に把握出来ていないものの、なんとなくこの展開に覚えがある。
 私はゲーム以外にライトノベルもよく読んでいたので、前世の記憶がある状態で別の誰かになって生きる『異世界転生』という設定をよく知っている。
 もし仮にこれと同じ状況であるならば、私はあの後ベランダから転落死して、乙女ゲームの世界の住人になってしまったということになる。
 通常の異世界転生のストーリーでは、元いた世界へ戻る描写というものはあまりない。
 ということは、転落死した私はそのままで、この世界の住人として生きるしかないということなのでは……

「ええ、いきなりすぎるでしょ……」

 こんな突拍子もなく異世界転生って起こるものなのか。
 まぁ、独身アラフォーだったし、社畜だったし、日本に執着があるわけでもない。
 ただ、心残りだとすれば両親を始めとした家族のことだ。だが、あの家族はきょうだいが多いので、私一人が早死にしたところで家庭に悪影響があるかといえば、恐らくNOだろう。
 あの環境で育ったきょうだい達は皆たくましいので、私がいなくてもお互いに支え合って生きていけると思う。寂しい気持ちもあるが、それよりも今はここで生き抜くことの方が重要だ。
 断片的に思い出すこの世界での記憶を辿り、状況を整理すると、どうやら私は『エステル・スターク』というスターク男爵家の長子に転生したようだ。
 貴族として生まれたエステルだが、その生い立ちは決して恵まれたものではなかったらしい。
 ――それはエステルが『能無し』だから。
 この世界の人間はどの立場の者でも等しく魔法が使えるのだが、エステルは魔法が使えなかった。そういった者達を『能無し』と差別する風潮があり、家族もエステルを厄介者として辛く当たっていたようだ。先程の倒れる前に見た胸糞悪いシーンも、その一部だったのだろう。
 この子は酷い家庭に育って大変な思いをしてきたのね……可哀想に。でも、エステルなんて名前のキャラ、ゲームにいたかしら?

「あ」

 先程いた攻略対象者とエステルの記憶から、なんとなく思い当たる節がある。
『鳥籠の君に愛を教えてあげる~禁断の果実は蜜の味~』、通称『トリアイ』は婚約者や既婚者のいる攻略者から奪略をする、いわゆるNTR(寝取り)というジャンルのゲームだ。
 私は寝取られや寝取りといった内容は苦手なのだが、普通の乙女ゲームだと勘違いして買ってしまったのだ。自分の落ち度もあるので、そのまま返品するのもなぁ……と思い、とりあえず始めてみたのだが、コンセプト通りの凄まじい世界だった。
 ゲームの中でエステルがお見合いしていたのは、とある攻略キャラだった。そうなると自然と私のポジションは決まってくる。

「もしかして、私って……ヒロインに寝取られるモブ役?」

 なんてこった。この世界で生きていくつもりだったのに、まさかの寝取られ役に転生するとは。
 でも、これって考え方によっては悪くないポジションなのでは?
 エステルの記憶を辿ると、お見合い相手は『くれないの閣下』の異名を持つランブルグ辺境伯。
 愛し合っている関係なら寝取られ役は辛いものだが、エステルはランブルグ辺境伯とは今日が初対面でなんのつながりもない仲だ。そもそもこちらの世界での縁談は政治的な意味合いが強く、親や親族間で勝手に決められることも多い。
 急に決まった縁談なのではっきりとした事情までは分からないが、我が家の経営は良くなく、あちこちの家から借金もしていたと聞くので、政治的な面と金銭的な事情が絡んでいるのかもしれない。
 そんなわけで、ランブルグ邸に来た理由も縁談後の顔合わせのためだったようだが、前世の記憶を取り戻したエステルは体調不良で対面中に倒れてしまったようだ。
 縁談の相手は『クロード・ランブルグ辺境伯』といい、辺境地に巣食う魔獣達から国を守る特殊任務を担うお方だ。魔獣達の血に染まったその姿から『くれないの閣下』として恐れられており、ゲーム内でもそう呼ばれていたが、数々の功績から貴族の中でも一目置かれていた。
 まぁ、嫁ぎ先がそんな感じなので、スターク家にいた時よりもお金に困ることはなさそうだし、寝取られた結果離婚しても、原因が相手側にある場合は補償金が支払われるので、食うに困る事態はならなそうだ。
 それに、『トリアイ』のあらすじを確認した際に略奪時に断罪されるといった展開はなかったと記憶している。乙女ゲームにありがちの断罪がないポジションに転生したのなら、離婚時に備えて対策さえしておけば、この世界でも無事に生き抜くことが出来るかもしれない。
 ああ、良かった。それならヒロインと攻略対象者にだけ気を付けていれば問題なさそう……って、さっきからコンコンと扉を叩く音がするけれど、誰か来たのかしら。

