アネモネの約束

兎束作哉

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第4章 一輪の青いアネモネ

case04 共犯

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「彼女、爆弾魔はアタシの級友……もしかしたら彼女は今でもアタシのことを友人だと思っているかもしれない。だが、アタシは彼女がどこで何をしているのか全く分からない」


 そう淡々と告げた綾子に少し寒気がした。

 ただ情報をつらつらと述べているだけのようで、もし彼女が言った通りこれまで捌剣市で起こった爆破事件が写真に写っている少女が起こしたものであれば、たくさんの被害者が出ているというのに。ただ被害者の数字を述べているだけのような綾子は人の心があるのかと疑いたくなってしまった。


(爆弾魔の友人っつうなら、人の心がねぇのかもしれねぇな)


 全く最低な言い方で綾子のことをまとめて、俺はもう1度写真に目を移した。
 あの日、神津が死んだあの日ジュエリーランドで出会った少女。綾子と年が同じであれば今は成人しているだろうが、あの日、俺を引き留めた少女がそのまま写真に写っていたのだ。あれは偶然だったのか、それとも仕組まれたことだったのか。今となってはその真相は闇の中だが、綾子はそれを知っていたということになる。


「じゃあ、あの日、お前は彼奴と一緒にいたっていうのかよ」
「……4年前、いや5年前か。いいや、あの時は一緒じゃなかった。それに、仲がいいというわけではない。むしろ、アタシは嫌悪していた」


と、綾子は爆弾魔の協力者ではなかったことを自首する。

 その言葉がもはや、嘘か本当かは分からない。だが、知っていて綾子は警察に言わなかったということになる。ならば、もう協力者と言っていいのではないだろうか。


「なぜ知っていて何も言わなかった」
「信じたくなかった……と言えればいいが、気づいてもいた。彼女の行動理由も、馬鹿げた遊戯も全て」
「遊戯だと!?人が亡くなっているのにか!?」


 本当に、機械のような女だと思った。なぜ平然としていられるのか、平気とそんなことを言うのか、理解に苦しんだ。俺とは全く違うと、身体が拒絶している。
 しかし、ふと顔を上げて綾子を見れば、苦しそうにゆがんだ顔をしているのが見えてしまった。深く後悔しているとでもいうような顔に俺はハッとする。綾子の事情も何も知らない。知ろうともしずに、俺は決めつけてしまった。


「……悪い、今のは完全に俺が悪かった」


 4年前と変わっていない。感情に任せて怒りをぶつけたところで、そいつに響くかもわからない。吐き出したところで一時的になるだけだと。


(落ち着け、落ち着いて整理しろ)


 何度も深呼吸を繰り返す。この癖だけはどうにも直らなかった。蛇足も、余計なことを言うことも。努力しても、すぐに口が出た。
 初対面にも近い相手だ。落ち着かなければと。


「高嶺刑事」
「気にするな……っつっても、食って掛かったのはこっちだし、お互い様だ」


 何もお互いさまではないが、ベクトルも違うし。と思いながら、俺は綾子を落ち着かせるために微笑んだ。ぎこちない笑みに、綾子は怪訝そうに笑った。


「それで、お前のダチが爆弾魔ってのは本当なのか?」
「ああ……彼女が事件を起こした理由も私に関わるものだからな」


と、綾子は言うと目を伏せた。

 やはり想像がつかない。
 綾子から発せられる言葉は全て意外なもので、次に何が飛び出してくるかわかったもんじゃなかった。だから、食い入るように聞いていた。


「お前が指示したとか?」
「とんでもない。そんなことする理由もないし、していたとしたら自首をしている」


 綾子は、俺の言葉に過剰に反応した。それは共犯だからという感じのものではなく、ただたんに無実を証明しようとしているだけのようだった。疑うのも話を聞いてからだと自分に言い聞かせる。
 綾子は俺の一言で機嫌を悪くしたらしく、もともと悪い目つきをさらに鋭くさせた。


「少しは、アタシの話を聞いてほしい。勝手に想像で悪者にしないでほしい」
「わ、悪かった……」


 年下の女に尻に敷かれるとは気分が悪かったが、ごもっともなことで、俺は言い返す気力もなかった。綾子ははぁ……と大きなため息をついたのち、机の上で手を重ねて話をつづけた。


「彼女、名前は高賀藤子っていう……高校時代の友人で、私と出会う前からマフィアとつながっていたらしい。アタシから彼女に話しかけることはなかったし、そもそも目を付けられたっていうのが正しいか」


と、綾子は過去を振り返るように言う。

 友人、と言っている割には他人のように言う綾子に違和感を覚えた。


(他人というよりむしろ……)


「そして、彼女が事件を起こした理由だが、アタシのため、らしい」
「らしいって、お前が指示したんじゃないなら何なんだよ」
「常人じゃ理解できないし、アタシも理解できない。でも、彼女は言ったんだ。『綾子の大切な人を殺せば、綾子は自分のことを見てくれる』と」


 狂ってるだろ? と自称気味に言う綾子。

 俺もその理由に絶句し、言葉を失った。
 そんな狂った理由で、明智や神津は殺されたというのか。
 怒りだったか、呆れだったか、何だか分からないが握ったこぶしはわなわなと震え、どこかにぶつけなければならないほどに強く握られていた。


「アタシは、そんな馬鹿な理由で事件を起こした藤子を許すことはできないし、昔の私は、アタシに興味がなくなればいいと避けていたが、彼女がそれをやめることはなかった。アタシが目を背けていた内に、取り返しのつかないことになっていた。目を背けていた過去の自分が許せない……だから、アタシは明智探偵の仇を、彼女と向き合うために高嶺刑事とこの事件を、爆弾魔を捕まえたいんだ」


 ――――お願いします。

 そういった彼女の声は顔は真剣そのものだった。




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