アネモネの約束

兎束作哉

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第2章 一輪の紫アネモネ

case06 君とみる朝の海

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「ん~早起きして正解だった」
「あんだけ、ぐずってたくせにな」
「それは、言わない約束!でも、ミオミオが起こしてくれたから、こうしてここにこれているわけだし」


 朝日が昇り始めた水平線を眺めながら、潮風に当てられ俺達は砂浜を歩いていた。
 海岸線沿いの道路に空の車を止めて、白い砂浜を離れて歩いていた。


「そういえば、矢っ張り格好いいなあの車。MR-2だったっか?」
「そっ、2代目SW20型、某車の会社が出しているMR-2。白色格好いいよね~」
「お前の乗りもの好きには頭が上がらねぇよ」


 給料とローンで買った空の車は、男のロマンがつまったスポーツカー。それも2人乗りときて俺を乗せるために買ったのかと一時期思ったことがあった。そう思ってしまっているのは、空がその助手席に俺以外を乗せたことがないからだ。もし乗せていたとしたら発狂してしまうかも知れない。欲張りで、貪欲で、最低だけど。
 白い砂浜は靴を脱いでいても足を取られ、上手く前に進めなかった。海に来るのは本当に久しぶりだ。
 この後仕事があると思うと地獄以外の何者でも無いが、まだ朝の6時前。ランニングをしている奴や、車も数台しかすれ違わなかったため、この砂浜には2人だけ、まるで世界に2人だけになったようだと錯覚するほどだった。


「ミオミオ、貝殻見つけた!」
「んなもん、珍しくも何でもねえだろ」
「うわ~ひっど~」


と、言いつつも、空は嬉しそうに波打ち際から少し離れた所に落ちている小さな貝を拾っては、また海に放ってを繰り返している。

 その顔が、あまりにも無邪気で可愛くて思わず頬がほころんでしまう。 
 小さい頃にもまた違う海だがきたことがあったとぼんやりと過去の事を思い出していた。お節介な姉ちゃんもいて、2人だけではなかったが、限り無く2人だけの世界に入り込んでいた。あの頃の手は小さかったから、そこまで大きくない貝殻ですら大きく感じたものだ。そう思うと、かなり時が経っているのだと思う。


「ミオミオ浮かない顔してる?」
「ん?いや、ちょっと過去に浸っていただけだ」
「ふーん、珍しい」
「珍しいって何だよ」
「ん~あんまり、言葉で言い表せないんだけど。オレ達はずっと一緒にいるから……ああ、そりゃ高校の時は一緒にいる時間は少なかったけど、他校だって言うのに頻繁にあってたしね……」


と、空は自分で言い出したくせにあたふたとし出した。それがまた面白くて笑ってやると「笑わないでよ」と耳を赤く染める。


「だから、何て言うんだろう……話がずれちゃうけど、ハルハルとユキユキってさ……そういうのがなかった訳じゃん」
「……おう」
「10年も離れていて、本来なら作れたはずの思いでも、青春も出来なかったわけで。ハルハルはそのせいかよく分からないけどさ、学生時代勉強に明け暮れていたっていったし。オレ達みたいに友達、いなかったんじゃ無いかな。だから、それも知らずに恋人で互いの距離の縮め方が分からないとか」


 そう言って、空は一旦息継ぎした。

 あのクソみたいな合コンの次の日、ランニングついでに明智を呼び出し、何故か神津まで現われたとき空がぽろりと神津に対して「友達が少ないんじゃないか」と爆弾発言をした。明智が友達が少なかったため、彼奴の方が自分にいわれたのかとダメージを負っていて、ご愁傷様と思いつつ神津の方を見れば、彼奴も彼奴で図星だというように目を丸くしていた。空の言うとおり、ダチの定義も知らねえのに、過程すっ飛ばして恋人なんて成立するのかと思った。
 彼奴らは離れていた時間が長すぎるせいで、何も分かっちゃいねえし、きっと10年前のままなのだと。
 本当に哀れというか、可哀相な奴らだと。明智に対しても神津に対しても思った。どっちもちゃんと人間だ。完璧だと言ったことは訂正する。

 そういうこともあって、空考案の「遅めの青春大作戦」が決行された。

 合コンの次の日は、カラオケと温泉に4人で行った。慣れないことばかりだったが、神津は楽しそうにしていたし、明智もそれなりに楽しんでいた。明智に関しては、2年前を思い出すように笑っていたのが印象的だった。
 俺も空も懐かしくてつい調子に乗っちまったけど、背中を押すって言う意味では全く役には立たなかった。


「オレ達はオレ達だけどさ……4人でいるときはオレとミオミオ、ハルハルとユキユキっていうくくりじゃなくて、4人で友達って感じして楽しいよね」


と、空は足を止めて振返って言う。

 まだ私服で制服に着替えていない空は、警察でも何でもない俺の知っている幼馴染みだった。別に制服を着ようが変わらないんだろうが、それでも、誇りも守るものも規律もない。警察官の制服から解放された自由な空を見ていると、ふと彼があの大空に連れて行かれそうな飛んで言ってしまいそうな感覚を覚える。
 何処にも行かないだろうけど、それでも、彼奴は自由になったら翼が生えたら空を選ぶんじゃないかと。


(ファンタジーの読み過ぎだな)


 別に本を読むわけではないが、それでもそんな想像をしてしまう。空はきっと海よりも青空が似合う男だから。


「ミオミオ」
「んん?何だよ」
「呼んでみただけー!」


 そう言った空は、俺の想像とはかけ離れていて、しっかりとその地に足をついて俺の名前をいつものように呼んでいた。


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