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第2章 ヒロイン襲来

08 逆転ざまあ展開って、本当にあるのね

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 シャンデリアの光を一身に受けて輝く二つの黄金は、いつ見ても綺麗だと思った。ゲームの世界から飛び出してきた(いや、私達がゲームの世界に入ったのか)、皇子様達は宝石のように輝いている。


「はぅ……」


(アドニスは、本当にキャロル様が好きなのね)


 アドニスは、皇太子ではなくて、今日の主役である第二王子キャロル様を見つめて、恋をしている乙女のため息を漏らす。彼女たちのラブラブ具合が本当に羨ましい。
 レッドカーペットをすらりと長い脚で踏みしめながら歩き、彼らは席に着く。そうして、兄である皇太子、ライラ殿下がバッとマントを翻して会場全体に向かってテノールボイスを響かせた。


「今日は、皆楽しんでいってくれ」


 ライラ殿下が言うと、会場内に拍手が響き渡った。
 元とは言え、婚約者であるライラを見ても、もう何とも思わない私は、ロイにすっかり心酔しているんだなあと思った。一年前までは、推し! 婚約破棄なんて絶対させない! って張り切っていたのに。私は……
 そんなことを思っていれば、私達をドンッと押しのけて、キールが、殿下とキャロル様の方へ駆け寄った。


(ちょ、ちょっと、非常識すぎない!?)


「ライラ殿下、今日も素敵ですぅ」


 すりすりと、殿下にすり寄るキール。持ち前の美しい胸を彼に押し当てながら猫なで声に、上目遣い。三コンボを決める。
 会場は、案の定、というか当たり前のようにざわめき出す。いくら聖女とはいえ、いくら皇太子殿下の婚約者とはいえ、あまりに非常識すぎるからだ。だって、今日の主役は彼女じゃなくて。
 頭が良いと思っていたが、かなりの面食いで、自分が良ければ良い、目立っているのもそれは一つの武器だとでもいわんばかりに彼女は殿下にすり寄っていた。


(そういえば、ロイは……)


 私は会場を見渡した。ロイは、今日、キールの護衛をするっていっていたのに、何処にもいないのだ。さきほど私達がキールにあったときだってそうだった。何か、違和感、と思っていれば、殿下が、勘弁してくれと言わんばかりにため息をつく。そうして、唇をグッと噛み締めた後、キールに向かって冷ややかな視線と、言葉をプレゼントした。


「聖女、キール・スティンガー……貴様との婚約を破棄する」
「へ?」


 キールは、自分が何を言われたのか理解していないようだった。私も、理解できなかった。
 会場は先ほどよりもざわめきだし、パニックを起こしている。


(婚約破棄?)


 嫌な思い出が蘇る。それは、私が数ヶ月前にいわれた言葉。それを、今、キールが受けていると。


「な、何で!? 殿下何で!?」


 キールはハッと我に返ったのか、嘘だといって、というように、殿下にしがみついた。それはもう、見苦しくて見ていられなかった。けれど、私達は傍観するしかないのだ。口を挟めるような雰囲気ではない。殿下は、目を合わせるのも辛いという風に顔を逸らしている。自分で婚約破棄を切り出したのに、何故彼は辛い顔をしているのだろうかと。私の時とは大違いだ。それに腹が立ちつつも、キールに鉄槌がくだったのではないかと、私の胸はざわめく。
 そんな見苦しく、しがみつくキールにニコニコと笑みを浮べながら、第二皇子のキャロル様が、スッと手を挙げる。


「キール・スティンガー聖女。貴方は、自分のしたことを何も覚えていないのですか?」
「はあ!? 何、私が何したって言うのよ」
「男爵令嬢毒殺未遂、公爵令嬢であるシェリー・アクダクト令嬢の誘拐、強姦未遂、人身売買荷担していたそうじゃないですか。人身売買がこの帝国で厳重に取り締まられている、禁止されていると知りながら。それも、聖女でありながら」
「は、何? 知らないわよ。証拠は!」
「証拠が、全て出そろっているから、言っているんです。貴方は、僕の婚約者まで傷付けた」
「……罪を認めれば、婚約破棄と修道院送りですませてやろう」
「殿下!」


