寝取られ予定のお飾り妻に転生しましたが、なぜか溺愛されています

あさひな

文字の大きさ
表紙へ
3 / 18
1巻

1-3

しおりを挟む
 葉野菜を重ねて、隣の使用人と同じように千切りにしていく。
 トトトトトッ
 包丁の小気味よい音が辺りに響く。

「お、奥様、手際が良いですね」
「ふふ、そうかしら。それより、毎日こんなに野菜を処理しているのですか?」
「普段はこんなに大量ではないのですが、今日はたまたま数日分のまかないを作る日なので」
「そうなのですね。では、忙しい時は私もなるべく手伝いますわ。皆で協力すれば早く終わりますし」
「は、はぁ」

 手元にある葉野菜を切り終えると、近くにタマネギのような野菜が置いてあった。分担した方が効率いいし、私が作業しよう。

「次はこちらの野菜を担当しますね。切り方はどうしたら良いですか?」
「あ、では僕が先に切るので、それと同じようにしていただけると助かります」
「分かりました」

 なるほど、くし切りで良いのね。じゃあまずは皮をいていこう。
 休まず手を動かしていると、なかなか戻らない私を心配したのか、ルネさんがこちらに向かってきていた。

「お、奥様!? そんなことをしたら手が荒れてしまいますわ」
「あ、ルネさん。休んでいてくださっていいのに」
「そんなわけには参りませんわ。それより料理などされたら――」
「大丈夫ですよ、そのくらいで手荒れなんてしません。それにほら、皆で作業した方が早く終わりますし」
「奥様……。分かりました、では私も手伝います」

 私はただやりたくてお手伝いしているだけだし、本当にルネさんは休んでいてくれていいのに。
 でも、ルネさんは腕まくりを始めて手伝う気満々だ。

「じゃあ、ルネさんはこの野菜の皮きをお願いしますね。私はくし切りにしていくので」
「お任せください」

 そうして三人がかりで野菜の処理をしていると、ジャンさんが戻ってきた。

「ジャンさん、お帰りなさい」
「お、奥様!? そんなところで何されてるんですか!?」
「野菜の下処理が大変そうだったから、お手伝いをしていました」
「ええ!?」

 ジャンさんは慌てた様子でこちらにやって来た。

「下処理の仕方も正確だ。奥様、もしかして料理の経験がおありなんですか?」

 ……そうだった! 貴族の令嬢は料理なんてしないんだわ! でも、エステルがある程度のことは自分でやっていたのは事実だ。なんとかこの状況を誤魔化せないかしら。

「ええっと……男爵家ですし、使用人を雇うお金もあまりなかったので、ある程度の身の回りのことは自分でしておりましたの」

 苦しい言い訳だけど、嘘は吐いていない。

「それで料理慣れしているんですか……? いやぁ、奥様は生活力あるお方なんですね」
「お、おほほほ」

 ジャンさんは感心した様子で私の話に頷いてくれる。
 良かった、なんとか誤魔化せたっぽい。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、手元に残る未処理の野菜に目を落とす。今日は特別に量が多いようだけど、毎食作るのだから厨房の仕事って大変だよね。使用人達と仲良くなるきっかけ作りにもなりそうだし、今後もみんなの力になりたいな。

「ジャンさん、今日お手伝いをしてみて、厨房の大変さが理解出来ましたわ。私はまだ新人ですが、人手が多い方が仕事も早く終わると思います。よろしければ今後も手伝いますわ」
「え!? 気持ちはありがたいですが、さすがに奥様に仕事なんて頼めませんよ」
「でも、クロード様の妻だからという理由で何もせずにいたら、身体がなまってしまうわ。どうか、私のわがままを聞いてくれると嬉しいのだけど」

 ちょっと強引だったかな。でも前世では働き詰めだったこともあり、仕事の大変さや家事のありがたさは理解しているし、頑張っている人達を応援したい。
 それに、人のために何かをすると活力が出る気がする。

