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残響の中で──『奪われたのは、唇か、それとも誇りか』
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──絶望とは、予告もなく唐突に訪れる。
「……クロード?」
開いた扉の隙間から零れ落ちる灯りが、そのまま私の心を射抜くように思えた。
ベッドに仰向けになったままの私は、はだけたシャツの前を咄嗟に整えることも出来ず、ただ目を見開いていた。伯爵と男爵様は扉の前で固まり、その視線は私と、私の傍で乱れた髪を直しているティタ嬢を往復していた。
どう見ても言い逃れの出来ない状況。
「違……!これは違うのです……!」
そんな言葉すら喉元で固まったまま、息すらまともに吐き出せない。その空気を破ったのはティタ嬢だった。彼女は震える唇で、完璧な被害者の顔をして訴えた。
「お父様、助けて! クロードが突然私を呼び出して、襲おうとしたのよ!」
私の胸の奥で、何かが音を立てて砕けた。
──終わった。
私は力なく天井を仰ぎ見た。信頼も、誇りも、何より妻への誠意も、この瞬間に崩れ去るのだと悟った。口から言葉が出ない。ただ悲しい現実に、全てが色を失った。
伯爵の頬が微かに震え、唇が苦悩に歪む。
彼は悲痛な表情でティタ嬢の前に進み出ると、軽く彼女の頬を打った。乾いた音が室内に響き渡る。
「どうして……どうしてそんな嘘をつくんだ……ティタ。クロード君は、そんなことをする男じゃない。彼は、何よりも奥方を大切にする、誠実な人間なんだ。頼むから、こんな事はもう止めてくれ……」
伯爵の声は、喉の奥から絞り出されたように弱々しかった。床に膝をつき、その背中はひどく小さく見える。
ティタ嬢は打たれた頬を押さえ、一瞬言葉を失ったが、やがて信じられないとでも言うように父親を睨んだ。
「……何で私を信じてくれないの!? あんたがそんなだから……お母様は死んだのよ!!!」
心の底から振り絞るような、悲痛な叫びが部屋を満たした。涙が頬を伝い、怒りと悲しみが彼女の美しい顔を歪ませる。
ティタ嬢は突如立ち上がると、燃えるような目で私を睨んだ。その瞳には涙があったが、同時に何か、酷く冷たい決意のようなものもあった。
私は反射的に後ずさったが、彼女の手が私の肩を掴み、抵抗できぬ間に唇を強引に奪われた。突然の熱と湿った感触に、頭が混乱し、吐息すら止まる。
「っ……!」
唇を離したティタ嬢は私を見つめ、冷たく微笑んだ。
「愛なんて、信じないわ」
そのまま彼女は、乱れた髪とドレスの裾を揺らしながら部屋を出ていった。閉まった扉の音が耳に残る。
私は、何をされた?
いや、何を……許したのだ?
指先で唇をなぞる。そこには、自分の体温よりわずかに温度の高い何かが、まだ残っているような気がした。私は、自分の唇に手を当てたまま呆然と座り込む。
妻以外の女性の唇が触れた。その事実が、胸の奥を激しく掻き乱した。羞恥、怒り、絶望、混乱──さまざまな感情が濁流のように押し寄せ、私はその流れの中で溺れるしかなかった。
──これは罪か。
頭では理解していても、身体は現実から一歩も動けていなかった。自分が何をどう感じるべきなのか、明確な輪郭すら持たぬまま、ただこの場に取り残されていた。
男爵様が私に近づき、心配そうに肩を掴んだ。
「クロード、大丈夫か?」
大丈夫なはずがない。
だが、私には答えることもできなかった。
ただただ、自分の中で何かが壊れてしまった感覚だけが鮮明だった。
「……クロード?」
開いた扉の隙間から零れ落ちる灯りが、そのまま私の心を射抜くように思えた。
ベッドに仰向けになったままの私は、はだけたシャツの前を咄嗟に整えることも出来ず、ただ目を見開いていた。伯爵と男爵様は扉の前で固まり、その視線は私と、私の傍で乱れた髪を直しているティタ嬢を往復していた。
どう見ても言い逃れの出来ない状況。
「違……!これは違うのです……!」
そんな言葉すら喉元で固まったまま、息すらまともに吐き出せない。その空気を破ったのはティタ嬢だった。彼女は震える唇で、完璧な被害者の顔をして訴えた。
「お父様、助けて! クロードが突然私を呼び出して、襲おうとしたのよ!」
私の胸の奥で、何かが音を立てて砕けた。
──終わった。
私は力なく天井を仰ぎ見た。信頼も、誇りも、何より妻への誠意も、この瞬間に崩れ去るのだと悟った。口から言葉が出ない。ただ悲しい現実に、全てが色を失った。
伯爵の頬が微かに震え、唇が苦悩に歪む。
彼は悲痛な表情でティタ嬢の前に進み出ると、軽く彼女の頬を打った。乾いた音が室内に響き渡る。
「どうして……どうしてそんな嘘をつくんだ……ティタ。クロード君は、そんなことをする男じゃない。彼は、何よりも奥方を大切にする、誠実な人間なんだ。頼むから、こんな事はもう止めてくれ……」
伯爵の声は、喉の奥から絞り出されたように弱々しかった。床に膝をつき、その背中はひどく小さく見える。
ティタ嬢は打たれた頬を押さえ、一瞬言葉を失ったが、やがて信じられないとでも言うように父親を睨んだ。
「……何で私を信じてくれないの!? あんたがそんなだから……お母様は死んだのよ!!!」
心の底から振り絞るような、悲痛な叫びが部屋を満たした。涙が頬を伝い、怒りと悲しみが彼女の美しい顔を歪ませる。
ティタ嬢は突如立ち上がると、燃えるような目で私を睨んだ。その瞳には涙があったが、同時に何か、酷く冷たい決意のようなものもあった。
私は反射的に後ずさったが、彼女の手が私の肩を掴み、抵抗できぬ間に唇を強引に奪われた。突然の熱と湿った感触に、頭が混乱し、吐息すら止まる。
「っ……!」
唇を離したティタ嬢は私を見つめ、冷たく微笑んだ。
「愛なんて、信じないわ」
そのまま彼女は、乱れた髪とドレスの裾を揺らしながら部屋を出ていった。閉まった扉の音が耳に残る。
私は、何をされた?
いや、何を……許したのだ?
指先で唇をなぞる。そこには、自分の体温よりわずかに温度の高い何かが、まだ残っているような気がした。私は、自分の唇に手を当てたまま呆然と座り込む。
妻以外の女性の唇が触れた。その事実が、胸の奥を激しく掻き乱した。羞恥、怒り、絶望、混乱──さまざまな感情が濁流のように押し寄せ、私はその流れの中で溺れるしかなかった。
──これは罪か。
頭では理解していても、身体は現実から一歩も動けていなかった。自分が何をどう感じるべきなのか、明確な輪郭すら持たぬまま、ただこの場に取り残されていた。
男爵様が私に近づき、心配そうに肩を掴んだ。
「クロード、大丈夫か?」
大丈夫なはずがない。
だが、私には答えることもできなかった。
ただただ、自分の中で何かが壊れてしまった感覚だけが鮮明だった。
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