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第4章

09 確かめ合って

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 熱くなった身体を羽に触れるように抱いて、彼は私をベッドの上に下ろす。


「今、ラパンさんが解毒薬を作っているので、もう少しです。スティーリア様」
「……ファル……っ」


 彼は、私の両手首をつかんで、覆いかぶさってきた。彼の香りが近くて、少しの汗の匂いがまた媚薬のように身体を熱くさせる。けれど、彼は……正気を失った私を押さえつけていた。けれど、彼は私を抱こうとしない。


「どうして……」


と、問えばファルクスは応えてくれることはなくて、そのまま荒々しく口付けられる。彼の唇は凄く熱くて溶けてしまいそうなぐらいだった。舌を絡み取られ激しく吸われる行為に私は頭が真っ白になりそうになるが必死に堪えた。こんなんじゃ足りないの。もっとちゃんと抱きしめて欲しいのに。

 ファルクスは、いつこっちに戻ってきたのか。討伐はどうなったのとか、色々聞きたいことはあるけれど、彼からかすかに血のにおいがして背筋がゾワゾワした。でも、そんなことどうでもよくて、彼は私と目を合わせなかった。


「なんで、目を、合わせてくれないの……?」
「……っ、今、貴方は媚薬におかされています。それに、今貴方を抱いたら、きっとまた傷付けてしまう」


 暗闇の中で光った夜色の瞳は悲しい色をしていた。何か、痛みに耐えるようなそんな瞳で彼は私を見るのだ。そして、ゆっくりと私から離れていく。いかないで、とぎゅっと彼の腰に手を回して、私は火照った身体を彼に押し付けた。
 理性を働かせようにも熱くて頭が回らない。ただ今はファルクスと離れたくないという感情が強くなっていた。きっと媚薬のせいだとしても私がいま彼に求めているものは一つしかないだろう。分かっている。ファルクスのいうとおりだ。
 媚薬に侵されている私に乱暴したくない。きっと、大切に思っているからこそ、そんな婚約者を抱きたくないのだと。けれど、彼の表情から感じられるのはそれだけじゃなくて、あの日、私に噛みついて、怪我をさせてしまったことを引きずっている……それを感じてしまった。
 私が作ってしまったファルクスとの間の溝。それを埋められるのは私だけなのに、身体が動かなかった。ちゃんと言葉にして伝えてあげないと。


「ファルクス、お願い」
「ダメです」
「なんで……私は、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないです。だから、また、傷付けてしまう……から」


 力なく、彼はその場に座り込み顔を手で覆いながら私の視線から逃げる。そんな彼が痛々しくて、私は立ち上がって彼の側に向かった。 
 ファルクスはまるで壊れ物を扱うように私を遠ざけようとするけれど、それでも……彼がいつもみたいに求めてくれないことが悲しくて、辛くて仕方がなかった。


「命令よ、ファルクス。私を抱きなさい」
「……」
「どうしたの、ファルクス」


 染みついてしまった、彼への命令。でも、それはさらに彼との溝を深めるものだ。
 ファルクスは顔を上げると、私の肩を掴んだ。少し痛いぐらいに。


「貴方にとって、俺はどういう存在なんですか」
「どういうって……婚約者、だと思っている、わ」
「なら、どうして、俺にまた命令するんですか?」
「それは……」


 彼の服を掴んでいた手が緩む。図星だった。
 自分の思い通りにしようとしている。彼は、私の婚約者なのに、当の私は、そんな関係になれていない。彼が、婚約者らしくないんじゃなくて、私が婚約者らしくないんだ。
 ハッと顔を上げれば、ファルクスは泣きそうな顔で私を見つめていた。