「ははは! 奥様は面白いことをおっしゃる! よし、分かりました。次からはお声掛けいたします」

 ジャンさんは豪快に笑いながらノリ良く承諾してくれる。
 提案を受け入れてもらえて素直に嬉しい。

「ジャンさん、ありがとうございます」

 そう答えると、隣にいるルネさんは半ば呆れた様子だ。

「もう、奥様ったら。……仕方ありませんわ、怪我をするような危険な作業だけはしないとお約束していただければ」
「はいっ、気を付けます!」

 よーし、ここでの仕事が出来てやる気が出るし、これで使用人達との距離も縮められそうだわ。そして、きたるNTRの際の味方を増やすのよ!
 そんなことを思いつつ、私は残りの野菜の下処理に取り掛かった。


 厨房でお手伝いした翌日。ふと目が覚めれば、部屋はまだ暗かった。カーテンを開けるとまだ空は薄暗く、時計は明け方の時刻を指している。
 前世の時もこのくらいの時間帯に起きて身支度をしていたので、その習慣が染みついてしまっているのだろうか。二度寝しようと布団を被るも、目が冴えてしまって寝付けない。
 このままゴロゴロしていても暇なので、お屋敷内の散策をしてみようかな。
 近くにあった水桶で軽く顔を洗って、寝癖の付いた髪を手櫛てぐしで整える。朝は肌寒いので椅子に掛けてあったショールを羽織り、人気ひとけのない廊下へと出た。
 すでに働いている使用人がいるようで、一階から小さい物音が聞こえる。こんな朝早くから大変ね。挨拶あいさつでもしてこようかしら。
 階段を下りると、玄関口で掃き掃除をしているメイドの姿が見えた。

「おはようございます、朝から大変ですね」
「お、奥様!? おはようございます!」
「ああ、頭は下げないでください。この屋敷では私は新人ですし、皆様と仲良くしていきたいと思っているので。それより、こんな朝早くからお掃除ですか?」
「は、はい。この時期は落ち葉が増えてくるので、早く綺麗にしようと思いまして」

 この世界では日本と同じく四季があり、今の時期は秋に該当する。冬に備えて落葉広葉樹などの植物が大量に葉を落とすため、屋敷を綺麗に保つべくメイド達は明け方から忙しなく働いているようだ。小学校の時に一斉清掃と称して校庭の落ち葉清掃をしたことがあったが、落ち葉は嵩張かさばるので重労働だったことを思い出す。
 昨日厨房でお手伝いした時も受け入れてもらえたし、今回も何か皆の力になれないかしら。
 そうだ、落ち葉掃除のお手伝いを申し出てみよう。

「落ち葉掃除って結構大変ですよね。人手が多いに越したことはないでしょうし、良ければ私も参加していいでしょうか?」
「そ、そんな滅相もない」

 うーん、やはり上司が参加するとなると萎縮するのはどこも共通か。
 それならもう少しフランクな感じで行ってみようかしら。

「……なーんて、大層なことを言ってみましたが、実は目が覚めてしまったので軽く体を動かしたかっただけなんです。皆様の邪魔はしないので、わがままを聞いていただけると嬉しいのですが」

 メイド達は迷った様子だったが、お願いを断るのは失礼だと判断したようで、私にほうきとちりとりを持ってきてくれた。

「では、奥様は玄関周りの落ち葉を集めていただいてもよろしいでしょうか。私達は屋敷に続く道の落ち葉を集めてきます」
「はい! 分かりました」

 元気よく返事をして、皆の邪魔にならないように玄関に移動して早速ほうきを動かす。シャッシャッと無心で手を動かしていると、外がだんだん明るくなってきた。
 うーん、朝からお掃除をすると気分が良いわね。
 そんなことを思いつつ黙々と手を動かして、玄関周りの落ち葉を集めきる。メイド達のものと合わせるとこんもりと一山分になった。

「わぁ、たくさん集まりましたね」
「奥様、ありがとうございます」
「いえいえ、私のわがままに付き合っていただいたのですから、お礼なんてそんな」

 それにしても、この落ち葉の山を見ていると、学校でやった焼き芋体験を思い出すわね。
 私のいた学校では、一斉清掃で集まった落ち葉と近くの畑でとれた芋で焼き芋を作り、給食の時に食べる体験があった。ここでも焼き芋を作ってみんなで食べたら美味おいしそうだわ。

