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第7部1章 大人になっていく僕らの試練
03 4年生になる彼らは
しおりを挟むここに来るのは実に一年ぶりだろうか。
「ここは変わってないな」
「変わってないんじゃない? 建て直すわけでもないし。それに、卒業してからまだそこまで経っていないかもしれないし」
「といっても、卒業してから一回目の春がくるだろう? ああ、でも、そう思うと去年一年はあまりにも濃い一年だったな」
セシルは「結婚式に、ハネムーンに、海洋竜の事件……その事後処理も大変だった」と指を折りながら思い返しているようだった。
そんなセシルを横目で見ながら、俺は見慣れていたはずのモントフォーゼンカレッジのレンガが敷き詰められた廊下歩いていた。
なぜ俺たちが、モントフォーゼンカレッジにいるかと言えば、特別にディーデリヒ先生に呼ばれたからだ。多分、オセアーンの予言について話したいのだろうが、あの人も忙しいから、こちらを訪ねる時間がなかったのだろう。だからと言って、皇族を呼びつけるなんて……とは思ったが、ディーデリヒ先生曰く「君たちの後輩に会わないか?」と、こちらを呼び出すにちょっとした理由を付け加えたため、俺たちもノートは言いづらくなった。
仕事の合間を縫って、モントフォーゼンカレッジを訪れることになったため、今度はもう少し時間に余裕をもって訪れたい。
母校に足を踏み入れる体験なんてそうそうできないだろう。しかも、モントフォーゼンカレッジのような警備がしっかりとした学校には、許可証がなければ入れない。それはたとえ、卒業生であっても皇族であっても、その日の気分でパッと立ち寄ることのできない場所だ。
そういうシステムになっているのは、モントフォーゼンカレッジに通う学生の身の安全を守るため。だから、こっちが文句を言える立場じゃなかい。
コツン、こつんとレンガに靴がぶつかると音が鳴る。アーチ形の天井にその音が跳ね返ってハウリングする。
ちょっと前までは、何気なく歩いていた廊下が、今や特別なものに変わって見えた。
(前世では、卒業した母校に行かなかったしな……)
卒業して間もなかったというのもあるし、苦い思いでしかなかったから卒業後訪れることはなかった。
でも、こうして訪れたくなる母校があるというのはいいことかもしれない。
「だが、本当に皇族を呼びつけるとは度胸があるな。それほど教師の仕事は忙しいということか」
「だろうね。まあ、あの人は教師以外にもスパイやってたし……ああ、でも、あれかな。今も新生魔塔の暗部に所属しているのかも」
「そうだろうな。あの男が提示している情報は、あいつが持ちえる情報の氷山の一角にすぎないだろう。こちらも、すべてを聞こうとは思わないし、聞いたところでこちらに何か徳があるわけでもない」
興味がなさそうにそう言って、セシルはため息をついた。
ディーデリヒ先生は、モントフォーゼンカレッジの教師をしながら現在の魔塔の暗部に所属しているのだろうと予想している。聞けば教えてくれるのかもしれないが、聞いた場合、俺たちが口外した時どんな罰が下されるかわかったものじゃないから聞かない。
別に悪い先生ではないし、現在もアイネとフィリップの担任をしているとのことで、忙しいことは十分うかがえる。
そのうえで、魔塔の暗部として日々、魔法を使って悪用するものがいないかと目を光らせて律夫もなれば、その仕事量は俺たちでは計り知れないほどだろう。あの先生は寝ているのだろうか、と度々不安になるが、そこもすべて管理したうえで仕事を両立させているに違いない。
(攻略キャラ……なんだけどね。こんな苦労人だったっけ?)