「ファル……」
「スティーリア様を傷付けたこと、とても後悔しています。もう傷付けたくない……けれど、傷付けたい、そんな二つの気持ちがあって辛いんです。だから、離れようと思った。こんな状態では貴方を抱きたくない、抱く資格がない……でも、貴方も、俺を傷付けた」
「……っ」
「俺は、スティーリア様の犬です。貴方が、そうあれというのなら、犬に成り下がりましょう。でも、貴方が俺を受け入れてくれて、婚約者だっていってくれた……そこで、俺とスティーリア様は対等になったと思っていたんです。そう思っていたのは、俺だけですか」


 ぽろり、と彼の瞳から涙が零れた。それをみて私の胸は酷く痛む。ファルクスはそんなつもりで言ったわけじゃなかったのだ。ただ彼は私を大事にしてくれただけ。私を思いやって言ってくれただけだ。なのに私は……なんて浅ましいのだろうと自分が嫌いになる。
 罪悪感を感じて、彼をそのまま抱きしめた。ポンポンと背中を撫でてあげれば、涙のにおいがしたけれど、少しづつ落ち着きを取り戻してくれたらしく私に体重を預けてきた。ズキズキと痛む罪悪感を抱えたまま、私は彼を抱きしめながら何度もごめんなさいと謝る。


「違う……謝らないといけないのは私なのに」
「え……?」
「本当は、貴方を拒絶したんじゃない……怖いと思ったから拒絶したわけじゃないの。怖かったのは事実だけど、それ以上に、求められることになれていないの」 


 そう、あの時の感情がそういうことなんだったら説明がつく。拒んだ理由なんて一つだ。けれど、それを言葉にして出す勇気がなくて私はファルクスを抱きしめることしかできなかった。そんな私を彼は抱き返す。


「ごめんなさい。私が間違っていた。貴方は、私の言うことを素直に聞いてくれるから、それに甘えていたのかも知れない。その関係がずるずるといって……辛かったでしょ。私が言う資格なんてないかも知れないけれど」
「いいえ、いいえ、スティーリア様」
「ファルクス、ごめんなさい。私と、貴方の関係は婚約者よ。それ以上でもそれ以下でもない。主人と従者でもない……私が愛しているのは貴方だけ。ごめんなさい、ファルクス。許さなくてもいい。でも、これは媚薬に犯されているからでも何でもない……私の言葉よ。ファルクス愛してる」


 そういって、私は彼に口づけをする。優しく触れるだけのキス。けれど、欲しくて、我慢できなくて。こんな状態で、こんなことをするべきじゃないと分かっているけれど……彼への愛おしさが抑えきれなくてそっと舌を入れた。ファルクスは拒否することなく私のキスを受け入れてくれる。もっと彼が欲しくて私は彼の首に手を回した。ちゅるっと彼の舌を吸えば甘い声が漏れて、それが可愛くて何度も何度も味わうようにキスをする。


「んっ」


 少し目を開ければ、ファルクスの瞳に光が戻っていていつもの夜色の瞳が見えた。それすら嬉しくて涙が零れた。彼の瞳からも涙が零れる。


「いいんですか、スティーリア様」
「スティーリアで、いいわ。ファルクス。私達は対等でしょ?」
「…………スティーリア様、スティーリア」
「何?」
「いいのですか。俺で……俺はまた、貴方を傷付けるかも知れない」
「受け入れるわ」
「嫌じゃないですか。無理していないですか」
「していると思うの?」
「……」
「ファルクス。私は、貴方に求められたい。あの時はちょっと怖かったけど、求められて嬉しかったのは事実よ? だから、求めて欲しい。私も求められた分、貴方を受け入れるわ」


 スルリと彼の涙を人差し指で拭えば、彼は少し緊張したように顔を強張らせる。それでも私はファルクスの首元にキスを送る。


「スティーリア」
「何?」
「好きです、愛しています。誰よりも、何よりも愛しています。貴方だけを、ただ……」


 そしてまた口付けを交わせば、互いの身体が熱くなってくる。ただ彼に触れられているだけで身体の奥が疼いてどうにかなりそうだった。私達はゆっくりとベッドに移動し、シーツに身を落とした。


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