「ちなみに、この落ち葉はどうするのですか?」
「裏庭に捨てて花などの肥やしにする予定です」
「そうなんですね。あの、私がこの落ち葉を活用してもいいでしょうか」
「は、はい、大丈夫ですが……」

 落ち葉は自由に使えるようになったので、あとは芋の準備と焚き火の場所をどうするかだ。
 そういえば今日はドンさんの菜園にお邪魔する予定があったっけ。
 菜園の広さによるが、芋はメジャーな野菜なのできっと菜園にあるはずだ。今は収穫の時期だし、もしお芋を育てていたら少し分けてもらえるかもしれない。もしなかったとしても、厨房にある物を分けてもらえば焼き芋が出来る。

「ありがとうございます。この落ち葉は私が責任を持って処分するので、ここに置いておいていただけますか」
「はい」

 メイド達は首を傾げながらもお辞儀をして、各々の持ち場に戻っていく。私も一旦自室に戻ることにした。
 部屋に戻りクローゼットの中を開けてみると、品の良い数々のドレスの奥からお見合いの時に着ていたものが出て来た。スターク家にいた時は大変貴重で高価なドレスだと思っていたけれど、こうしてランブルグ家で改めて見ると明らかに見劣りする。昨日邸宅用ドレスに着替えた時と同様に、実際に見比べるとその違いは歴然だ。
 鏡に合わせてみると、サイズも雰囲気も全く自分に合っておらず、一見してお古の借り物だと分かるソレに複雑な気持ちになる。
 もやもやした気持ちを振り払うべく、ドレスを椅子に掛けてふぅと大きく息を吐いていると、コンコンと小さく扉をノックする音が聞こえた。

「おはようございます」
「ルネさん、おはようございます」

 私の返事を待ってから扉を開けたルネさんは、私に一礼をしてから入室した。
 こういった細かい所作から、彼女が侍女として受けた教育の高さがうかがえる。

「奥様、もう起きていらしたんですね」
「ええ、明け方に目が覚めてしまって。あ、そうそう、このドレスに着替えたいのでお手伝いしていただけますか」

 ランブルグ家の物はどれも一流品であり、派手に汚すことが躊躇ためらわれる。この後の菜園で汚れが付く可能性が高いため、自分のドレスに着替えようと思ったのだ。
 これを見るたび色々と思うところはあるが、気兼ねなく使えるという一点においてだけは優秀である。

「こちら……ですか。承知しました」

 ルネさんは「こんな古物を着るの?」といった表情をしていたが、着替えを手伝い、ドレスに合わせてヘアスタイルまで整えてくれた。

「ありがとうございます、ルネさん」
「当然のことをしたまでですわ。朝食が出来ていますから、食堂までご案内いたします」

 彼女にうながされるまま食堂に行き朝食を済ませると、早速庭に出た。
 庭園は広いから、ドンさんすぐに見つかるかしら?
 辺りをきょろきょろ見ながら庭を散策していると、何やら人影のようなモノが目に入った。
 しゃがんでいるようだけど、あの姿は紛れもなくドンさんだわ。

「ドンさーん!」
「おお、奥様」
「今日は菜園見学でしたよね。今日は汚してもいい服に着替えて心待ちにしていましたの」
「ふぉふぉ、そんなに楽しみにしてくださったなんて光栄なことじゃ。それでは裏庭にご案内しますぞ」

 ドンさんの後ろを付いていき、裏庭に辿り着くと、そこは小さめの農園のようになっており、様々な野菜が育てられていた。

「わぁ、すごい! 色んな種類の野菜を育てているのですね!」
「ふぉふぉ。奥様に喜んでいただけるなんて、庭師冥利に尽きますな」

 あら、あっちの方にお芋の葉のような植物が茂っているわ。ドンさんにどんな植物か聞いてみよう。

「ドンさん、あちらに植えられている物はなんですか?」
「あれは蜜芋ですな。ちょうど収穫時期で、今掘り起こしている最中なんですじゃ。今年は豊作でずっしりと重い芋が多くて。あの脇の小屋にとった芋を保管してあるんですが、ちょうど食べ頃ですじゃ」

