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第4章 片割れ時の一等星

14 ごめん

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 いつもなら、もっと冷静に考えられたはずだ。



(バカみたいだなあ……俺)



 ちょっと考えれば、殺人鬼がいるかも知れない家にわざわざ一人で行くような真似はしない。でも、そうしてしまったのは、朔蒔のせい……



(いや、彼奴のせいではないな)



 人のせいにするのは良くないと、俺は自分の考えを否定しつつ、自分の愚かさを呪った。
 朔蒔に謝りたい。朔蒔が殺人鬼の息子でも、それでも俺は好きだって伝えたかった。その気持ちが先走って、頭の中朔蒔だらけになって、朔蒔のことしか考えられなくて。それで、得た結果が、これだというわけだ。情けなさ過ぎる。



「おい、何他事考えてんだよ!」
「……ッ」



 ガッと飛んでくる拳。じんわりと口の中に滲んだ血を飲み込んで、俺は顔を上げる。目の前には、ニヤついた男。俺の身体を押さえつけている男は俺の腹にもう一発と拳を喰らわせてケタケタと笑っていた。ベッドの上で、服なんて乱暴にちぎられ、脱がされたものもあって、両手両足は縛られている状態。そんな状態で、抵抗なんて出来なかった。下手に抵抗すれば、変なところにあの重い拳が落ちるかも知れないと思ったから。
 朔蒔の父親の狂気っぷりを間近で見て、朔蒔はこれに耐えてきたのか、と彼奴のことを思い浮かべた。
 朔蒔が幼稚なのも、暴力に訴える癖があるのも、きっと此奴のせいなんだろうな、とは思う。殺人鬼の血を受け継いでいるから……じゃなくて、感情を表現する方法が、朔蒔にとって暴力しかなかった、という話だ。そして、こんな父親じゃ、きっと紗央さんもかなり精神をすり減らしていただろうし、朔蒔どころの騒ぎじゃなかったんだろう。朔蒔を愛しているっていうのは分かったけれど、きっと、朔蒔のこと全肯定していたんじゃないかって。肯定するだけが、親の役目じゃないって、俺は思っているから。

 親は、手本であり、子供に良いことと、やってはいけないことを教える。ダメだって思った時はしかる、そうやって子供に善悪を教える存在だ。
 紗央さんは、この殺人鬼のせいで、朔蒔のことをしっかり見てやれなかったんじゃ無いかって。紗央さんが悪いわけじゃないし、勿論、朔蒔が悪いわけじゃない。悪いのは、全部支配して、踏みつぶした此奴だと。



「お前の目んたま、抉り出したくなるなァ。あの警察と同じだ」
「……」
「お前の父親だよ。彼奴も、殺してやりたかった。でも、彼奴を殺せば、道連れ喰らうか、サツに捕まるリスクも跳ね上がっただろうからな。殺したくても、殺せなかった。お前の母親同様、バラバラにして箱につめてやりたかったよ」



と、殺人鬼は笑う。

 本当に何一つ理解できなければ、共感できなかった。
 生れてくる家庭は選べないって、ほんとそうだよな、って朔蒔に同情心を抱いてしまう。それと同時に、その事を何一つ知らずに朔蒔と接してきたのかと思うと、自分が情けなかった。朔蒔っていう一人の人間の人生に、俺は何も影響を与えられていないんじゃないかと。彼奴も上手く隠し通したものだと思った。



(朔蒔、お前……辛いって感情、どっかに置き忘れちゃったんだよな)



 無いわけじゃない。でも、完全に心の中に辛いって感情がないから、中途半端に出て、泣けなかったんじゃないかって俺は思う。楓音ちゃんの時も、この家庭環境だって。感覚が麻痺して、それを当たり前のものとして受け入れている。そんなような気がした。朔蒔ってそういう所がある気がするって、今この殺人鬼を前にして思った。



「朔蒔、が可哀相だ」
「ああ?」
「アンタみたいな、父親を持った朔蒔がかわいそうだって言ってんだよ。彼奴がどれだけ傷ついてきたか、人生ぐっちゃぐちゃになってきたかアンタは知らないだろう!」
「ぐっちゃぐちゃにした? 傷ついた? 彼奴は、傷つく心なんて持ってねェよ。だって、俺の血を受け継いでるんだからな」



 殺人鬼の血を。

と、笑い、俺の身体に手をかける。



「……ッ」
「怖いだろ? 殺されるのかな? 犯されるのかな? って、さァ! 恐怖に歪めよ。その顔が、何よりも俺の心を満たしてくれる。悲鳴も、絶望顔も、命乞いをする姿も何もかもが俺の心を満足させてくれる」



 そう言って、また俺の腹に拳を入れる。
 痛い。苦しい。
 でも、そんな痛みよりずっと朔蒔の方が苦しかったはずだ。俺なんかより、きっともっと。



「腹上死が良いか? それとも、犯されたあと、指を一本一本切り落としてやろうか? まァ、お前の絶望顔を拝みながら、帰ってきた朔蒔も同じ絶望に堕としてやるから心配するなって。絶望も、血も何もかも伝染する。一度かかってしまえば、治癒できない不治の病だ」
「……くっ」



 衣類を全てはぎ取り、殺人鬼は舌舐めずりをする。こんな時でも、俺は、朔蒔のことを思っていた。

 朔蒔、ごめん。

 俺は、結局自分のことばっかりで。
 俺のせいなのに、俺のせいでこうなったのに、俺は自分可愛さに朔蒔のことを考えていなかった。
 朔蒔の苦しみを分かってあげられなくて、お前を否定してごめんな……って、伝えようと思っていたものが全て溢れてきた。そして、いつの間にか流れてしまった涙に、殺人鬼は一層嬉しそうに顔を歪める。
 お前が怖くて泣いてるんじゃない。そういいたかった。でも、言えるほど、俺には余裕がなくて、これから汚されて、殺されるかも知れない自分の身体に別れを告げることしか出来なかった。

 朔蒔はヒーローじゃない。だから、都合のよいタイミングでは助けに来てくれない。
 それに、ここに来て、朔蒔を悲しませること、絶望した顔を見ながら死ぬのは嫌だ。 
 けど、抱かれるのも、触れられるのも、名前を呼んでもらうのも全部、全部運命で片割れの朔蒔が良いって。

 そう思って、目を閉じた。その時だった。
 ガタン、と音がして、目の前にいたはずの男が消える。代わりに現れたのは、見慣れた人影。



「大丈夫か、星埜!?」
「……朔蒔」


 どうして此処に、とか。どうやって、とか。考える暇も無く、朔蒔が殺人鬼の顔に回し蹴りを喰らわせたのだと知った。殺人鬼がよろけた隙を突いて俺を抱き上げ、部屋の隅へと移動する。殺人鬼は目を血走らせ、俺達を見たが、後ろから捕縛しにかかった俺の父さんにあっけなく捕まり、床にねじ伏せられた。



「十五時五十八分未成年強姦未遂および殺人未遂罪で逮捕する」



 父さんの声が響いたと共に、わらわらと入ってきた警察官を見て、俺は全てを理解し、朔蒔を見た。



「さく……」
「よかった、星埜が無事で」
「……ん。お前」



 ぎゅっと真正面から抱きしめられ、俺は朔蒔の背中に腕を回した。いつもその腕で抱いて、出会った時殴ったくせにさ。俺よりも大きいからだが震えていて、子供みたいだなって、俺は安心させる意味でも、朔蒔を抱きしめた。
 これで、ようやく俺のまわりを巻き込んだ全て終わったんだと、俺は目を閉じた。



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