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第2章 ヒロイン襲来
05 大好きな友達
しおりを挟む「避けられてる」
「シェリー様、いかがなさったんですか?」
あれから数日、明らかにロイの様子が可笑しかった。お遣いを頼んでも、帰ってくるのが遅いし、業務連絡だけしてさっさと宿舎に帰っていく。もう、そんなことが繰り返し怒って、随分長いことロイと話せていないような気がするのだ。
そんなことってあり得るだろうか。
仮にも、彼は私の護衛騎士で、私の婚約者で……
(でも……)
キールの顔が脳裏に浮かぶ。大きな瞳、守ってあげたくなるような小動物感。胸も大きいって感じではないけれど、美乳で、フワッとした桃色の髪はザ・ヒロインって感じがして。彼の泣き顔、笑顔、その全てに惚れない男はいないだろう。まあ、そのが意見だけ見て騙される男は三流なんだけど……
(――って、ロイは三流じゃないし!)
ロイがどうやって唆されたとか、どうやってキールがロイの鉄壁ガードを突破したのか分からなかった。だって、これまでどんな令嬢を見てもあの無表情を貫いた男なのだ。いくらヒロインとはいえ、攻略キャラじゃないロイが、惹かれる……なんてこと、ない、よね。と、私は、自信がなくなってきた。
そんな風に、悶々と考えて、ふと窓の外を見れば、お遣いから帰ってきたであろうロイが見えた。私が、彼に視線を送っていれば、ロイはそれに気づいたのか、偶然か顔を上げる。けれど、すぐにふいっと顔を逸らしたのだ。見たくもない、興味ないみたいな、そんなオーラが伝わってくるようで、嫌だった。
「あ、明らかに目をそらしましたね。ロイ様」
「ミモザ、頼んでいい?」
「はい、何でしょうか。シェリー様」
これは、明らかに様子が可笑しいと察したミモザはロイを怪しげに見ていた。そんな彼女に、私は声をかけると、ミモザはいつもの可愛らしい笑顔で返事をする。こういう切り替えの良さというか、気前の良さが好きだ。ミモザが私の侍女で良かったなあ、なんて心から思いながら、私は彼女にあることを頼んだ。
「手紙を届けて欲しいの。また、お茶会をするって、今度は温室で」
「手紙……お茶会……ああ、アドニス・ベルモント侯爵令嬢にですね」
と、ミモザは私が名前を言わずとも、誰か察してくれて、「用意します」と準備してくれた。彼女は、私の意図を理解しているようだ。
アドニス・ベルモント侯爵令嬢。
シェリーは、元々友達が少なくて、彼女の招待状を受けて快くお茶会に参加してくれていた令嬢はいなかったそうだ。一年前からこの身体に転生して色々とやっては来たけれど、先入観というか、一度ついてしまった印象は拭いきれず、皆、私の事を避けていた。明らかに避けると、あとから報復を喰らうと思ったのか、愛想笑いは浮べていたが。兎に角、シェリーは高嶺の女、危険人物! と矛盾する言葉を並べられていたそうで、中々友達が出来なかった。
なら、何故、その侯爵令嬢に手紙を、わざわざ二人きりでお茶会をしたいと送るのかといえば、彼女もまた、転生者だからだ。でなければ、私だって断られる前提で手紙なんて書かなかったもの。それに……
(ミモザには悪いけれど、主人として、従者に弱った姿は見せられないしね……)
ミモザのことは信頼はしている。でも、彼女の前で弱い私を見せることは出来ないと、私のプライドが拒絶する。あくまで、強くて美しいシェリー・アクダクトでいようと、私はシェリーの身体に転生してから思った。
そうして、手紙を送って数日。彼女が公爵邸を訪れる。その間も、ロイの挙動不審な、不可解な行動は続き、ますます距離を置かれてしまったような気がした。
温室には、色とりどりの花が咲き誇り、珍しい南国の鳥も飛び交っている。チチチ……クェエ……なんて、たまに聞えるけど、とても静かで良い場所だと思う。
「ロイが……浮気しているかも知れない」
「それは、ほ、本当ですか」
そんな静かな温室に、私のヒステリックな声が響いた。驚いたのか、羽をばたつかせながら、鳥たちが一斉に逃げていく。
