一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部1章

10 眠れない夜を貴方と

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「――本当に、もう大丈夫なんだな?」
「心配しすぎです。殿下。昨日も診てもらいましたし、昼間も診てもらったでしょ? 主治医はもう何ともないと言っていたんですから……はあ、本当に心配性ですね」
「誰かさんのせいでな。胃に穴が開く」
「やめてくださいよ。あと、私のせいにしないでください」
「いったい誰のせいだと……」


 ドロップ伯爵家での出来事から、早二日。帰ってきた当時は、シュニーの攻撃によって、疲労しており、まともに食事もできない状態だった。あとから、マルティンに殿下が荒れていて大変だったと聞かされ、なんだか申し訳なくなった。シュニーの攻撃による毒は解毒され、後遺症も残らないと診断された。それでも、ただの令嬢が、あそこまで魔法を巧みに操れたのかと疑問に上がり、そのことについては調査中だと。
 私は、心配すぎて仕事が手につかなくなる殿下のせいで、公爵家ではなく皇宮の一室を借りて療養していた。医者の処置もスピーディーで、かなり早く回復でき、数日様子を見て、公爵家に帰ることになっている……のだが。


「殿下。殿下はなぜ、服を着ているんですか?」
「脱げというのか? ハッ、公女も欲求不満――」
「間違えました。私は、もう寝るのですが、なぜ殿下は、まるで今から仕事があるとでも言わんばかりの正装をしているんですか?」
「……」
「それに、寝室にまで剣を持ち込んで」


 殿下の服は、昼間に見るようなかっちりとしたもので、腰に携えられている剣は、彼が戦場で用いるものだ。寝室にまでそれを持ち込み、眠る気は一切ないと言ってくるようなその姿に、私は違和感を覚えた。
 殿下は、夕焼けの瞳を細め、そして、視線を落とした後、ベッドサイドに腰かけた。


「公女はもう寝ろ。疲れているだろう」
「話を誤魔化さないでください。それとも、私の質問には答えられないのですか?」
「……公女を。ロルベーアを巻き込んでしまったことを、ひどく後悔している」
「ですから、巻き込まれたとは思っていません。私も、注意が足りませんでした。そのせいで、殿下の手を煩わせて」


 殿下の口から後悔なんて言う言葉が飛び出すなんて思ってもいなかった。そして、その顔が、その言葉を痛烈に伝えてきて、私は何もいいかえせなくなった。そんなふうに、殿下を追い詰めてしまったのもまた私だと、そう思ってしまったから。


「いい……もとはと言えば、俺が元番に何もしてやれなかったのが悪い。その不始末が、罰が下ったんだろう」
「そんな……でも、殿下を殺そうとしたんですよね……番、たちは」
「はじめは、良好な関係を築こうとしていたな。だが、自分になびかないと気付くと、今度は、呪いによって自分が死ぬのではないかと、焦り始める。その恐怖に勝てず、保身に走り俺を殺そうとした……なにも間違っていない」
「……間違っていないって!」
「だが、公女は違っただろ?」


と、殿下は、私の方を見た。たらんと垂れた寂しさに褪せて見えた真紅の髪から、彼の顔をはっきりと見えることはできなかった。ただ、悲しそうで、抱きしめてあげたくなる、そんな弱さを垣間見た。


「私は……」


 この世界で何が起こるか知っていた。だから、ロルベーア・メルクールになった時点で、死が確定したようなものだった。死ぬのが怖くないかと言われたら、怖い。でも、どうしようもない人生なら、それを受け入れて……と、殿下を殺そうとは思わなかった。そもそも、できるはずがないことに、命を懸けるほどの余裕が、私にはなかった。ただ、それだけの事。
 私がこの世界を知らずに転生し、過去の番たちと同じような状況に陥ったら……躍起になって、自分の死を回避するためにと殿下を殺そうとした未来だってあったかもしれないのだ。だから、なんとも言えない。


「何だったか、公女は、俺に運命の相手が現れるから自分を自由にしろと言ってきたな。あれは、驚いた」
「……もう昔の話です」
「じゃあ、今は?」
「…………意地悪な人ですね。貴方しかいませんよ、私の番は。貴方にとっても……そうであってほしい」
「そうだ、俺も、同じ気持ちだ。ロルベーア」
「……っ」
「お前じゃなかった未来など考えられない。俺の番はお前だけだ。だが、そうならなかった者たちのことを、俺はこれまで考えないようにしていたんだ。呪いも、番もばかばかしいと思っていた。公女が、あの女に襲われてから、二日間……夢を見るんだ」
「夢、ですか?」