多分、俺が生き残ったことで本業のほうが忙しくなったのではないだろうか。先生としての立場よりも、魔塔が俺を狙っていたがために、魔塔の動きを監視していて、アイネたちとの交流が薄れたのではないかと思う。
俺が前世の記憶を取り戻した三年生の時、ディーデリヒ先生の影が薄かったのはそれが理由ではないだろうか。
ともかく、ディーデリヒ先生が俺たちに好意的なのは、魔塔の件をどうにかしたからだろうし、単純に攻略キャラだから少し俺たちに甘いのだろうと俺は分析した。
「セシルも、久しぶりに二人に会えるの楽しみなんじゃないの?」
「バカを言え。別に楽しみじゃない」
「そういいながらも~」
「……少しは気になるがな。あの二人がどのように成長したのかは、気になるところだ」
俺がセシルのわき腹をつつけば、観念したように彼はそう答えた。
今日ここに来たのは、ディーデリヒ先生に会いに来ただけではなくて彼らにも会いに来たからだ。
手紙は時々送られてくるものの、彼らも学生。勉強が本分であるため、顔を合わせる機会はなかった。仲良くやっているのは伝わってきていたが、それ以降どうなったかは分からない。
フィリップの恋が進展したとか、アイネが順調に魔法を使えるようになって、誰かの役に立っているとか。はたまた、アイネが劇的にモテてフィリップが苦労しているとか。
卒業してしばらく経つが、その一年の間にもいろいろな出来事が起こっただろうし、彼らがどうなったのか気になっていた。
会うのは結婚式以来じゃないだろうか。
元気にしていてくれればそれ以上何も望むことはない。
(ああ、でも、もう少しで春休みだからみんな荷造りとかしてるのかな)
二月の終わり。
三月の頭ごろに卒業式はあるし、その後終業式もある。そのため、長期休暇で実家に帰る学生も多く、荷物をまとめている最中ではないだろうか。
俺たちも、春休みには沢山のに持って帰った記憶がある。平民ともなれば、わざわざ馬車を呼ぶことができずにすべて手持ちで持ち帰らなければならない。だから、今のうちにいらないものを持ち帰っているのではないだろうか。
俺たちが廊下を歩いていると、廊下の先のほうから俺たちのような二人組が歩いてきた。
彼らは俺たちに気が付くと、一旦話を止めこちらに走ってくる。
亜麻色髪の少年と、ゴールデンイエローのウルフカットの少年。俺たちのよく知る人物だった。
「ニル先輩!」
「アイネっ」
彼は両手を広げて俺に抱き着こうとしたが、寸前で足を止めた。俺も抱きしめる気満々だったので、肩透かしを食らったが、どうやら隣で睨みを利かせていたセシルに気づいたらしかった。
(ま、まあ、そうだよね。既婚者に抱き着いたらダメだもんね)
俺は、かわいい後輩として抱きしめようと思っていたのだが、それは俺の考え方であり、世間がそれをどうとらえるかはまた別問題だった。その現場を目撃されて、俺とセシルの関係に問題が生じてはならない。
そういう意味では、アイネはよく踏みとどまってくれたと思ったし、俺の抜けている点を痛感して何とも言えない気持ちになる。
とはいえ、彼らに会おうと歩いていたのであちらから会いに来てくれたのは正直嬉しかった。
「ニル先輩、どうしてここに?」
「少し用事があってね。二人とも元気そうでよかった。フィリップも」
「わー忘れられてたかと思いましたよ。せんぱーい。こっちは元気にやってるんで、ご心配なく!」
「その様子だと、本当に大丈夫そうで安心した」
へらへらっと彼は相変わらず軽い口を叩いて、頭の後ろで腕を組んだ。
少し身長が伸びたかな? と思うくらいの変化はあったが、目に見えての変化はそこまでないような気もする。
フィリップは、俺たちが卒業する直前ぐらいに他の貴族の養子入りをしている。理由は父親であった宰相がとんでもないことをやらかしたため、その責任を家単位で追わなくてもいいようにという救済措置をとったからだ。
その根回しは、セシルがしていたらしいので、フィリップはセシルに恩を感じているだろう。表に出さないだけでも、セシルには頭が上がらないことだろうと思う。
「相変わらずだな、ツークフォーゲル。養子に行った先で元気しているか?」
「あはは、お陰様で。まあ、家に帰る機会っていうのはそんなに多くなくって。でも、あれっすね。よくしてもらってますし、こっちも、養子に引き取ってもらっただけのことは貢献しようって思ってます。あーあと、魔塔の職員になるーって話も早めに」
フィリップは、拙いながらにそうセシルに説明し、頭を掻いていた。本当に頭が上がらないのだろう。
だが、彼がしっかりと自分の言葉で養子に行った先の家族と上手くやっているのだと伝わってくる。彼なりに努力をして、しっかりと今の家族との関係構築に励んでいるようだった。
フィリップは器用だし、どこへ行ってもそれなりに上手くやっていけるだろう。でも、彼もまだ学生で、悩みが多い時期だ。そんな時期に父親がやらかして養子に行くことになったというのは壮絶な人生だと俺は思う。俺だったら、途中で泣いてしまっていたかもしれない。
家族に思い入れがある人間なら、そのダメージはかなりのものじゃないだろうか。
「そうか、魔塔の職員か。リヒトヤーもか?」
「は、はい。僕も。フィリップと一緒に働きたいって思ったんです。彼には、ずっと助けられていて……」
アイネは、きゅっとフィリップの服の袖を引っ張った。分かりやすく、フィリップの身体が跳ね、俺とセシルは顔を見合わせた。
(そっか。ちゃんと進展したんだ)
俺を好きだと言ったアイネが、失恋を経て自分を好いていてくれるフィリップの気持ちに気づいて、彼を受け入れていって。そして今に至るのではないだろうか。そこにどんなドラマがあったかはとても気になるところではあるが、俺は二人の微笑ましい光景に頬が緩む。
