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四章
一の二
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フィリョンカの身柄交渉は、膠着したままだ。取っ掛かりとなるシルヴァの到着が遅れている。そう聞いていた。
「行方が分からない?」
思案に暮れた皺を眉間に寄せるラヒから、思わぬ事を聞き、イヨーリカも眉を顰めた。
「はい。先ずはサンソペの宿に滞在させる計らいでおりましたが、予定を過ぎても兆しなく、手前の宿まで迎えに行かせたのですが、そこへも到着しておりません。祖父からは出立の文が届いております。ならば、明らかに進路が遅い。これは、不明としか」
聞けば、侍女も兵も消息が掻き消えたと言う。そして、イヨーリカは、沈黙の合間に漸くラヒの人格を思い起こした。伝える、ならば、結論が出ているからだ。
「ヒョイド王子を尋ねる理由がないのね?」
「はい。ただ待つには余りに。強いて言うならば、見込みがないと申し上げましょうか」
「では、どうやってお祖母様をお迎えできるの?」
「フィリョンカ様には、正式に国を渡って頂くほかないでしょう。デン国は素性を承知でお迎えしております。もはや、ヒョイド王子の心中に留めて頂くご様子もなく、こちらもフィリョンカ様と迎えに参りませんと」
「その口ぶりだと、問題があるのね」
「はい。デン国はここぞとばかりに、フィリョンカ様の保護の後ろ盾はデン国だと匂わすでしょう。凱旋の円陣でも組まれて華々しく国を渡れば、民にはフィリョンカ様は復権にデン国の介添えを頼んだと見えます」
「一挙一動が大げさになるものね、身分があると」
「でこその権威でしょうから」
嘆息を吐いて、窓の外を見ていた視線をラヒへ這わせた。
朝方の冷気に出会い、昨日の熱を孕んだ波間からはもやが生じて、今朝は見通しの悪い天気だ。デン国の王都へ渡る船は、本日に出港の日の目を見ないのだろう。
「何れはお祖母様にはご帰郷いただくわ。望んでいたのでしょうし。だから、デン国との絡みは避けられない。で、少しでもその印象を軽減するには?」
「イヨーリカ様のご帰還を先に行いませんと」
暫し、見合った。
やはり、私なのだ。
仮に私で用が済めば、ラヒはフィリョンカを迎えに動かないかもしれない。
が、祖母を救いたい想いと、一国の情勢を天秤に掛ければ答えは明白だ。増して殺されはしないだろうから。
「行って、私が認知されると思う? お祖母様の口添えがなくて」
「フィリョンカ様より預かりました封書に、イヨーリカ様の出生が記されていると期待はしているのですが」
「封書? お祖母様が?」
驚きに目を瞬けば、ラヒは釈然としない口元で愛想笑いを浮かべた。
「王宮へ宛てた封書で私に開封する権利はございません。また、開封されれば封書の効力は失しますので」
「ああ、そうなのね。私はまだ自分で誰なのか納得も主張もできないのね」
「確かに認知の基盤が緩みはしますが、先ずはイヨーリカ様のそのご器量と、お手持ちのブローチがあれば、大方は納得するでしょう。また、デン国を逆手に取ることもできます。疑いあれば、デン国で身柄を預かって頂いているフィリョンカ様、そして、デン国のヒョイド王子殿下へ問い合わせあれと」
「わかりました。では、道すがら教えて欲しいの。王女が知るべく全てを。私を王女に見えるよう仕立て上げてね」
「はい。ですが、身支度はイヨーリカ様にお願いしたく存じます」
「私は知らないわ。国でどの様な衣装が映えるのか」
「姿形はお好きになさってよろしいかと。それよりも、スリョが、型に伝わる夫々の意味をお教えしますが、先ず、レースをあしらわれてください。フィリョンカ様がお手ずから伝授されたレースこそが、イヨーリカ様に刻まれた継承の刻印となりましょうから」
「…型がたくさんあるのよ。ほんと、たくさん…。それに、意味があるのね…」
「はい。全てを正しく編まれるに数年の育成が必要と伺っております。そして、フィリョンカ様が姿を隠されて、今、国には教本となる王家の娘はおりません。グレイチェル王妃も嫁がれて間もないままでしたので、数個編める程度だったと聞いております。今ここに居ずとも、フィリョンカ様は、イヨーリカ様の御身に継承を注ぎ込み続けて来られた。王女と胸を張って立つだけの、イヨーリカ様は既に身に王家の娘との証をお持ちなのです」
