一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部2章

01 港にて

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 潮風に、銀色の髪が揺れる。遠くから、ウミネコの声がする。眩しい太陽が反射する、コバルトブルーの海は、いつも以上に輝いているように見えた。間近で海を見るのは初めてだったこともあり、少し浮足たつような思いで、石畳の海岸沿いの道を日傘をさして歩いていれば、横から入り込むように、太陽にも負けない真紅のカーテンがゆらりと現れた。


「暑くないか?」
「暑いので日傘をさしているんですが?」
「そうじゃない。日焼けを気にしているのかもしれないが、露出の少ないドレスだと思ってな……もったいない」
「もったいないって……それは、殿下が見たかっただけですよね?」


 そういう、殿下もいつもと同じようなかっちりと着込んだ軍服で、見ているこっちが暑くなってくる。しかし、今日向かう目的地は危険がないとは言えない場所――ゲベート聖王国跡地。現在、フォルモンド帝国の領土に組み込まれてはいるが、敵国・フルーガー王国の敵兵もちらほらとみられるようで、万全を期して出航に臨む。
 ゲベート聖王国にいく理由はただ一つで――


「そうだが?」
「素直ですね。その下心、人がいるところでは隠してください」
「じゃあ、二人きりならいいのか? 空き倉庫があるが、そこまで――」
「そういう意味で言ったわけじゃありません! というか、それだと、私たちがいなくなったと誰かが捜しに来るでしょう!?」
「マルティンに、事情を伝えればいい。出航の時間を少し遅らせろとな」
「絶対、それ、マルティンさんに何をやるかバレるんですか!?」
「恥ずかしいのか? 何、俺たちはもういろいろと……」
「ああ、もう殿下はっ!」


 くくく、と愉快そうに喉を鳴らし、殿下は、日傘を振り回した私から少し距離を取りいたずらっ子のように笑っていた。こういうところは、好かない、好きになれない。そういうことは、私は隠したい派だし、大っぴらに言うことでもないだろう。それに、まだ私たちは婚約者という立ち位置で、結婚をしているわけでもない。まあ、皇族の血を引く子供を身に宿したら、結婚は確実になるだろうが、あいにくその心配はない。結婚するまで、避妊魔法がかけられているからだ。だから、どれだけ激しい行為に及ぼうが、子供が出来る心配はない。それを、殿下は不満に思っているらしく、避妊魔法を解除しろと上に言ってくる、とか一度大暴れしそうなときがあった。番という関係な以上、もうそれだけで結婚する未来は確定だろうに、それでもまだ、殿下は私と自分をつなぎとめるものが欲しいらしい。


(……まあ、番契約を切るから、焦る気持ちもあるのかもしれないけれど)


「結婚式の後、新婚旅行? というものに行くらしいが、公女はどこに行きたい」
「話がいきなり飛躍しましたね。まだ、結婚の事、考えれてなくて」
「ほかの男がいいと? そのために番契約を切りたいというのか?」
「ああ、もうではなくて! 敵国との戦争……冷戦状態とはいえ、また悪化しているんでしょ? それもありますし、この間のシュニー嬢の口から出た、魔導士のことも気になります。フルーガー王国が、いくらゲベート聖王国とつながったとはいえ、強大な魔力を持っている魔導士がいるとは思えませんし」
「はあ……本当に、厄介なことをしてくれるな。俺と、公女の幸せな未来に」
「別に、それを狙っているわけではないと思いますが、たぶん」


 シュニーの魔法は、やはり魔改造されたように強く、彼女本来の力ではなかった。実際、あの時シュニーの口からも「魔物の血を取り入れた人工的な魔法生物」とか言っていたし、そのすべを、帝国は知らないわけで、どこかから輸入してきた知識であることは間違いなかった。それが、敵国からなのか、それとも――というところで、調査は難航しているらしい。だが、フルーガー王国には、ゲベート聖王国の生き残りが流れてきたとはいえ、大魔導士と呼ばれていた者たちは、帝国が全員処分した、とも聞いているし。