 キャロル様は、許さないというように、彼女を睨み付けていたが、殿下は本当に心苦しいという表情をしている。ここまで、悪事がおおっぴらになったと言うのに、まだ彼女を愛しているのかと、何だか可哀相に思えてきた。本当にに愛していたんだろうなっていうのは分かったんだけど、私からしたら何でその女を選ぶの? と不思議で仕方がない。本当のヒロインだったら、快く受け入れたけれど、中身があの妹じゃあ、殿下がかわいそすぎる。何故か、同情心まで生れてきて、私は複雑だった。
 そして、私の知らないキールの悪事が公になって、そこまでしていたのか……と、前世で姉妹だったとはいえ、ここまでするのかと。自分はヒロインだから大丈夫だとでも思っていたのだろうか。あまりにも酷すぎる。


(誘拐事件ね……)


 誘拐の件については、大事にはならなかったものの、忘れがたい思い出だ。しかしながら、つい最近の記憶だが、忘れたいという思いが強く、その上キールの嫌がらせがヒートアップしたこともあって、些細なことだとしまい込んでいた。それに、誘拐された時ロイは助けてくれなかったし。助けてくれたのは、キャロル様と、その護衛の人だったし。全く嫌なことを思い出したと私は頭が痛くなった。
 あれも、キールの嫌がらせだったんだ……と。何処まで私を陥れれば気が済むんだと思った。頭がいい方だとは思わなかったが、証拠が残っている、ということはそこまで考える頭がなかったのだろう。それも、ヒロインだから大丈夫という思考だったのだろうか。もう今となっては関係ないことだけど……


(ここまで来たら、認めるしかないじゃない。あがいてもみっともないだけよ)


 キールは、それでも助かろうと殿下に縋って、泣きじゃくる。それが、本気で泣いているのか、嘘泣きなのかは定かではなかったけれど、それでも、もう、この状況で許してもらえるわけないと。さっさと、諦めれば、恥をさらさずにすむのに……
 そう、私が憐れみの目を向けていれば、彼女は大勢の中から私を見つけキッと私を睨み付ける。それはもう、尋常じゃない殺意が籠もった目で。


「全部、アンタ達のせいよ。何で、私は幸せだったのに!」


 彼女を取り押さえようと、騎士達がわらわらと集まってくるが、彼女はそんなことは関係無いというように、髪の毛を逆立てる。ヒロインの仮面が剥がれた、ただの欲望にまみれた悪魔が本性を現す。


「アンタなんか、死ねば良いのよ!」


 ベコンと、彼女が立っていた床はクレーターが出来たようにへこみ、彼女の魔力に当てられ、机にのっていた皿が全て引っ繰り返る。パリン、パリンという音が会場のあちこちから聞え、恐怖に怯えた貴族達は、我先にと会場の出入り口に走って行く。私も逃げなきゃ、と思ったけれど、私が逃げれば、他の貴族に危害が及ぶと、その場で立ち止まる。だって、きっと私を「殺す」ことが彼女の目的だから。


(でも、みすみす殺される訳にはいかない)


 彼女には、ちゃんと法的な罰を下して、それで改心して貰わないと。
 そう思って、立ち向かおうとしたが、乱心した彼女が私だけを狙うことなんて出来ず、彼女の魔力によって浮遊した皿の破片やら、フォーク、ナイフがこちらに向かって飛んでくる。そして、私の横にいた、アドニスが悲鳴を上げた。


「きゃああっ!」
「アドニスッ!」


 しまった、と思った頃には遅くて、白い衣装に身を包んだ、アドニスの婚約者、キャロル様が彼女を守るために自らの身体を盾にした。おかげで、アドニスには怪我がなかったが、キャロル様の背中に鋭いガラスの破片が突き刺さった。真っ白な衣装が、みるみるうちに赤く染まっていく。
 他人まで巻き込んで、あの子は本当に何を考えているんだと。


「キャロル様っ!」
「ッ……大丈夫だから、アドニス……アドニスは怪我、無い?」
「は、はい! キャロル様のおかげで、でもキャロル様が――ッ」


 泣き叫ぶ親友を、私は見ていられなかった。
 私とキールの問題に巻き込んで、その上こんな悲しい思いをさせている。私は、私自身が許せなくなった。私に出来ることなら何でもやろうと、身体が動く。