二人の未来が幸せなものでありますようにと、俺は心の中で願った。
「僕は、自分の魔法でたくさんの人を救いたいです。そういう力があるって、ディーデリヒ先生にも言われて。これからももっと精進していきたいです」
「アイネらしいね。君なら大丈夫だと思うよ。その力で、たくさんの人を救えると思う」
「ニル先輩……っ」
「フィリップも、君の魔法も精度が高いからきっと人の役に立つときがくると思う。まあ、校内にトラップ魔法を仕掛けるとかはダメだけど、君の器用さならどこでもやっていけそうだね」
「うっ、まあ、そうっすね。自分の力をちゃんと必要な時に、必要な分だけ使うようにするっす……」
二人とも俺の言葉に前向きに答えてくれた。
本当に心配ないな、と俺は安心しつつ、もう一度セシルのほうを見た。
「セシルからも何か贈る言葉とかない? 一年くらいあってないでしょ?」
「ああ……だが、こう、俺は後輩として二人のことは好いているつもりだが、こういう時に言葉が出てこない。すまないな、リヒトヤー、ツークフォーゲル」
「いえ。セシル先輩に好意的に思ってもらえているってだけで嬉しいですから。ね、フィリップ」
「そうっすよ。殿下先輩の性格は二年ほど付き合ってよ~っく分かったつもりなんで。殿下先輩の不器用さには目を瞑ります」
「ツークフォーゲルは本当に相変わらずだな。でも、俺は嬉しく思う。俺たちのことを未だに先輩として慕ってくれていることもそうだが、自身の力をどう使うかと考え、国のために貢献しようとしてくれている姿勢は評価すべき点だと思う……と、堅苦しくなってしまったが、その、本当に心から尊敬している」
セシルは、言葉を詰まらせながらも言い終えて「あと一年、お前たちの学園生活が有意義なものになることを祈っている」と付け加えた。
セシルなりに絞り出した言葉はやはり堅苦しいものだったが、ある意味ちゃんとセシルらさいい言葉だったため、二人は笑っていた。
「もっとうまく言えるようになりたいな」
「いいんじゃない? セシルが、自分から関わりたくて、言葉を送りたいって思う相手がいるだけでも。君の成長だと俺は思うよ」
「そうか。これも成長か」
「うん。本音で向き合うってしてる証拠じゃない?」
セシルは、人付き合いがあまり得意なタイプではない。もちろん、表面的な、皇太子としての顔は作れるものの、セシルという一個人になったとき、彼の性格では人と関わるのが難しいのだ。距離感を図ることができず、何か言葉にしたいと思っても、ついつい堅苦しくなってしまう。ただ、それはセシルがそうやって生きてきた証拠であり、彼が皇太子としての自分というのを作り上げてきた過去があるからだ。それは別に否定されるものでもない。
むしろ、そんなセシルだからこそ二人には好かれていたのではないだろうか。
そして、関わるうちに、セシルの人間らしい部分を目の当たりにして、これからも仲良くしたいと思ってもらえたんじゃないだろうか。
アイネとフィリップは、まだまだ話足りないと言った感じでうずうずしていた。しかし、この後授業があるのか「また来てくれますか?」と尋ねてきた。
「もちろん。俺たちの母校だし、頻繁にはこれないにしても、ね」
「そうだな。俺もまたお前たちと話したいと思っている。今度はもっと時間があるときにでも」
「じゃあ、また学食でお話しするっていうのはどうですか?」
アイネは名案というように俺たちに提案してきた。
だが、俺たちは卒業生だし利用できるのだろうか、という疑問が浮かんでくる。フィリップはそんな疑問に答えるように「皇族の権力を使えば安いもんですよ」となかなかな発言をする。
それを聞いてか、セシルはぷっと笑い出しだ。
「確かにそうだな。ツークフォーゲルの言う通りだ。こういう時に権力を使うものだな」
「えー違うと思うけど。でも、昔を懐かしんで一緒に学食で食べるっていうのは、俺も夢かも。仕事を早くにでも片づけて、二人と会う時間をつくるよ」
「ありがとうございます。ニル先輩」
「あっ、じゃあ、パワハラ先輩も呼んだらどうっすか? てか、徒花先輩の騎士になったってことは、おまけでついてくるんじゃないですか?」
フィリップは、ゼラフのことを小ばかにするように言って口元に手を当てて笑っていた。
本人が聞いたら激怒しそうな話だが、間違いではない。
今日だって、学園のほうまで送迎してくれている。あとで終わったら合流するつもりだ。
「はあ……ヴィルベルヴィントもか。まあ、それがいつもの光景か」
「アルチュールもいたときがあったよね。さすがに、それは無理だろうけど」
「ああ、あいつも忙しいからな」
セシルはフッと口の端を上げて笑っていた。やはり、昔を思い出すと彼も楽しいようだった。
俺も楽しいな、と思いながら笑っていると、次の授業を継げるチャイムが鳴った。二人は「やばっ」と口をそろえ「じゃあ、また、手紙を送ります」と言って走っていってしまった。本当はもっとゆっくりしたいところだが、彼らは学生だ。引き留めるのも悪い。
「セシル、やっぱりなんだかんだ言って楽しそうだったじゃん」
「まあな。こういうのも悪くない」
「ふふっ、笑ったね? セシル、そういう顔もいいと思うよ」
「どういう顔だ?」
「優しくて、お兄ちゃんみたいな顔」
「ますます意味が分からないな」
首を傾げ、彼の夜色の瞳がこちらを向く。
俺は、そんな彼に対して「どんな顔も好きだけどね」と言ってくるりと進行方向を帰る。
次は、目的地まで向かおう。そう決めて歩き出せば、セシルはゆっくりと俺の後をついてきた。
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