 蜜芋はエステルの記憶にもあり、前世のサツマイモと同じような物で美味おいしかったことを覚えている。少し分けてもらえないかドンさんに交渉してみよう。

「あの、ちょっと図々しいお願いしてもいいですか?」
「図々しいなんてとんでもない。なんでしょうか」
「ドンさんのお手伝いをするので、この蜜芋を少し分けていただけないでしょうか」
「奥様が手伝いとな!? そんな滅相もない」

 ドンさんは萎縮した様子だ。私としては久々に庭仕事が出来るのを楽しみにしていたので、ここで断られてしまうと悲しいところ。
「お手伝い」などと言わずに、素直に庭いじりが好きだと伝えてしまった方が断られにくいかもしれない。

「……というのは建前で、この前話した通り園芸が好きなので、庭いじりがしたいのです。ついでに蜜芋もいただけたら嬉しいなと思いまして」

 私の言葉を聞いたドンさんはきょとんとした顔をした後、「がはははっ!」と盛大に笑い出した。

「まさか、ご令嬢が庭いじりのお願いをしてくるとは! しかも蜜芋などいくらでも手に入る物をわざわざねだるなんて、本当に奥様は面白いお方ですな。ワシなぞでよろしければ全力でお応えいたしましょう」
「わぁ、ありがとうございます!」
「ちなみに、芋は一体何に使うのですかな?」
「実は今朝の外掃除で落ち葉がたくさん集まったので、それを使って焼き芋をしたいと思い付きましたの。ただ、私一人で食べても寂しいので、使用人の方達と楽しみたくて」
「なんと! 使用人へのほどこしを考えるとは、奥様は優しい心をお持ちの方なのじゃな、やはり当主様が見初みそめただけある。よし、ワシもその話に乗ることにしますぞ。確か、裏庭辺りに落ち葉の山があったのを見かけたが、あの場所ならそのまま焚き火をしても大丈夫ですじゃ。それに蜜芋も好きなだけ持って行ってくだされ」

 ドンさんは気前良く私の提案に乗ってくれる。良かった、これで焼き芋が楽しめそう。

「嬉しいです! では早速収穫のお手伝いしますね。あちらの場所に入っても大丈夫でしょうか?」

 私が裾と袖をまくり上げると、ルネさんからストップの声が掛かる。

「奥様! そんなことをしたらお召し物も手も汚れてしまいますわ。それに今朝方掃除をしていたなんて……! そんなことはメイドに任せて、奥様はゆっくりしてくださればいいのに」
「ごめんなさい、ルネさん。でも、メイドの皆さんも朝から大変だろうと思って、ついお手伝いしたくなってしまって。それに、ドンさんも一人で作業するのは大変ですし」
「なりません! 奉仕の精神は美徳ですが、奥様にはランブルグ家の顔としての役割がございます。手の汚れる作業などもってのほかですわ」

 うう、そう言われてしまうと返す言葉がない。
 ルネさんからぴしゃりとお叱りを受け、項垂うなだれていると、気の毒に思ったのかドンさんが助け舟を出す。

「まぁまぁ、ルネよ。侍女としての気持ちも分かるが、奥様は純粋に使用人を思っておやりになったこと。それに、当主様も奥様が自由に過ごせるよう色々気に掛けていらっしゃったのじゃろう? なら奥様の気持ちも汲み取って差し上げることも、お前達侍女の務めなのじゃないのかい。なぁ、奥様」
「ドンさん……」

