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第2章 ヒロイン襲来

06 奪っちゃった

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「なあ~に? 自ら、惨めになりに来たの?」
「……キール……ロイ」


 心を持ち直した、大丈夫、信じてあげなくちゃ。そう思って、無意識に、キールがよく訪れる教会に来れば、彼女は男を誘うような、桃色のドレスに身を包み、その胸をロイの腕に当てながら、私を見下ろしていた。階段の上から見下ろすことが、さぞ優越、満悦といった感じで、ニヤリと口元を歪めている。
 ロイはというと、いつも通り無表情で、ただキールのなすがままになっている。何度見ても、キールに組み敷かれているロイの姿は、まるで恋人同士のようで、見てられない。
 キールは勝ち誇ったような笑みを私に向けている。前世もそうだった。自分は愛されるけど、姉である私は愛されないよね? 可哀相って。表情でも、言葉でも身体全体を使って、自分は幸せ、貴方は不幸ムーブをかましてきた子だもの。今更驚かない。でも、限度って言うものを知らない、この我儘な妹には本当にいつか天罰が下ればいいって思っている。負け犬の遠吠え、ひがみだっていわれても、それでも、これ以上奪われたくない。


(信じるって決めたけど……こんなの)


 アドニスに励まされて、元気が出た。けど、こんな状況を、ロイを目の前にしたら、その自信も信頼も揺らいでしまう。矢っ張り、視覚的に捉えるのは、まだ早かったと、私はロイを直視出来なかった。ロイまでもが、私に見せつけてきているような気がして。

 明らかなマウント。
 高くそびえる階段の上から聞える耳障りなソプラノボイス。勝者と敗者。それを思わせるような構図に、私は悔しくて唇を噛み締めるしかなかった。


「キール、いい加減にして」
「ええ~嫌だもん。私、アンタのその顔ずぅっと見ていたいし」


と、キールは、ぶりっこのように身体をくねくねさせていう。でも、いってることはぶりっこじゃなくて、悪魔のような最低なもので、私は眉間に皺がよるのを感じていた。

 何で人が嫌がることをするのか。それに、快楽を感じるのか分からなかった。彼女なりの、悦びがそこにあるんだろうけど、私には全く理解できないし、不愉快だ。
 私が、拳を握って振るわせていれば、キールが、ニィッと口元を歪め、階段を降りてきた。楽しそうに、軽やかに。トン、トン、と一段ずつ降りてきて、そうして、私の前にトンッと、舞い降りる。本来ならば、その姿は天使のように可愛くて、顔を上げれば、愛らしいヒロインが目の前に……なんて、女性でもちょっとときめていてしまうようなキラキラとしたシチュエーション。けれど、私が顔を上げた先に見たのは、そんな天使でも、ヒロインでもなくて、邪悪な悪魔の笑みだった。


「アンタは、悪役令嬢。そして、私はヒロイン」


 くいっと、私の顎に指を当てて上を向かせれば、キールはうっとりと頬を染めて私を見る。その黄色に映るのは、きっと私じゃない。彼女の瞳に映るのは、彼女の理想とする物語の主人公なんだと思う。


「だから、私は主人公になるの。アンタから全て奪って、幸せになるの。私だけの物語がそこにあるのよ。ヒロインって最高」
「そんなこと、させない……何も、奪わせない」
「奪わせないって……何? 悲劇のヒロインになったつもり? 私を悪役令嬢にしようとしてるの? でも、悪役令嬢はアンタでしょうが」
「……っ」
「諦めて、全部私に奪われなさいよ」


と、キールは私の耳元で囁く。全て上手くいっている彼女は、自分が幸福の絶頂にいると信じて疑わない。

 ああ……そうか。
 キールにとって、これはゲームなんだ。
 現実と空想の区別がつかない彼女に、私は恐怖を感じた。キールがいう、彼女の求める物語は、私にとっては悪夢でしかないというのに。ヒロインだから何をしても許されるわけじゃない。何で、私が悪役令嬢で、彼女がヒロインなのか。もう、どうにもならない事実にウジウジと気持ちを募らせても仕方がないというのに。


「キール様、その辺にしておいてはいかがでしょうか」


 スッと、私達の間に入ってきたロイは、キールを抱きしめるようにして私から離した。それはもう、何のためらいもなくて。勿論、私がロイに追いやられたり、ぶつかられたりしたわけじゃないけれど、私なんて眼中にはいっていないようで、またズキンと胸が痛む。矢っ張り、ロイは、キールに奪われたんだと、思うしかなくなってきた。
 けど、諦めたくない。ロイだけは奪われたくないと、私は彼の服を引っ張る。ほんの一瞬、ロイのワインレッドの瞳が私を捉える。寂しげに揺れたのは、きっと気のせいなんかじゃないだろう。


「きゃっ、ロイ君。私を守ってくれるの?」
「…………キール様、行きましょう。近日開催されるパーティーに出席できなくなるのは、おつらいと思うので」
「そっかぁ、そうだね。ありがとっ、ロイ君。私の事心配してくれるんだね」


 えへへ、と嬉しそうにロイにすり寄るキール。その全てが私に見せつけるような、わざとらしい仕草で、私は胸の前で手を握る。ロイが、何でキールのことを気遣っているのとか、何で、私よりもキールを選んだのとか分からない。


(そういえば、パーティーって……あれよね、第二皇子の誕生パーティーのこと)


 第二皇子もまた、兄である皇太子ライラ殿下と同じように攻略キャラであり、かなり人気の高いキャラだった。会うのは、これが初めてじゃないけれど、攻略キャラの誕生日にキールがまた何かやらかすのではないかという不安も出てくる。まあ、私に被害がなければ良いのだけど。そうじゃなくて。


「ロイ君は、その時、私の護衛として、参加してくれるんだよね」
「そう、でしたね」
「ということでぇ、アンタは護衛なしで参加してね? あっ、別に参加しなくてもいいけどぉ。だって、パーティーには、ライラ殿下も来るし、アンタが一層辛くなるだけでしょ」


 あははっ、と笑う彼女は、私を気遣ってなんて一切無い。これるものなら、きて見ろと、そう挑発するような笑みを浮べている。
 ロイが、キールの護衛? 冗談じゃない。
 そう思って、声を上げようとしたけれど、どうしても口が開かなかった。絶望の二文字が私の目の前を暗く塗りつぶしていく。本当に、本当に……私は捨てられて。
 行きましょ? とキールが再びロイの腕に胸を押し当てて、私を見て嗤うと、るんるんと、音符をまき散らしながら歩いて行く。去り際に、ロイが私の近くによって、ぼそりと呟いた。


「もう少しですから、シェリー様待っていてください。俺を信じて」
「……え?」


 私が振向いたときには既に二人は遠くへ行っていた。


(待っていて、って……信じてって。私を裏切っておいて?)


 何が信じてなんだ、と怒りたくなったけれど、ロイの優しい声色が、一瞬見えた、私への欲望が、あのワインレッドの瞳が全てを物語っているようで、私はまた、期待してしまう。チョロいって分かっているし、からかわれている哀れな女かも知れないけれど。それでも、私はロイの最後の言葉と表情を嘘だと決めつけることが出来なかった。


「何よ……ちゃんと言ってくれないと分からない」


 また、ロイのことだから、何も言わず一人で何とかしようとしているんじゃないかって、そう思えてきて、私は不甲斐なさと、情けなさで胸が一杯になった。


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