不肖ながら、お嬢様は渡しません

松本雀

文字の大きさ
31 / 91

傾城茶宴──『思わせぶりは礼儀のうちでございます』

しおりを挟む
──味とは一つの言葉にも似ている。

正確に、丁寧に、伝えたい思いを運ぶものだ。

私が侯爵夫人の前に置いたのは、花を思わせるガラスの器に盛られたヴェリーヌ。ジャスミンと金木犀の香りがそっと立ちのぼると、夫人は自然と微笑み、スプーンを手に取った。

一口。唇が器に触れ、舌先にひんやりとした感触が落ちる。ふわりと広がる花の香りと繊細な甘さに、夫人の眉がわずかに緩む。

「これは……とても上品。香りがまるで余韻として口の中に咲いていくよう」

その反応に、私は安堵の念を抱く。繊細な香りと甘さのバランスが、きちんと受け取られた証拠だ。努力が報われる瞬間とは、こうした一瞬の表情にすべてが宿る。

続いてお出ししたのは、鹹天心の海老焼売。蒸篭を開けた瞬間、湯気とともに立ちのぼる香ばしさ。薄皮の中に閉じ込められた海老の旨味が、口の中で弾けるように広がる。

「……あら、この塩気が、さっきの甘さを引き立てるわね。交互に食べたくなるわ」

さらに揚げたての胡麻団子。薄く香ばしい衣に包まれた黒胡麻餡が、ほんのりと舌の上でとろける。温かさと甘さの余韻に、侯爵夫人は目を細めて笑んだ。

「これもまた……温かくて、ほっとするような甘さね。まるで懐かしい恋の記憶のよう」

最後に運ばれたのは、オーギョーチ。金木犀の花びらを浮かべた透明なゼリーに、ライチの果肉が添えられている。甘さ控えめの中に潜む果実の瑞々しさに、夫人はまたひとつ、感嘆の息を漏らした。

「これは……まるで朝露のよう。さらりとしているのに、舌の上に優しさが残ります」

すべての皿に対する感想は、過不足なく美しい言葉で彩られ、私はただ一礼して受け止めるのみであった。

「最近、王都のお茶会では東洋風が流行っておりますゆえ、少々趣向を凝らしてご用意いたしました。お楽しみいただけて、何よりでございます」

私がそう言うと、侯爵夫人はふと器の端に指を添えて問いかけた。

「このヴェリーヌの隠し味は何かしら?他とは違う深い味があるのだけれど……」

好奇心に満ちた夫人の視線に、私は軽やかに笑みを浮かべて首を傾げる。

「それは──秘密でございます」

私がそう答えると、夫人は一瞬きょとんとした表情を見せ、すぐに楽しそうな笑い声を上げた。

「まあ、クロードったら意地悪ね!」

「ええ、侯爵夫人。しかしこれで、この味を知っているのは、私と夫人だけということになります」

私は微笑みを浮かべつつ、声をわずかに落として続けた。

「恋というものは、時に気を持たせたり、思わせぶりな振る舞いを楽しむもの。二人だけの秘密──それもまた、恋に欠かせないスパイスかと存じます」

そう囁くように告げると、侯爵夫人の頬に薄紅が差したのが見えた。扇子でさりげなく口元を隠しつつ、夫人が恥じらうように微笑む。

一方、先ほどまで得意気だった少年執事はすっかりぽかんと口を開けてしまった。横では伯爵が悔しげな表情を隠しきれず、ぎゅっと拳を握っているのが目に入った。

我が男爵様はというと、安堵したように頷きながらも、驚きを隠せない様子だった。

「……クロード、君には毎回驚かされるよ」

「恐縮です、男爵様。お客様に満足していただけることが、私の何よりの喜びでございます」

私は丁寧に一礼した。

これで、この場の勝負はほぼ決まっただろう。少なくとも、夫人の心に残る一杯と一皿を提供できたのは間違いない。

──香りと甘味、そしてほんの少しの秘密が、すべてを静かに終わらせたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

処理中です...