 ああ、ドンさん優しい。
 確かに、ルネさんも侍女として主人の無茶を止めなくちゃいけないものね。前世の感覚もあって、ちょっと暴走しすぎたかもしれない。

「ルネさんの立場もありますよね、悪気があったわけじゃないのだけど、無理を言って困らせてしまってごめんなさい」

 深々と頭を下げる私を、ルネさんは驚いた表情で見る。

「お、奥様! 私なんかに頭を下げないでください。私も奥様のお気持ちを考えずに進言して大変失礼致しました。奥様の行動はいつだって誰かを思ってのことでしたし、私もそのお気持ちを汲み取れなかったことを反省しております」
「ルネさん……」
「私も初めてお側でお仕えさせていただくので、神経質になっておりました。ただ、農作業は手を切ったりする危険もあるので……せめて、こちらの手袋をはめてからお願い致します」

 ルネさんはどこからともなく黒い手袋を出し、私に差し出す。

「ルネさん、ありがとうございます。私も色々と報告不足だったので、これからはもっとルネさんに相談しますね」

 ルネさんは嬉しそうな様子で「奥様のお力になれるよう、全力でお仕え致します!」と返事をする。

「二人の仲が深まったようで良かったわい。優しくて植物愛のある奥様が嫁いで来られて、ワシも嬉しいですぞ」
「ふふ、ドンさんったら」
「さて、ここで立ち話するのも何ですじゃ。早速蜜芋の収穫をしてみますか」
「ええ、是非!」
「奥様、私も手伝いますわ」

 ドンさんに続き、私とルネさんは他の作物を荒らさないよう端を歩き、葉とツルが茂る場所に辿り着く。土を丁寧に取り除き、立派な根を折らないように引っ張り上げると、ズルズルとたくさんの蜜芋が出てきた。

「わぁ、すごい! 立派なお芋!」
「本当ですね。それにたくさんっていますわ」
「そうじゃな、今年は本当に出来が良くて味も良さそうじゃ。それにしても、奥様は農作業も慣れておりますな」

 実は私、祖母の実家が農家だったからこの手の作業は得意なのよね。それもあって園芸を趣味にしていたということもあるし。

「そ、そうかしら。おほほほ」

 笑って誤魔化しつつ残りの蜜芋収穫に集中する。
 三人で、あっという間に畑の三分の二程度まで作業が進んだ。

「さて、これだけ収穫すれば充分じゃ。残りはまた時期を見て作業するとしましょうぞ。さぁ、この余っている籠を使って、小屋にある芋を好きなだけ持って行ってくだされ。それと、芋を焼くなら炭があると便利じゃろうて、後でジャンから届けるよう言っておきますぞ」

 蜜芋も気前よく分けてくれたうえ、ルネさんとの仲も取り持ってくれたり、今日はドンさんにお世話になりっぱなしだ。

「ドンさん、何から何までありがとうございます」
「ふぉふぉ、わしは何もしておりませんぞ」

 ドンさんは照れ臭そうにそう言いながら、私とルネさんを小屋に案内してくれる。ここの使用人達は数も多そうだし、少し多めに蜜芋をいただくことにしよう。
 私は籠に収穫済みの蜜芋を入れ、ドンさんに再度お礼を言って菜園を後にした。
 さて、これから蜜芋を運んで焚き火をしないと。
 ……あ、火種がないわね。どうしよう、マッチとか持って来てないし。
 石とか枝でなんとか火をおこせないかしら。ちょっと探して来よう。

「ルネさん、火種がないので火おこし出来そうな石と枝を探して来ます」
「奥様、火おこしも蜜芋の運搬も私の魔法で出来ますのでお任せください。奥様は収穫作業でお疲れでしょうし、是非あちらのガゼボでお休みください」

 魔法! そうだ、この世界の人達はみんな魔法が使えるんだったわ。
 この屋敷に来てから魔法を見ることがなかったからすっかり忘れていたけど、エステルって魔法が使えないのよね。そのおかげで『能無し』とスターク家では散々ののしられ、酷い扱いを受けていた。後の作業は魔法でするって言ってるし、私は足手まといになってしまうかも。
 ここは素直にルネさんにお任せしよう。

