幼なじみの番犬くんは、俺にご執心~お試しで付き合うことになったあいつの距離が近すぎてムリムリムリムリ!!~

兎束作哉

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第2章 幼なじみのせいで暑い夏

02 幼なじみは俺の番犬

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 体育の時間が終わり、男子は教室に、女子は更衣室に着替えにぞろぞろと歩き出す。

 凪は俺の分まで水筒を持って、ぴたりと離れないように俺の隣を歩いていた。


「ちょっと、近いかも。汗臭いし」
「まだ気にしてるのか? 俺は気にならない」
「近すぎて歩きづらいし、暑いんだってば」


 体育終わりの熱気がまだ残っている。むんとしたあまり好きじゃない酸っぱい匂いが廊下に漂っていた。俺は人一倍匂いに敏感だから、自分の匂いも気にしちゃうし、人の匂いも気になってしまうのだ。いくら凪がいいからといって、あまり体育の終わりに近づいてほしくない。


(しかも、わざわざ歩幅まで合わせてぴったりくっついてくるし)


 俺はそのせいで壁側を歩くことになってしまったのだが、なんだか凪も背が高いから壁と壁の間に挟まっている気分だった。
 教室に入るとすでに制汗剤をプシューッと勢いよく噴射している男子であふれており、そこら中煙たくなっている。
 凪から水筒を受け取り、自分の席までつくと、目の前で着替えていた男子の制汗剤が俺に向かって噴射された。


「うわっ、日傘わりぃ」
「あ、いいよ。別に……けほっ、いいけどさ、今度からは周り見てね」


 前の席の男子は、俺にぺこぺこと頭を下げ、少し俺から離れてまた制汗剤を噴射していた。この時期は、男子でも自分の匂いが気になる時期だ。それに以前、女子がこの部屋に入ってきて「臭い」といったことをみんな気にしているらしく、制汗剤を持ってくる男子が増えた。
 俺はタオルで汗を拭きつつ着替えようかと、机の上に乗っていた制服に手をかけたところで、黒い影が制服にかかったことに気づいた。


「あれ、何で凪こっち来たの? それにまだ、着替えてないじゃん」
「お前と着替える」
「いや、何で……」


 着替えようとしていた俺を見下ろしたのは凪だった。
 凪の脇には制服が挟んであり、俺の席で着替えるつもりだと瞬時に察した。席替えをして対極の場所になったので、わざわざここまで来なくても……と思ったが、おもむろに俺の机に制服を置くので苦言を呈する暇もなかった。
 まあ、いいか。
 そう思って体操服を脱ぎ始めたところで、凪の視線があっちこっちに向いていることに気づいた。


「凪、なに気にしてんの?」
「別に」
「……なんか、怒ってる?」


 俺が聞いても凪は「別に」とそっけなく返し、そそくさと着替えを始める。


(もう、なんなんだよー……)


 凪は落ち着きがないタイプじゃない。しかし、周りを警戒するように睨み時々立っている場所を変えるなど落ち着かなかった。
 こっちまで落ち着かなくなるな、なんて思っていると先ほど俺に制汗剤をぶっかけた男子が冗談交じりに言う。


「まーた、雫川。日傘の番犬やってるじゃん」
「ば、番犬」


 その男子がそんなことを言い出したことを皮切りに、着替えをしながら他の男子たちも「日傘の裸見られないようにガードしてんじゃね?」や「鉄壁のディフェンスじゃん」など口々に言い始める。次第に笑い声は大きくなり、手を叩いて笑い出すやつまで出てくる。
 誰が言い始めたか覚えていないが、凪は「夏芽の番犬」なんて呼ばれている。今みたいに、俺にべったりで周りを睨みつけているからそんなことを言われるようになったのだろうお。ただ、みんな凪のことをバカにしすぎじゃないかと思った。俺は正直いい気がしない。


(俺も、凪のこと犬扱いしちゃうけど……)


 だって、大型犬みたいにかわいいところがあるから。けど、バカにしているわけじゃない。


「凪、気にしなくていいから」
「……言ってることはあってるだろ。俺は夏芽の裸を周りのやつに見られるのが嫌だ」
「へ?」


 先ほどまでそっけなかったのに、いきなりそんなことを言うので、俺は持っていたベルトを床に落とした。それを凪は拾い上げ机の上に置く。


「お、俺の裸って……じゃあ、本当に俺の着替えみんなに見せないためにガードしてんの?」
「悪いか?」
「悪くないけど……いやいや、でも、男子同士だし」


 俺がそう言うと、またあからさまにむすーっと眉間にしわを寄せる。俺はそんな凪の態度に頬が引きつってしまう。
 別に男子同士だし裸くらいいいだろう、パンツは吐いているんだから。
 しかし、凪は「ダメだ」と一言言って俺にカッターシャツを着させると、小さなボタンを大きな手で器用に止め始めた。


「それくらい一人でできるって」
「俺がやりたくてやってる。夏芽はノロマだ」
「とんでもない暴言が飛び出したんですけど、凪さん!?」


 よしできた、と凪はどこか満足げにそう言って、俺のカッターシャツの一番上のボタンを指でトンと押した。


「あ、ありがと。でも、一個上のボタン外していい? 息苦しくって」
「ダメだ」
「えー何で」
「鎖骨が見える」
「だから、何でそれがダメなんだよ」


 去年の夏はそんなこと言わなかったはずだ。
 俺が凪に文句を言えば、凪もムキになって「ダメなものはダメだ」と俺の襟をきゅっと引っ張る。さらに首がしまって苦しいのだが、凪の目を見ていると俺のことを心配しているようにも見えたので強く言えなくなってしまった。