 私が、耳を傾ければ、殿下は、腰に下げた剣の柄を優しく握りこむと、うわ言のようにしゃべりだす。


「俺がこれまでに殺した番たちが、俺に『愛してくれ』といって、ナイフを突き立てる夢だ。『死にたくない』、『愛してくれ』とな……死人に口なし。だが、呪いのように、その言葉を浴びせ、命を狙ってくる。死にたくないから愛してほしいい、意味が分からないだろ? その番たちは、俺のことを愛していたのか。それすら、昔の俺には分からない。でも、夢の中の番たちは、自分が死にたくないために愛を求めていた。そんな気がした……」
「……」
「恐ろしいか?」
「……はい。でも、怖いのは、殿下のほうでしょ?」
「俺に怖いものがあると思うか?」
「あるんじゃないですか? 殿下も人間なんですし。貴方は、子供のころに戦場に投げ込まれたせいで、そういう感情が人より鈍いだけです。ないわけじゃありません。化け物じゃない……殿下だって人間です」
「そういってくれるのは、公女だけだな。みんな俺を見て、恐れを抱き逃げていく」
「……だって、たまに殿下は、人を殺しそうな勢いで睨むんですもん。睨まれて、いい気になる人なんて、変態くらいです」
「そうか」


 殿下はフッ、と優しく微笑んで、立ち上がった。ベッドにかかっていた真紅の髪も、彼につられて離れていく。なんだか、そのまま遠くに行ってしまいそうな気がして、呼び止める。


「どこに行くんですか?」
「眠れないんだ。久しぶりに見た悪夢だったからな……動揺しているんだろう。少し恥ずかしいが」
「恥ずかしいなんて……それで、どちらに?」
「中庭で剣でもふるってくる。俺は眠れない夜は、そうしていたからな」


と、殿下はおやすみと言って、忘れていたように私の額にキスを落とした。

 弱みのかけらを見せるだけで、そのすべてをさらけ出してはくれない。それは、殿下がいった通り、恥ずかしいからなのだろう。私の前ではかっこつけたい……いや、皇太子として、帝国を背負うものとして、弱みを、弱音を吐くことも、恐れを何かに抱いているということも悟られてはいけないと、彼は自らに縛りを科すように暗示をかけているのかもしれない。
 だからこそ、殿下のことを誰も知らない。恐れを抱いて、遠ざかっていく。
 彼が愛を知らないのは、彼を理解しようとしてくれる人がいなかったのではないか。彼に愛を教えようと近づける人がいなかったのではないだろうか。
 今だから、そう思える。


「待ってください、アイン」
「ロルベーア?」


 ほら――


(寂しそうな顔しないでよ。私がいるじゃない)


 親に置いて行かれた子供のような顔。それが一瞬だけ見えた。でも、いつもの、何を考えているか分からない不敵な笑みを浮かべ、「眠れないのか? 俺がいなくなるのが寂しいのか?」と減らず口を叩く。どっちが、と言いそうになったが、ぐっと飲みこんで、私はポンポンと、自分の隣を叩いた。


「何だ、公女」
「隣、いいですよ」
「『接触禁止令』はまだ解かれていないだろう?」
「もういいです」
「今、俺は気分じゃない」


と、殿下は冷たく言うと、背を向けようとする。意地を張っているのが見え見えで、私も、別にそういう意味で言ったんじゃないと、殿下の長い髪を引っ張った。


「こ、公女! 痛――っ!?」
「……私も眠れないので一緒にいてください」
「……っ、今日は、素直なんだな」
「素直でいたいと思ってますよ。でも、アインを前にすると、素直になれないんです。私だって、恥ずかしい」


 前にも酔っぱらったときに言った気がする。その言葉を、殿下があの時、どれほど真剣に受け止めていたのか分からない。でも、今は素面で、殿下と一緒にいたい、とこれは本心だ。
 殿下は参ったように、髪をかき上げると、剣をベッドサイドに置き、靴を脱ぐと、私の隣に寝転がった。二人で寝るには少し狭いくらいで、引っ付いたらちょうど……どちらかが、相手を蹴っ飛ばさなければ、落ちないようなそんな広さに、窮屈さを覚えながらも、私は殿下にくっついた。


「ほんと、明日は隕石でも降るのか?」
「いやならいいですけど」
「それじゃあ、眠れないだろ?」
「……いいんです。今日はくっついて寝たい日なんです」
「まあ、そういう日もあっていいか」


 呆れたような、それでいて幸せそうな声色が耳をくすぐる。
 隣に彼がいる、その安堵感に、それまで重くなかった瞼が急に下がってきた。まだ、寝たくない。寝てしまったら、どこかに行ってしまいそうだから。
 私は、殿下の腕にしがみついた。殿下は、寝にくい、というと、腕を上げ、前から私を抱きしめるようにして包み込む。


「こっちの方が、寝にくくないですか?」
「いい。ちょうどいい抱き枕という感じだ」
「私は抱き枕じゃありません」
「俺だけの抱き枕だ。誰にも渡さない」
「……わかりました。もうそれでいいです」
「ああ、おやすみ。ロルベーア。なんだか、今日はぐっすり眠れそうだ」
「そうですか、それなら……おやすみなさい、アイン」


 私は殿下の腕の中で、目を閉じた。私よりも先に、殿下の寝息が聞こえてきたことで、さらに深い安心した眠りへといざなわれる。

 ――その日の夜は、悪夢を見なかった。


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