レースの意匠

quesera

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三章

一の一

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 一昼夜にて国境の町へと着けば、国境を越えるは、ラヒの示す証文だけで十分。隠れ進む事もないデン国での旅路は、舗装された街道を進み、過酷な行程を経験したイヨーリカには、五日の走行も既に困憊に砕ける類ではない。
 ドムトルではよく馬を借りた。専ら商いでの移動や運搬に借り出したが、馬の足を知っては、馬ばかり頼り、イアにお願いして必要以上に借りもした。便利と好んだ馬の背だが、以外にも乗馬が好きだからでもあったのだと、イヨーリカは馬上の旅路を堪能した。借りて帰す馬とは違い、道中共に進む仲間なのだ。否応にも馬の扱いに手馴れていった。
 スリョが満面の笑みをイヨーリカに向けるのも、ラスワタの領土は山岳の中に開けた高原であり、移動に馬車は向いていないからのようだ。ラスワタの言葉を覚えようとする勤勉さも、スリョには、主人と崇めるだけの素質と映るよう。
 イヨーリカへはヨーマ語を、進路など兵と打ち合わせるにはラスワタの言葉で、と、切り替えていたラヒも、兵との会話にイヨーリカを交えるようになり、兵も片言で話してはイヨーリカへ配慮するようになっていった。

 そうこうして、サンソペという名の町へ着いた。港町だ。久しぶりに見る海に、イヨーリカは懐かしく磯の香りを嗅いだ。
 対岸が一様に広がっている。
 細長い海を跨いで、デン国が形成されているのだ。そうとは聞き知っていても、目前の海を眺めては、海に分断された二つの国土を一つの国にまとめられるものなのか、不思議で仕方ない。

 サンソペからは、対岸の端もこちらの岸の端も目には捉えない。サンソペの町の後方からは険しい山々が鎮座し始める。ラスワタの国だ。

 一行はヨーマ国の大使が暮らす館へ出向いた。
 そこで、大使より、デン国の王宮からの招待もあると聞いたが、ラヒはあっさり辞退し、大使の館を選んだ。
 町中に紛れるのかと思っていたイヨーリカには肩透かしだったが、ラヒが王宮よりましだろうと、そんなイヨーリカを笑った。
「デン国にもラスワタへの思惑があるのです。隙あらば、と。勿論、ラスワタの治世が穏やかになるのを望んでいるでしょうが、制圧か正常化か、どちらかは悩むところ。フィリョンカ様が会われたと思われるロシュトーレ候がどこまで知り、状況をどう扱うか、ここでイヨーリカ様の後援となれば制圧なくしてラスワタに介入できますから。それに…」
「まだ、私は、王女か定かではない?」
「はい。デン国の後押しに急かされれば元も子もない。フィリョンカ様を待ちましょう」

 こんもりと盛り上がった丘を所有地とする大使の館では、前庭がそのまま海へ没するかのような光景を目の当たりにできた。歓迎の夕餉も終わり、三階の部屋へ入れば、窓からは夜の港が眺められる。
 闇の海を行く船に、宿と岸辺を知らせる灯台の灯りが、海に鈍い光を落としては、光は海の波頭に揺れる。月明かりが落とす照りは、対して揺らぎもせず、空の月の裳裾のよう。対岸にも灯りが転々と散り、海との境界線を偲ばせ、麓の港には灯りが甚だしく、夜の賑わいを謳っている。
 ヨーマ国では、平坦な土地が延々と続く。港は外海の大海に向き、多くは荷を運搬する大型船が停泊していた。荷受人で雑多に賑わうが、労働の場所で華やかさはない。
 反して、このサンソペは、人の通う港のようだ。
 館に来るまでに見た人だかりや往来の人。感情を弾けさせては、笑い、語り、集っていた。今もイヨーリカには雑踏に沸く音が耳に残る。対岸との連絡船もあり、船は人が行き来する手段。灯りに飾られた舟遊びに、船が沖に停泊し、人盛りに溢れた町だ。
 灯りに赤く爛れる闇夜、生暖かい風は、塩気にべとつく。イヨーリカは窓を閉め、眠りに落ちた。
 異国に来ているのだと、初めて実感して。
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