「はい、どうぞ」

 返事をすると、白シャツに紺色のジャケットとタイを着た長身の男が、使用人達をぞろぞろと引き連れて入ってきた。
 貴族らしい服装と、かちっとまとめた黒髪から覗く眼帯にちょっとミスマッチな印象を受けるこの方は、先程まで顔合わせをしていた辺境伯――クロード様だ。

「エステル嬢、起きたのか。体調はどうだ?」
「はい、大丈夫です。クロード様、ご心配をお掛けして申し訳ございません」
「謝る必要などない。それより、君が無事で何よりだ」

 先程は動揺していた上にすぐ意識を失ってしまったからそこまで顔を見ていなかったけど、クロード様ってとても綺麗な顔立ちをしている。
 適度に焼けた肌、すっと通った鼻筋、薄めの唇、そして印象的な切れ長の紫瞳に片目眼帯。カラコンで色を変えた瞳を見ることはあるけど、きっと天然の色だよね?
 窓から入る日光を受けて、その瞳はキラキラ輝いているように見える。

「綺麗な紫色……まるで宝石みたい」

 あ、しまった! 前世の癖で思わず思ったことが出てしまった。
 私のつぶやきを聞いてしまったらしく、クロード様はピシッと固まっている。
 男性に綺麗だなんて言ったら失礼よね。ああ、どうしよう!

「た、大変失礼致しました!」

 うう、いきなり失言をするなんて、私のバカバカ!
 そんな事を思っていると、クロード様はグイッと私の顎を持ち上げた。
 キャーー!! いきなり顎クイですか!?
 ウン十年と恋愛事とは疎遠な生活を送っていたうえ、イケメンと全く接点がなかった私には刺激が強すぎる!

「君は、この瞳が怖くないのか」
「へ!?」


 怖い? 一体なんのこと!?
 よく分からないけど黙っていたら失礼よね、何か返事をしないと!

「こ、怖くないですわ」
「……そうか」

 クロード様はスッと私から手を離すと背を向けた。
 はぁ、いきなり美丈夫びじょうふに顎クイされるなんて、さすが乙女ゲームの世界ね。メチャクチャ恥ずかしかったわ。
 両手で熱くなった頬を押さえていると、「念のために医者を呼んで来る」と言い残し、クロード様だけ出て行ってしまった。
 ゲームでやるのと生身で体感するのでは全く違う。唐突にイケメンとの接触があるなんて心臓が持たないわ……
 本当は布団にもぐって悶えたいところだが、あいにく使用人がその場で控えているので、澄ました態度をしていると、再び扉をノックする音が聞こえる。
 返事をすると、医者らしき壮年の男性が中へ入ってきた。どうやらベテランの先生のようで、テキパキと私の身体を診てくれる。

「脈も正常ですし、身体には異常はなさそうですね。もう起き上がって動いても大丈夫でしょう」

 すでに起き上がって鏡を見たり、ベッドでの寝心地を堪能したり、部屋で好き勝手していたのだが、それは内緒にしておこう。

「ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、お医者様は丁寧にお辞儀をして出て行き、入れ違いで執事らしき服装に身を包んだダンディなイケオジが入ってきた。

「旦那様の専属執事を務めているセバスと申します。エステル様、まだ体調が万全ではないようですし、本日はこのまま屋敷にお泊まりになられてはいかがでしょうか」
「え?」