私に釣られるように、アドニスもバンッとテーブルを叩く。
話題を切り出すタイミングが掴めなくて、それまでは脇愛秋とお茶を飲んで、お菓子も美味しいわね何て言い合っていたけれど、今日呼び出した理由はそれじゃないと、思い返して声を上げたのだ。
アドニス・ベルモント侯爵令嬢は、ゲームでいえば不遇令嬢なんて不名誉な名前を付けられたヒロインの親友ポジション。ヒロインが、もし攻略キャラが助けに来なかったらこうなっていただろうの”なっていた”悲惨な状況を示すために用意されたようなキャラで、兎に角巻き込まれ体質。最近も、それはもう色んな厄介事に巻き込まれて、彼女は疲れて切っていた。そんな彼女を呼び出して悪いと思いつつも、私はどうしても誰かに話を聞いて貰いたかったのだ。同じ転生者として。
「え、はい。いますね、キール」
「あの子なの」
「えっと」
「浮気相手」
アドニスが、どれほどキールが可笑しいと思ってくれているか分からないけれど、そんなのはよくて、ロイがキールにとられてしまったかも知れない、という事実が私の中で何よりも大きかった。
アドニスは、独自にキールのことを探ってくれていて、キールが可笑しいって申告してくれたのも彼女だった。それもあって、キール(中身が妹)に会う前、それなりの覚悟を持つことが出来た。
アドニスは、私が落ち込んでいるのを察したのか、フォローするようにあたふたと手を振る。
「そ、そんなことないですって。ロイさん、シェリー様に一途だったじゃないですか」
「そうよ、一途だったわよ」
「……そ、そうですよ。一途です! なので、ロイさんが浮気するなんてあり得ません! 婚約者のこと、ロイさんのこと信じてあげて下さい!」
「で、でも、ロイが……ロイが」
アドニスが言うとおり、ロイはそんなことする子じゃないって分かってる。でも、明らかに避けるような態度とか、帰りが遅くなるのを見ると、信じたくても信じられない。
そんな状況を、キールは楽しんでいるんだろうけれど。本当に、悪趣味すぎる。
「……」
「あの子は私の何でも欲しがるの」
「あの子って、キールのことですか?」
ああ、そういえば、アドニスには、キールと私が前世で姉妹だったってことは言っていなかったなあ、と思い出し、私はそこまで彼女を巻き込みたくない、これは、姉妹の問題だ、と頭を横に振って、いわなくていい情報を遮断する。私にとって、この世界にきて始めて出来た友達だから、彼女は極力巻き込みたくなかった。でも、誰かに話さずにはいられなかった。
「キールは、私が幸せになるのが許せないっていってたの。意味が分からないでしょ。私は婚約破棄されて、それからまた婚約者をつくって……奪いたいって言われた。それを有言実行したわ。勿論、ライラ殿下と婚約関係にあるから、ロイは自分の護衛にするっていってたけれど……それでも、私」
「分かりました。シェリー様、辛かったですよね。大丈夫です。私はシェリー様の味方ですから」
そういって、私の方に駆け寄ってきてくれて、手を優しく包んでくれるアドニス。サーモンピンク色の髪は、キールの桃色の髪よりもずっと綺麗で、美しいと思った。
黄色の瞳が私をしっかりと捉えて、大丈夫ですから、と安心させるように輝く。
「シェリー様、今ロイさんは何処に?」
「分からない……でも、キールが朝来て、ついて行っちゃって、それっきり」
「そう、ですか……シェリー様、大丈夫ですから、もう泣かないで下さい」
「アドニス……っ」
と。そんな風に思ってくれて、心配してくれるアドニスに、思わず私は涙が零れる。辛かったから、苦しかったから、そんな風にいってくれるアドニスが、彼女の言葉に胸を打たれた。
彼女が私の友達でいてくれて本当に良かったと。折れかけていた私の心は、彼女によって救われた。
(そうよ、しっかりしなくちゃ。ロイのことも……もう少しだけ、信じてあげなくちゃ)
ちらりと私の脳裏をよぎったあの赤褐色の髪を追いながら私は、もう一度心を持ち直した。
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