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第1章 一輪の白いアネモネ
case11 ハプニング
しおりを挟む「あ~今日も終わった、終わった。おい、明智、また勉強教えろや」
「それが、人にものを頼む態度か……はぁ、でも言うだけ可愛い方か」
「だろ?」
午後の授業も受けきり、夕食を食べこれから就寝まで勉強会を、と俺達は並んで廊下を歩いていた。教官達とすれ違えば1列になって挨拶をする。ここに来て、そういう習慣が身についた気がする。
「つか、空お前本当に小食だな。ちゃんとくわねえと、伸びねぇぞ?」
「でも、ミオミオお腹空いてそうだったし」
「俺の事はいいって、食べろよ。倒れても知らねえぞ」
「いいや、本当にお腹空いていないだけだから」
と、空は両手と首を横に振っていた。
空の小食は子供の頃から知っていたし、そういう奴だって言うことは分かっていたが、決められた量の飯を俺によこすところを見ると本当にいつか倒れてしまうんじゃないかと思った。栄養が身体にまわらなければ、筋肉もつかないだろう。それをネタに、背が伸びないと言えば決まって同じような反応をしたため面白かった。そんなことを思い出しつつ、明智の方を見た。
「明智はその点、偏食しねえよな」
「まあ、栄養が考えられているこの学校の飯に関しては何も言わねえけど。あーでも、彼奴は刺身が嫌いだったか」
「彼奴?」
そう俺が聞き返せば、明智は慌てて「こっちの話だ」とはぐらかした。そういえば、授業が始まった1日目の昼食時に、恋人がいると聞いたことがあったと、今になって思い出した。その明智の言う「彼奴」とはきっとその恋人のことを指しているのだろうと察する。
可愛いところもあると、ニマニマ見ていれば、気づかれたと思ったのか明智は顔を赤くしていた。ウブだなあ、とつくづく思う。
俺は、隣を歩く空を見ながら目を細めた。
(明智の恋人は「幼馴染み」らしいじゃねえか。俺達も、そういう未来があるのか?)
スッと空の手に伸びていた自分の手を引っ込めつつ、俺はそんな未来は訪れるわけないと首を横に振る。
俺はそもそも、そういうことまで望んでいない。今の関係が崩れるぐらいなら、「親友」であることを選ぶ。そう決めたんだ。たった3年離れているだけでも胸がはち切れそうになったんだ。だから、考えたくもねえけど――――
「ミオミオどうしたの?」
「んあ!?何でもねえよ」
「わぁ、キショい声」
声が裏返ったというか、喘ぎ声みたいになってしまい、空は勿論明智にも引かれてしまった。
空が心配そうに見てきたため、何事もなかったかのように振る舞うが、変なものを見るような目で見られたのは言うまでもないだろう。
だが、今はそれでいいと思う。
今の関係を崩さないためにも、俺が我慢すればいいだけの話だ。俺は今考えていたことは絶対に口にしないと決めつつ、胸元に違和感を感じ、服を撫でると制服の第2ボタンがなくなっていることに気がついた。
「ない……」
「何がだ?高嶺」
「だから、ねぇんだよ」
「え?だから、何がないのミオミオ」
「制服の第2ボタン!」
俺がいきなり声を出したものだから、2人して肩を大きく上下させ、驚いていた。
しかし、2人の反応にいちいちリアクションを返している暇などない。第2ボタンがどこにもないのだ。確か、昼休みまではあったはずだ。それから、ずっと……いいや、誰も制服の第2ボタンがなくなったなど気がつかないはずだ。
だが、俺は顔面蒼白になって2人をガタガタと見つめていた。俺は、怒られるのが嫌いだ。
「な、なあ……黙ってたらバレないよな」
「いいや、行ってこい。高嶺。1つのミスが、団体の行動を乱す原因になるんだ」
「……バレなきゃ」
「行ってこい、高嶺。お前のミスだ」
明智にいい方法はないかと助けを求めたが、彼は元より真面目だったことを思い出し、助けてくれるわけもなかった。助け船をと、空を見ても苦笑いをするばかりで、俺は逃げられないことをさとる。
言わなきゃバレない、そんなところバレない、と取り敢えず逃げ道を探すが、ここで報告しに行かなければ確実に怒られることが目に見えている。いや、いったとしても怒られるし、周りに迷惑がかかるのは十分承知の上だが……
「お、怒られる……ッ」
「高嶺」
「わかった、わーったよ、いってこればいいんだろ!クソォ……」
明智の睨みなど可愛いものだと思った。警察学校の教官は、高校時代の陸上の顧問よりも100倍怖い。明智の言う通り、1つでも行動が遅れたら全体が乱れてしまう。それは分かっている。
「ああ見えてね、ミオミオ怒られるのすっごく苦手なんだ。オレも何だけど、ほんと大人から怒られるのが苦手で、ああやって駄々こねて子供になっちゃうの」
そんな空の声を聞きながら、俺は大きく息を吸い込み、覚悟を決め2人に頭を下げて教官の元へ向かった。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……いいや、逃げてえ!」
心の声は、表に出てくる。
冷や汗が止らない。ガタガタと震える足は止めようがなかった。この年になって、何をびびっているんだという話になるが、俺は空のいったとおり、大人に怒られるのが大の苦手だった。皆誰しもそうだろうが、いつまで経ってもこれに関しては子供のままだと思う。失敗を隠蔽しようとする。だが、警察学校ではそれは許されない。言わなきゃもっと怒られるのが目に見えているからだ。
「――――失礼いたします。教官!制服の第2ボタンをなくしてしまったため、報告に参りました」
もたもたしている間にも時間は過ぎていく、俺は震える手で扉を開けギュッと拳を握った。
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