「……夏芽はもっと俺の恋人の自覚を持ってほしい。それが、期限付きなものだったとしても、俺はお前を恋人として扱ってるつもりだ」
「凪……」
「余裕がない恋人で悪かったな」


 凪はそう言うと、パッと俺から手を放した。その一瞬見えた顔が、あまりにも刹那そうで俺の胸はきゅっと締め付けられた。何でそんな顔をしているか俺にはわからない。でも、傷つけたことだけは確かだった。


(凪、『理想の恋人になる』ってずっと無理して……)


 いつも近くにいるから分かる凪のちょっとした変化。
 今、凪は俺のことを恋人扱いしているが、俺は凪のことを期限付きとはいえ恋人として見れていない。
 その意識の差ゆえに、凪を空回せている気がしたのだ。
 先ほどの涼の言葉が脳裏に呼び起こされる。


『近くにいすぎると見えなくなる部分もあるんだよ。ずっと一緒にいるから、相手はこう思ってるーとか、勝手に決めつけちゃってる部分あると思う』


(そうだよ。今、期限付きの恋人になるって決めて実行してんの俺もなんだから。ちゃんと、凪と向き合わなきゃ)


 ただの幼なじみじゃなくて、恋人として。それがどう違うのか分からないけど、もっと特別だって俺が意識を変えるべきだ。
 すでに着替えが済んでいた凪は、とぼとぼと自分の席に戻ろうとしていた。そんな凪の腕を俺はためらうことなくグッと引っ張った。


「待って」
「……っ、夏芽、どうした?」
「どうしたじゃないし。あ、お前これおろしたてのシャツ? 値札ついてるんだけど」
「マ、マジか……」


 凪は後ろに手を回し、襟のところについていた名札をとろうとしていた。だが、手が届かずもう一度シャツを脱ごうとする。


「俺が切るから。凪、屈んで?」


 俺の言葉に、凪はこくりと頷いて中腰になる。俺は筆箱から折り畳み式のはさみを取り出して凪の襟部分についていた名札をとった。
 とれたよ? と、凪に声をかけるが、返事が返ってこない。それどころか、凪は顔を手で覆って項垂れてしまう。


「あー俺、クソダサい」
「ダサいって、なんで」
「……俺ずっとから回ってる。理想の恋人になるっつったのに、名札ついてるし、うまく立ち回れない」
「凪……」


 それが彼の本音であることに俺はいち早く気付いた。
 凪は立ち上がって「今の忘れろ」とまた自分の席に戻ろうとするので、俺はもう一度彼の腕を引っ張った。力じゃどう考えても凪に引きずられるが、引き留めなければと思ったのだ。
 教室にはほとんど着替え終わった男子ばかりで、外で女子が待っている声がする。


「凪、別にいいよ。俺、理想の恋人じゃなくても、いいから、お前と恋人っぽいことしてみたい。てか、俺がお前のこと空回せてる。意識……凪のこと、まだ俺幼なじみって見てた」
「夏芽?」
「……凪はちゃんと恋人してくれようとしてんのに、俺、ちゃんと向き合えてなかったと思う。だから、クソダサくない。ダサいの俺だから、凪じゃないから」


 何言ってんだろう。

 口から出てきた言葉に俺はハッとした。
 幸いにも周りの誰も俺たちに注目なんてしていない。だから、きっとこの会話は聞かれていない。
 凪は、俺の言葉にようやく身体をこちらに向けてくれた。きりっとした眉が、弱々しく八の字に垂れ下がっている。
 俺が凪にそんな顔をさせているなら、俺が何とかしなくちゃいけない。もう一度俺は、涼の言葉を思い出し背中を押してもらい、深呼吸をする。


「ちゃんと、やろう。恋人」
「……ぷっ」
「は、今わらっ……」
「ちゃんと恋人やるってなんだよ。夏芽は相変わらず国語力ないな」
「今、国語力関係ないだろ! て。俺、本気で言ってるから」
「バカにしてない」
「してたら怒る……あと、何日?」
「夏休みまでは一か月ちょっと。そこから夏休みで……ああ、三か月もなかったな」


 凪は、近くにあったカレンダーを見てそう言った。少ないと感じたのか、彼の切れ長の瞳が細められる。
 二か月半なんてあっという間だ。


「じゃあ、二か月半。俺も恋人って何するか調べてくるから、凪一人に恋人させないから」
「恋人させないってのも変な日本語だな。ん、じゃあ、楽しみにしてる。夏芽」


 凪はそう言ったかと思うと俺の頭をポンポンと撫で、自分の席に帰っていってしまった。そのタイミングで、教室の扉がガラガラと開き、着替えを済ませた女子たちが入って来る。
 次の授業のチャイムが鳴り「早く座れー」なんて声もかかりはじめたが、俺は世界に置いてけぼりにされたように固まっていた。


(今、俺頭ポンポンされた?)


 いつもはする側だから分からなかった。
 そして、凪が去り際に見せたものすごく嬉しそうな笑顔を思い出し、俺はまた一人火照った頬に手を当てるしかなくなってしまった。

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