アネモネの約束

兎束作哉

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第3章 一輪の赤いアネモネ

case12 『そういう』好き

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 ドクン……と心臓が脈打つ。

 大きく跳ねた後、心臓は呼吸するのも困難になるほどバカみたいに脈打ち始めた。


(『そういう』意味で好きって言ったら?)


 僅かな期待と、あり得ないと頭の中で自分じゃない誰かが言う。もしそうだったとしても、その言葉が本当だったとしてもだ、俺はもう心に決めている。だが、揺らされているのは事実だった。


「『そういう』意味って、どういう意味だよ」


 そう俺が聞き返せば「分かってるくせに」と馬鹿にするように笑われる。
 どんな顔をして言っているのか気になるところだが、そこには触れないようにする。

 もし、俺の思っている「そういう」意味であるのなら、俺はどう答えるのが正解だろうか。彼奴が本気で、それで不器用にその言葉を伝えてくれていたとしたら、俺は何て返すのが正解だろうか。

 答えなんて一通りじゃないだろう、だが出るはずもなかった。

 ぐっと握り込んだ拳は爪が食い込み、痛みが走る。そんなことをしている間にも、空は話を続けていた。だが、それはどこか遠くで聞こえるように感じる。


「ねえ、澪。オレさ、自意識過剰かも知れないし、勘違いだったら恥ずかしいんだけど……澪がオレの事『そういう』目で見ていたこと知ってたし、オレもずっと前からそうだったんだよ?澪は気づいていなかったみたいだけど」


と、何処か可笑しいというように笑う空に、オレは口を尖らせる。

 だがそれも初めて聞く話で、ドッドッと煩く心臓が鳴っている。


(空もずっと前からそうだった?そんな素振り見せてねぇじゃねぇか)


 純粋無垢で、ガキみたいだった空がそんなこと思っていたなど知らなかった。1番近くにいたくせに何も気づかなかったのかと。
 気づけるはずもなかったんだろう。俺は自分の事しか考えていなかったし、そういう可能性を最初から排除していたのだから。


「いつから?」
「いつだったかな~でも、すっごく前からだよ。あっ、あの前かも、ほら中学生の時ミオミオの家に行ったじゃん。ゲームして、それから……」


 そんな昔話をする空に、懐かしいなと思いながら耳を傾けた。
 だが、それと同時に空は俺のことを恋愛対象としてみていたということに驚きしかなかった。


(あれって、確か抜き合いした時のことだよな……って、めっちゃ前じゃねぇか!)


 もう一度空の言葉を思い返して、俺は口に出ないようにツッコミを入れる。本当にあの時から「そういう」対象であったのであれば、俺達は両思いながらあんなことをしたと言うことになる。いや、その後もずるずるとやっていたが。


(いや、はずかしすぎんだろ……)


 互いに意識し合って、それを口に出さず顔に出さずやっていたと思うと、本当に何で気づかなかったんだ。と自分の鈍感さに呆れてものも言えない。
 だが、そう空がカミングアウトしてくれたことで何となく自分の中でストンと落ちた気がした。


「そ、それで……さ、澪あってるよね?」
「あってるって?」
「だから、オレ間違ってないかって話し、自意識過剰とかそう言うのじゃないって……思ってるけど」


と、消えそうな声で言うので俺はふはっと笑ってしまった。


「違いねぇ、あってる。俺もお前の事が『そういう』意味で好きだった」
「そっか、よかった」


 そう空は胸をなで下ろす。

 互いの気持ちを確かめ合ったところで、俺も空もそれ以上は踏み込まなかった。長年両片思いを続けてきて、それこそ神津と明智みたいな関係だった。だが彼奴らのように俺達が「恋人」を選ばないのは、彼奴らを見てしまったからだろう。
 暫く沈黙が続いた後、扉が向こう側から押される気配がし、俺は立ち上がった。
 開かれた扉から空がひょこりと顔を出し、俺を見上げている。おずおずっと少し怯えているようで眉がハの字にまがっていた。それすらも愛おしく感じてしまう。目の周りは紅く腫れているから泣いていたのだろうと容易に想像がついた。


「澪……」
「……空」


 互いに見つめ合って1歩もその場を動けなかった。時間が止ったように感じる。そんな中、先に動いたのは空の方だった。 
 ゆっくりと近づいてくる空に、俺は息を飲む。扉は完全に開かれ、俺達を阻むものは何1つなくなった。

 あと1歩、俺達を阻んでいるのは何だったか。
 空は、俺の出を伺っているようであと1歩を踏み出そうとはしなかった。扉越しに話していたためか、まだ確信できていないと言ったような顔をしていた。自分だけじゃないよな? そんな空の心中が察され、俺は困ったように息を吐いて笑う。


「何笑ってんの。怒るよ?」
「空のその顔見てたらな、何か笑えてきて」
「人の顔見て嗤うの最低。あっ、でもミオミオが警察学校時代教官に怒られて泣いてた顔、笑いこらえるの大変だったんだから」


と、減らない口でぺらぺらと過去の事を堀りあげてくる。そんなの土の中に眠らせておいてやれよと思いつつ、俺達はそんなくだらない話をして笑いあった。

 だが、それも束の間だった。俺が半歩を進めれば、空も同じように進んできた。
 そのまま距離が縮まり、互いが手を伸ばせば届く範囲になる。
 そして、俺の手は空へと伸びて行ったが、これではないと手を止める。空はどうして? というように不安げに首を傾げる。


「んな、不安な顔すんなよ。そうじゃねぇと思っただけだ。ほら」


 俺は、そう言って両手を広げた。
 空は俺が何をしたいか察し、フッと口角を上げた後かなわないなあ何て呟いて1歩を踏み出し、俺の胸に飛び込んできた。


「ははっ、ミオミオ温かい」


 そう言って笑った親友の顔は、相変わらず幼くて、俺の大好きな笑顔だった。


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