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第4章 片割れ時の一等星

13 side朔蒔

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「――陽翡星埜、陽翡星埜、陽翡星埜、……」



 星埜の名前。響きも最高に好きだった。
 怒った顔もさ、笑った顔も、林檎みたいな真っ赤な顔も。俺、どれも好きだったんだ。
 運命って、俺にとって星埜のこと。星埜の運命は俺以外あり得ないって、そう自負してた。星埜以外いらなかった。星埜が俺の片割れで、運命で。それだけで、満足してた。

 でも、全然普通の楓音ちゃんと出会ってさ、俺の中で少し変わったんだ。
 欲しかった、ともだちって奴が、出来た。それが楓音ちゃんだった。俺と、星埜と、楓音ちゃんと。三人で過ごす日々は楽しかった。俺が欲しかった二つ目のもの。それが、ともだち。

 けど、それは奪われた。あの、父親に。



「……は、何やってんの」
「見たら分かるだろ。こそこそつけ回してる犬の駆除だ」
「…………狂ってんな」
「その狂ってる奴の血をひいているのは、何処の誰だよ。ったくさァ、自分の立場考えろって」



 ある日、帰ったら父親がキッチンで捌いていた。人間を。大きな鉈で。新聞が床に敷いてあるけど、それではまかないきれないほどの血が床に滴っていた。見慣れた光景のはずなのに、まな板の上に見えた明るい茶髪を見て、吐きけがした。いや、見間違えって、そう信じ込ませて、星埜の家に転がり込んだ。星埜は俺が何を見てきたかなんて知らないから、かき氷奢ってくれて。それが甘くて美味しくて、現金な俺は、それですっかり昨日見た事を忘れちゃって。星埜がテレビをつけるまで、気づかなかったんだよなァ。あれが、楓音ちゃんだったなんて。
 涙はちっとも出なかった。ともだちが死んだって知ったのに。星埜はあんだけぐちゃぐちゃに泣いてたのに。俺は、泣いてやれなかった。けど、痛かった。チクってした。チクチクって針で心臓に穴開けられるみたいだった。痛かったのに、涙は出なかった。

 けど、何処かで分かってたんだよ。変わったんだよ。変わったって、自覚はあった。
 俺は、あの日、あの時抵抗できなかった琥珀朔蒔になりきれない子供じゃないって。運命の片割れを見つけて、琥珀朔蒔っていう一人の人間になったからこそ、父親に狂ってるって言えたのかも知れない。そして、父親の言葉を否定しようと思えたのかも知れない。
 昔の俺じゃないって、自分で分かるほどに。



(俺は、殺人鬼の血を引き継いでいても、クズとは一緒にならない)



 医者の子供は医者になるのか。俺は、ならないって思ってる。

 その証明がしたかった。でも、あの父親の言葉が耳に残って、脳みその中を這いずり回って、俺を縛り付けていた。
 だから、好きだって告白してくれた星埜に聞いたんだよ。全て告白して、楽になりたかっただけかも知れないけどさァ。そして、大好きな星埜に全て否定された。運命だと思っていたのに。片割れに否定されて、目の前が真っ暗になった。
 でも、タイミングが悪すぎたって、あとから気づいた。それに、星埜にいったところで、これは仕方がないことだったのかも知れないと思った。まァ、いずれ話そうとは思ってたけどさァ。

 殺人鬼の息子の俺を、愛してくれますかって。

 普通、嫌だよな。分かってる。でも、星埜だから、これまで、俺の事受け止めて、時に否定した星埜だったから、何となく、今回も飲み込んでくれるだろうなって思った。



「はい、どちら様ですか」
「星埜くんのおともだちの、琥珀朔蒔です。星埜くん、いますか?」
「いや、今し方出かけていって……ん? 君の家に行ったんじゃなかったか?」
「……っ」



 訪ねたのは星埜の家。

 星埜のことだから、どーせ引きこもって頭だけで考えてるんだろうなって思って、家にわざわざ来た。一番は、家に来られて、父親と鉢合わせになったら、ってそんな恐れがあったからだけど。でも、出てきたのは、星埜の父親で、星埜は俺の家に行ったと。
 今、俺の家にいるのはあの父親で、ママンは夜まで帰ってこない。頭の中で警鐘が鳴った気がした。
 けど、星埜の父親を無視するわけにはいかず、俺はグッと固唾を飲み込んだ。嫌だよ、だって、俺、少年院に入れられるかもだし。
 でも、星埜のためだし、星埜と生きていくためには、必要だと思った。それに、星埜は、父親が復讐から解放されるのを願っていた。この間見たときよりも、星埜の父親の顔色は良くて、今ならきっと聞き入れてくれるだろうって、謎の核心があった。



「星埜の父ちゃん、歩きながらでいいから、俺の告白聞いて」
「それは、星埜に……」
「違う。アンタが、ずっと探し求めてた殺人鬼のこと、全部話すって言ってんだよ。だから、星埜を助けて」



 星埜の父親の目つきは一気に変わった。だが、自分を抑えようとしたのか、顔を一掃し、息を吐く。



「琥珀狂星……それが、君の父親だね」
「え、何で知ってんの」
「君の言葉遣いに関しては、仕方ない部分も多いが、もう少し色々と学んだ方が良い。星埜が教えてくれるだろう。だから、今は、君の家に連れて行ってくれないか――私と、星埜、そして君の未来のために」



 星埜の父親はそういって、俺の頭を撫でた。頼りある、そんな大きな手だった。温かくて、俺は思わず、頬が緩んでしまった。


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