 エステルの記憶では、今日は顔合わせの予定だけだ。決まった縁談とはいえ、籍も入れていない男女が一つ屋根の下で一晩いたら変な噂が立つかもしれない。そうなったらクロード様が困るのでは?
 でも、先程頭に流れ込んだ記憶……
 ここを出ても、今の私に帰る場所なんてあるのだろうか。

「医者はあのように申しておりましたが、万が一道中でまた倒れてしまっては大変です。それに、外も暗くなってきておりますから、旦那様が大変心配しております」
「で、ですが」
「ここでの出来事は決して外部に漏れることはございませんし、旦那様を安心させるためにもどうかこのままお休みいただけないでしょうか。その間不自由なきよう、私共がお仕え致します」

 セバスさんの言葉ののち、後ろに控えていた使用人達が一斉に私に頭を下げた。
 わわ、どうしよう。なんだか大事おおごとになってしまった。

「わ、わたくしが勝手に倒れたのが悪いのですから、クロード様に気に掛けていただく必要はございませんわ。それに、ほら! もうピンピンしていますし」

 セバスさんは私の言葉を聞くと、スッと目を細めた。

「エステル様は思慮深い方でいらっしゃいますね。ですが、ここは辺境地でございますので魔物が出没する可能性もございます。身の安全を考えて、屋敷に留まられた方がよろしいかと」

 そうだった、この世界は魔法だけでなく魔物も実在する。元となる乙女ゲームが中世ヨーロッパ風のファンタジー要素が強い世界観だったから、きっとその影響を受けているのだろう。
 ちなみに魔物は人を襲うため、夜中に襲撃でもされたら命の保証はない。

(転生早々に命の危機に瀕するのはさすがに嫌だわ。それに実家も良い環境ではなさそうだし、ここは大人しくクロード様のご厚意を受けた方が良さそうね)
「では……お言葉に甘えさせていただきますわ」
かしこまりました、そのように旦那様にお伝え致しましょう。さて、意識が戻られてから何も口にされていらっしゃらないでしょうし、すぐに軽食のご用意を致します」

 セバスさんはニッコリ笑うと丁寧にお辞儀をして、部屋を出て行った。

(はぁ。なんだか至れり尽くせりね)

 私を監視する目的なのかなんなのか分からないけど使用人が控えたままなので、心の声が漏れないように口を閉ざしていると、別の使用人がお茶菓子とお茶を持ってきて、ささっとテーブルにセッティングしていく。
 うながされてお茶を堪能していると、今度は侍女らしき人達がやって来た。なにやら湯浴みの支度が整ったとのことで別室へ案内されたのだが、なかなか一人にしてくれない。
 お風呂くらい一人でゆっくり入りたいので出て行ってもらうよう伝えても、「旦那様と初めてお過ごしになる大切な日ですから」とやんわり断られてしまった。
 あとはされるがまま使用人達の手により念入れなお手入れを受け、いつの間にか用意された豪華なドレスに身を包む。「ドレスを汚したら大変」と最初は断ったのだが、私が着ていたドレスはすでに洗濯場に持って行ってしまったとのことで、渋々承諾した。
 うう、なんだか落ち着かない。
 ソワソワしつつ、これまた豪華なソファに座りながら、思わずため息が漏れる。泊めてもらうだけなのに、なぜここまで手厚いおもてなしをされるのかよく分からない。
 考えてみても理由が思い浮かばず首を傾げていると、コンコンッと扉を叩く音がした。

晩餐ばんさんの準備が整ったようだ」

 この声はクロード様だわ。通常なら使用人が呼びに来るものなのに、わざわざ主人が直接来るなんて。

「は、はい!」

 お待たせしてはいけないわね。急がなきゃ!
 駆け足で扉を開けたところまでは良かったけれど――わわわ、ドレスの裾を踏んでる。前に倒れるーー!
 と思った瞬間、ガッシリした腕に支えられた。

「っと、危ない。大丈夫か」
「す、すみません。私ったら……!」

 令嬢なのにドレスの裾を踏んでけそうになるなんて恥ずかしい!
 顔が一気に熱くなるのを感じていると、バチッとクロード様と目が合った。
 この人の瞳って、本当に綺麗だなぁ。
 そんなことを思っていると、目元がうっすら赤くなったクロード様が、ふいっと顔を逸らした。