「ありがとうございます、ルネさん」

 ルネさんの提案に甘えてガゼボで休んでいると、ルネさんは蜜芋をふわふわと空中に浮かばせて運び、手から火をおこしてあっという間に焚き火が出来上がる。
 まるで手品みたいね。面白いわ。
 魔法は万能ではないが、人によって火をおこす、風を出すなどの魔法が使える。何より魔力が動力の魔法製品と呼ばれる物が使えることが大きい。前世で言う、電池式の家電みたいな物だろうか。魔力を込めないと当然使えないが、人が近くにいるだけで勝手に作用する物もあるらしい。
 あれ? そういえばこの屋敷で魔法製品って見たっけ?
 スターク家には魔法製品がたくさんあったけれど、どれも使えないエステルは不便な思いをしていた。明かり一つ付けられず、書物庫に差す小さい窓の側が定位置。水を温めるには魔法製品を稼働させなければならなかったため、冬でも冷たい水しか使えなかった。
 こちらの家に来てからは、明かりはランタンとマッチがあったから使えたし、水瓶の水もいつも使用人が新しいものに替えていたから自由に使うことが出来た。それ以外は使用人達が全てやってくれていたので気にしたことがなかったけど。
 ちょうどルネさんが戻ってきたところだし、聞いてみよう。

「奥様、お待たせ致しました」
「ありがとうございます。ルネさんも疲れたでしょうし、こちらの席に座ってください。それに落ち葉が炭にならないと蜜芋は入れられないので、それまで私の雑談にお付き合いいただけると嬉しいです」

 ルネさんは少し戸惑う様子を見せたが、「では、お言葉に甘えて失礼します」と向かいの席に座った。

「そうそう、ルネさんに聞きたいことがあるんです」
「はい、なんでしょうか?」
「このお屋敷には魔法製品がほとんど見当たらない気がするのだけど、なぜだか知っていますか?」
「ああ、それは当主様の魔力が強すぎて、魔法製品がすぐに壊れてしまうからです」
「そ、そうなんですか?」
「私達使用人の暮らす場所には魔法製品は揃っていますが、当主様の意向でこの屋敷内は魔法製品を置いていないのです」

 なるほど、それで私が生活していても不自由を感じなかったのか。

「そうだったのですね。でも、魔法製品ってそんなにすぐ壊れる物なのかしら?」
「そうですね……製品によって寿命はありますが、基本的にはすぐ壊れたりしないですわ。それだけ当主様の魔力が強大なのだと思います」

 こんなところでクロード様の強さを思い知ることになるとは。
 でも、魔力を持たないエステルの身からすると、近くにいる人の魔力の強さなんて全く分からないのよね。

「アンティーク製品は、魔法製品より手間もかかるし量産していないので非常に高価ですが、当主様はどうもその手の物がお好きなようで、首都に行くとたびたびアンティーク製品を購入されていらっしゃるようです。この前はご自身と私達使用人のお土産みやげとして懐中時計を購入されていました」
「へぇ、使用人の方にもお土産みやげを買って来るんですね」
「はい。当主様は使用人思いであり、領民達のことを一番に考えていらっしゃるうつわの大きいお方なのです。表では色々と良からぬ噂が流れていますが、それは大きな間違いなのです!」

 おお、ルネさんが熱弁し始めたぞ。それだけクロード様は使用人に慕われているようだ。

「まず、当主様は出自や家柄で人を判断しません。その人の持つ資質や性格を見て判断してくださいますし、一度懐に入れた人間を大切にしてくださいます。ですから、ちまたで噂されるような恐ろしいお方ではございません!」

 ルネさんの気迫に押されそうになりながらも、私は頷く。
 確かに、ここに来て思ったのよね。クロード様は外側ではなく、人柄で判断される方なんだろうなって。実際に外国人を使用人として雇っているし。

「そうでしたの。私もそのように感じましたわ」
「さすがは奥様、よく分かっていらっしゃる! そうなんです。当主様は素晴らしいお人柄なのに、あの魔力と職務のせいで悪く見られがちなのが本当に残念でなりませんわ」

 うん、確かに悪い噂が先行しているのが気がかりだよね。実情を知るたびに、それが独り歩きしていることに気付かされる。

しおりを挟む
表紙へ
感想 99

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。