「行方が分からない?」
思案に暮れた皺を眉間に寄せるラヒから、思わぬ事を聞き、イヨーリカも眉を顰めた。
「はい。先ずはサンソペの宿に滞在させる計らいでおりましたが、予定を過ぎても兆しなく、手前の宿まで迎えに行かせたのですが、そこへも到着しておりません。祖父からは出立の文が届いております。ならば、明らかに進路が遅い。これは、不明としか」
聞けば、侍女も兵も消息が掻き消えたと言う。そして、イヨーリカは、沈黙の合間に漸くラヒの人格を思い起こした。伝える、ならば、結論が出ているからだ。
「ヒョイド王子を尋ねる理由がないのね?」
「はい。ただ待つには余りに。強いて言うならば、見込みがないと申し上げましょうか」
「では、どうやってお祖母様をお迎えできるの?」
「フィリョンカ様には、正式に国を渡って頂くほかないでしょう。デン国は素性を承知でお迎えしております。もはや、ヒョイド王子の心中に留めて頂くご様子もなく、こちらもフィリョンカ様と迎えに参りませんと」
「その口ぶりだと、問題があるのね」
「はい。デン国はここぞとばかりに、フィリョンカ様の保護の後ろ盾はデン国だと匂わすでしょう。凱旋の円陣でも組まれて華々しく国を渡れば、民にはフィリョンカ様は復権にデン国の介添えを頼んだと見えます」
「一挙一動が大げさになるものね、身分があると」
「でこその権威でしょうから」
嘆息を吐いて、窓の外を見ていた視線をラヒへ這わせた。
朝方の冷気に出会い、昨日の熱を孕んだ波間からはもやが生じて、今朝は見通しの悪い天気だ。デン国の王都へ渡る船は、本日に出港の日の目を見ないのだろう。
「何れはお祖母様にはご帰郷いただくわ。望んでいたのでしょうし。だから、デン国との絡みは避けられない。で、少しでもその印象を軽減するには?」
「イヨーリカ様のご帰還を先に行いませんと」
暫し、見合った。
やはり、私なのだ。
仮に私で用が済めば、ラヒはフィリョンカを迎えに動かないかもしれない。
が、祖母を救いたい想いと、一国の情勢を天秤に掛ければ答えは明白だ。増して殺されはしないだろうから。
「行って、私が認知されると思う? お祖母様の口添えがなくて」
「フィリョンカ様より預かりました封書に、イヨーリカ様の出生が記されていると期待はしているのですが」
「封書? お祖母様が?」
驚きに目を瞬けば、ラヒは釈然としない口元で愛想笑いを浮かべた。
「王宮へ宛てた封書で私に開封する権利はございません。また、開封されれば封書の効力は失しますので」
「ああ、そうなのね。私はまだ自分で誰なのか納得も主張もできないのね」
「確かに認知の基盤が緩みはしますが、先ずはイヨーリカ様のそのご器量と、お手持ちのブローチがあれば、大方は納得するでしょう。また、デン国を逆手に取ることもできます。疑いあれば、デン国で身柄を預かって頂いているフィリョンカ様、そして、デン国のヒョイド王子殿下へ問い合わせあれと」
「わかりました。では、道すがら教えて欲しいの。王女が知るべく全てを。私を王女に見えるよう仕立て上げてね」
「はい。ですが、身支度はイヨーリカ様にお願いしたく存じます」
「私は知らないわ。国でどの様な衣装が映えるのか」
「姿形はお好きになさってよろしいかと。それよりも、スリョが、型に伝わる夫々の意味をお教えしますが、先ず、レースをあしらわれてください。フィリョンカ様がお手ずから伝授されたレースこそが、イヨーリカ様に刻まれた継承の刻印となりましょうから」
「…型がたくさんあるのよ。ほんと、たくさん…。それに、意味があるのね…」
「はい。全てを正しく編まれるに数年の育成が必要と伺っております。そして、フィリョンカ様が姿を隠されて、今、国には教本となる王家の娘はおりません。グレイチェル王妃も嫁がれて間もないままでしたので、数個編める程度だったと聞いております。今ここに居ずとも、フィリョンカ様は、イヨーリカ様の御身に継承を注ぎ込み続けて来られた。王女と胸を張って立つだけの、イヨーリカ様は既に身に王家の娘との証をお持ちなのです」
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