追憶の探偵

兎束作哉

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第4章 追憶の探偵

case13 顔見知りの女子高校生

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 寒空の下、温かいチョコレート饅がはいったコンビニ袋を下げて河川敷をあるく。

 2月になり、冬の寒さが厳しくなってきた頃だ。この次の月が3月で、春なんて言われても全く信じられない寒さだった。
 吐く息は白く、マフラーに顔を半分埋めていても寒いものは寒い。
 早く帰ろうと思い、早足になれば、見慣れた後ろ姿が見えた。俺は駆け寄り、その背中に声をかける。


「綾子」
「明智……探偵」


 灰色のセーラー服の少女は振返り、俺を見るとわざとではないのだろうが目を細めた。それが睨まれているように思え、思わず顔を引きつらせる俺。
 安護綾子。よく、黒猫のマモを探して欲しいと依頼してくる安護さんの娘さん。実は、あの後も2、3度顔を合わせ、それなりに互いを認知している関係になった。といっても、よく来る依頼人の娘と、探偵という関係であり、それ以上でもそれ以下でもない。


「明智探偵、またマモが脱走したのを捕まえてくれてありがとうございました」
「いや、お礼なんていい。お前の大切な家族がいなくなったんだ、そりゃ依頼じゃなくても探すだろ。母親からのプレゼントなんだろ?」


と、河川敷の芝生の上に腰を下ろしながら俺たちは話した。

 俺の言葉を聞いて綾子は何故それを知っているんだ? と驚いた表情をしていたが、次の瞬間には親指の爪を噛んで「あのクソ親父……」と怒りを露わにしていた。確かに、他人に自分の事をぺらぺらと言われている知ったら怒るだろう。年頃の娘だ。気にするに違いない。


「お父さんとは仲良くないのか?」
「あ、いや……そういうことではない、ありません。ただ、複雑で」


 綾子はそう答えると俯いた。
 多分、母親が死んでから色々悩んだり、父親との関係についても悩んでいるのだと思った。
 俺はそんなことを思いながらも、口に出すことは出来なかった。あちらの家庭の事情だ。安護さんは凄く過保護そうに見えた死、娘第一といった感じだった。それが恥ずかしいのかも知れない。綾子の態度からも、父親が嫌いだとは伝わってこなかったため、別にそこまで関係が悪いということではないだろう。


「明智探偵も色々あったみたいで、その…………かける言葉が見つからないのですが、お疲れ様です」
「何だそれ。まあ、色々あったからな」


 綾子は言葉は濁したものの、きっと神津の事を言っているんだろう。
 何かを言いたい。でも、言葉を間違えれば相手を傷つけてしまうかも知れないと思って、上手く伝えられないのだろう。気遣ってくれているのは分かって、俺は感謝の言葉を述べる。


「そうだ、受験はどうだったんだ?看護師、目指してたんだろ?」
「あ……はい。無事合格で。春から看護学生だ、です」
「そうか。そういえば、お前の友人は?同じ所に行くのか?」
「ああ、彼奴は……」


 そう言いかけたときだった、「綾子ちゃん何してるの?」と上から甘ったるいような、だが棘を孕んでいるようにも聞える声が降り注いだ。
 見上げれば、そこには彼女の友人である藤子がおり、長い蜂蜜色のツインテールをたらんと垂らし、俺と綾子を見つめていた。


「綾子ちゃん、何してるの?こんな所で」
「明智探偵と話してたんだ。ちょうど、帰り道にあって」
「藤子のこと置いていったのに?」


と、彼女は言うと何故か俺を睨みつけてきた。

 しかし、俺が何も言わずにいれば、ふんっと鼻を鳴らして、綾子の隣まで歩く。


「おい、その態度はないぞ。藤子、明智探偵に謝れ」
「何で?藤子何も悪いことしてないじゃん?というか、そっちの探偵さんが、藤子から綾子ちゃん奪ったんじゃん」


 そう、藤子は俺を指さした。
 その様子は、可愛らしい嫉妬というよりかは、殺意を孕んでいるようにも見えて、俺は眉を曲げる。こんなに嫉妬と殺意を向けられるのは、あの神津のストーカー以来だろうか。あれと同じものを感じる。
 だがそれを表に出してはいけないと、俺は笑顔を取り繕う。女子高校生相手にムキになってはいけない。


「それで、そんな探偵さんと何話してたの?」
「マモのこと話してたんだ。また脱走したから」
「へーまた脱走。よく脱走するもんね、その内トラックとかに轢かれてぺちゃんこになって見つかるんじゃない?」


と、笑えない冗談を言う藤子に対し、それは不味いだろと綾子を見たが、綾子はそんな藤子の言葉を無視して「帰ったら餌をあげなきゃ」と呟いていた。

 藤子は綾子に対してただならぬ執着心を見せているのに、綾子は藤子に対して何も思っていないように見えた。最近の友人関係ってこんな感じなのだろうかと少し不思議に思ってしまう。


「あっ、そうだ。探偵さん、もう一人の探偵さんは今日はいないんですか?」
「……っ」
「おい、藤子お前知ってて言ってるだろ」


 俺が答えられずにいれば、綾子が代わりに言ってくれ、そして藤子がそれを知っていることが判明する。
 藤子はわざと俺の心を抉るように笑い、「そうでした。死んだんでしたね~」と反省の色が見えない謝罪をする。


(ムキになるな……怒るな、明智春)


 俺は自分にそう言い聞かせ「そうなんだ」とだけ答え立ち上がる。そういえば、チョコレート饅を買ったんだったと、もう冷めてしまっているかもだが家に帰って食べようと思っていたんだった。
 立ち上がり、綾子達に挨拶でもして帰るかと二人の横を通り抜ければ、またあの酷い香水の匂いが鼻孔を刺激する。甘ったるい香水の匂いに混じって何か他のものが臭ってきた。臭い、と言うよりかは、刺激物のような。俺は顔をしかめ二人を見るが、彼女たちはどうしたのだろうと首を傾げるばかりで、俺が香水の匂いを不快に思っているとは分かっていないようだった。

 まあ、人それぞれか。と思いつつ、香害にならない程度になと二人を見た後、俺は彼女たちに背を向けた。
 そんな俺の背中に向かって藤子が叫んだ。


「探偵さんはー!仇取りに行かなくて良いんですか?」


と、また人の神経を逆なでするようなことを平気で言う藤子。

 俺は、振返らずに答える。


「仇を討ちたくても、犯人がわかんねえんだよ。ただ、その爆弾魔への怒りは消えてねえけどな」
「そうですか、気をつけて下さいね――――ッ!」


 そう藤子の言葉を何処か遠くで聞きながら、俺は河川敷を後にした。


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