(私が、かかわることじゃないわね。また、余計なことをして、殿下を悲しませたくないし)


 殿下はそれに関わっているが、私がそれに首を突っ込む理由はなかった。それに、この問題については、イーリスが名を挙げて、協力しているらしいから、問題ない。まあ、そのせいで、イーリスと殿下が二人でいるところをーなんていう噂が耳に入ってくるのだけど。


「殿下、ロルベーア様」
「マルティンさん。お疲れ様です」
「あ、はい。お疲れ様です。出航の準備が整いましたので、お越しください」
「わかった。公女、行くぞ」
「はい。マルティンさん、ありがとうございます」
「いえいえ。殿下を見張っていてくださって、ありがとうございます」


 目の下の隈が前よりもひどいことになっていた。今にも倒れそうなマルティンを見ていると、殿下に扱き使われていることがうかがえる。この人がいなかったら、殿下は本当の意味で暴走していただろうし、誰にも留められないだろう。皇太子の補佐官という仕事の重要性と、忙しさがうかがえ、本当にいつもありがとうございます、の意を込めて感謝の言葉を述べた。殿下は、「当たり前だろ、これくらいのこと」とどこに対抗心を燃やしているのか、不貞腐れていうので、私はマルティンに苦笑いを送り、殿下の後を追いかけた。


「もう少し、マルティンさんのこといたわってあげてください。殿下」
「なぜだ?」
「なぜって……貴方のために、あんなに一生懸命になってくれる人いませんよ」
「公女は、マルティンの肩を持つのか?」
「はあ……本当に、話を聞かないんですね」


 日傘をたたみ、私は、殿下の案内で船の乗り場まで歩く。日差しがきつく、顔を上げたら、目が開けられないほどのまぶしい光にくらくらと頭が回る。そんなこと、気にも留めずに歩くので、私は、また殿下は……とため息が漏れそうになった。


(本当に、子供っぽい……)


 殿下以外、恋愛感情をもって異性と接しているわけでもないのに、殿下は私が異性と話しているとすぐに嫉妬する。初めのうちは可愛いと思っていたが、今はただめんどくさいだけだ。機嫌も悪くなるし。


「それで、本当にいいんだな?」
「何がですか?」
「……番契約を切ることだ。本当に」
「はい、この間申し上げました通りです。シュニー嬢との一件もあって、これ以上殿下に迷惑をかけたくないので」
「迷惑だと思っていない。お前が、ピンチの時はすぐ駆けつけてやる。そのための番だ」
「……意思は変わりません。それに、殿下も、この前、納得してくれましたよね? 双方の同意あってのことだと思っていたのですが」
「……いい、好きにしろ」


 機嫌が悪いのは、今日のこの船旅の目的が、番契約を切る方法を探しに行くためだからだ。だから、いつも以上に気がたっていて、機嫌が悪い。護衛についてきてくれる騎士たちも、震えあがるほどに、殿下の機嫌は最悪に悪かった。


(でも、決めたことよ……これ以上、アインの足枷にならないって。私なりに、考えたことだから)


 彼は不安で仕方がないのだろう。自分と私をつなぐものがなくなることが。
 私だって、不安じゃないわけではない。でも、大切な人を守るために、大切な人と自分をつなぐものを断ち切るだけだ。別にどこかに行くわけじゃない。ただ、目に見えた証がなくなるだけ。


(……そこは、価値観の違いね。全部わかってもらおうとは思ってないわ)


 それでも……

 真紅の髪が潮風に揺れ、マントのようにはためいている。私が、あの強い人を守るためにできることと言えば、それくらいで。それくらいだからこそ、させてほしい。
 私が、愛している人のためにできる唯一のことだと思ったから。


「公女、掴まれ」
「……ありがとうございます。アイン」


 手を取って、船の上に上がる。視界が一気に開け、遠くにぼんやりと見える島を確認し、私は、胸の前でぎゅっとこぶしを握った。

 
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