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 森の奥からゆっくりと現れた人影にアウスは龍の姿のまま最大限に警戒をした。
けれど、その人だと思った存在の瞳を見た時粗方理解してしまった。


 王国が聖女と崇める存在は主に王国内でしか言わない。公国や帝国、その他多種族集落が存在していて尚だ。
これが何を意味するのか、王国の手段を選ばずに事をなすという姿など少し考えれば理解できるはずだった。

 言葉を失い立ち尽くすしか出来なくなっているアウスを目の前にしてその人だと思った存在がゆっくりと言葉を落とした。


「……『返せ』は物に言う言葉であろう。あるべき場所へ帰すと返すではまるで意味が違う。
森の子らが我が子は愛される空間にいると喜んでいたが、私にはそうは思えんのが残念でならない。
 愚かなあの地と貴殿の言う返せの意味は同じであろう」


 ぐうの音もでない。全てを見透かされているのに核心には触れずに遠回しの言い方を選んでいるのは故意か。
アウスは怒りも忘れ、少しずつ人の形を戻しながら目の前にいる者と会話をするしかやることは残っていなかった。

「……彼女は無事ですか」

「貴殿は我らが手を出すとお思いか、あの地と同格にするでない」

「………迷いの森と此方では時間の進み方が違うのでしょう。其方からしたら何日経ったはわかりかねますが、此方ではもう十日以上彼女は行方不明です。
安否を確認したいのは仕方無いこととは思いませんか」

「十日以上か、そうか。そんなに経つのか。少しだけのつもりだった。我が子に逢えた喜びは誰にも伝わるまい、ただ無事を祈り苦しみ続けてきた百年は長かったというのに十日はまるで一時間も経っていないように早く進む。私は我が子を手離す気はない」


 アウスの理解の上に出した考察は見事に的中した。
ラウリーが神から二つ目の名前を受けた、この時点で気付くべきであった、神は理由なしにつけたりはしない。
 『リリアリーティ』という二つ目の名前は、目の前にいる妖精王の子供ということだろう。
そして、そんな妖精王が我が子と言い、同じ瞳の色を持っている。


「……彼女は妖精王の子供の生まれ変わりですか」


 問いかけに返事は無かった。
ただ、人の姿に戻ったアウスにルドゥムーンは、小さな石を投げて渡した。淡く光る石は何故か冷たくも温かくも感じる。
ラウリーを返して欲しいアウスの願いを蹴るように「今貴殿に出来る慈悲はそれだけだ」と言い残し迷いの森の中へと消えていった。

 すぐに追いかけたが霧は真っ直ぐ進むアウスを入り口を出口に変えては戻し奥へとは進ませてくれなかった。


 石を持ち帰り戻ったアウスに使用人たちは砂で衣服が汚れることも厭わずに膝を付き謝罪した。
デフィーネも、使用人たちの後ろでシックスたちも。皆がアウスに頭を垂れて謝った。
 アウスは怒りも忘れたように無機質な声で「…もうどうでも良い、部屋に戻る。各自持ち場に戻れ」と言い放ち誰にも目もくれることなく自室へ向かって行った。

 たった数時間の間に何があったのかを知るよしもない者たちは流石に呆気にとられたがそのままではまた怒りが湧くかもしれないと逃げるように持ち場へと戻っていった。

 デフィーネとユルは顔を合わせ、心配そうな顔をしたが今問える者は誰もいない。



 アウスの自室は何故だか冷たい。
椅子に腰掛けため息をつけばルドゥムーンより貰った石を掴み見つめる。たかだか石一つで帰れと言われるとは…情けない限りだと溜め息をつくしかない。

「………ラウリー…」

 心の声が漏れる。じんわりと熱が…、と疑問に思う。
ラウリーの名前を呼んだ時から石が熱をもち始めた。あまりにも突然のことで手放しそうな手でギュッと握った瞬間、飛ばされたように倒れる身体を薄れ行く記憶が覚えている。
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