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第2章 一輪の紫アネモネ
case04 同期の弱った姿
しおりを挟む「ふーん、元プロのピアニストねぇ。つか、空お前ピアノとか聞くのかよ」
「失礼だなあ、ミオミオは。聞くよ。まあ、頻繁にではないけど……でも、神津恭って有名だよ。あの若さで海外のコンサート開けるぐらいの」
ガヤガヤとする店内。
あの後、一応明智の住む兼、探偵社にあげて貰い昔話に花を咲かせることもなく、ただ自己紹介をしただけで大半が終わり、あの亜麻色の髪の男が明智の言っていた幼馴染みで恋人の神津恭だということを知った。ネットで調べてみれば、もうゴロゴロと神津の記事はでてきて、あまりにも有名人過ぎて、そんな奴の幼馴染みである明智がハイスペックなのも何となく理解できた。
この言い方をすると明智は嫌がるだろうし、何処か明智は神津に劣等感を感じているような所もあったため、絶対に口にはしない。だが、類は友を呼ぶとか何とかだったか……いいや、下手なことを言うのはやめて、ただその元プロのピアニスト有名人の隣に立てる明智は矢っ張り凄い奴なんだと思った。だが、そんな明智も神津に押されていた。
(よかったなぁ、愛しの恋人が戻ってきて)
フラれた記念に合コンを、と思っていたのだが恋人は健在だし……でも結局人数あわせの兼ね合いで空の強引な押しもありついてきて貰うことになった。まあ、反応は予想通り最悪だった。そりゃ、好きな奴が恋人がいるのに合コンに連れてこられているのだから嫌な顔をするのも無理ない。
だが、それとはまた別にどうも浮かない様子の明智がいた。
明智は酒が弱いようで、ちびっと子供みたいにビールを口に含むと眉を寄せて苦いというように舌を出す。それを隣で恋人である神津は笑っていたが、すぐに神津は俺達が集めた女達に囲まれ、明智は蚊帳の外へと追い出される。神津はそんな明智を構う様子もなく、あったときと変わらない大衆向けの貼り付けたような笑みで喋っていた。あれは、勘違いされそうだな、と見ていてイライラした。
明智が可哀相に思えてきた。
(久しぶりに会うのに、すげえ悪ぃことしたきがした)
罪悪感はあった。ダチにこんな顔させちゃいけねえだろうって、けれど、どんな言葉をかければ良いかも分からずに、俺は取り敢えず2年前のノリで明智に話し掛ける。
「何だよ、嫉妬してんのか明智」
「………………なわけねえだろ」
「なら、その間は何だよ」
俺達とは目も合わせず、横目で神津を見るばかりだった。すっかり変わっちまったなあと思うと同時に、本当に可哀相に思えて、明智にもこんな弱いところがあったのかと、俺達の知らない一面を見て、少し寂しく思えた。
(どんな言葉をかけてやるのが正解なんだ?)
バカな俺じゃ、明智の欲しいような言葉をくれてやることは出来ないだろうと思った。10年も離れていたんなら、きっと思いがすれ違っているんだろうとか、もしかしたらレス期か? など色々想像は浮かんだ。だが、かけてやる言葉だけは浮かばなかった。
「お前の恋人ほんとモテるな。プロのピアニストだっけか?」
「ああ、実際見たことねえけど」
「ええ!?すっごく上手いんだよ。神津恭の演奏って!日本人で、それもあの年であれだけ弾けるってすっごい一時期有名で、数ヶ月前にいきなり姿を消したって話題になってたんだけど。ハルハル知らないの?」
「さあ。子供の頃から上手かったかし、彼奴の母親はプロのヴァイオリニストだしな。そういう血を引いてるんじゃねえ?」
「おいおい、自分の恋人のこと何も知らねえのかよ」
空のうんちくに近い話しも、明智は興味なさげに言った。自分の恋人のくせに、何も知らねえ明智は不思議だったが、もしかしたら離れている間、悲しくならないようにと神津の事を考えないようにしていたのかも知れない。俺はそう結論づけた。
だが、互いを知っておいて損はないと思う。離ればなれになっていたら尚更だ。
(明智に、暗い顔は似合わねぇよ。俺だったら、恋人じゃねえけどダチとして笑顔にさせてやれるんのに)
テーブルの下でグッと拳を握った後、俺は頬杖をつく。
「何か、お前ら名前だけの恋人って感じだな」
「ちょ、ミオミオそれは不味いんじゃ……」
「あ?」
空に制止されたときには時既に遅しだった。
口からぽろりと零れた言葉は、明智にとって痛い以外の何でもなく、傷つけたか見津を許さねえとか思ったくせに、自分から傷つけてしまったのではないかと。空に言われて、我に返り、明智を見れば哀愁漂う表情で、何処と無く切なげで苦しそうな瞳で神津を見つめていた。
「そう、かもな……」
「いや、明智……俺は」
訂正しようと言葉を探したが、探せば探すほどフォローも何も出来ず、俺はあたふたと明智の前で手を振ることしか出来なかった。そんな俺達のことなど気にも留める様子もなく、神津と女達はわいわいと騒いでいる。全く独壇場だと思いつつ、どうにか明智にいった言葉を訂正しようとすれば、明智はバッと起き上がり、苦手なはずのビールを一気に飲み干した。
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