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優雅なる一戦──『執事の戦は、茶卓の上で』
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──花とは儚い。恋もまた然り。
ベルフォード侯爵夫人が現れたのは、午後の陽が柔らかく差し込む応接間だった。精緻な刺繍の帽子に包まれた白髪はよく手入れされ、細かな動作にも宮廷仕込みの気品がにじんでいる。控えの間から出てきたときの所作ひとつとっても、場の空気が引き締まるようだった。
「本日はお招きいただき感謝いたしますわ。せっかくですから、今日は花と恋をテーマにしたアフターヌーンティーを楽しませていただきたいのですけれど……よろしくて?」
静かに発せられたその言葉は、まるで優雅な小鳥の囀りのように響いたが、その中には女傑特有の鋭さが潜んでいた。ごく自然な語り口でありながら、それが“試し”の言葉であることに、私はすぐ気づいた。
「もちろんでございます、侯爵夫人」
サンゼールが一礼し、ほとんど無音で振り返ると、給仕たちが滑るように動き出した。
「お口に合えばよろしいのですが」
柔らかに微笑むサンゼールは、動作一つにも無駄のない所作で、磨き上げられた銀のティーポットを傾ける。
まず置かれたのは、香り高く注がれた薔薇の紅茶。琥珀色の液体がカップを満たすと同時に、甘く淡い薔薇の香りが室内にふわりと広がる。それはまるで、見えない花束が空中でほどけていくような感覚だった。
侯爵夫人は一口含むと、その目元をほのかにゆるめた。
「……庭園にいるようですわ。夢の中の、理想の庭園に」
続いて現れたのは、小さな芸術作品のようなケーキたち。
ラベンダーの香りを閉じ込めた紫のムースは、薄く繊細な花びら型の飴細工に包まれ、まるで本物の花のように咲いている。
バラのケーキは一枚一枚手作業で絞られたクリームが花弁のように重なり、中心には小さな金箔がひとひら。
ミモザのケーキは黄色いスポンジの上に粒々とした柑橘のゼリーをまぶし、陽光のような明るさを放っている。
いずれのケーキも中心に、羽を広げた蝶のチョコレート細工が凛として鎮座していた。
「まぁ、なんて可愛らしい……」
夫人が目を細めたその瞬間、サンゼールが一歩前に出る。
「蝶は愛の象徴とも言われます。このケーキには、薔薇の花びらを練り込んだホワイトチョコのムースと、フランボワーズのジュレを忍ばせてございます。どうぞ、花と恋の甘酸っぱさをご堪能くださいませ」
侯爵夫人がフォークを静かに入れ、ひと口。目を伏せ、味を噛みしめる動作ひとつで、そのもてなしの正確さがわかる。やがて、そっと微笑みが浮かんだ。
「味も素晴らしいわ。見た目の美しさだけでなく、味わいにも心がこもっているのがわかります」
私はその様子を、部屋の壁際から見つめていた。クロードとして、一人の執事として、そしてライバルとして。
彼の演出は完璧だった。言葉、動き、演出。すべてが上品で的確。だが、それでもどこかで静かに闘志を滾らせる自分がいる。微笑んだまま、ラファエルのすべての動作を観察していた。
──繊細すぎる演出は、時に印象を薄くする。
──華麗すぎる装飾は、余韻を曇らせる。
その隙を、私は探していた。
続いて供されたのは、薔薇の香りを纏ったバターを挟んだキュウリのサンドイッチ。淡い塩気と花の香りのコントラストが絶妙で、侯爵夫人はついもう一つを取る。
「こちらも素晴らしいですわ。薔薇の風味が軽やかで心地よく、まさに恋の甘さと花の優雅さを感じます」
サンゼールは深く一礼し、視線を合わせないまま静かに下がった。彼の所作には一片の淀みもない。空間そのものが調律されているような、完璧な時間の流れだった。
私はひとつ息を吐く。
