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第1章 一輪の白いアネモネ
case04 クソみたいな現状
しおりを挟む「――――かね、高嶺ー!」
「んぁ?」
名前を呼ばれた気がして、顔を上げれば、数人の同級生に囲まれていた。
ガヤガヤとする教室は、あの頃とはまた違う雰囲気で、勿論そこにいる奴らも知らない中学から上がってきた奴らばかりだ。顔見知りがいる方が少ない。
(凄ぇ懐かしい夢見たな……)
ふぁあ……と欠伸をしながら、人がせっかく気持ちよく寝てたっつうのに起こしやがった奴らに、何用だと睨めば「そんな、睨むなよ」と苦笑いをされた。
ああ、そうか。今は休み時間か。
あれから時は経ち、俺は白瑛大学附属高校に入学した。スポーツ推薦の合格で、今でも陸上は続けている。推薦つってももっと上の本当のエリートだけを集めた白瑛コースという所の推薦もあったが、そっちにはお呼ばれされなかった。一応凡人の中のエリートみたいなそんな組み分けの中に居るのが俺だ。まあ、いい施設でいい指導を受けられて陸上が出来るなら何でもいいと思った。
空の方も無事第一志望の高校に入学でき、今は離ればなれになっている。
頻繁に連絡を取り合い、部活がない日は一緒にあったりもしている。だが、中学と比べて一緒にいる時間も何もかもが減った。顔を合わせられない週もあり、不満というか寂しさが募った。空は空なりに頑張ってるんだし、俺も頑張らなくちゃいけないんだろうが、どうもイマイチやる気になれない。
部活でも、白瑛コースの奴らには勝てないし、記録も伸ばせていない。
このままじゃダメなのは分かっていても、どうしてもやるせなかった。
練習だってサボっていない、空に会えないのを部活にぶつけて、それでも何も結果を出していない。地区大会、県大会は行けても全国では通用しなかった。目指すなら1位なのだ。だから、3位に甘んじている場合じゃない。
試合をわざわざ見に来てくれる空のためにも。
(……つか、やっぱ俺って欲求不満なのか?あん時の夢見て)
俺達が初めてそういうことをした日。
いいや、後にも先にも、あれ以上進んではいないし、たまに互いにムラムラして発散程度に抜き合うだけの仲。多分、空は思春期だから、ただの友人同士の……何て考えていたんだろうなと思った。でも、彼奴に触れられるのも、そういう理由つけてやれるのも悪くはなかった。そうじゃないと、触れられなかった。
俺は、喋りかけてくる同級生を無視して窓の外を見つめていた。悠々と漂う雲、何処までも続く青。
(あー……今、空に会いたい)
こんなこと言ったら、女々しいと思われるだろうか。
そう思いつつも、そう思ってしまうのは止められず、俺は机に突っ伏して目を閉じた。
「何か、良い夢でも見てたのかよ。高嶺」
「あー見てた、見てた。えっろい夢見てた」
「はあ!?マジ!?教えろよ」
「い~や、お前らには刺激が強すぎる。散れ、もっかいみんだよ」
しっしっと、手で追い払えば同級生の気配はスッと消えた。俺はもう一度目を閉じ直して、空の事を思い浮かべる。そう何回も夢に出てきてはくれやしないだろうけど。
それでも、俺の頭の中は彼奴のことばかりだった。
(親友でいるって決めたんだけどなぁ、ほんと、だせぇ)
やりたいことがあった。だから、空とは同じ学校を選ばなかった。どうせ俺の頭じゃ、空の専門知識にはついていけないだろうと思ったから。俺は空より陸上を選んだ。だが、結果がこれだった。虚しいだけ。後悔していないと言えば嘘になるが、何処かで離ればなれにならないといけないと思った。俺が依存しすぎているせいだ。
あっちはあっちで、上手くやっているんだろうけど。
そんな風に考えながら寝ていると、ふと自分の目の前に誰かが歩いてくる気配を感じ顔を上げた。
教室はすっかり赤く染まっており、チャイムが誰もいない教室に響き渡った。
「おはよう。高嶺君。よく眠れたかい?」
「り、理事長先生?」
意外な人物に、俺は涎をふいて顔を上げ、姿勢を正した。
白瑛高校の理事長、神々廻理秀《ししばりしゅう》。
白瑛高校は、理事長が替わってからスポーツも勉学もトップを誇る私立学校へと変わった。経営の力、そして元々教師だった経験を生かし、特別授業を理事長が定期的に行っている。それもあって、文武両道の生徒が白瑛光校には多い。いや、殆どの生徒がそうだ。落ちこぼれなどいやしない。何かしら、皆特化している。
「そろそろ、下校時刻が過ぎるからね。施錠しにくるついでに覗いたら君がいて。部活は良かったのかい?」
「あ、はいっ……今日は、休みで。でも、理事長先生が施錠……当番なんですか?」
「いいや、違うよ。本来の施錠当番の子が体調を崩してしまったからね。変わりにって近くにいる私が代わりにやっているんだよ」
と、にこりと理事長先生は笑った。
何というか掴みにくい人だと思う。苦手ではないが、理事長先生を前にするとキュッと身が引き締まるというか、すきを見せたら大変なことになるんじゃないか……そんな気がしてならない、食えない人。
「最近、君が何だか落ち込んでいると聞いてね。少し話がしたいと思っていたんだよ」
「俺とですか?いや、俺は、普通コースの人間ですし……」
「でも君は、そんな普通コースの中でもエリートだ。とくに、陸上では君は普通コースの英雄だろう」
そんなことをつらつらと並べる理事長先生からは、褒めているという感じがしなかった。
見下されているような、値踏みされているような。矢っ張り苦手だ。
俺は、今すぐにこの場を離れたいと鞄を片付ける。
「俺、もっと頑張ります。今からランニングしてくるんで、帰ります。ありがとうございました!」
逃げるように、俺は頭を下げる。少し無礼だとは思ったが、息のつまるような、蛇に睨まれたカエルにはなりたくないと廊下に出る。
そんな俺を追うこと無く、理事長先生は俺に声をかける。
「恋煩いは、時間の無駄だよ。高嶺君。君は、陸上に撃ち込むべきだ。思い人も、きっとそれを望んでいるはずだよ」
と、後ろからそんな声が聞え、呪縛のように俺の身体を縛り付けた。
(理事長先生に何が分かるんだよ……!)
そう思いつつも、そうしないとと、俺はその日ガラにもなくクタクタになるまでランニングを続けて、倒れるようにベッドに沈み込んだ。
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