追憶の探偵

兎束作哉

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第4章 追憶の探偵

case09 残酷に過ぎる時間

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 カチ、カチ……

 青暗い部屋に差し込む白い光。静寂の中に絶えず聞える規則的な音。秒針を刻みながら進む時計の音は0時を通り過ぎると、ピピピ……ピピピ……と静寂をぶち壊すように鳴り響く。
 ポンと音を立てて机の上に置いてあったスマホが発光し、「本日は神津恭の誕生日です」と通知が来る。内蔵されているカレンダーに予定をつけていたため、スマホはその本人が亡くなったことを知らずに彼の誕生日をお祝いしていた。


「…………はっぴばーすでー……とぅー、ゆー……」


 俺は歌を口ずさむ。
 音程は合っていないし、擦れているし、心がこもっていないし……誰を祝うのでもないその歌は、静かな部屋に悲しく響いては吸い込まれていく。

 ソファの上で膝を抱えながらただ一点を見つめ、俺は口を開く。
 目の前で意味のない形を画きながら、俺は目を閉じる。
 最後に聞いた神津の声、上がる黒炎と、爆発音。一瞬にして業火に包まれるプラネタリウム。星が燃えていた。


「……あ………ぁ」


 思い出せば、自然と涙が流れた。

 今日祝うはずだった恋人はもういない。
 左手の薬指で煌めく指輪の片割れを持っている恋人はもういない。

 もう俺を抱きしめることも、彼の音を聞くことも、俺の名前を呼んで、笑う顔ももう見えない、いない、いない、いない――――!


「恭……」


 名前を呼べば、「何?春ちゃん」なんて笑顔で聞いてくる神津はもう何処にもいなかった。
 不意に顔を上げれば、そこにいるのでは無いかと、ピアノの音が聞えてくるのではないかと思ったが、もう一生あり得ない事だった。
 気晴らしにもならないと分かっていても、気持ちを紛らわすため、孤独と虚しさを紛らわすために部屋の照明をつけないままテレビをつける。


『えー昨日起きた某テーマパークの爆破事件ですが、犯人は今のところ捕まっておらず、警察は調査を進めているようです。今日は、専門家の方々をお呼びして、この連続爆破事件について解説をしていただきます』


と、アナウンサーが言う。

 画面には、犯罪事件を扱う専門家や犯罪心理学を研究している専門家が映し出される。専門家達は自分の意見を述べ、司会進行役のアナウンサーはそれに対してコメントをする。
それをぼーっと見ていれば、専門家の一人が爆弾はその爆弾魔が作ったオリジナルであり、解除方法も特殊であると説明する。ただ、やはり火薬の匂いや鉄の匂いは通常よりも強く臭うのだとか。

 そんなことをぺらぺらと喋り、結局その爆弾魔は「目立ちたい」だの「爆弾を披露したい狂人」だのいわれていた。だが、どれも俺には違う気がしてならない。目立ちたいのであれば、大量殺人やそれこそジュエリーランドであれば観覧車を爆発させればそれは目立つにはいるだろう。爆弾を披露したい狂人ともまた違う気がする。専門家達は自分の意見を述べているだけで、爆弾魔が男なのか女なのかも分かっていないようだった。


 俺も勿論分かっていないのだが……


 それからもぼーっと眺めていたら、今度は神津の話になり、気の毒です、や何故彼があそこに? などとコメンテーター達が話し出す。
 俺は、リモコンが壊れる勢いでテレビの電源を落とした。真っ暗になったテレビ、そして戻ってくる静寂。
 このまま暗闇の中に居たら消えることが出来るだろうか、とふとそんな考えも浮かんだ。


「……恭、何で、お前だったんだ」


 俺が先にシステム管理室にたどり着いていれば、そうすれば神津は死ななくてすんだかも知れない。
 けれど、彼奴を残して死ぬことも俺には出来なかった。
 神津のいったとおり、爆弾など探さず逃げれば良かっただろうか。いいや、きっと俺たちがああやって動かなければ、駐車場も観覧車も爆破されていたのだろうお。誘導されるべく誘導され、そうして神津は……


「クソッ……」


 俺は髪をむしり、膝に顔を埋めた。
 濡れた膝は冷たく、何もかもが冷たいように思えた。もう俺を暖めてくれる人はいない。

 怒り、悲しみ、虚しさ、孤独……いろんな感情が交ざって、自分を見失っていた。そして頭に浮かんだのは「仇」の文字。

 神津を殺した爆弾魔が許せない。捕まえて、仇を討たなければと、未だ立ち直れない心は、折れてしまった心は地面を這いながらそんなことを考え始める。虚しさを埋めるために、それが神津のためになると思って。
 でも、神津は「仇なんて討たなくて良いから」っていうんだろうな。

 俺は、左手をかざしながら目を細めた。


「……俺も、愛、してる…………」 


 そう言って、俺は左手の薬指にはめた指輪に口づける。
 あの時言っておけばよかったと、本当に後悔した。
 瞼を閉じれば、神津が最後に俺に向かって言った言葉が彼の笑顔と共に思い出される。


『春ちゃん……愛してる』
「俺も、愛してる。恭……誕生日おめでとう」


 俺はそう口にして、目を閉じた。


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