彼のもてなしに、驚きはあっても、動揺はない。なぜなら、この後に控えるのは──私の番なのだから。
──花とは儚い。だが恋には続きがある。
ベルフォード侯爵夫人が現れたのは、午後の陽が柔らかく差し込む応接間だった。精緻な刺繍の帽子に包まれた白髪はよく手入れされ、細かな動作にも宮廷仕込みの気品がにじんでいる。控えの間から出てきたときの所作ひとつとっても、場の空気が引き締まるようだった。
「本日はお招きいただき感謝いたしますわ。せっかくですから、今日は花と恋をテーマにしたアフターヌーンティーを楽しませていただきたいのですけれど……よろしくて?」
静かに発せられたその言葉は、まるで優雅な小鳥の囀りのように響いたが、その中には女傑特有の鋭さが潜んでいた。ごく自然な語り口でありながら、それが“試し”の言葉であることに、私はすぐ気づいた。
「もちろんでございます、侯爵夫人」
サンゼールが一礼し、ほとんど無音で振り返ると、給仕たちが滑るように動き出した。
「お口に合えばよろしいのですが」
柔らかに微笑むサンゼールは、動作一つにも無駄のない所作で、磨き上げられた銀のティーポットを傾ける。
まず置かれたのは、香り高く注がれた薔薇の紅茶。琥珀色の液体がカップを満たすと同時に、甘く淡い薔薇の香りが室内にふわりと広がる。それはまるで、見えない花束が空中でほどけていくような感覚だった。
侯爵夫人は一口含むと、その目元をほのかにゆるめた。
「……庭園にいるようですわ。夢の中の、理想の庭園に」
続いて現れたのは、小さな芸術作品のようなケーキたち。
ラベンダーの香りを閉じ込めた紫のムースは、薄く繊細な花びら型の飴細工に包まれ、まるで本物の花のように咲いている。
バラのケーキは一枚一枚手作業で絞られたクリームが花弁のように重なり、中心には小さな金箔がひとひら。
ミモザのケーキは黄色いスポンジの上に粒々とした柑橘のゼリーをまぶし、陽光のような明るさを放っている。
いずれのケーキも中心に、羽を広げた蝶のチョコレート細工が凛として鎮座していた。
「まぁ、なんて可愛らしい……」
夫人が目を細めたその瞬間、サンゼールが一歩前に出る。
「蝶は愛の象徴とも言われます。このケーキには、薔薇の花びらを練り込んだホワイトチョコのムースと、フランボワーズのジュレを忍ばせてございます。どうぞ、花と恋の甘酸っぱさをご堪能くださいませ」
侯爵夫人がフォークを静かに入れ、ひと口。目を伏せ、味を噛みしめる動作ひとつで、そのもてなしの正確さがわかる。やがて、そっと微笑みが浮かんだ。
「味も素晴らしいわ。見た目の美しさだけでなく、味わいにも心がこもっているのがわかります」
私はその様子を、部屋の壁際から見つめていた。クロードとして、一人の執事として、そしてライバルとして。
彼の演出は完璧だった。言葉、動き、演出。すべてが上品で的確。だが、それでもどこかで静かに闘志を滾らせる自分がいる。微笑んだまま、ラファエルのすべての動作を観察していた。
──繊細すぎる演出は、時に印象を薄くする。
──華麗すぎる装飾は、余韻を曇らせる。
その隙を、私は探していた。
続いて供されたのは、薔薇の香りを纏ったバターを挟んだキュウリのサンドイッチ。淡い塩気と花の香りのコントラストが絶妙で、侯爵夫人はついもう一つを取る。
「こちらも素晴らしいですわ。薔薇の風味が軽やかで心地よく、まさに恋の甘さと花の優雅さを感じます」
サンゼールは深く一礼し、視線を合わせないまま静かに下がった。彼の所作には一片の淀みもない。空間そのものが調律されているような、完璧な時間の流れだった。
私はひとつ息を吐く。
彼のもてなしに、驚きはあっても、動揺はない。なぜなら、この後に控えるのは──私の番なのだから。
──花とは儚い。だが恋には続きがある。
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