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第一章 はじまり

悪役令嬢、婚約者に選ばれる 2

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 見慣れた門の前で馬車が止まり、屋敷の門をくぐると、帰りを待ち構えていた使用人達が一斉に頭を下げた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 隣にいたアルフ義兄様は私に向かって柔らかく微笑む。

「ベル、お帰り。さぁ、まずは義父上と母上に挨拶に行こう。二人とも執務室にいるはずだ」

 私はアルフ義兄様に従ってお父様の執務室へ向かった。

「義父上、失礼致します。ベルを連れて参りました」

 中から「入りなさい」と父上の声がすると、アルフ義兄様は扉を開けた。
 そこには満面な笑顔を浮かべたお父様と、優しい表情のお義母様が立っている。

「お帰り、イザベル。ネスメ女子修道院はどうだったかい」
「お父様、ただいま戻りました。はい、ネスメ女子修道院では皆様に助けられながら仕事に勤しんでおりました」
「こちらにもイザベルの活躍振りが耳に届いてきたよ。良く頑張ったね」

 お父様は私を優しく抱き締め、よしよしと頭を優しく撫でた。

「もう、お父様ったら! 私は子どもではありませんわ!」

 まるで幼児をあやす様な行動に、私は思わずむくれ顔になる。

「はははっ、そうだな。イザベルは立派なレディだ」

 あ、そうそう。
 お父様には聞きたい事が山ほどあるんだったわ。

「お父様、お伺いしたい事がございます。なぜ、私は一月も経たずに家に戻されたのでしょうか」

 お父様は途端に険しい表情になり黙り込んでしまった。
 え、何だろう悪い話かな。
 見兼ねたお義母様がお父様を促した。

「貴方、イザベルに話さなければ」
「う、うむ。イザベル、落ち着いて聞いてほしい」

 お父様の只ならぬ様子に、自然と背筋が伸びる。

「はい」
「イザベル。つい数日前に、お前の婚約者が決まった」
「婚約者、ですか?」
「ああ。ヘンリー王太子殿下の婚約者にお前が選ばれた」
「王太子殿下!?」

 んなっ!? 
 それってネスメ女子修道院で見た攻略対象者じゃない!

「近々王宮から呼び出しが掛かるはずだ。それまで、家でゆっくりしていなさい」

 う、う、嘘でしょーー!? 
 なんで!? どうして!? 

 ··········もしかして、ゲームストーリー上、イザベルは攻略対象者達から離れることはできない……?

 お義母様は心配そうな様子で話しかけて来た。

「イザベル、帰宅してすぐにこんな話を聞いたから頭が混乱しているでしょう。まずは自室に戻りゆっくり休むと良いわ」
「そう、致しますわ」

 はぁぁぁ~、どうしよう。
 私は自室に戻り、ソファに座りながら深くため息を吐くと侍女のアニーが声を掛けてきた。

「お疲れの様ですね。ネスメ女子修道院での生活はさぞお辛かったでしょう」

 疲れているのではなく、破滅フラグを回避するどころか逆にフラグが立ってしまったことに絶望しているんです、とは言えない。

「それに美しかった髪が少し痛んでおりますわ。お嬢様は常に美しく輝かしい存在でいなければ! それに、約一月近くもお嬢様のお手入れが出来なかった私は、毎日寂しくて仕方がありませんでした。あぁ、早くお嬢様のケアをしたくて堪りません! 今日は私共が腕によりをかけて入念にお手入れ致しますわ!」

 そういえば、アニーは昔から私のお手入れをするのが大好きで、ちょっとでもアニーの美レベルから外れると、すぐに侍女達によるお手入れ地獄が始まるのだ。
 以前のイザベルなら当然の様に施術を受けていたが、前世の私は人様から身体のケアをされる機会があまりなかったため、どうしても抵抗がある。

「今日は疲れているから別の機会にするわ」

 するとアニーはこの世の終わりの様な絶望に満ちた顔をして、泣き出した。

「お、お嬢様!! 私では力不足でございますか? はっ! もしや、お役御免という事でしょうか!?」
「え、いやそうじゃなくて」
「いつものコースでは物足りないでしょうか!? でしたらこれから半日掛けて特別なケアを致します!」

 は、半日!? 破滅フラグをどう回避するかこれから考えなきゃいけないのに、勘弁してよ~!

 アニーは動揺する私を他所に「すぐに他の担当もお連れいたしますのでこのままソファでお待ち下さい」と他の者達を呼びに行ってしまった。

 面倒なことになったなぁと再びため息を吐くと、コンコンッと扉を叩く音が聞こえた。
 あれ、もう戻ってきたのかしら、早いわね。

「どうぞ」

 私が返事をすると扉を開けたのはアニーではなくアルフ義兄様だ。

「ベル、話したい事があるんだ。少し中に入ってもいいか」
  
 今はあんまり関わりたくないのだけど、追い返すのも悪いしなぁ。

「え、ええ。こちらへどうぞ」

 アルフ義兄様を反対側のソファに促すと、アルフ義兄様は私の隣に座ってきた。
 ええ、また隣? 距離が近くて落ち着かないわ。
 そんな事を思いつつそわそわしていると、アルフ義兄様はクスッと笑った。

「僕が隣だと気になる?」
「え」
「さっきから落ち着きがないし、ほら、顔も赤い」
「もう! 揶揄うのはおやめ下さい。それより、お話とは一体何ですの?」
「ネスメ女子修道院にいた時の事が聞きたくてね。ベル、ネスメ女子修道院でヘンリー殿下とお会いした事があるか」
「え、ええ。回廊でちらっとお見かけしただけですが、恐らくヘンリー殿下だったと記憶しています」
「殿下と接触したのはそれだけ?」
「はい、そうです」

 アルフ義兄様は険しい顔をしながら腕を組み考え込んでしまった。
 あれ? 私、なんかマズい事でも言ったかな。
 私の視線に気付いたのか、アルフ義兄様はふっと優しい表情で私を見つめ返した。

「ベル、教えてくれてありがとう」

 すると、ちょうど良いタイミングでコンコンッと扉を叩く音がした。
「はい」と返事をすると、アニー率いる美容部隊がゾロゾロと部屋に入ってきた。

「おや、侍女達が勢揃いだね」
「アルフレッド坊ちゃま。これからお嬢様は、お手入れの時間がございます」
「ああ、そうだったのか。ベル、邪魔をしたね」

 アルフ義兄様はソファから立ち上り部屋から出て行った。

「さぁ! 早速綺麗に磨き上げますわよっ!!」
「あ、あの」
「安心して下さいお嬢様! 本日はスペシャルケアで身も心も美しく整えて参ります! さっ、皆様、久々のお手入れですから、気合いを入れて行きましょう!」
「「「はいっ!!」」」

 えええ、ちょっと待ってよ。
 私はこれからの事を考えなきゃいけないのにー!

 そんな心の叫びも虚しく、私はアニー率いる美容部員達のお手入れ地獄を受ける羽目になった。
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