「君は本当に真っ直ぐ見つめるのだな」

 まずい、前世にない瞳の色だから好奇心もあってつい観察してしまった。失礼だと思われたのかも。

「申し訳ありません! 瞳が綺麗で、つい」
「ああ、いや。怒っているわけではない。……見つめられることに慣れていなくてな」

 おや? クロード様はもしかしてシャイなのかしら。でも、ゲームでは無表情な冷徹キャラだった気がしたけれども。
 考えているうちに、クロード様はさりげなく私の腰に手を回してエスコートする。

「また転んでは危ない。私が側に付こう」
「は、はぁ」

 うぅ、距離が近くて落ち着かない。
 前世でだってこんなスマートなエスコート受けたことがない。その上、隣にいる男性は乙女ゲームのキャラだけあってイケメンだ。こんなシチュエーション、嫌でもドキドキする。

「ここが食堂だ」
「ありがとうございます」

 密着から解放されてほっとしながら辺りを見ると、食卓には色とりどりの美味おいしそうな食事がずらりと並んでいた。
 おおー、さすがは一流貴族。元の世界とは比べ物にならないくらい豪華な食卓だわ。
 席に着くと、早速使用人達が給仕を始めた。

「まずは乾杯でもしよう」
「あ、はい」

 ワイングラスを片手に軽く乾杯をし、一口飲む。
 あ、このワイン好きかも。香り豊かで、飲むとプルーンや黒い果実のような味わいの中に樽香たるこうのようなものを感じる。舌に残るスパイシーさもアクセントになっていて、癖になりそう。
 前世はザルと呼ばれるくらい酒に強い体質だったこともあり、ついごくごくとワインを飲んでしまう。するとクロード様が、「君は酒が行ける口か」と感心した様子で話し掛けてきた。

「え、ええ。このワインがとても美味おいしかったものですから」
「これは我が領で作られた物だ。希少な品種を使用していて数が少なく、市場にはほとんど出回らなくてな。製造手法が普通のワインと異なるゆえに独特の風味があるのだが、これが良いアクセントになっているんだ」
「確かに、一口目に広がる風味に特徴はございましたが、リッチな味わいでとても美味おいしいですわ」
「そうだろう? このワインは人によっては好き嫌いが分かれるようだが、エステル嬢の口に合っているようで良かった」

 クロード様は機嫌を良くしたのか、グイッと飲み干しグラスのワインを空ける。
 そのままなごやかな雰囲気で歓談していると、扉をノックする音と共にセバスさんが入ってきた。

「旦那様、少しよろしいでしょうか」

 さっきセバスさんと会話した時も思ったけど、彼ってシゴデキだよね。
 耳打ちしながら主人に手紙を渡すセバスさんを横目に、私は二杯目のワインをグビグビ飲む。クロード様はすぐに手紙の中身を確認していたが、しばしの沈黙の後、「エステル嬢に伝えたいことがある」と私に向き直った。
 え、手紙の内容は私に関することだったの?

晩餐ばんさんの席ですまないが、こういった内容は早めに話をしておいた方が良いだろう」
「は、はい」

 ええ、なんだろう、悪い話かな。
 私はワイングラスを置いてクロード様の話に集中する。

「今日は顔合わせの予定だけだったが、私はこのままこの縁談を進めたいと思っている。魔法でスターク家にその旨を伝えたところ、了承の返事と記入済みの婚姻届けが届いた。明日私のサインをして提出するので、君はこれから私の妻としてここで生活することになる。式の準備については我が家に一任するとの返信があったので、全てこちらで取り仕切ろう」
「ええっ」
晩餐ばんさんが終わったら早速部屋を用意させる。屋敷内の物は好きに使ってくれていいし、何か不都合があれば使用人に申し出るように」

 えええ、ちょっと待って。顔合わせからいきなり結婚生活スタート?
 いくら貴族同士の結婚とはいえ、これはあまりに急展開すぎませんか!?
 話についていけずにぽかーんとしていると、クロード様は冷静な表情のまま、「話は以上だ。さ、食事を続けよう」と食事を再開した。

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