(ちょっと、心配だけど)


「キャロル様、失礼します」
「シェリー様?」


 アドニスは、私が何をするのか理解できないように、頭にクエスチョンマークを浮べていた。彼女に説明してあげたいところだけど、そんな余裕は私にはない。
 私は、キャロル様の背中に手を当て魔力を注ぎ込む。魔法なんてあまり使ったことないから上手く出来るか分からないけれど、もしもの為にと回復魔法は覚えておいた。キャロル様の背中から、破片が取り除かれ、そして、彼の傷口止血まで、魔法は全てやってくれた。クラリと、頭が回ったが、魔法を使ってこれくらいの代償なら問題ない。
 先ほどまで顔が青くなっていたキャロル様は、色を取り戻し、立ち上がると、私に頭を下げてその笑顔を向ける。


「シェリー・アクダクト公爵令嬢。感謝します」
「いえ、当然のことをしただけなので」
「シェリー様っ」


 バッと抱き付いてきたアドニスのサーモンピンクの髪を撫でながら、私はにこりと微笑む。キャロル様が無事で安心しての行動だったのだろう。


「いつも、助けてくれるお礼よ」


 そう、いつも助けてくれるお礼。 


(……問題は、キールだけど)


「キール、これ以上罪を重ねるな!」
「煩いわよ。婚約破棄したくせに! アンタのことはもうどうでも良いのよ。もう、全員殺してやるッ!」


 殿下の制止も聞かず、彼女は暴れた。殿下はもう、止められないと豹変したキールに押され、その場で尻餅をつく。
 彼女はその隙に、膨大な魔力を込めた氷の刃を私達に向けて放ってきた。殺意が魔力から感じられる。キャロル様が、私達を守る為に剣を抜いてたってくれてはいるけれど、受け止められるかどうか怪しい。もし、また攻撃を喰らったら? 攻略キャラとはいえ、死んでしまう可能性だってあった。でも、私には何にも出来ない。
 こんな時、こんな時ロイがいれば……
 そう思って、キュッと目を瞑って祈れば、ふわりと甘いお酒のような匂いが鼻腔をくすぐった。目を開ければ、赤褐色の髪がふわりとそこで揺れている。


「ロイ!」
「遅くなってすみません、シェリー様。貴方は俺が守ります」


 遅い、バカ。

と、心の中で思いつつも、彼が来てくれたことで、私は腰が抜けてしまった。アドニスに支えられながら、私はロイとキャロル様が、キールの攻撃を防ぐのを見届ける。そして、魔力を一気に使ったことで、息を切らしたキールに、キャロル様はすかさず、拘束魔法を放った。


「怒りで我を見失っている状態じゃ、魔法は上手く使えないんだよ。聖女の君なら知っている筈だと思ったんだけどね」
「あ、あれ、何で」


 慌てるキールをよそに、騎士達が彼女を囲む。
 尻餅をついていた殿下も立ち上がり、キャロル様の隣まで来ると、全て決めたという顔で、キールを見下ろした。


「キール・スティンガー聖女。貴方を、国外追放する……で、良いよね。兄さん」
「……ああ、そうだな」
「あ、ぁ、いやあぁあああああああッ!」


 キールの悲鳴が無惨な状態になった会場に響き渡った。もう彼女は、終わりだと、そう告げられ、私は何だかほっとして、意識を失いそうになる。


「シェリー様」
「……ロイ?」
「大丈夫ですか、お怪我は……」
「……遅い。ロイ」
「…………はい」


 私を抱き上げて、ロイはワインレッドの瞳を揺らした。
 キールの一件が一段ついて、今度は、ロイが何でこんな行動をとったのかと、それまで忘れていた彼への不信感と、疑問をぶつける。ロイは、視線を下に落として、反省するような素振りを見せていた。まあ、今じゃなくても良いか、と私は目を閉じる。


「また、ゆっくり聞かせて。じゃないと、私納得できない」
「……分かりました。シェリー様。全て話します」


 そんなロイの言葉を最後に、私は安堵感から意識を手放した。



 
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